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予兆




「なんだそりゃ。もう戦闘車両じゃねえか」


 背後からの声は、運び屋のものだった。やはり、油断ならない。俺の感知力でも、運び屋とシェパードの接近に気がつかなかった。その気なら、皆殺しにされているだろう。


「そこの見張り台のと同じ銃座だ」

「悪くねえな。だが、ニーニャちゃんだったか。前面に鉄板を付けた方がいいぞ?」

「防弾板なの?」

「ああ。そのままじゃ危険だ。ケッテンクラートは足が遅い。バリケードみたいに停車して銃撃戦になるのを想定して、その時に銃座を使えるようにしておく方がいい」

「わかった。ありがとう、おじさんっ」

「お、おう・・・」


 なんで驚く。どっから見たっておっさんだろうに。

 よーしよしよし。シェパード、おまえは今日もかわいいな。


「だから、うちの相棒を気やすく撫で回すな。そっちも遺跡探索か、死神?」

「それもあるが、3人に海を見せてやろうと思ってな」

「海か。おい、おまえも海を見たいか?」


 俺に撫でられていたシェパードが、機嫌良さそうに吠える。


「なら俺達も行くか。こっちは道中の遺跡に手を出さん。面白そうなもんがあったら、無線を飛ばすぞ?」

「便利なスキル取ってんだな。ありがとよ」

「あったらの話だ。じゃあな」

「おう。シェパード、またな」


 バギーに乗り込んで走りだした、運び屋とシェパードを見送る。

 視線をハンキーに戻すと、ニーニャが銃座の正面に防弾板を設置し終えていた。


「仕事が早いな、ニーニャ」

「えへへ。でも、重量がかなり増えたの。ごめんなさい、お兄ちゃん」

「いいさ。急ぐ用事はねえ。のんびり走ろう」


 銃座を眺めてから、ハンキーに乗り込む。防弾板は巨大なもので、銃手が誰でも、頭部まで銃弾から守るだろう。覗き穴は細く横に切られ、狙いやすさより銃手を守る事を重視しているらしい。


「ほんじゃ、行くか。まずはハンターズネストな」

「はぁい」

「ウイ、ニーニャちゃん、銃座には誰が乗る?」

「ニーニャ、後ろに乗ってみたいっ!」

「キャタピラに気をつけろよ?」

「もちろんっ」


 ウイとミツカは、ああだこうだと話し合っている。どっちが銃座でもいいって。防弾板で、パンツ見えなくなったし。

 ちなみにたーくんは、指定席の荷台にもう収まっている。


「食事ごとに交代にしましょうか」

「それがいいね。じゃ、ウイ、あたし、ニーニャちゃんの順だね」


 話がまとまったようで、2人がハンキーに乗る。発進するぞと声をかけてから、ゆっくりと走りだす。

 トラクターのようなハンキーだが、徒歩よりはずっと速い。夜にはハンターズネストに到着した。


「婆ちゃーん!」

「おや、おかえり。ちょうど良かった。ヒヤマに話があるのさね」


 今日もハンターズネストに客はいない。聞いた話ではこの店は婆さんの道楽。だから客がいなくてもいいんだろうが、寂しくはないんだろうか。

 テーブルにウイが出したビールを飲みながら、婆さんの言葉を待つ。


「いつもすまないねえ。いただくよ」


 赤ワインを飲んだ婆さんが、指を2本差し出した。偉そうだな、おい。

 俺がタバコを出すと、美味そうに吸いはじめる。


「話ってのは?」

「早い男はモテないよ。話は、酒と煙草を楽しんでからさね」

「そうかい」


 婆さんがタバコを吸い終えるまで待った。

 全員が婆さんの話に興味があるらしい。ニーニャまでソワソワしている。


「ふうっ。ここ最近、どうもシティーがきな臭い。警備ロボットをだいぶ増やして、まるで戦支度さね」

「まさか、ブロックタウンを!」


 ミツカが椅子を鳴らして立ち上がった。

 それはないだろうとは思うが、俺達を監視するスキルでもあればあり得るのかもしれない。


「落ち着きな。それはないと思うよ。カチューシャ商会がブロックタウンに孫娘を嫁に出したって話は、ジャスティスマンならとうに掴んでるはずさ。それでもわかりやすく警備ロボットを増やすんだから、ブロックタウンを攻めはしないだろう」

「防衛戦の準備か?」

「婆はそう睨んでいる。スラムの住人なんかよりずっとヤバイ連中が、シティーに目をつけたのかもしれないね」


 噛み痕のある吸い殻が頭に浮かんだ。あれから尾行されていないかには細心の注意を払い、吸い殻も気をつけて見ている。時にはわざわざ探すほどだが、あの吸い殻は1度も見ていない。


「その話、剣聖と花園には?」

「剣聖とは話したよ。最悪の事態になれば犯罪者じゃない冒険者をまとめて、シティーとスラムの住人をブロックタウンまで護衛するとさ。花園は、まだブロックタウンだろう?」

「ああ。近いうちに、移民を迎えにシティーに行くはずだ。俺達は海まで行く予定だから、婆さんから話してやってくれ」

「わかったよ。それにしても海かい。船で送ろうか?」

「遺跡を漁りながら行く気だったんだが、シティーに詰めてた方がいいかもな。カチューシャ家の人間に、何かあってからじゃ遅い」

「必要ないよ。腐ってもシティー1の商会だ。戦争となれば、ジャスティスマンだって婆を頼る。危なそうなら、すぐにブロックタウンに逃げ込むさね」


 それでもなあ。ニーニャだって心配するだろうし。


「どうすっか・・・」

「何かあるまでシティーにいるのは無理だよう。定住権は空きがないもん」

「定住権なんてあんのか。じゃあ、ハンターズネストにいるか? ニーニャも心配だろう」

「おじちゃんは、本当に危ないなら逃げろって言うと思う」

「おじちゃん?」

「ジャスティスマンおじちゃん」


 ニーニャまで知り合いなのかよ。謎の男じゃなかったんか。


「どんな奴なんだ?」

「そうさねえ。正義感の塊だね。ミツカ嬢ちゃんに似たタイプだ。シティーを守るためなら、スラムで幼子が飢えてたって黙って見てる。自分が守れる範囲はシティーの中だけと思い定め、それを実行しているよ」


 ただの理想家じゃないって事か。嫌いじゃないが、会ってもいない男を信用するのもな。

 ビールで唇を湿らせ、ウイとミツカに視線をやる。


「どう思う?」

「ジャスティスマンが有能であるなら、襲撃の気配は早期に感じ取るでしょう。最近準備をはじめたなら、襲撃はまだ先かと」

「ウイの言う通りだとすれば、こまめにシティーの様子を見に来るくらいしか、あたし達に手はないんじゃないかな」

「なるほどな。じゃあ予定通り海まで行って、帰りに様子を見に寄る。その後はこの辺りの遺跡でも探すか」


 ニーニャが笑顔で頷いている。海に行けるのが嬉しいのか、この辺りの探索が嬉しいのかはわからない。兄代わりとしては後者であって欲しいが、うちの女性陣はいろいろ独特だからなあ。


「じゃあ婆さん、海から戻ったらスウィートを使わせてもらう。それと、バギーに乗ったハゲと犬が来なかったか?」

「見てないね。新顔かい?」

「俺やレニーよか、数段上だ」

「まあ、車両持ちは超1流の冒険者だからね。あんた達は焦らず、地道に頑張んな」

「車両はあるよー」


 余裕の笑顔を浮かべていた婆さんが、派手に赤ワインを吹き出して咳き込んだ。

 ニーニャが背中をさすり、ミツカがグラスを直し、ウイがテーブルを拭いている。無駄に良いチームワークだ。


「ゴホッゴホッ。す、すまないね。さすがに驚いた。ニーニャ、そりゃ本当かい?」

「うんっ。半装軌車のハンキーちゃん。砂漠仕様の美人さんだよ!」

「・・・ヒヤマ、今すぐにとは言わない。あんた、ジャスティスマンに会ってみる気はないかい?」


 会うのはいいが、友好的でいられるかはわからない。カチューシャ商会やブロックタウンに迷惑はかけられないのだから、簡単にイエスと言うのは憚られる。


「悩んでるね。あんたがどんな失礼を働こうが、ブロックタウンの不利には繋がらない。それは保証するさね」

「カチューシャ商会にもだ」

「ふふっ。ありがたい心配だが、それはないさ。ジャスティスマンは物流の大切さを知っている。カチューシャ商会が潰れたら、損をするのはシティーなのさ」


 信用の大事さも知る男なのだろう。婆さんが自信ありげに言うのだから、会って非常時の打ち合わせをしておこうか。


「・・・わかった。襲撃が予想されるなら、その前に会いたい」

「ありがとよ。車両を持つパーティーはこの界隈でただ1つ。ジャスティスマンも、喜んで会うだろう」

「2つだがな。じゃあ、明日は朝早くに出る。そろそろ寝るか」

「会ってみたいもんだね。そのハゲに。婆は戸締まりをしてから寝るから、あんた達はもう休みな」

「ニーニャも手伝う! そして婆ちゃんと寝るっ!」

「ありがとよ、ニーニャ。一緒に寝るのは久しぶりだねえ」


 戸締まりが終わるまで待ち、全員で寝室に向かう。笑顔でおやすみなさいを言ったニーニャだったが、すぐに【パーティー無線】で、頑張ってねと顔を赤くして言った。どうしていいかわからず、曖昧に頷いておく。


「いやあ。頑張れって言われてたな、ヒヤマ」

「ですね。気を使われてしまいました」


 2人がキングサイズベッドに座って笑う。

 アイテムボックスからウイスキーの小瓶を出して呷っていたので、危うく婆さんのように吹き出しかけた。


「笑い事じゃねえっての。どんな顔すればいいか、本気で悩んだぞ」

「それはそうと、ジャスティスマンと会ったら何を話し合うのですか?」

「シティーの防衛手段。手を貸した場合の報酬。その後の対応。ブロックタウンとホットラインを繋いで、同盟まで持って行きてえ」


 ウイはズレてもいないメガネを直し、ミツカは大口を開けて固まっている。


「ジャスティスマンは乗るでしょうか。それなりの硬貨で、いいように使おうとするのでは?」

「普通なら、そうだな。だがシティーは、攻められる立場だ。たとえ襲撃を跳ね返しても、またいつ来るかわかったもんじゃねえ。今のブロックタウンの戦力を考えたら、下手に出てもおかしくねえと思うぞ」

「花園も運び屋も、ブロックタウンの戦力ではないと思いますが」

「それは事実。そしてジャスティスマンは、何が事実か知らない。3組のパーティーが、ブロックタウンに住み着いてるって事は知ってる。だが、ブロックタウンのために命まで捨てるとは思ってねえだろ。そこで俺が、3組のパーティーをブロックタウンの戦力のように話したら?」

「花園と運び屋が敵に回りますね」


 うわ、勝てる気しねえ。って、そうじゃねえよ。


「そうはならん。話すのはバギーに乗った超1流の冒険者がブロックタウンで書店を開く事と、花園のマリーがブロックタウンの保安官代理に就任した事だけだ。ジャスティスマンは【嘘看破】と同じようなスキルを持ってるとは思うが、どっちも嘘じゃねえだろ?」

「そこまで考えて、運び屋に手持ちの本を安く売り、マリーさんを保安官代理にしたのですか。食えませんね」

「で、でも事実でもないぞ。運び屋は書店をやるかもだし、マリーさんは自警団に協力してくれるから代理になってスキルを活用するだけだ」

「ジャスティスマンがどう思うか。大事なのはそれだ。花園と運び屋を敵にしないでジャスティスマンが誤解してくれりゃ、それでいいんだよ」

「性格の悪さが際立つ作戦ですね」

「ほっとけ。明日も早い。俺はもう寝るぞ」



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