バカと犬
エンジン始動。
怖くはないが、平静でもいられない。不思議な気分でハンキーを走らせる。
アドレナリンを垂れ流しながら、門に辿り着いた。
「よう。はじめましてだ、死神。ケッテンクラートとはいい趣味だな」
「ケッテンクラート?」
「知らねえで乗ってたのか。大戦中に開発されたドイツ国防軍の牽引車両だよ。根強いファンがいてな。あっちじゃ人気だったんだぜ」
「同郷の大先輩かよ。俺はヒヤマ。黒髪がウイ。デカイのがミツカ。小せえのがニーニャだ。よろしく頼む」
「こちらこそだ。俺は運び屋。相棒はかわいこちゃんとでも呼んでくれ。そっちの全員に名前が見えてるだろうが、俺達は名を捨てた。警告はしたからな。名で呼んだら、その場で殺す」
運び屋の目は微塵も揺れず、静かに俺の目を射抜いている。迂闊に名を呼べば、運び屋は本当に俺を殺すだろう。
「そうかい、運び屋。こっちから言えるのは、小学生の女の子に見えてる名を呼べば殺すなんて言う、イカれたおっさんに用はねえって事だけだ。さっさと消えな。残り少ねえ髪をむしられて、泣き喚く前によ」
「言い方が悪かったか。お嬢さん達には謝ろう。俺はフェミニストでな。殺すのはテメエだけさ、坊や。それと、俺は禿げてねえ」
「なあ、かわいこちゃん。運び屋がハゲだと思うなら、その足を咬んでくんねえか?」
めんどくさ気に顔を上げた犬が、躊躇いもせず運び屋の足を咬んだ。HPが、目に見えて減らない。それを、しっかりと見せてもらった。
「痛えっての。ったく。上手く乗せられて、HPまで推測させやがって」
「で、胡散臭すぎて止められ、自警団の団長待ちしてたでいいんか?」
「それは、そっちの兄さんに聞くべきだろ」
全員がダンさんを見る。
「正直、判断できずに待ってもらってました。動く車なんて、生まれてはじめて見たもんで」
「空気が胡散臭すぎだもんなあ」
「うっせえよ、坊や」
「それでどうすんだ、ミツカ」
緊張していたミツカだが、腹をくくったらしい。毅然とした表情で運び屋を見据えた。
「犯罪者ではないようだからね。ブロックタウンには問題なく入れる。訪れた目的を教えてもらえますか?」
「相棒がこの辺りを気に入ってな。シティーは動物を入れちゃいけねえってんで、ここならどうかと訪ねてみた」
「構いませんよ。誰かに怪我でもさせたら、警備ロボットに攻撃されますが、それでよければ」
「相棒が絡まれてもか?」
「私の職業は、見えているでしょう」
「なるほどな。助手を置いてるなら、代理もいるのか。それでいい。よろしく頼む」
「こちらこそ。ようこそ、ブロックタウンへ」
運び屋とミツカが握手をした。後でよーっく、手を洗わせよう。
「レニーもわりいな。見張っててくれたんだろ?」
「店番のついでさ。戦闘になったら敵わないまでも、HPを削ってやろうと思ってね」
フェンスに寄りかかっているレニーが笑う。長生きできねえぞ、そんなんじゃ。
「気の強え女だな。嫌いじゃねえぜ」
「おっさんは嫌いさ。ヒヤマ、早いとこうちに来て抱かれとけ。とんでもない女好きが、引っ越してきやがったらしい」
「ブロックタウンを守る気概を、こうもはっきりと見せられちゃな。そのうち夜這いに行くさ」
「お、おいおい。坊やは死神だろ。竿師じゃねえよな?」
薄い額に手を当てながら、運び屋が首を振っていた。ハゲが進行すんぞ。もっとやれ。
「この辺りじゃ有名な冒険者パーティーだ。通り名は、死神ハーレム。俺は花園ってパーティーのレニー。よろしくしなくていい。じゃ、俺は帰る」
「ありがとな。4人にも、よろしく言っといてくれ」
「かぁーっ。世も末だねえ。若えのにハーレムの主を気取ってるってか」
「・・・いろいろあんだよ、ほっとけ。それより、定住すんのか?」
「まあな。本屋をやるか、運び屋を続けるかだ」
ミツカを見ると、ほんの少しだけ眉をひそめていた。長い付き合いでなくてはわからないくらいにだ。ブロックタウンとしては、手放しで大歓迎だろうに。
「定住するなら、運営費として1人5枚の硬貨を毎月払ってもらいます」
「良心的だな。毎月10枚、ちゃんと払おう。襲撃があれば、力も貸すぜ?」
「ありがたいですが、弾薬代くらいしか出せませんよ。それと、税は1人分で大丈夫です。バストイレ付きの家屋を提供します。このまま町長の元に向かいましょう」
かわいこちゃんが、嬉しそうに吠えた。さすがは職業持ちの犬だ。賢くて、きれい好きらしい。
「そりゃありがたい。家賃はどのくらいだ?」
「無料ですよ。犯罪者でない冒険者を優遇しています」
運び屋の口笛。
「ダサウザっ・・・」
「なんか言ったか、坊や?」
「すまん。気持ちが口をついて出た。ただの本音だから流してくれ」
「・・・かわいくねえ坊やだ」
「そう思ってもらえたなら嬉しい。しかし、相棒は本当にかわいいな。撫でていいか?」
「咬まれたきゃ好きにしろ」
シェパードの前に座って、じっと目を見る。
(ヒヤマ、それが人間だったらどうするんですか)
(こんな名前の人間がいるかよ。飼い犬が巻き込まれて、こっち来たんだろ。かわいいなあ)
「俺はヒヤマ。俺の臭い、嫌じゃないか? 運び屋みたく、加齢臭ないか?」
言いながら、手のひらを下から差し出す。戸惑うようにしたシェパードだったが、おずおずと手に鼻先をすり寄せてくれた。
「ありがとう。なんてきれいな毛並みなんだ。さわってもいいか?」
「テメエ、ふざけんなクソガキ!」
動きかけた運び屋に、シェパードが犬歯をむき出しにして唸る。ざまあみろ。
運び屋を黙らせたシェパードが、俺の膝の間に座った。
「ありがとな。この手触り、癒やされるなあ。今日からうち来いよ。かわいがるぞ?」
大人しく撫でられていたシェパードが、ビクリと体を震わせた。
うかがうように、俺と運び屋を交互に見る。
「ダメに決まってんだろうがっ!」
「ヤキモチ妬きなパパで、おまえも大変だなあ。よしよし。また会おうな?」
元気な吠え声に笑顔を向けて、最後にキスをする。
立ち上がって尻の土を払うと、プルプル震える運び屋が見えた。
「なんだ運び屋。チワワみてえだぞ?」
「・・・もういい。坊やがいろんな意味で天然なのは理解した。ただ頼むから、俺の前でそいつにさわるな」
「おう。隠れてイチャイチャすればいいんだな?」
「そうじゃねえがそうだ」
「どっちだよ?」
「うるせえ! 保安官、1秒でも早く町長に会わせてくれ。飲まなきゃやってらんねえ!」
「は、はあ。では、お入りください。平時の出入口はここだけです」
ミツカに着いて行く運び屋とシェパードに、俺達が着いて行く。
時折こっちを見るシェパードが、かわいくて仕方ない。
「かわいいなあ」
「んー。ロボットちゃんのがかわいいよ?」
「いや、ニーニャの方がかわいいぞ」
「も、もう。知らないっ!」
照れるニーニャもかわいいな。
「本当にただの犬ならいいのですが」
「ただのシェパードじゃねえだろ。職業持ちのシェパードだ」
「人型になったらどうします?」
「お持ち帰りして、犬耳と尻尾と肉球を舐め回す!」
「ただの変態ですね。それにしても、そんなに犬が好きだったんですか」
「シェパード飼ってたしな。動物はほとんど好きだ」
運び屋が家の鍵を受け取るまで同行して、町長室に俺達だけが残った。またなと言ってもシカトされたが、シェパードが来て手を舐めてくれたので気にもならない。
「3組の冒険者パーティーがブロックタウンに居着いたとなれば、町長さんも仕事がやりやすくなるんじゃないですか?」
「そうですな。花園のマリー殿も自警団に力を貸してくださるそうですし、このところ良い事ばかりです」
「それは良かった。ついでに、ショットガンと自動拳銃を自警団に提供します。ウイ」
「はい。こちらです」
テーブルに、ショットガンと自動拳銃が5丁ずつ置かれる。それに、山のような弾薬が追加された。
「またこのような。困ります。とてもお支払いが」
「あー。じゃあ、あれですよ、ほら。お義父さんへの土産って事で」
ミツカが瞬時に真っ赤になった。俺の頬も熱い。ニーニャもか。なんでだ。
「・・・もうなんと言ったらいいやら。ミツカ、旦那様に良く尽くすのだよ?」
「あ、当たり前です」
「もし花園のマリーにいくらかでも支払いたいなら、これを1丁ずつ渡せばいいでしょう。それと、見張り台にガトリングガンの回転銃座を付けたいんですよ。構いませんか?」
「そのような高価なっ!」
「ああ、それはミツカの取り分ですから、気にしないでください」
ミツカがそんなに、とか呟いている。
「ミツカ、まさか実家に生活費入れてねえのか?」
「失礼な。ちゃんと渡してる」
「ならいいがよ。そのガトリングガンの取り付けが終わったら少し休んで、またシティーに行ってきます。今回は海まで行くんで、少し長くなるかもしれません」
「わかりました。短い期間でも、ゆっくりと体を休めてください」
「よし。じゃあ、帰るか。久しぶりの我が家だ」
「だな。ニーニャちゃん、まずはお風呂に入ろう」
お前は実家だと言おうと思ったが、町長に仕草でやんわり止められた。
「売り買いはいいのか?」
「そのうちでいいでしょう。とりあえず、我が家でお風呂です」
さっきは広場にいなかったほっくんが、ラジオを流しながら宙に浮いている。ラジオを聞きに集まっている人間もいるようだ。若い女が多い。レニー達のおかげで、ずいぶん人口も増えたのだろう。
ソワソワしてるニーニャの肩を叩く。
「メンテナンスが必要か見てきな。俺達はここで待ってる」
「ありがとう、お兄ちゃん! すぐ戻るねっ!」
「ゆっくりでいいのよー」
手を振るニーニャが走る。
ほっくんに飛びつくようにして、なにか話しかけていた。
「俺は街に入ると、仕事がねえよなあ」
「種馬業があるじゃないですか」
「勘弁してくれ。そういや、運び屋には隠しスキルねえのか? レニーが気のないそぶりだったぞ」
「ないでしょう。あれは神様がヒヤマを気に入ったから、無理やり与えられた物です。私の無限アイテムボックスや無限水筒は、そのお詫びですよ」
「俺に詫びはねえのかよ・・・」
「もしヒヤマに選択させたら、私を不死身にしろとか言われそうだからとの事です」
読まれてんなあ。さすがは神様ってか。