オーガゾンビ
思い思いに塗装されたパワードスーツを着た、3人とたーくんがハンキーを降りる。
「ニーニャ。後でいいから、俺のパワードスーツも黒にしてくれるか?」
「はぁい。ディテールはニーニャ達と同じでいいよね。【防具自由塗装】!」
「はやっ。ありがとうな」
「闇に紛れて、何をするつもりですか」
「敵地潜入と爆破は、男のロマンだ」
「バカを言わないでください。絶対に許しませんよ。それより、早く行きましょう」
パワードスーツの肩のエンブレムを撫でて、駅の階段を降りる。
交差する2丁拳銃、そして骸骨。
それがウイ達で決めた、このパーティーの紋章らしい。無骨すぎる気もするが、ニーニャも喜んでるので放置していたものだ。
まさか、自分がこれを身につけるとは思っていなかった。
「待たせたな、長老」
「お手数をおかけしますじゃ。おう。きれいなご婦人方も、どうぞ掛けてくだされ」
「ありがとうございます。物資は、どこに出したらいいですか?」
「ここにお願いしますじゃ」
ニーニャが鉄クズを出すと山になり、崩れるそれをウイの出したオイル缶で止めた。その脇に、ダンボールが置けるだけ置かれる。
「これは・・・」
「鉄クズにオイル。ダンボールは、缶詰と水やドリンク類です」
「とても、これだけの物を贖うほどの硬貨は・・・」
「ヒヤマは対価を要求したのですか?」
「い、いえ。ですが、我等も元々は人間。施してもらうだけではと、硬貨をかき集めていたのですじゃ」
「ヒヤマの事ですから、生活に余裕が出来たら取引をはじめようとでもいったのでしょう。それならば、これは気にせず使ってください」
「ですが、それでは余りにも」
「余裕がある人間が、困ってる人間を見てする、当たり前の事だ。それより、戦場まで案内を。しばらく俺達で食い止めるから、その間にその物資で補給を終わらせてくれ。俺達は硬貨なんかより、経験値の方が嬉しいんだ」
全員で銃の装填を確認する。ニーニャまでレーザーライフルのエネルギーカートリッジを見ているようだ。
ミサイルランチャーを出したミツカに頷いて見せると、それはそれは嬉しそうに微笑む。
「お兄ちゃーん!」
「あいよ。ほれ」
ニーニャをたーくんの箱に乗せて、準備は完了だ。
少年が1人、俺達に近づいてきた。
精一杯の虚勢なのだろう。ふんぞり返って、足元が危うい。
「俺が案内する。妙な事をするなら、この銃で撃ち抜くからな」
見れば左手の先が、結構な口径の銃になっている。顔や体にも機械が見えるが、目立つのはその銃だ。
「そうか。なら俺達は、ここを出ていく。物資の提供もなしだ。じゃあな」
踵を返すと、長老が深々と頭を下げていた。
「申し訳ありませぬ。まさか、このような無礼を働く者がおるとは、思ってもおりませんでした」
「この世界のせいにしてりゃいいさ。それが1番、楽だろう」
「そうですな。それよりも、物資を持って早くお行きになってくだされ。幼子に見せるものではありませぬ」
「掟でもあるのか?」
「はい。一族に自らの愚かさで損失をもたらす者は、解体して部品を取ります・・・」
静寂を切り裂いたのは、少年の悲鳴だった。
ようやく、長老の言う意味を理解したらしい。
涙を流す女に銃になっている手を捻り上げられ、何事かを喚いている。
「これ以外はマトモか?」
「そう思っておりましたが、怪しいものですじゃ。こんな穴蔵を流離いながら暮らしても、きちんと教育はしてきたつもりでした」
「バカ1人に、一族が潰されちゃたまらんわな。次があれば、付き合いはそこで終わり。それでどうだ?」
「ありがたいお話ですが、ヒヤマ殿が一族を許せば、一族もその子を許さねばなりませぬ」
「再教育でいいんじゃねえか? トチ狂ってなんかやらかそうにも、うちの女の子にすら傷をつけられねえだろ」
「銃は取り上げる事にします。ガアヌ、その子の銃を取り外して、独房に入れておくのじゃ」
「はっ。・・・ありがとうございます、お客人」
泣きながら少年を立たせた女が頭を下げる。
俺が頷きを返すと、長老が前に出た。
「ご案内いたしますじゃ」
身軽に線路に飛び下りた長老に続き、そのまま歩き出す。
当時の電車は見当たらない。キマエラ族が鉄を必要としているからだろう。よく見れば、レールもなかった。
枕木と砂利が散乱しているが、それ以外はなんてことのないトンネルだ。これなら、ハンキーが活躍するはずだ。
「銃声だな。ずいぶんと散発的だ」
「いつも列をなして、襲いかかってくるのではないのですじゃ」
なら、大した経験値にはならないか。ただの人助けだな。
やがて単純なバリケードと、それに身を隠す30ほどの人間が見えてきた。
「少ねえな。あれだけか?」
「はい。反対側の見張りに10。駅で休んでいるのが10。そしてこの30が、キマエラ族の戦士ですじゃ」
「俺達が前に出る。何人か残すのは構わんが、補給をきちんとしてくれ。それと、瓦礫を運んでトンネルを封鎖する案を検討して欲しい」
「重機型の戦士もおりますが、とても無理ですじゃ」
「無限アイテムボックスで、こっちがやる。問題は、地下鉄構内で孤立する事だ。そうした場合の移動や、物資調達は地上になる。議論を重ねてくれ。戦士に説明を終えたら、こちらはいつでも行けるぞ」
「では、お待ちくだされ」
バリケードに近寄ってなにか話している長老を見ながら、長丁場になるであろう戦闘の作戦を考える。
「まず、ハンキーは出すよな?」
「HPが保つなら、ですね」
「乗りながらの修理も可能だから、しばらくは大丈夫だと思うよう」
「んな事も出来るのか。なら、ハンキーが橋頭堡だな」
「前進するのですか?」
「何を考えてか、カーブの真ん中辺りにバリケードだからな。直線までは出たい」
「ではもう私達は、乗り込んでしまいましょう」
ウイがハンキーを出すと、バリケードの方から声が聞こえた。
それに一瞥もくれず、3人はハンキーに乗り込んでしまう。
「ありゃ、怒ってんのか?」
「イエス、ボス」
「うちの嫁さん達は、潔癖だからなあ。俺達は屋根だ、たーくん」
ハンキーの屋根で、長老を待つ。
火を点けたタバコを吸い終える前に、長老が1人の男を伴って戻った。
がっしりした男。それでも、HPは100もない。右手が大砲で、左手がマシンガン。普通の生活に必要な腕まで、捨ててしまったようだ。
「お待たせいたしました。これなるは、戦士を束ねるドラグと申します」
「はじめまして。人間の戦士よ。まずは一族の恥に代わって、お詫び申し上げる」
「次がなければ、それでいい。それより、この車両で少し前進して防衛線とする。敵はオーガなんだよな?」
「オーガはオーガですが、オーガゾンビです。平均HPは300ほど。武器は良くて鉄パイプ。ほとんどは、石か枕木です」
なんだそりゃ。オーガの墓場にでも繋がってんのか。
「経験値は?」
「50です」
「生きてるオーガより上かよ。強いんか?」
「生きているオーガなど、見た事もありません。子供の頃に倒した、サハギンよりは強いですな」
「わかった。じゃあ、行ってくる。急がなくていいからな。ゆっくり休んでくれ」
(ミツカ、前進だ。敵はオーガゾンビ。経験値は50らしい。稼ぎ時だぞ)
(了解。腕が鳴るね)
(オーガゾンビとは初遭遇ですから、気を抜かずに行きましょう)
(ああ。直線まで出たら、俺とたーくんは左右に展開する。ガトリングガン、期待してるぞ)
(任せてください)
ハンキーが前進する。
かなり荒っぽい運転で、すぐに見通しのいい場所に陣取った。
(これじゃ俺とウイ以外は、何も見えねえな。ライト、それで最大か?)
(5分くれたら、投光機を砲塔の上につけるよっ!)
(たーくんの定位置だな。いいのか、たーくん?)
(オフコース)
(ありがてえ。じゃあ、頼む)
(まーかせてっ!)
軽機関銃を背負い、スナイパーライフルを出してスコープを覗く。
(800メートル先のあれが、オーガゾンビですね。狙撃、どうぞ)
HPは500。慎重に頭部を狙い、トリガーを優しく絞る。
(オーガゾンビ沈黙。900メートル先から、またカーブですね。視認可能なターゲットなし)
(キマエラの戦士が、補給を終えるのを待つ。先に進むのは、その後だ)
こんなにカーブの多い地下鉄があるのだろうか。それに、ここは川沿い。
まさか、わざとカーブを作った?
なら、敵の侵攻を予測していた事になる。
(どっちかに重要な場所があるのかもな)
(どういう意味ですか?)
(川沿いの地下鉄が、こんなにカーブばかりってのは変だろ)
(たしかにそうですね)
(軍事用の地下鉄。もしくは、市街戦を想定して作られた街か)
(地上に近場の遺跡は、ハンターズネストとシティーくらいでした。あるとすれば、後者ですね)
オーガゾンビがどこで湧いているかは知らないが、1度は向かって確認しなければならない。
キマエラ族が海に向かうにしても、オーガゾンビを何とかしてからでなければ、いつかは数を減らして絶滅するだけだろう。
(時間との勝負だな)
(ここが片付く前に、シティーで戦争になったらどうするんだ?)
(適当な場所に瓦礫を積んで、シティーに向かう)
(オーガゾンビだけは対処を終えて、シティーに行きたいですね)
(そうだな。理想はキマエラ族の収入源と換金手段まで確立して、安住の地を見つける事だ。だが、そこまで時間があるとも思えねえ)
どこまでやるかも問題だが、どうやってキマエラ族の収入源を確保するかだ。
人間との交流をしていなかったなら自給自足、それも地下鉄構内の遺跡品だけで生きてきたのだろう。
(何で食ってく気なんだろうな、長老は)
(そもそも、キマエラ族はどこから来て、どこへ行くのでしょう。戦士達が補給を終えたら、無線で聞きながら進みましょうか)
(それがいいな。目的がわからんと、提案も出来ん)
(川沿いに進むと、運び屋さんが越えてきた山脈のはずです。もしかするとキマエラ族は、他国から流れて来たのかもしれませんね)
情勢や文明が滅びた理由、当時の首都やら基地やらも気にはなるが、話してくれるだろうか。ルーデルには、とてもじゃないが聞きづらい話だ。
背後から声が聞こえた。これは、ドラグとか言う戦士だろう。
キマエラ族の戦士で防衛線を張り終えれば、俺達はハンキーで進軍となる。
スナイパーライフルのマガジンに、銃弾を1発補充する。
微かなその音が、やけに大きく暗闇のトンネルに響いた。