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鷲の空を飛ぶ理由




(撃つがいい。若者よ)


 無線のその声には、縮んで消えてしまいそうな寂しさが見えた。

 死に至る痛みであるのに、叫ぶほども痛くない、そんな声。


(UIに間違いないか?)

(そうだ。すでに名も忘れたが、我は神に創られてここにおる)

(元は人間じゃねえのか?)

(それは喚ばれし者が心より帯同を願った者を、こちらに招く場合の措置だ。我は神に創られしUI。それ以上でも、それ以下でもない)

(バカな。ウイがこの世界に来たのは、俺のせいだってのか・・・)

(若者のUIが元の世界の人間ならば、そのUIの体はあちらで死を迎える直前だったのだろう。この世界とこちらでの肉体の説明を受け、その上で若者の力になるかを問われ、納得してこちらに来たはずだ。気に病む必要はない。逆に若者は、そのUIに新たな体と人生を与えたのだ)


 そう言われたって・・・


(もう良いか?)

(先に言っておくが、敵対したくはない。だが、死肉漁りは迎撃した)

(知っておる。最後に強者と戦えて、幸せだったと言っていた。我も感謝している)

(なぜ、あいつは俺達を襲った?)

(あやつはいつも、主の元へ馳せ参じるのは己が最初でなければならんと言っておった。意地で死んでみせたのだな)


 嘴を微かに動かし、鷲は言った。


(それで、撃てとは?)

(そのままよ。我等を殺し、糧としてこの世界を生き抜くが良い)

(ゴメンだね。人に生きろというのなら、まずテメエが生きろってんだ)

(ふふふっ。我が主のような口を利くのだな、若者よ。似た者を、神は喚ぶのだろうか。充分に生きたからこそ、言える言葉もあるのだ)

(それでも、生きられるなら生きるべきだ。俺みてえな若造にさえ、わかる話だと思うがな)

(主を失ってからの長き時が、我が友をバケモノに変えた。抑えてはおるが、すでに限界なのだ。白虎もサハギンナイトも、強固なる意思で自制しておるが、そう長くは保たぬ。若者の血肉を貪らんと、いつ飛びかかろうと不思議ではない状態なのだ)

(缶詰が山のようにある。少しだけ待て)

(無駄だ。ただ飢えておるのではない。強き者の血肉を欲しておるのだ。今なら先制攻撃が可能だ。撃て)


 撃つべきだとわかってはいる。それでも、横たわる白虎と座り込むサハギンに、銃口を向ける気にはなれなかった。


(誇り高き者よ。それでは、こちらからゆこう。我はサハギンナイト。姫を守りし第二の騎士なり)


 喚ばれたのは、女だったのか。

 サハギンナイトは体を起こすと、静かな足取りで歩いた。

 強い。HPが3000もあるからではなく、そう思う。思わず下がりそうになる足に、ぐっと力を込めた。


(鳥と猫よ。世話になった。先に逝く)

(魚よ、あの日々は忘れぬぞ)

(無論だ。生まれて良かったと教えてくれたのが姫なら、死んで良かったと思わせてくれるのが、この若者なのだろう。さあ、下でやろうぞ)

(主と同郷の戦士。盲目ではないようだが、サムライというやつだろう。無様な死に様を晒すでないぞ、サハギンナイトよ)

(恋い焦がれた死を前に、無様など晒すものか。出来るなら、お主は生きよ。鳥)


 UIは何も言わない。

 ただ、瞬きもせずにサハギンナイトを見送るようだ。


「下には、仲間がいる。ここでいいんじゃねえか?」

(舐めるな、若造。お主だけで倒すつもりなら、日が暮れてしまうぞ。いいから着いて来い)


 2階に下りた瞬間、ガトリングガンが火を吹く。そう言おうと思った瞬間、サハギンナイトは微笑んだ。

 俺の言葉を遮るように、足早にエスカレーターを下りる。


「待てっ!」


 ガトリングガンの轟音が聞こえて来た。

 急いで後を追う。

 HPをかなり減らしたサハギンナイトが、俺に槍を向けた。

 武器制作スキルで、姫と呼んだ女が作った物なのかもしれない。穂先と柄の接合部分に、ボロボロの赤い布が揺れている。


「【ファーストヒット】・・・」


 腰だめで対物ライフルを撃った。

 吹っ飛ばされずに何とか踏みとどまったサハギンナイトは、HPを大きく減らしながらも微笑んでいる。


「なぜ、そうまでして死ななきゃなんねえってんだ・・・」

(獣として野に下るには、少しばかり誇りを持ちすぎた)

「生きりゃあいいじゃねえか。獣としてじゃなく、アンタとしてよ!」

(精神が保たぬ。このままでは、理性をなくして獣に堕ちる)

「神は何を考えてんだよっ!」


 槍が俺を貫こうと跳ねる。【散桜の如く】とその1つ上の【戦場を駆ける】がなければ、死んでいただろう。

 ドッオゥーン。

 2歩、サハギンナイトは下がった。足を踏みしめ、俺に槍を向ける。

 胴の真ん中から、煙が上がっているのにだ。


「大した戦士だな、サハギンナイト」

(冥途の土産に、ありがたくその褒め言葉をいただこう)

「さらば・・・」


 【スプリットブレット】そう念じながら、胴の真ん中に対物ライフルを撃ち込む。トリガーを引く度に、なぜだと神に問いながら撃ち切った。

 パッパラー。パッパラー。

 マガジン交換。身に染み付いた動きだ。腹に大穴を開けたサハギンナイトの骸を見ながら、それを済ませてタバコを咥えた。

 【散桜の如く】の最上スキルを取得する。【死してなお戦う心】リキャストタイムのあるパッシブスキルだ。いつか、これに命を救われる事もあるのだろう。


(ヒヤマ、どういう事ですか。最上スキルを使いましたが、良かったのですか?)

(ああ。もうすぐ次も来る。殺してやるのが、情けだと思う)


 【パーティー無線】で話しているうちに、エスカレーターを白虎が下りてきた。

 すこしばかり痩せているが、孤高の最強生物たる威風に揺るぎはない。


「オマエも、死ぬってのか」

(そうだ。サムライよ、姫のところへ逝かせておくれ。このババアの、心からの願いだ)

「女を殺すのは、嫌だな・・・」

(ふふっ。姫が生きておれば、娶せてやっても良いほどの男よな)

「楽しいだろうなあ。海とか、行ったのか?」

(おう。海も山も、姫と共に駆けた。あの単車は、大事にしてやってくれぬか?)

「姫の名は?」

(・・・ローザ、だ)

「いい名だ。あの単車に、名前を貰ってもいいか?」

(姫も喜ぶだろう。そうしておくれ。パワードスーツは傷みが酷い。防具修理の最上スキルでもなければ、動くまでには直せぬ。もっとも、重装装備の最上スキルを取らねば、着る事もできぬがな)


 ニーニャがいつか直すにしても、使うにはスキルが必要なのか。

 バイクは大切に乗ろう。それが、俺がローザって女にしてやれる、たった1つの事なのだから。


(では、はじめようか)

「言い遺す事は?」

(ない。・・・いや、鳥に生きろと。姫の名を継いだ単車を、たまに見てもらわねばならぬのでな)

「わかった。さよなら、婆さん」


 【チェインヒット】【ワンマガジンタイムストップ】声に出さずとも、時間は止まった。

 寒気がするほど鋭い牙の並んだ口腔内に、銃弾を撃ち込んでゆく。

 最後の1発は、離れて撃った。

 白虎から目をそらさずに、マガジンを出して叩き込む。

 姿勢を低くした白虎をはっきりと見ていながらも、その1撃を回避するのは不可能だった。

 噛み千切られた喉の肉の隙間から、思わず出た叫び声が風のように鳴る。


(ヒヤマ!)

(なにしてる、撃て! 撃つんだウイ!)

(お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんー!)


 倒れかけた体を、白虎に向けた。

 銃口は耳に押し付けている。悪戯が成功したように、白虎の目は笑っていた。


「後で怒られんのは、俺なんだがなあ」

(愛想を尽かされて、地獄に姫を迎えに来るがいい。さらば)


 白虎のHPバーが砕け散るまで、銃弾を撃ち続けた。

 パッパラー。パッパラー。パッパラー。



(無事なのですかっ!?)

(おう。最上スキルのおかげでな。なかったら死んでた。ウイが勧めてくれたから、なんとか生き残れたな)

(あまり心配させるな! 4人で死んだと思ったぞ!)

(そうだよ、お兄ちゃん。ニーニャの心臓を止めたいなら、巨大ロボットでも連れてきて!)


 意味はわからんが、怒ってるのは理解した。

 さて、残るはUIの説得だけか。


(重装クリーチャー使いのUIが上にいる。説得を頼まれたから行ってくるが、3人はどうする?)

(このクリーチャー達のように、敵対する可能性は?)

(わからん。ただ、信じてもいいとは思ってる。あの日、荒野で会ったルーデルを信じたようにだ)

(・・・なら、私達も行きます。ニーニャちゃんは、たーくんの背中で)

(了解。ニーニャ、バイクやパワードスーツがある。俺やウイと同郷人の遺品なんでな。良かったら、見てやってくれ)

(防具修理の最上スキルを取ってでも直すのっ!)


 4人とたーくんで3階に上がると、UIはそのままの姿勢で俺達を迎えた。


(手間をかけたな。女性達も、見ていて辛かっただろう。白虎の悪戯好きは昔からでな。勘弁してやって欲しい)

「あなたが、UIですか」

(そうだ。これらの遺品は、我が主の使用していたものだ。強化外骨格パワードスーツ以外は、修理スキルですべて新品同然にしてある。良かったら使ってくれ)

「伝言も聞いてたんか?」

(ああ。生きろとは、勝手な事を言う奴らだ。生に飽いてなお、何をして生きろというのか)

「お爺ちゃん、死んだらダメだよ。忘れたくない人がいるうちは、なにがなんでも生きなくっちゃダメ。それが、生きるルールなんだよ」


 鷲の視線が、ニーニャに注がれている。

 時間が止まったかと錯覚するほどに鷲はニーニャを見つめ、ようやく息を吐いた。


(主に、似ておる・・・)

「俺達と同じ存在の家系だ。たぶん、生まれが同じ国なんだろ。あっちの事、なんか言ってなかったか?」

(単車のタンクの上に、肉声音源がある。スイッチを押せば、音が流れる)


 近づいてみると、確かに小さな機械が置かれていた。再生と書かれたスイッチを押す。

 ノイズ。数秒続いた。

 流れてきたのは、アカペラのカチューシャだった。

 何かをいたわるように、美声が言葉を紡いでいる。郷愁か、喪失感か。

 伸びやかに続く歌声。

 誰1人として口を開く事なくカチューシャを聞き終えると、録音したローザの小さな笑い声が聞こえた。優しく笑うんだな。


(・・・止めてくれるか?)

「ああ。ほらよ」

(すまんな。いつまでも聞いていたいが、聞くと辛い。この50年、ずっとそうだ)

「わかるよ。ローザの故郷はわかった。今の歌の名を知ってるか?」

(知っているが、それが何だ)

「ニーニャ、自己紹介してやれ」

「ほい。ニーニャ・カチューシャ。ジャンクヤードの修理屋でっす!」



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