地下鉄の闇
ハンキーを迎えに行くついでに路肩に駐車してもらい、ローザを収納してから中で作戦会議にする。
どこまで繋がっているのかもわからず、どんなクリーチャーがいるかもわからない闇に、今の俺達が踏み込んでいいのか。
「ウイ、どう思う?」
「困りましたね。この世界に何が起きたのかは知りませんが、文明崩壊後に屋根を求めて生物が集まったのが地下鉄でしょう。その生存競争に勝ち抜いた生物が今も暮らすなら、とんでもない危険地帯ですよ」
「だよなあ・・・」
あるかもしれないとは思っていたが、いざ発見してみると、どうすればいいかわからない。
「そもそも、地下鉄ってのは何なんだい?」
「電車の道だって、本に書いてあったよ」
「そうだ。車のでっかいので、何百人も運ぶ機械。その停車場だな。車みたいに自由には走らず、決まった場所で人や物が乗り降りする。だからうちの故郷では、ショッピングセンターみたいに賑わう場所もあった」
「危険だけど、実入りは大きいって事かあ」
「そうとも限んねえんだ。駅ってのは、どこも栄えてるとは限らん。危険なだけのトンネルの可能性も高い」
「それは、悩むねえ」
単独で様子見に行きたいが、止められるんかなあ。
「提案。俺が隠密を活かして、偵察に出る。ダメか?」
「それが効果的なのは理解してますが、心情的には反対です」
「あたしもだなあ。ヒヤマを信じてはいるけれど、不安なまま待つくらいなら、最初から着いて行きたい」
「ニーニャも。だって、暗いから明かりも使えないんでしょ。地雷なんかあったら、ふえぇ・・・」
「はいはい、妄想で泣くんじゃない。とりあえず、入り口からホームまで見てきていいか?」
3人とも渋い表情だ。これは無理かもしれない。
そうならば地下鉄の探索は諦めよう。とても、この3人を連れてはいけない。
諦め気分で待っていると、ウイがミツカとニーニャを見て、小さく頷いた。
「ここは、ヒヤマを信じましょう。私達には、経験値が必要なのです。探索そのものを諦めたと言われる前に、様子見だけお願いしましょう」
「・・・ウイがそう言うなら」
「わかった。けどお兄ちゃん、無理はしないでね」
「ありがとな。じゃあ、行ってくる。ここで休息しててくれ」
「ローザを使わないのですか?」
「歩いてくよ。駅の付近は崩れた廃墟だ。速さより、隠密を取る」
「わかりました。お気をつけて」
「無線は常時だよ?」
「お兄ちゃん、気をつけてね」
ハンキーから降りて、廃墟を進む。
まるでこの世界に来た日のように、酷く緊張している。
落ち着け。まだ地下鉄が魔境だと決まった訳じゃない。クリーチャーはすでに死に絶えた、ただのトンネルかもしれない。
相変わらずの日差しに焼かれながら、駅の入り口に立った。
パワードスーツのヘルメットを、しっかりと被る。首の連結部分から、小さな音が聞こえた。
これで有毒なガスでもあれば即座に吸気を止め、背中の酸素ボンベから空気を送り込んでくれる。
ヘルメットライト、オン。異常なし、オフ。
すべての銃の装弾を確認して、軽機関銃を持った。
(地下鉄構内の偵察を開始する)
(了解。罠には気をつけてください。危険なら、すぐに戻って)
(あいよ。侵入する)
しゃがみながら階段を下りてゆく。
この辺りはまだ陽の光がある。怖いのは、最初の曲がり角から向こうだ。
曲がり角の手前で止まる。
集音開始。念じると、ノイズの後に静寂が訪れた。
3分待って、付近に生物はいないと判断する。
ワイヤーなんかの罠がないのを確認して、曲がり角の向こうを覗いた。
10メートルほど先からは、完全な闇だ。【夜鷹の目】がないミツカとニーニャは、進むだけでも怪我をしかねない。
(真っ暗闇だ。【夜鷹の目】がなきゃ、とてもじゃないが進めねえぞ)
(それは困りましたね。敵がいるなら全滅させないと、とてもじゃないですが進めません)
(だな。とりあえず、ホームまで進む)
入り口も小さいし、エスカレーターもエレベーターもない。小さな駅なのだろう。
3つの踊り場を過ぎると、ぼんやりとした明かりとバリケードのような物が見えてきた。黄マーカーも、それなりにある。
緊張した体に、活を入れた。
これは、話し声か。集音開始。
「まだ、聞こえる距離ではないようじゃな」
「ちょーろーさま、人間だったらどうするのー?」
「話の通じる者なら良いが、そうでないなら玉砕覚悟で戦うしかないのう」
「そんなっ、隣駅から来るオーガと挟み撃ちじゃないかっ」
(住民の音声を拾った。駅がオーガの襲撃を受けているらしい。こちらの接近には気がついているようだ。話のわかる人間ならいいが、そうでないなら玉砕覚悟で戦うと言ってる)
絶句しているのか、返ってくる声はない。
マズイな。早めに対応を決めないと、どんどん印象が悪くなる。
(えっと、助ける方向でいいんじゃないですか?)
(だな。ヒヤマは助けたいんだろうし、私達もそうだ)
(うんっ。ハンターズネストのご近所さんだし、助けてあげたいっ!)
(了解。接触する。大丈夫そうなら、迎えに行く)
外部スピーカー起動。
咳払いが、地下鉄構内まで響いた。
「はじめましてだ。まず、こちらに敵意はない。友好的に話がしたいなら、その場で返事をくれ。関わりたくもないと言うなら、このままこの駅を出てゆく」
集音状態にして、身じろぎもせずに待つ。
「・・・可能であるなら、交流を持ちたい。だが、なにが気に触っても、このジジイの命で許してもらえるのならだ」
「それはそちらの誰かが、こちらに危害を加える可能性があるという事か? それなら立ち去る」
「違う。我が一族は地上で迫害を受け、地下鉄を渡って安住の地を探していた。誰もが心優しいが、迫害を受けるような姿形なのだ」
「それなら問題はない。どんな姿であれ、迫害しようとは思わん。困り事があるなら、物資の提供も考えている。このまま進んでもいいか?」
「今、門を開ける」
迫害されていたとは、どんな人間なんだ。もしかして、ここがグールの街なのだろうか。
バリケードの前に立つと、ゆっくりドアが開いた。
パワードスーツとリンクされた網膜ディスプレイに、文字が浮かぶ。
有害物質なし。
ならばとヘルメットをアイテムボックスに収納して待つと、その老人が現れた。
「・・・はじめましてだ、ご老人。俺はヒヤマ。地上で、冒険者なんて仕事をしてる」
「この姿を見て、眉も動かさぬとは。その職業といい、若くして一角の武人であられるな。歓迎いたしますぞ」
老人がドアの内側を手で示したので、会釈して踏み込んだ。
幾つもの目が、俺を窺っている。女子供ばかりだ。男は、オーガとの戦闘に出ているのか。
「こちらにお掛けくだされ」
「感謝する」
ホームの真ん中に置かれたテーブルセットに座ると、缶コーヒーを差し出された。
受け取って、タバコを1カートンと灰皿をテーブルに置く。
「もてなしのコーヒーですじゃ。タバコはしまってくだされ」
「気持ちだ。吸う者がいるなら、貰ってくれ」
「タバコなど、何百年ぶりでしょうなあ・・・」
言いながら老人がタバコを口にする。ライターの火を出すと、微笑んで受けてくれた。
「単刀直入に聞こう。必要な物資は?」
「鉄クズにオイル。それと、少しの食料ですな」
「鉄の質は?」
「問いませぬ。質の悪いものは銃弾に、良いものは治療に使いますゆえ」
「わかった。仲間に手持ちを聞く。少しだけ待ってくれ」
タバコに火を点けて、無線を飛ばす。
(待たせた)
(無事ですか?)
(もちろんだ。地下の住民と、友好的に対話している)
(どのような人達なのですか?)
(簡単に言うと、機械と人間のハーフだ。種族名は、キマエラ族。不足している物資は、鉄クズにオイル。それと食料)
(敵対はしていないのですね?)
(ああ。ここは長老と女子供しかいねえらしいしな。HPも長老で200。女子供は50以下だ)
(鉄クズはたくさんあるけど、オイルはシティーに行かないとあんまりないよう)
(手持ちはどのくらいだ?)
(1ガロン缶が、えーっと、10!)
(鉄クズとそのオイル、キマエラ族にあげてもいいか?)
(もっちろん。鉄クズは、ハンキーちゃんと同じ重さくらいはあるよ)
ニーニャがいい子で助かった。
こんな世界で育ったのに、私財を分け与える事をためらわない。
「待たせた。鉄クズは1トン以上あるが、オイルは10ガロンしかない。2日あれば、オイルは仕入れ可能だ」
「それで充分ですじゃ。我が一族は数が少ない。それだけあれば、100年は暮らせますじゃ」
「子は生まれづらいのか?」
「はい。よほど相性が良くなければ、産まれてはきませぬ。寿命は長いのですが、戦闘で命を落とす者も多く、数は増えませぬな」
「なるほどな。ところで物資だが、女2人と女の子1人、それとロボットをここに呼んで来るがいいか?」
「こちらは構いませぬが、女子供に我等の姿は刺激的すぎるやもしれませぬ。それと、払いの方は硬貨でよろしいですかな」
「生活が落ち着いたらな。今回はいい。それより、俺の仲間を迎えに行くぞ。敵がいるんだろ。物資を渡したら、俺達はそっちを手伝いに行く」
「そこまでお願いする訳には・・・」
「気にすんな。困った時は、お互い様だ。じゃあ、行ってくる」
足早に門を抜け、階段を上る。
真昼の日差しに、ガツンと1発殴られたような衝撃を受けた。
(お待たせ。行こうか。地下世界に)
(ハンキー発進。楽しみだなあ)
(見るからに貧しい暮らしだ。それと、今も戦闘中らしい。人間に迫害された種族らしいから、あまり怖がってやるなよ)
(ロボットみたいな人達なの?)
(ロボットとは違うなあ。顔とか体、どっかが機械になってんだ。長老は、頭がレーダー探知機みたいだったぞ)
(それで、鉄クズとオイルに食料品が必要なんですね)
(みてえだな。それと物資を渡したら、前線に援護に行く。ろくに休んでねえだろうしな)
夏空を見上げながら、ハンキーの音が近づいてくるのを待つ。
相手はオーガ。そして戦場は、線路になるのだろう。
瓦礫が少ないなら、ハンキーの出番だ。オーガのガトリングガンでどのくらいハンキーのHPを削られるのか、それを見る良い機会でもある。