アザラシは川を登る
ハンターズネストの事務所前でハンキーに乗り、婆さんとぼーちゃんに見送られて走り出す。
いつもは船でシティーまで送ってもらうので、ここからは未知の領域だ。気を引き締めてハンドルを握った。
道路の瓦礫を縫うように走るが、完全に道を塞がれていれば瓦礫を登る。キャタピラならではの走行だ。その度に、後部座席からニーニャの楽しそうな笑い声が聞こえる。
「ヒヤマ、シティーを越えても、しばらくは遺跡がありません。これは船に乗せてもらうべきでしたね」
「構わんだろ。ドライブだと思ってりゃいい。ニーニャなんか、めちゃくちゃ楽しそうじゃねえか」
「そうですが、暇じゃありませんか?」
「俺は運転してりゃ、それだけで楽しいからな。ウイは暇か?」
「いいえ。銃座ならヒヤマが、後部座席ならミツカかニーニャちゃんが、話し相手になってくれるので平気ですよ」
「後ろ向きだけどな」
「仕方ありませんよ。防弾板があるので、前を向いてたら話せません」
話しながら、瓦礫の山を1つ越えた。
「ふふっ。ニーニャちゃんが楽しそうです」
「ミツカもな。笑い声が、ここまで聞こえる。何が楽しいんだか」
「この世界では、ほとんどの人間は街から出ませんからね。ちょっとした事でも楽しいのでしょう」
「ブロックタウンとシティーの他に、街があるのか?」
「それはあるでしょう。なかったら、運び屋なんて職業は成立しません」
「いや、この界隈にだ。運び屋は、ずっと西の土漠地帯から来たらしいぞ」
「あるみたいですよ。行商人は5つの街を回って商売していると、レニーさんに聞きました」
レニーとウイが話してるとこなんて、1回も見た事無いんだが。
「いつ話してたんだ?」
「レニーさんのスキル【近距離無線】で。種馬の貸出中とかに」
あー。すべてバレてると思っていいんだな、こりゃ。
極端に変態っぽい事はしてねえよな。・・・たぶん。
「他の3つの街、行ってみてえな。珍しい物があるかもしんねえし。たまには、ウイに服でも買ってやんねえとと思ってたんだ。うん」
「あら。催促したつもりじゃないのですよ?」
催促はしてません。やんわり脅しただけですよ、ってか。
シティーが近くに見えてきた。もうすぐ、昼メシの時間かもしれない。
遠くを、人が歩いている。4人。それとあれは、馬か?
(冒険者らしき人影4。馬っぽい動物もいる。ハンキー止めっから、ミツカはウイと場所変われ。犯罪者だったり会話に嘘があれば、即【パーティー無線】)
(了解)
ハンキーを停車し、サブマシンガンとコルトのセーフティーを解除する。そして背負っていたレーザーライフルを、軽機関銃に変更した。若干運転しづらいが、贅沢は言ってられない。
(OK)
(こちらも席につきました)
(進むぞ。たぶん、声はかけられるとは思う。敵対したら【ワンマガジンタイムストップ】だ。遺跡の情報は流さずにおこう)
何食わぬ顔でハンキーを走らせる。
それほど走らずとも、集団ははっきり見えてきた。こちらを指さして、何やら話している。
重そうなドア盾と、フルフェイスのメット。あいつらか。
「久しぶり」
「おう。ジョンとスミスだったよな。もう1人は、はじめましてだ。商人さんは儲ってんな。まだ若い荷馬じゃないか。あやかりたいもんだ」
行商人は頭を掻いてお辞儀。ジョンはハンキーを眺め、目をキラキラさせている。スミスの表情はわからない。
もう一人は、頬を赤くした、くすんだ金髪の女だ。地球で言うAKのようなアサルトライフルを背負っている。
「覚えててくれたか。彼女は、新しくパーティーに入ったジェーン。よろしく頼むよ」
「ジェーンです。有名な死神、さんにお会いできて光栄です」
「死神ハーレムでいいぞ、もう。アサルトライフル持ちとは、良い仲間を見つけたな。これからブロックタウンか?」
「ああ。それにしても、車両を手に入れたんだな。驚いたよ」
「たまたまな。ブロックタウンを出てからクリーチャーは見てねえが、ちょっと前にはオーガ兵の群れも出てる。気をつけてな」
「ありがとう。死神達の道に、宝のあらん事を」
「こちらこそだ。ジョン、スミス、ジェーンの道に、良き宝のあらん事を」
手を振って別れ、ハンキーを走らせる。
「はじめて会った時は困らされたが、悪い人達じゃないよな。ヒヤマを色眼鏡で見ない」
「2回会ったら知り合いだからな。気のいい連中なのはありがたい」
「ん。ちょっと待ってくれ。ウイが呼んでる」
ミツカがペダルを踏んで、銃座を回転させた。高さをかなり取ってあるので、俺に当たる心配はない。すぐに、唸りを上げて銃座が戻る。
「ヒヤマ、ウイが32口径が3丁残ってるから、あのパーティーにあげたらどうかだって」
(いいのか?)
(あたしは賛成だ。あの行商人の専属らしいし、死なれたらブロックタウンが困る)
(ええ。そう思ったので、自警団にもカチューシャ商会にも充分在庫のある、32口径拳銃を進呈したらどうかと)
(さんせーい!)
(ならUターンだ。ニーニャ、しっかり掴まってろ)
(きゃああああっ! たーのーしーいー!)
思った通り、喜んでくれたか。
ジョン達はUターンに音で気がついたようで、立ち止まってこっちを見ている。
追いついてハンキーを停めるとウイが降りて、キャタピラの上に32口径と弾を置いた。ホルスター付きだ。
「ジョン、それは俺達からの贈り物だ。ブロックタウンにとって、大切な行商人さんだからな。しっかり守ってやってくれ」
「そんな。3つも買えるほど硬貨がない」
「だから贈り物。プレゼントだ。急いでるんでな。早く取ってくれ」
「す、すまん。だが、こんな高価な銃・・・」
「私達は使いませんし、カチューシャ商会でも在庫があまり気味の銃です。それでも護身用にはなりますから、遠慮なく使ってください」
ウイが言う。ためらいがちに、ジョンは銃に手を伸ばした。
いささか過剰な礼の言葉を聞いて、ハンキーをバックさせる。のんびりと、来た道を戻った。
(まだ手を振ってくれてるよ! またねー)
(本当に、銃は貴重品なんですね)
(そうだよ。ヒヤマとウイに会ってなければ、あたしだって32口径しか持ってないはずだ。街1つ守る、自警団の団長がだぞ)
(遺跡を漁れば、そこそこあるのにな。あれくらい)
(スキルがないと、遺跡を発見する場所までも行けない。そして施錠でもされていたら、それでお手上げ。やはり職業持ちでないと、難しいのでしょう)
(なるほどな。冒険者に知り合いができて、クズじゃなかったらこれからも渡すか)
上から物を施すように見えなければ、知り合いには32口径くらいは渡してやりたい。剣だけでこの荒野を生き抜けと言われたら、俺は裸足で逃げ出す自信がある。
シティーを越えて昼メシを食い、2時間もすると道路の瓦礫がだいぶ減った。
それでも、こんな風に大きなトレーラーが道路を塞いでいたりする。そんな時は、路肩や河原を走って抜けるしかない。
(河原に下りるぞ。ミツカ、クリーチャーが出たら遠慮なくガトリングガンを浴びせろ。ソイツのデビュー戦だ)
(任せてくれ。川に銃口を向ける。・・・準備は完了。いつでもいいよ!)
ガードレールの切れ目から、ゆるやかな傾斜を経て河原に入る。
下が砂利なので振動と音が凄い。【パーティー無線】があって良かった。
(ヒヤマ、川面にクリーチャー!)
スピードを緩めずに体を川に向ける。確かに、何かが動いているのが見えた。
サハギン程度ならいいが。
(アザラシ兵!? ヒヤマ、川にハンキーを寄せて!)
左のブレーキを全力で踏んで、アクセルを開けた。嫌な音を鳴らして、ハンキーは川に向かう。
ハンキーのハンドルは飾りでしかない。アクセルと左右のブレーキを忙しく踏んで、アザラシ兵・某という名前とHPバーに並走する。
(ミツカ、撃ちなさい! ヒヤマも撃って!)
ガトリングガンが火を吹いた。
頭の上の爆音。まるで、鉄パイプで頭を小刻みに殴られているようだ。
そのまま背負っていた軽機関銃を、左手だけで保持して連射する。
腕力に物を言わせた盲撃ちだが、少しずつ少しずつ、アザラシ兵のHPが減ってゆく。ガトリングガンのみでは、大したダメージは与えられないようだ。
(マズイです。逃げられる!)
ウイは相当焦っているようだ。
(何が問題なんだっ!?)
(あれは人間です! シティーの偵察に来た敵でしょう! なんとか倒して情報を遮断しないと!)
(リボルバーはまだあるか!?)
(もうありません!)
(くそっ。水中じゃ、チャンバーのある銃は危険で使えねえぞ!)
(お兄ちゃん、レーザライフルは水中でも使えるっ! ただ、減退がキツイの!)
(撃てりゃいい。行くぞ)
(待って、ヒヤマ!)
軽機関銃を収納してレーザライフルを出す。【ワンマガジンタイムストップ】は使えないのかもしれない。生き残れるかは、賭けだ。
ハンキーを飛び降りて息を止めた。そのまま、川に飛び込む。
暗い。思った途端に、視界がクリアになった。【夜鷹の目】か。ありがたい。
30メートルは先に、中世の騎士のような全身鎧を着た人間が沈んでいた。銃撃を嫌って、川底に下りたらしい。ダメージは少なくないのか、鎧のいたる所から気泡が漏れている。
【ワンマガジンタイムストップ】。強く念じて水を蹴る。
アザラシ兵・ザックは動きを止めるどころか、細く長い銛のような物を俺に向けた。
水中銃ってやつか。迫る銛は、はっきりと見えている。
肩。激痛が走る。見えていたところで、水中で動きを制限されていてはどうにもならないらしい。
(クソがあっ!)
水を掻く。蹴る。届かなければ、死ぬだけだ。
3本目の銛が俺を貫いたと同時に、ザックのヘルメットに手がかかった。力任せに引き寄せる。
大量の泡が視界に満ちた。
若い男。恐慌状態で、俺から離れようともがいている。
誰が離すか。鎧の首元を握った左手に力を込め、強引に引き寄せた。
ザックの口から気泡が飛び出す。
よせ。
確かに、聞こえた。
口にレーザライフルの銃口をねじ込む。
躊躇せずに撃った。フルオート。HPバーが砕けたのを確認して、岸に向かって川底を歩くように進む。ヘルメットをアイテムボックスに入れてだ。思ったほどに重さはないが、水中とはいえ成人男性を引きずるのは重労働だった。
息が苦しい。それでも、死体を離すつもりはない。
太陽。空気。それと、銃を構えた3人が俺を出迎えた。