予定は未定
朝から悪臭の中を歩きまわり、1階の食料品コーナーや雑貨コーナーを漁った。
あまりに臭いが酷い場所は、探索もおざなりになってしまう。
いつかここを訪れる冒険者が、その場所から何かを発見するのかもしれない。
「うっし、終わった。早くこっから逃げ出そうぜ」
「ですね。まずは外に出ましょう」
「くしゃいねー」
「鼻で息してないから、みんなして変な声だね」
駐車場に出て悪臭から解放されると、伸びをしてタバコを1本だけ吸う。
並んでいるハンキーとローザが、夏の日差しを受けて輝いている。ハンキーは砂漠迷彩。ローザは赤いタンクに黒いフレーム、V型エンジンは曇りの1つもないシルバーだ。
「どっちも美人だな」
「だよねっ!」
「ところで、どこに向かうのですか?」
「ハンターズネストの対岸に、遺跡があるって言ってただろ。そこでいいんじゃねえか」
「戻って橋を渡るのか。あっち側は初探索だね」
「お兄ちゃんは、ローザちゃんで行くの?」
「慣れとかなきゃダメだからな。そのつもりだぞ」
「じゃあ、たーくんをタンデムシートに乗せてね。戦闘になったら、たーくんが自走して砲台になるからっ!」
「そりゃ助かるが、乗れんのか?」
「ピンポーン!」
「なら、お願いするかな。行こうか。先行する」
フューエルコックを確認して、ローザに跨る。後ろを見るとヒョイと跳んで、たーくんがタンデムシートに4脚でしがみついた。
「さすが、軍用っぽい単車だな。パワードスーツとたーくんの重量を、物ともしない」
「ピンポーン!」
(ハンキー、準備完了。いつでも行けるよ)
(了解。ローザ、先行する。ウイ、砲塔からの監視はまだいらねえ。休んでろ)
(わかりました。マーカーありの無線を聞いたら、戦闘準備に入ります)
エンジンをかけて、振動と音を楽しむ。
あまり待たせても悪いので、すぐに走りだした。
いい音だ。まだ歩道なのでスピードは出せないが、地平線を目指して走ったら、楽しいだろうなあ。
(速いって、ヒヤマ!)
(マジか。こんくらいならどうだ?)
(あまりにも速度差があるようなら、ヒヤマもハンキーに乗ってもらいましょうか)
それだけは勘弁だ。何が哀しくて、運転もさせてもらえないハンキーに乗らなきゃならん。
(ちゃんと着いて来てるじゃんか、ミツカ)
(歩道はこのくらいが限界だ。道に出たら、もっとスピード出してもいいよ)
(もちろんだ。先行してクリーチャーを狩るつもりだぞ)
(狙撃可能なら、狙撃で倒してくださいね。敵はどこから来るかわかりませんから。接近戦ばかりでは、いらない怪我もするでしょう)
(了解。道に出た。橋まで先行して待機する)
V型エンジンが、歓喜の雄叫びを上げる。
つられて叫びだしそうになりながらも、なんとかそれを飲み込んだ。
(お兄ちゃん、嬉しそうに行っちゃった・・・)
(本当にバイクが好きみたいですね。知りませんでした。たまの休みに家族サービスもせず、ツーリングに行くなんて言い出したら、ローザを取り上げてしまいましょう)
え・・・
シティーに戻ったら、斥候がてらルーデルとツーリング行く気だったのに!
(対岸に、サハギン発見。5匹だけだが、狙撃する)
(ハンキーで追いついて、私達が周囲警戒するのを待ってくれませんか?)
(了解。タバコとアイスコーヒーの時間だな)
正直、待つのは面倒だ。だがローザを取り上げられる訳にはいかない。
せっかく手に入れた酒以外の趣味、誰が手放すものか。
冷たいブラックコーヒーを飲んで、すぐにアイテムボックスに戻す。こうすれば、飲み切るまで冷たく飲めるのだ。
タバコを指で弾いて飛ばすと、遠くにハンキーが見えてきた。
ローザに慣れてしまったら、もうハンキーでは満足できない体になってしまうのだろう。
(いつでも撃てるようですね。もういいですよ。狙撃、どうぞ)
お許しが出たので、スナイパーライフルを発砲する。
練習のために、ローザに跨ったままでだ。
周囲を気にもせずに5連射したが、1発も外す事はなかった。
マガジンを交換して、スナイパーライフルをアイテムボックスに戻す。
(マーカーの消滅を確認。また先行するんですか?)
(ああ。敵がいたら、すぐに無線を飛ばす)
(お兄ちゃん、気をつけてねっ!)
(おう。任せとけ)
羽が生えたような気分で、そそくさと走り出す。
無線からウイのため息が聞こえた気もするが、ここは気づかなかったふりをさせてもらおう。
道を塞いでいる車の残骸が見えた。たしか行きは、ハンキーで河原に乗り入れて進んだ場所だった。
(道を塞いでいる車の場所だ。ミツカ、早めに河原に下りろ)
(了解。ヒヤマも戻るんだろ?)
(冗談。俺とローザが、こんなんで止められっかよ。たーくん、しっかり掴まってろよ!)
返事の音を聞きながら、ローザをウイリーさせてフロントを乗り上げる。全力でサスの反発力を効かせて、そのまま車の残骸に乗り上げた。
隙間なく詰まっている車の残骸を、3台ほど越えて車道に戻る。どんなもんだ。
(最高だ、ローザ!)
(ピンポーン!)
(ミツカ、ニーニャちゃん、これはもう浮気じゃないでしょうか?)
(んー。ローザちゃんなら、仕方ないかなっ)
(休日のサービス次第じゃ、ローザを取り上げてしまおうよ。これは重症だ)
ヤバイヤバイ。それだけはなんとしても避けねば。
(よし、今日はハンターズネストまで戻って泊まるか。婆さんに土産もあるんだろ?)
(ありますが、機嫌取りの手段が露骨すぎませんか・・・)
(ハンターズネストが機嫌取りなの? あ、ああっ!)
(ヒヤマのせいで、ニーニャちゃんが真っ赤じゃないか。どうしてくれる)
知るかっての。
(で、どうすんだ。無理にとは言わねえぞ?)
(相談中です。お待ちください)
無線で相談しろって。なんで隠れて話し合うんだ。
怖いじゃねえか。
(お待たせしました。では、ハンターズネストへ)
(了解。今、橋に到着した。向こう岸まで車の残骸はほとんどねえが、一応は渡ってみる)
(気をつけてくださいね。なにせ、初めてのルートです)
(危険そうなら、すぐ引き返す)
口調に出ないようにしているが、初のマトモな直線に心が浮き立っている。
1速落として、アクセルを盛大に開けた。浮き上がるフロントを抑え込んで接地させる。
良い加速だ。すぐにシフトアップ。さらにスピードが上がる。今度はフロントを浮き上がらせずに加速できた。
いい気分に水を指すように、赤マーカーが視界の隅に現れる。黄マーカーはなかった。どこから来たってんだ。
上。奇声が聞こえた。
リアブレーキを蹴っ飛ばす。
横を向いたローザをドリフトさせると、たーくんが飛び降りた。変化した荷重で暴れるローザを、ハンドルとアクセルでなんとか宥める。
ステップとパワードスーツの踵が削れて、派手に火花が散っているのが見えた。
(たーくん、無事かっ!)
(ピンポーン!)
(どうしたんです!?)
(橋の、なんて言うんだ。上にあるアレから、クリーチャーが奇襲してきやがった。死体の名前は、フライモンキー。HPは確認できず。経験値30。食えんのかこれ?)
(わかりませんが、持ち帰ってお婆ちゃんに見てもらいましょう。ヒヤマとたーくんに、怪我はないのですね?)
(ピンポーン!)
(だとさ。群れの姿はないが、この先は警戒しながらだな。興が削がれた。そっちに戻る)
たーくんをピックアップして、フライモンキーの死体をアイテムボックスに入れる。
振り向いて撫でながらたーくんに礼を言うと、小さくピンポーンと音を出してくれた。これは、照れてんのかな。
橋の袂でハンキーと合流した。
(こっからは、いつもの道だな。ハンキーの屋根に乗って行くかな)
(あら、ローザはもういいんですか?)
(対岸の狙撃くらいしか、仕事がねえからな。ローザを収納してくれ)
(はいはい。お待ちください。浮気相手の世話を、私にさせますか)
(浮気じゃねえっての)
ハンキーの屋根で、たーくんが流してくれるラジオを聞きながら対岸を見張る。
流れているのは、軽快な音楽だ。地球で言うなら、ポップスってやつなのだろう。
子供の頃から、あまり流行物が好きではなかった。アイドルがどうのとか言われても、手に入らないものにどうしても熱を上げられない性格なのだ。
中学になっても、部活以外の時間は1人で本を読んでばかりの俺を、両親はずいぶんと心配してくれたらしい。それで目的の高校がないならここはどうだと言われたのが、自由な校風の私立校だった。
金がかかるから公立でいいというのに、父親は大丈夫だからと譲らなかった。
16になれば、中型免許が取れる。お下がりの単車と、入学祝いに好きなのを買ってやるからと、連日の猛アピール。それに屈してしまったがゆえの単車好きだ。
(うん。俺は悪くない)
(何ですか、急に)
(俺が単車好きになった、その理由を考えてた)
(残念ですが、減点ですね。バイクが好きなのが、問題ではないのです)
減点されてんのか。点数なくなったらどうなるのか気にはなるが、怖くてとても聞けない。
対岸にも、サハギンの姿はなかった。狩り尽くしてしまったのだろうか。
のんびりすると決めて、砲塔に背を預けながら見張りをしていると、いつの間にかハンターズネストに到着していた。
「婆ちゃん、ただいまっ!」
「おや、おかえり」
「1晩、世話になる。変わりはないか?」
「ああ。平和なもんだよ。座って待ってな。夕食にしよう。いつものサハギン料理だがね」
女性陣が手伝いに行ったので、1人で座って待っていると、ホワイトボールのぼーちゃんがやって来てラジオを流してくれた。
「久しぶりだなあ、ぼーちゃん。これから戦争になるかもしれない。カチューシャ家を頼むよ。誰にも死んで欲しくねえんだ」
「ピッ!」
「ありがとな」
「お待たせしました。あら、ぼーちゃんを口説いてたんですか?」
「俺は何フェチだってんだ。早いな」
「ええ。もう出来ていたサハギン料理に、温めた缶詰を足しただけですから」
飲みながら食卓を囲み、ついでに明日は休みにするかと言うと、ウサギロボットを直せるとニーニャが大喜びしていた。
ミツカも笑みを隠しながら同意する。ウイもそれならと、休日が決定。
ルーデルとの無線を終えて、寝室に向かう。
ニーニャは婆さんと寝る。ここで機嫌を取るしかないぞと、自分に言い聞かせた。