迷宮へ
「おはよう、ニーニャ」
「あれっ、早いんだね。おはよう、お兄ちゃん」
「もう、ウサギロボット修理したんか」
「うんっ。寝起きの最上スキルだよっ!」
「元気だなあ。名前は?」
「ハジメマシテ。ウータンダヨッ!」
びっくりした。マジびっくりした。
心臓に悪いロボットだな。
「・・・ああ。はじめましてだ。かわいい、よな?」
「すっごいかわいい!」
「そうか。この子は何が出来るんだ?」
「喋れるっ!」
「ああ、そうだな。他には?」
「ほえっ。特にないよ?」
ガラクタじゃねえか、喉まで出かかった言葉を、何とか抑えた。
「おや、おはようヒヤマ。あんたからも、ニーニャに何とか言っておくれよ。こんなポンコツ、直してどうしようってんだろうね。バラして部品取りにした方がいいだろうに」
ホントだよなあ。
だが断る。ニーニャを泣かせんのは嫌だ。
「いやほら、婆さんがボケたら話し相手に」
「ブチ殺すよ?」
「すんませんした。そのうちルーデルとジュモが来るから、それを伝えに早起きしたんだ」
「ああ。例の軍人とオートマタかい。わかったよ」
「それと、肉を見てくれるか? 昨日は出しそびれたんだ。小型で、数も1しかない」
「なら出してもらおうか。ブルーシートを持ってくるよ」
「悪いな。群れがいる可能性もある。とりあえず見てくれ」
広げられたシートの上に、『フライモンキーの皮』と『フライモンキーの肉』を出す。
肉という割にそれは皮を剥いだ猿そのもので、やたら気味が悪い。平然としてるニーニャを尊敬してしまいそうだ。
「ほう。これは、捨てるところのない肉って事だねえ」
「そうか。使えそうなら、土産だ。シティーに持ってってくれ」
「いいのかい。昨日は、服をたくさん貰ってしまったんだがねえ」
「だからこれは、男衆への土産だ。さて、やる事がねえぞ。困ったな」
昨日の今日で、ルーデル達を迎えにローザを走らせられはしない。どうしたもんか。
「お兄ちゃん、暇なら婆ちゃんの本でも借りたら?」
「本か。いいのか、婆さん?」
「ああ。どうせ嫌になるほど読んだ本だ。気に入ったら、持ってってくれていいさね」
「貸してもらえるだけで充分」
「こっちだよっ!」
ニーニャに導かれて書斎から本を数冊借り、クーラーの利いた食堂のテーブルで読み耽る。
1ページも進まないうちに、日本語ではない文字の違和感には慣れた。
「ずいぶん熱心に読んでますね」
「おお。おはよう、ウイ。まだ寝ててもいいんだぞ?」
「いいえ。ルーデルさんとジュモが来る前に、起きたかったのです。ホットですがコーヒーです。どうぞ」
「ありがたい。婆さんの分は?」
「もう確保してあるから、気にしなくていいさね」
「好物だもんな。うん、美味い」
コーヒーにはタバコがないと意味がない。火を点けると、隣にウイが座った。ニーニャの逆だ。
「両手に華でコーヒーか。いいね」
「それ、何の本ですか?」
「『世界武器大全』と『世界軍事車両大全』写真付きで面白えぞ。それと、『空想科学読本』これが楽しい」
「趣味丸出しですね」
「まあな。そろそろ、ルーデル達も来るだろ。戻してくる」
本を重ねて持って立ち上がると、開いている手をニーニャに握られる。そのまま書斎に向かい戻ってきたら、ルーデルが食堂のテーブルでコーヒーを飲んでいた。
「おう。来てたんか。わざわざ悪いな」
「いや、恥ずかしい話だが、土産を貰いに来るとジュモがうるさくてな」
「着替えに行ったんか」
「たぶんそうだろう。どうだ、バイクの乗り心地は?」
「最高だね。寝てても、羽が生えた夢を見たよ」
「すっごい嬉しそうにバイクに乗るから、お姉ちゃん達がヤキモチ焼いちゃったの!」
「それは、見ものだったな」
そういや俺達は慣れてるが、婆さんの前でよくヘルメットを取ったな、ルーデル。
「待たせたね、ルーデル。これがその地図さ」
「ありがたい。少し見せてもらう」
「なんだなんだ?」
「ああ。グールなら見慣れてるから、ヘルメットを取ってコーヒーを飲みなって言ったら、どこでどう見慣れてるんだと聞かれてね。取引のあるグールの街への地図を、船から取ってきたのさね」
そうか。グールなら、ルーデルと同時代に生きた人間の可能性がある。
それに部隊の連中は言葉も忘れたと言っていたが、グールの街があるならそうならずに済む方法もあるのかもしれない。
「今、コピーして渡すよ」
「必要ない。記憶した。それにこの街が外部との接触を控えているなら、地図は増やさない方がいい」
「そうかい。おや、かわいい嫁さんのお帰りだよ」
ウイ、ミツカ、ジュモが食堂に入ってくるが、ジュモはいつものメイド服だ。
「よう。土産を渡したんじゃねえんか?」
「たくさん貰ったデス」
「の割には、いつものメイド服じゃんか」
「夜のお楽しみなのデス」
「夫婦仲が良さそうで結構だな。ルーデル、その街へはいつ?」
「・・・さらっと流すのか。シティーが落ち着いたらだな」
「そうか。俺達に出来る事があれば、いつでも言ってくれ」
「ありがたい。その時は頼むよ」
後はなんか言うべき事はなかったか。
今回の獲物は大量の婦人服。それと、ローザの遺品だ。
ああ、あれを渡すか。
「そうだ。パワードスーツが1つ余ってる。ジュモにどうだ。お揃いっぽくなるぞ?」
「パワードスーツとは。ジュモ、使わせてもらうか?」
「ノン。ジュモの皮膚装甲は、柔らかさと耐久性を兼ね備えた玉の肌なのデス」
「だそうだ」
「なら、運び屋に渡してくれるか?」
「わかった。預かるよ」
「ウイ、頼む。色はニーニャがバギーを整備する時に、変更可能だと伝えてくれ」
「確かに預かった。じゃあ、俺達は行くよ」
出されたコーヒーを飲み終えると、ルーデルとジュモは席を立った。
シティーで仕事がない訳ではなく、明日の早朝には近くの街にジャスティスマンの書簡を届けに行くらしい。
見送りに出ると、SRっぽい単車が停められていた。
ニーニャが素早く点検して、嬉しそうに何度も頷いている。
「すごく大事に乗られてて、修理の必要はないよ。バイクも喜んでるのっ!」
「ヒヤマと運び屋、いや、みんなに譲られたバイクだ。粗末になんてしないさ」
「運転するのはジュモなのデス」
「いや、そうだがここは・・・。もういい。行くぞ」
仲が良いねえ。
「気をつけてな。なんかあれば、無線で呼んでくれ」
「ああ。そっちもな。ウイちゃんが【衛星無線】を取ったんだろ。危険だと思ったら、すぐに呼んでくれ。何をおいても、必ず駆けつける」
「ありがとう」
握手。
簡単な挨拶だが、心が込められていた。
日本で、記憶に残る握手なんてした事はなかったな。
クソみたいな世界だが、これが生きるって事なのかもしれない。
走り去る2人の背中を見送りながら、何となくそう思った。
「さて、昼から飲んで、早めに寝るか」
「またですか」
「たまの休みだ。今から飲めば、夕方には寝室だな」
「まったく。では、食堂で待っててください」
明日からは、また命がけの冒険者稼業がはじまる。
麻痺しかけているので誰も口にはしないが、いつ死ぬかわからない仕事をしているのだ。
俺は酒を浴びるように飲むし、ウイとミツカは足掻くように俺にしがみつく。それが、当たり前で正しい事なのだと思う。
翌日の朝、婆さんとぼーちゃん、ウサギロボットのナントカちゃんに見送られ、ハンターズネストを出発した。
(ヒヤマ、橋の袂でしっかり上を確認してくださいね)
(もちろんだ。たーくんが周囲を警戒してくれるらしいから、心配はいらねえって)
(プログラミングしてくれた、ニーニャちゃんに感謝ですね)
(えへへ。婆ちゃんがくれたジャンク品の中に、軍用アサルトロボットのチップがあったの。状況判断能力は、すごく上がったはずだよ)
(イエス)
(渋い声だな・・・)
(サンクス、ボス)
ローザを飛ばすと、すぐに橋まで到着した。この間まではこの道を歩いていた事を考えると、切なくなるほどの時間しかかかっていない。
(橋に到着した。索敵を開始する)
(気をつけて。ヒヤマをお願いしますね、たーくん)
(イエス、マム)
もうこれ、たーくんって名前じゃダメだって。声がター○ネ○ターじゃんか。
あれ、ならたーくんでいいのか?
バカな事を考えながらスナイパーライフルを出して、橋の全景を隅々まで舐め回す。
(マーカーなし。それでもハンキー到着まで、索敵を続ける)
(ありがとうございます。サハギンもいないのですか?)
(そうだ。捕食された形跡があるなら、フライモンキーの群れか他のクリーチャーがいると推測される)
(不意打ちは食らいたくないね。ヒヤマ、ハンキーに乗った方がいいんじゃないのか?)
(状況次第では、そうするさ)
対岸の河原を探しながら無線をしているが、気になるものはなにもない。
サハギンが捕食されたのなら、食い残しの1つくらいはあるはずだ。これは、安全と見ていいか。
(対岸の河原に、サハギンの肉片すらない。橋から遺跡付近までは、安全と思っていいかもな)
(どうでしょうね。それでも、用心しながら進みましょう)
それは当然だ。
こちらに来て、用心深さだけはレベルより成長している。
スナイパーライフルを抱えてタバコを吸っていると、遠くにハンキーが見えた。
吸い終えたタバコを踏み消す。
(お待たせしました。ローザで進むのですか?)
(遺跡の近くまではな。マーカー表示頼む。ちょっくら、ハンキーが進めるルートを探ってくらあ)
スナイパーライフルをアイテムボックスに収納して、サブマシンガンの装填を確認。
ニーニャに金具を付けてもらい、手放し運転も可能なように改造してもらったが、ローザに乗りながらの戦闘には、サブマシンガンが最も適しているだろう。
(網膜ディスプレイに干渉開始。・・・完了。無理だけはしないでくださいね)
(もちろんだ。ローザ、先行する)
ヘルメットを出して、ギアを1速に入れる。クラッチを繋ぎながらアクセルを開けると、ローザは滑らかに走りだした。
4速で橋を渡り、2段落として直角に曲がる。
思ったより、瓦礫も車の残骸もない。
(喜べ、ミツカ。走りやすい直線だぞ)
(いいね。今、橋を全速で走ってるんだ。気持ちいいよ)
(だろうな。今度、ウイとミツカもローザのケツに乗ろうな。気持ちいいぞ)
(ニーニャもっ!)
(もちろんだ。お、この角を曲がれば遺跡らしいな)
なんてこった。この遺跡は、入っていいものか悩む。
(どんな遺跡ですか?)
(ヤバそうなんてもんじゃねえ。こりゃ、地下鉄だ)