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初めて尽くし




 網膜ディスプレイの左下に僕のHPバーと、ネズミの頭の上にHPバーが現れた。ついでに言うと、ネズミのHPバーの上にはビッグラットの文字が浮かんでいる。僕のHPは48、ビッグラットは10だ。


「【ファーストヒット】」


 声に出していた。緊張しているのかもしれない。必中スキルだとわかってはいても、慎重に狙いを定める。白い死神の知識を信じるんだ。やれる。

 シャボン玉を指で引き寄せるように、優しく引き金を引いた。衝撃。轟音は後で来た気がする。

 破裂するビッグラット。その瞬間に、ビッグラットのHPバーから330という数字が跳ねた。すぐに僕のHPバーの下に新しいバーが現れ、2という数字が跳ねる。ゲームと同じなら、与えたダメージと得た経験値だと思う。


「残りは4匹。行こう」

「今夜のオカズにしてやるです!」


 残念、今夜のオカズは君だ。

 狙撃銃を背負い、抜いたサブマシンガンを顔の右に立てる構えで走る。

 赤いマーカー。近い。車の残骸の陰から飛び出したビッグラットを撃つ。引き金を引いたのは、1秒にもならない時間だった。次は左っ。

 狙いをつける前に、ウイのサブマシンガンが火を吹いた。吹っ飛ぶHPバー。経験値はさっきと同じだ。走る、走る。セレクターをセミオートに。これで引き金を1回で1発発射。無駄弾は減らしたい。

 岩の後ろ。回りこむ。見えた。当たる。撃て。ビッグラットのHPバーから5という数字が跳ねる。なら、もう1発。よし。

 パッパラー。


「何だこの音?」

「レベルが上った音です。ウイも倒したので、2人ともレベル2になったのです」

「おー。おめー」

「ありー。おめ返しー、なのです」

「経験値は2人に同じだけ入るの?」

「ですです。レベル2までの必要経験値は10。3までは20。4までは30なのです」

「意外とレベルは上げやすいんだね。それでも高レベルになったらキツイだろうけど」

「人間死ぬまでレベル上げ。制限はないのでのんびり頑張るです」


 しつこいくらいあたりを見回してから、メニューを開く。

 日付と時間はほとんど変化してないけど、地図はかなり精巧なものが描かれている。特に文字もない地図だ。ドキドキしながら、次のページに進む。

 ステータス。おお、ちょっと上がってる。筋力、体力が1ずつ上昇してる。

 そしておまちかねのスキルポイント。やっぱり1だけかあ。とりあえず今は保留。夜にでもゆっくり考えよう。


「ウイにもスキルってあるの?」

「もちのろんです。キャンプ系の【静穏なるセーフハウス】、料理系の【日本の料理人】、【鍵開け】、【罠発見】、【交渉】、【一般修理】、【観測手】。それプラス、マスターのパッシブスキルを共有してるです」

「ほー、そりゃ便利だね。新しいスキルは何にしたのさ?」

「3まで貯めて、【遺跡発見】スキルを取るです」

「ありがとうとしか言えないね。いい子だよ、ウイ」


 手触りの良い真っ直ぐな黒髪を撫でたら、真っ赤になって俯いてしまった。なにこれかわいい。


「そんな事より、アイテムボックスの新しい使い方を教えるのです。ビッグラットを収納と念じるです」

「ん。ビッグラット、収納」

「アイテムボックスの所持品欄には何が増えたです?」

「『ビッグラットの皮』と『ビッグラットの肉』が5つずつあるね」

「それが今回の稼ぎなのです」

「肉は食用だっけ。ちょっと怖いね」

「食べられるだけマシなのです。白い死神の初期食料は5日分。どうあっても食べてもらうです。仕方ないから、美味しく料理してやるのです」

「ありがとう。じゃあ夜ご飯を楽しみにしながら、ビルの入口を見張れる場所まで移動しようか。あの丘に、家か何かの残骸がある。あそこでいいよね?」

「了解なのですが、いつまで頭を撫でているです!」

「おお。無意識だった。ゴメンゴメン」


 2人ともサブマシンガンをホルスターに納めて歩く。

 ウイは【観測手】のスキルを持つからか、僕の何歩か先を行く。正直、目の毒だから隣か後ろを歩いて欲しい。チラチラ見えて困る。


「ここですか。ふむ。家の残骸の陰が、絶好のキャンプ場所なのです」


 ウイがテキパキとキャンプの準備をする。もうすぐ夕暮れらしい。メニューの時計は15時半。手伝おうとしたら、そんな暇があるならビルを見張れと断られた。

 スコープでビルの入口を見張りながら、いろんな事を考える。虫より大きな生き物を殺したのははじめてだなあとか、いくらウイがかわいくても出会ったその夜に押し倒すんじゃないぞ僕とか、とりとめのない考え事。

 不思議な事に、日本の家族や友達を思い出して寂しくなるのはないみたいだ。病院のあの子が治ったと聞いてから、後悔なんてしていない。この世界で生きていく。ウイと2人でだ。


「晩ご飯ができたのです。マスターのレベルでは暗視スコープも暗視スキルもないので、とっととテントに入るです」


 気がつけば、もう真っ暗になってた。考え事ばかりで見張りが疎かになっていたかも。


「うーん。襲撃を警戒して見張りするから、ここでもらうよ」

「【静穏なるセーフハウス】で、日没から夜明けまではテントの中は安全なのです」

「でもほら、テントは狭いし・・・」

「はっはーん。さては魅力的なウイと2人っきりになったら、劣情に押し流されそうで怖いのですね。ああっ、美しすぎるのは罪なのです」


 確かにそうなんだけど、面と向かって言われるとイラっとするね。


「はいはい。自意識過剰はやめてね。安全ならテントに入るよ」

「むう。マスターのくせに生意気なのです」


 この子はマスターの意味をどう解釈しているんだろう。怖いから聞かないけど。

 テントは、大人2人がなんとか横になれるくらいの広さだった。天井に、小さな懐中電灯が灯っている。


「脱いだブーツは入口側に寄せておくです。そして、食事中は入り口を開けっぱなのです」

「了解。ふう、やっと落ち着いたね」

「明日は楽しい廃墟探索なのです」

「それなんだけどさ、そんなに良い物がビルの残骸とかにあるなら、もう取り尽くされてるんじゃないの?」

「それはないです。往時の文明の人口を考えれば、今のゴミ虫以下の人類が何千年消費を続けようと、1種類の缶詰すらなくならないのです」

「ゴミ虫以下って・・・」

「マスターが思ってるより数は少ないし、なにか新しいことをはじめようという気概もないのがこちらの人類なのです。あのビルの探索すら、たぶん手付かずなのです」

「ふーん」

「それより、晩ご飯なのです。味わって食いやがれです」

「ありがとう。いただきます」


 今日の晩ご飯は、でっかいステーキ。以上!


「でっか。何グラムだろ」

「1キロはないと思うです」

「肉のみでお腹いっぱいにするのか」

「嫌なら食うなです」

「嫌じゃないよ。せっかくウイが作ってくれたんだし。では早速」


 ナイフなんて上品な物は付いていないみたいだ。フォークにぶっ刺して、豪快に噛み千切った。


「わ。おいしっ」

「ふふん。料理スキル持ちをナメんななのです」

「スキル無しだとどうなるのさ?」

「ドブの味でもするんじゃねえですか。ネズミの肉ですし」


 食欲がなくなるから、そんな事を言わないで欲しい。


「お水はアイテムボックスのを飲んでいいんだよね?」

「はい。ただ飲み過ぎると、後で後悔するかもなのです。ご利用は計画的になのです」

「了解。ぷはあ。それにしても、本もテレビもない夜か。暇なんだろうなあ」

「ナニが乾く暇もないの間違いなのです」

「あのねえ。僕だって初めて会った女の子を、その日の夜にどうこうしないよ」

「ほうっ。20代も半ばを過ぎたOLにナンパされ、ほいほい着いてってパックリいただかれたマスターがそんな事を言うですか」


 ・・・なんで知ってんのさ。


「あれはほら、はじめてビールなんか飲まされて酔ってたし」

「ほう。酔うと誰とでも寝るですか、困った尻軽なのです」

「ごちそうさまでしたっ。じゃあ僕はもう寝るから。おやすみなさい」

「待ちやがれです。まだ話は終わってねえのです!」


 聞こえない聞こえなーい。

 おやすみなさい。


「ちょっ。なにしてんのさっ」

「動くななのですっ!」

「力つよっ。落ち着こう、まず落ち着こう。ね?」

「黙ってろなのです。天井のシミでも数えてりゃ、そのうちに終わってるです」


 僕の上に馬乗りになったウイが、ふーふーと鼻で息をしている。いつの間に脱いだのか、小ぶりな胸が丸見えです。


「まずこの手を離そう。ね?」


 ガッチリと利き手を抑えられているので、振り払う事もできない。ちなみにもう、ズボンは脱がされかけている。急がないと。


「うるせえです。ウイに優しく微笑みかけた次の日に、よくあんな事がやれますねえ。2度と他の女を抱けない体にしてやるです!」

「なっ・・・」


 あれは婆ちゃんが退院する前の日だ。そのさらに前日、僕は病院のあの子に会っている。いや、見かけただけと言った方がいいかもしれない。そして、確かに微笑んだ。


「君は・・・」

「日本の私は死んだ。18まで生きられない病気と知って、恋なんてする気はなかった。それでも、毎日のようにお婆さんのお見舞いに通う、笑顔の素敵な男の子を目で追ってた。いつの間にか、好きになってた」

「・・・言い訳に聞こえたらごめんね。ナンパされた次の日は、婆ちゃんが退院する事になってた。つまり、遅い初恋のあの子に会いに行く口実がなくなるんだ。落ち込んで、哀しくて、ついふらふらとね」

「言い訳そのものじゃねえかなのです」

「そして婆ちゃんが退院した日、僕は祈った。代わりに死ぬからあの子を助けて下さいって、祈った」

「そう。だからウイは、この世界のユーザーインターフェースとして生まれ変われたのです。ありがとう、なのです」


 もう手を固定されてはいない。恥ずかしそうに、ウイが身を捩った。僕の、初恋の人。そっと手を伸ばす。血色の良い頬を撫でる。


「ウイ、ありがとう。ずっと、好きでした。これからよろしくね」

「こちらこそ、なのです」



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