海水浴と大発見
「お兄ちゃん、おっきてーっ!」
体を揺すられて目が覚めた。声は、後から認識した気がする。
網膜ディスプレイに時計を表示。まだ9時じゃないか。学校がある訳でもなし、もう少し寝かせてほしい。
「・・・昼前には起きるから、寝せてくれ」
「ダメに決まってるでしょ。それよりお兄ちゃん、なにか言う事ないの?」
だから寝せてくれって言ってんじゃんか。
そう思ってニーニャを見ると、モジモジしながら上目遣いで俺を見ていた。
顔が赤い。よく見れば、水着を着ている。白いワンピースタイプだ。いつも思うが、腰のヒラヒラに意味はあるんだろうか。
「おお。かわいいな。白が似合うぞ」
「えへへっ。ありがとー!」
褒められたお礼のつもりなのだろうか、ほっぺにキスされて面食らった。4人で並んで寝る時もやけに密着してくるし、色気づいてきたなあ。
「朝ゴハンが片付かないから、早く食べてだって」
「わかった。すぐ行く」
こうも目が覚めてしまっては、起きてしまった方がいいだろう。
昨日飲みながら決めた話では、今日は揚陸艇の消息を追う船が来ないか見張るとの事だ。さっさと起きて、見張りでもしよう。
テントから出ると、敵の残したバーベキューセットで何かを作っている女性陣がいた。ウイとミツカはもちろん、オートマタのジュモまで水着姿だ。
遊び倒す気マンマンじゃねえか。
「おはよう、ルーデル。運び屋は?」
「おお、ヒヤマ。おはよう。あの2人は、まだ寝てるぞ」
「シェパードもか。加齢臭で気絶してなきゃいいが」
「・・・まあいいか。先に朝食をもらったぞ。料理上手の嫁さん達だな。羨ましいぞ」
「ジュモは料理が苦手なんか?」
ルーデルが沖を見ている。雲1つないっての。
「お待たせしました。サハギンスープと缶詰。それと昨日の残りを温めただけのものですが、どうぞ」
「ありがとう。ウイもミツカも、水着姿が眩しいな。似合ってんぞ」
ウイは大人しめの花柄、ミツカは大胆な黒。どちらもビキニなのに、こうも印象が違うか。朝から眼福だな、こりゃ。
「ありがとうございます。照れますね」
「水着なんてはじめて着たんだが、褒めてもらうと悪い気はしないな。ありがと、ヒヤマ」
「見なさい、ルーデル。これが正しい夫の反応なのデス。見習うがいいのデス」
ルーデルに人差し指を突きつけるジュモは、極端に布の面積が少ないビキニだ。俺なら喜んでズラして・・・
「・・・俺は独身だ」
「ノン。入れて出したら、夫婦なのデス。言い逃れはさせないデス」
勃つのか。そして出るのか。人体の不思議だよなあ。
「あのなあ・・・」
「俺は朝メシだな。いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
小骨のない白身魚、サハギンスープから食いはじめる。
ルーデルとジュモはまだ言い争っているが、ウイとミツカがジュモの援護を開始したので、ルーデルは劣勢らしい。縋るように俺を見るが、やったなら男が悪い。別れる理由がないうちは、素直に2人でいるしかないっての。
朝メシを食い終わると、女性陣は海で遊びはじめる。
俺も誘われたが、見張りを理由に断った。
テントから這い出してきたシェパードを撫でながら、沖と砂浜の左右を見張る。
「もうすぐ丸1日になんだよな?」
「揚陸艇をやったのは、たしか正午過ぎだったな」
「無線のない揚陸艇なんてあんのか?」
「大戦時は、職業持ちが軍人になった。無線はスキル頼りだったぞ」
「倒した兵に職業持ちは?」
「いなかったな」
「なら、敵が来る可能性は低いか」
「運び屋が寝てるくらいだ。来ないとは思うぞ」
そうだとしたら、楽しそうに海水浴している女性陣も、飽きるまで遊んでいられるな。
「ジュモの動力は大丈夫なのか?」
「光合成と水と少しの食料。それで、半永久的に動けるらしい」
「そりゃ凄え。良い嫁さんを見っけたな」
「・・・俺は怖いよ。ヒヤマも運び屋もいなくなると思うと、その時が怖い」
「人は死ぬ。待ち焦がれはしねえが、俺は逃げようとは思わねえな」
冷えたビールを呷ると、運び屋達のテントの入口が開いた。無精髭の大男が出てくる。
「まるで熊だな」
「ふふっ。冬眠明けか。おおい、運び屋。冷えたビールがあるぞ?」
「ありがてえ。迎え酒が欲しくて出てきたんだ」
ルーデルが投げた缶ビールを開け、運び屋は空を見るようにして流し込んだ。
俺が投げた缶ビールも飲み干し、砂浜に空き缶を放る。
「ああ、やっと目が覚めたぜ」
「良く寝てたな。もう昼だぞ」
「テントに戻っても飲んでたからな。おお、華やかなモンだなあ」
「はしゃぎ過ぎだっての」
「いいじゃねえか。まだ若いんだ。そのくらいでちょうどいいのさ」
「そんなもんか。帰りはシティーに寄るんだよな?」
「ルーデル達の買い物もあるだろうしな。ジャスティスマンとは面識がある。アザラシ兵と揚陸艇の事を、話しておいた方がいいだろう」
「先行してもらえるか?」
「足を合わせるさ。3人でジャスティスマンに会う。嫁さん達は、その間に買い物だな」
ルーデル達は、金があるんだろうか。揚陸艇を始末した時に、ある程度の武器弾薬は収穫しただろうが、足りるのかわからない。
「ルーデル、金はあるのか?」
「ジュモがたんまり持ってるらしい。借りるのは癪だが、出してもらうさ」
「いくらか渡すぞ?」
「それは勘弁してくれ。まだジュモに借りる方が気が楽だ」
「ガハハ。振られたな、死神。槍でも降るんじゃねえか」
「だな。泣きながら自棄酒といくか」
「付き合うぜ。やっぱ夏はジンだろっ」
「まだ昼だっつの。俺はビールでいい」
「俺もだ。おお、ありがとうな。ヒヤマ」
「なんでえ、意気地のない」
意気地は関係ない。そしていい年したおっさんが拗ねんな。気色の悪い。
笑い声が近づいてきたので目をやると、ウイ達が戻って来るところだった。ジュモもいい笑顔だ。ずいぶんと仲良くなったようで、ルーデルも安心だろう。
「お昼を準備しますね。って、もうそんなに飲んでるんですか。程々にしてくださいね」
よく見ると、俺達の回りには空き缶が散乱していた。帰りにはもちろん回収するが、ちょっとした山になっている。
昼食を終えて、夕暮れまで見張りを続ける。
サハギンの1匹も出てこないのは不思議だ。
それを2人に言うと、キャンプ系の最上スキルだと教えられた。
それならと運び屋のジンに付き合い、日が暮れてからも飲み続ける。
気がつけばもう翌朝で、真っ赤な顔のニーニャが目の前にいた。
「ありゃ?」
「おはようございます、ヒヤマ。起きたなら、ニーニャちゃんを離してあげてください」
「お、おう・・・」
「ほら、ニーニャちゃん。ミツカとお花を摘みにいってらっしゃい」
「あ、ありがとう。もう、限、界っ・・・」
「行こう、ニーニャちゃん」
悪い事をしたらしい。まさかとは思うが、もっとヤバイ事はしてねえよな・・・
「あー、その。大丈夫、だよな?」
「頬ずりくらいはOKでしょう。ただ、体をまさぐるのはグレーですね」
「・・・覚えてねえ」
「飲み過ぎなんですよ。気をつけてくださいね?」
「おう。もう、ジンはやめとく・・・」
手早く身支度をしてテントを出ると、ルーデルと運び屋がテントを畳んでいた。どうやら、うちが最後らしい。
挨拶して準備をはじめる。とは言っても、ウイのアイテムボックスにテントを収納するだけだ。
朝食を取って、ハンキーに乗り込む。
ルーデルとジュモはウイ達がハンキーの後部座席に座れといっても首を縦に振らず、ニーニャがタイヤを2つ足して日除けを付けたトレーラーに座った。
気を使いながら、そっとハンキーを走らせる。
打ち合わせ通り、運び屋のバギーが先頭だ。車両のルート検索をしてくれる便利なスキルがあるとかで、至極走りやすい道を進む。
「便利なスキル持ってやがるなあ」
「年季が違うというやつですね。焦らずに追い付きましょう」
「俺が1番ペーペーなんだもんなあ。嫌んなるぜ」
実際、あの2人と戦う事になれば、俺は手もなく捻られて終わりだろう。お互いの手の内を明かし合った訳ではないが、どう考えても勝てる気はしない。
「ウイ、シティーじゃジュモの案内を頼むな。それと、いつも4人で動け。何かあってからじゃ遅い」
「もちろんです。スラムに出る気もありませんし、安心してジャスティスマンと話してきてください」
(死神、ちょっと寄り道するぞ。修理可能な車両の反応があった)
いつの間にか並走していた運び屋から、そう無線が来た。
大きく頷くと、バギーは廃墟に向かって前に出る。
「どうしたんですか?」
(修理可能な車両があるらしい。ニーニャ、直してルーデルの足に譲ってくれるか?)
(もっちろんだよう。ハンキーちゃんも30番シェルターに運んだ超エネルギーバッテリーも、ルーデルさんにもらったんだもん)
ニーニャがいい子で良かった。
どんな車両があるか、楽しみだな。
(お、おい、ヒヤマ。運び屋から無線が来たが、車両なんて俺達はいらないぞ。ヒヤマ達が使ってくれよ?)
ルーデルも無線スキル持ちかよ。羨ましい。
ハンキーがあれば、俺達はそれでいい。返事代わりに中指を立てて手を上げると、無線からルーデルのため息が聞こえた。
廃墟の前にバギーが停まっている。横付けしてハンキーを降りた。
ウイがハンキーをアイテムボックスに収納すると、運び屋が大口を開けて驚いているようだ。
「ウイ嬢ちゃん、そいつは・・」
「ああ。無限アイテムボックスですよ?」
「ルーデルにも驚かされたが、お前らも大概だなあ・・・」
「俺は運び屋にビックリだがな。なんだよ、車両の反応って」
「修理可能な物を探知するスキルだよ。ただ武器なら武器、車両なら車両の対応スキルが細かく分かれててな。俺はこんな職業なのに、車両がなかったから取ったんだよ」
車両なしで、運び屋としてこっち来たんかよ。いい根性してんなあ。
「おい、車両なんて俺達には必要ないぞ」
「なら、ハンキーをニーニャから取り上げるか?」
「誰がそんな事をするか」
「ニーニャがハンキーの事を気にしててな。新しい車両をルーデルが受け取らなきゃ、涙目でハンキーを渡しに行きそうだぞ?」
「ハンキーちゃんとお別れとか、考えただけで・・・ ふえぇ・・・」
「かわいそうに、ニーニャ。うちのルーデルは、ゴミクズにも劣るのデス」
「い、いや。お別れしなくていいから。なっ」
「本当?」
「当たり前じゃないか」
「よし。話はまとまったな。とっとと行こうぜ」