朽ちた王と円卓の騎士
30分きっちり待っても、黄マーカーの主達は1階フロアに現れなかった。
「仕方ねえ。ミツカ、階段かエスカレーターにハンキーを横付けしてくれ。まずは全滅させる」
「了解。正面のあれがそうなのかな?」
「ああ。あれがエスカレーターだ。動きはしねえだろうが、自分の足で上ればいい」
2丁のコルトと、サブマシンガンの装填を確認する。
特に、サブマシンガンは念入りにだ。慣れてなくて3人の誰かに怪我なんてさせたら、後悔では済まない。
「準備はOKです」
「俺とたーくんが先に出る。ウイ、ミツカ、ニーニャと続け。周囲がクリアなら、まずニーニャをたーくんに背負ってもらう」
「了解。ハンキーはどうしますか?」
「これからもそうだが、ハンキーはウイがいつでも出せる遮蔽物でシェルターだ。HPもかなり上がってる。そのつもりで携行してくれ」
「なるほど。とてつもなく有用ですね」
ハッチを開けると、たーくんが4脚を曲げて飛び出した。
すぐに続き、砲塔に足をかけて周囲を見渡す。
臭え。鼻が曲がりそうだ。
(全方位クリア。出ていいぞ)
ウイが屋根で周囲を警戒し、ミツカがニーニャをたーくんの箱に乗せた。
全員が降りると、素早くウイがハンキーをアイテムボックスに収納する。
「ウイ、後方を頼めるか?」
「ええ。ここではそうします」
「助かる。俺、ミツカ、たーくん、ウイの隊列で進む。残るマーカーの数は少ないが、油断はするなよ」
錆びついたエスカレーターを上がると、腐肉の臭いはずいぶんマシになった。
ガラスの欠片を踏みながら、この階で近いと思われるマーカーに向かう。子供服売り場の割れたショーウィンドウに、純白のヒラヒラした服を着たマネキンがあった。
「ニーニャに、似合いそうだな」
「終わったらいただいて、ニーニャちゃんにプレゼントしましょう。たしかに、とても似合いそうです」
「あっちのは下着売り場だ。合うブラがあるといいなあ」
「自慢ですか、ミツカ?」
「違うって。あげられるならあげたいよ、こんなもの」
婦人服売り場から出てきたゾンビに、貰ったばかりのサブマシンガンを撃ち込む。フルオートの必要がないくらいに、あっさりゾンビは倒れた。
「凄い威力ですね。何ダメージでした?」
「50だったな。セミオートでいいらしい。次は少し先だ」
それでもセレクターはフルオートのままで、次のマーカーに向かって歩を進める。
やがて正面に見えたのは、ゾンビではない頭部だった。
(そこのアクセサリーショップの壁に隠れろ。HPを確認して、倒せそうなら狙撃する)
コルトとサブマシンガンをホルスターに納め、対物ライフルを出した。久しぶりだな、相棒。心の中で呟くと、光の加減で銃身が鈍く光った。
セール品の洋服がかかったハンガーの向こうに、それは身じろぎもせず立っている。
淡いピンクの長い耳。HPは、500。これならいけるだろう。マーカーは、まだ黄色だ。
(ピンクのウサギロボットだ。やるぞ?)
(うひゃー。なにそのかわいいの確定なロボットちゃん!)
(あとで直してやればいいさ。それより、銃声でゾンビやロボットが集まるかもしんねえ。最悪の場合は、カウンター前にハンキーを出して乗り込め)
(了解。狙撃、どうぞ)
床を踏みしめて、対物ライフルを構える。
立射。恐怖はない。痛みがあるなら、我慢すればいいだけだ。
ドッオゥーン!
(狙撃成功。対象の沈黙を確認)
(マーカーが蠢いています。念のため、身を隠してください)
壁に張り付くようにしゃがみ、息を殺して待つ。
対物ライフルを収納しようとして、自分のHPが減っていない事に気づいた。
ようやく認められたか。これからも頼むぜ、相棒。
(マーカー、落ち着きました。揺らめくような動きを見せたのは、この階のゾンビでしょうか)
(わからんが、用心して行こう。ロボットもいるみてえだからな)
(うさちゃんロボット、かわいいんだろうなあ。うへへ)
どれ、ニーニャも壊れかけてるし、早めに探索に入りたい。そろそろ行くか。
ロボットをウイが回収する前に、興奮したニーニャをなだめるのに苦労したが、3匹のゾンビを倒すと2階のマーカーはもうなくなったようだ。
(ここが2階の最奥か。そこのエスカレーターを上がろう)
(外観ではわかりませんでしたが、損傷が激しいですね。3階より上は、上れないかもしれません)
(マジかよ。この案内板じゃ、本屋が4階で家電製品が5階ってなってんぞ)
(ミツカのコミックと、高く売れる電化製品が取れないのは痛いですね)
3階に上がると、確かに上へのエスカレーターは潰れて通れそうになかった。
階段や先のエスカレーター次第だが、金にはならない探索になるかもしれない。
(まあ、経験値目的で来たんだ。それくらいはいいさ)
(ソルジャー・オベェマをそれくらいとは何だ、ヒヤマ)
(そうだよ、お兄ちゃん。ソルジャーをバカにする悪い子は、カーネルにお仕置きされちゃうんだから)
(へえへえ。待て。下りろ、すぐだ。急げ! GO! GO! GO-!)
サブマシンガンをフルオートでぶっ放す。
「【挑発】!」
速い。HPバーも名前も見えないほどだ。【挑発】が効いただけでもありがたい。転がるように、エスカレーターを下りる。
「下がってハンキー出して乗車! 急げ!」
手榴弾。ピンを抜いてレバーを握る。
レベルアップでHPは増えている。自爆覚悟で、3階を跳ね回る赤マーカーを待った。
来る。思った瞬間、手榴弾を3階に向けて投げ、エスカレーターの陰に転がり込む。
痛みはない。それだけを確認して飛び出す。
もう敵を見ている余裕もない。
暴れる赤マーカーに向かって、サブマシンガンを撃ちまくる。
(準備完了! ヒヤマ、下がって!)
「【挑発】! 【範囲挑発】!」
1歩、2歩。スローモーションみたいな時間の流れの中で、全力を両足に込めて跳んだ。
(【砲手の連撃】!)
立ち上がりながら、サブマシンガンのマガジンを交換する。
パッパラー。
エスカレーターの前に、小さな肉の塊があった。
(無事ですか、ヒヤマ?)
(『ドクターX』も必要ねえくらい、ピンピンしてら。ウイ、これは何だ?)
(死肉漁りですね)
(どっかで聞いた名前だな)
(重装クリーチャー使いの、初期クリーチャーですよ。職業選択の時に、説明を見たはずです)
(懐かしいな。じゃあ、上に重装クリーチャー使いがいるかも知れねえって事か?)
そうだとしたら、俺が1人で行くか探索を諦めるかだ。
運び屋クラスの敵が待つ場所に、3人を連れて行く気などない。
(いいえ。骸が消えません。野良の死肉漁りか、マスターが死亡後の死肉漁りと推測されます)
(後者なら、厄介すぎるな。上のクリーチャーは、どれも手強いって事んなる。この死肉漁りも、レベルアップしてこんなに素早くなったんだろ?)
(ですね。残るマーカーは3。危険な真似は許しませんが、判断は任せますよ)
(可能なら倒してえな。気づいてるか、死肉漁りの経験値?)
【パーティー無線】の向こうから、ウイが息を呑む音が聞こえた。
(レベルアップには気づきましたが、こんなに次が近いなんて。どのくらい来たんでしょう)
(500。初期クリーチャーでこれだ。それに、この世界に招かれた存在の死体があるなら、弔ってやりてえってのもある)
(・・・作戦は?)
(狙撃で引っ張る。すぐハンキーの後ろに下がるから、ガトリングガンで仕留めてくれ)
(30秒だけ待ってください。【砲手の連撃】のリキャストタイムです)
(タバコでも吸うさ。そいつはどんなスキルなんだ?)
(30秒だけ、連射するほどダメージアップです。微々たるものですけれど)
(良いスキルじゃんか。俺も、この戦闘が終わったらスキルを取るかな)
タバコをゆっくりと吸って、吸い殻を踏み消した。
(準備は?)
(こちらは大丈夫です。ヒヤマ、現在の残スキルポイントは8ですよね?)
(ああ。無線スキルを取るつもりだ)
(無線は私が取りますから、【散桜の如く】を伸ばして、最上スキルを取りませんか?)
(完全回避スキルか。手前のフレンドリーファイア無効と爆発物破片無効のスキルが魅力的だから、いつかは取るつもりだったがよ)
(シティー防衛戦となれば、ハンキーを戦闘車両として使うのでしょう。私も【砲手の連撃】を伸ばして最上スキルを取得したいのですが)
(ポイントは?)
(10あります。ここで9使用して最上スキルを取得しても、シティー防衛戦までには無線スキルを取得して、通信手もこなせます)
通信手か。ありがたいが、ウイにばかり負担をかけるのもな。
とりあえず今は、目の前の敵に集中しよう。ここでウイが最上スキルを取ってくれるなら、きっと上のマーカーを倒す助けになってくれる。
対物ライフルを出して、銃身を撫でた。
(最上スキルは取ってくれ。俺も【散桜の如く】を伸ばしておく。通信は、また今度ゆっくり考えたい)
(わかりました。ちょっと待って下さいね)
スキルポイントを使い切ると、不思議と不安な気持ちになった。後がない、いや、何かあっても対応できない不安だろう。
それを誤魔化すように、タバコを吸って待つ。
(お待たせしました。ヒヤマも取得しましたね)
(ああ。そっちのスキルの使用時、何か気をつける事は?)
(特にありません。最上スキルは【砲手のサンドグラス】。現実の10秒を1分間に変更して、攻撃可能なスキル。私からはヒヤマもスローモーションに見えますが、ヒヤマはなんの違和感も感じないらしいです)
(【ワンマガジンタイムストップ】みてえな感じか。そんじゃ、行って来る)
身を案じる言葉を聞きながら、エスカレーターを慎重に上がった。
途中から匍匐前進で3階に入り、黄マーカーの方角に対物ライフルを向ける。
見えたのは、信じられない光景だった。
錆び1つない大型バイク。V型エンジンにセパレートハンドル。間違いなく、趣味人が乗っていた物だろう。
白い虎。大量のガラクタ。
槍を抱えたサハギンは、立てた膝の間に顔を埋めてピクリともしない。白虎とサハギンを左右に従える、俺の3倍はありそうなロボットのような機械と、同じような姿勢だ。
機械の肩に羽を休める巨大な猛禽類が、閉じていた瞳を開いた。