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犬語り・運び屋と1匹、荒野を行く2




 このふざけた世界に来て10年。

 はじめて見る景色に、忌々しくも心が震えた。

 険しい山道をバギーで進み、山脈を越えた先にあったのは、陽を照り返す川面だった。

 この水があれば、スラムの子供達をどれだけ救えるのだろう。土漠地帯に戻りたいとは思わないが、この景色を知らせてあげたいとは思う。


(水が、あんなにたくさん・・・)

「年に何度かは雨が降るんだ。あるトコには、あるのさ」

(クリーチャーも、変化してるね)

「だな。熊の経験値は中々だったし、肉も旨かった」

(瓦礫ばかりだけど、こっちじゃ人は幸せに暮らしてるのかな)

「さあな。だが、親としてはまずは我が子に幸せになってもらわんと。水浴びでもするか?」

(いいね。スキルで体は清潔だけど、水に入ったら気持ちいいだろうな)

「よし。お父さん、河原までチョッパヤで行っちゃうぞ」


 チョッパヤって何語だよ。思っても言わないでおく。そのくらいには、僕の機嫌はいい。

 バギーは岩山を下り、素晴らしい速度で川に向かって走る。


「着いたぞ。今、シートベルトを外す。パワードスーツもだな」

(ありがたいけど、クリーチャーの臭いがするよ?)

「サハギンってザコだ。気にもならんさ。よし、降りな」

(ザコだからって、このままじゃ気になるよ)


 川から、次々にクリーチャーが上がってくる。鱗に覆われた体躯。HPは塵ほどしかない。それでも、三叉の槍がキラリと光るのは気味が悪いったらありゃしないって。


「じゃ、待ってな」


 運び屋が駈け出した。

 愛用のソードオフショットガン。その銃身で殴られたサハギンの首が千切れて吹っ飛ぶ。

 川に浮かんだサハギンが水を吐いた。攻撃なのだろうが、運び屋のHPは毛ほども減らない。

 河原のサハギンをすべて殴り殺した運び屋が、川面に浮かぶサハギンにソードオフショットガンを撃った。

 2発撃つと右手の水平2連ソードオフショットガンを片手で中折りにして、上に放り投げる。その間に左手の上下2連ソードオフショットガンを発射。スキルで給弾された水平2連をキャッチして、上下2連を同じように投げた。

 見慣れた動きをボーッと見ていると、10射もせずにサハギンは片付いたらしい。


「これでいいだろ。脱がしてやるから、水浴びして来い。その間に、サハギンを焚き火で焼いておく。焼き魚定食なんて、10年ぶりだぜ」

(魚とは違うだろって。痛い。優しくしろ!)

「おお、そういや初めてだったな。お父さんが優しく、おお、脱げた」

(いい加減にしろ、変態!)


 言い捨てて水面に走る。サハギンの死体はない。運び屋のスキル【カーカスコレクション】で、すでにアイテムボックスの中だ。

 水面に浮かぶ血に頓着せず、頭から飛び込んだ。


(ああっ。夢にまで見たお風呂!)

(風呂とは違うだろ)

(うっさいハゲ。【パーティー無線】まで使って、いい気分に水を差すな!)

(禿げてねえっての。風邪ひかねえうちに切り上げろよ)


 バシャバシャと水を掻くと、爪や肉球の汚れが洗い流されていくようだ。ひとしきり水の感触を楽しんでから、河原に戻って毛の水分を飛ばす。


(幸せだ。もうこっちで死ぬまで暮らす!)

「良かったな。人間の姿でも水浴びしたらどうだ?」

(んー。魅力的だけどやめとく。エロハゲの前だし)

「・・・お前は。お父さんは哀しいぞ。それと俺は禿げてねえ」

(うるさいよ。いいからゴハン。美味しそうだね、サハギン)

「ったく。白米の缶詰と味噌汁の缶詰も温めた。よそってやるから、焚き火のそばに座れ」

(醤油は多めね)

「わかってるよ。何年お前の父親やってると思ってんだ。よし、焼けてるな」


 ワクワクしながら、久しぶりの焼き魚定食を待つ。

 日本食の缶詰は希少品で、たまにしか食べないごちそうなのだ。


「ほら、大盛りにしといたぞ」

(運び屋の分はあるの?)

「おう。しっかり取ってある。大丈夫だから、腹いっぱい食うといい」

(わかった。いただきます!)


 人間の腕ほどもある焼き魚にかぶりつく。

 パリっと焼いた皮の香ばしさ。醤油の香りと一緒に鼻を突き抜けた。身に歯が届く直前に、魚の油が舌を撫でる。身の締まった白身魚の食感も最高だ。


(うまっ。うまあー!)

「日本人はこれだよなあ」

(日本犬もこれだよ! 美味しすぎる)

「・・・お前、シェパードだぞ?」

(なにそのカミングアウト! この10年、ずっと柴犬だと思ってたぞ!)

「アホか。茶と黒のシェパード。かなりの美犬だ。自信を持て」


 お嬢さん、なんてきれいな毛並みなんだ。良かったらお茶でも。・・・ないない。


(自信を持っても意味ないじゃん)

「だから人型になれっての。おかわりいるか?」

(もう平気。ごちそうさまでした)

「はいよ、おそまつさん。飲み物はなにがいい?」

(炭酸!)

「コーラ好きだよなあ。ほら」


 薄い平皿に、コーラが注がれる。パチパチと炭酸が弾ける音が好きだ。


(ありがと。目的地までどのくらい?)

「急げば夜には到着だ。バギーで通れるルートも検索済み。楽しみだな」

(僕はバギーで待ってようかな)

「なんでだ。久しぶりの街だぞ。泊まってこうぜ」

(はじめて行く街じゃ、食べ物を見る目で見られるからね。ソイツをまた運び屋が殺したら、仕事に差し支える。依頼を終えたら、犬を受け入れてくれる街を探そう)


 運び屋はなにか言いたそうにしているが、少し悩んでから首を振った。

 僕が意見を変える事はほとんどない。言っても無駄だとでも思っているのだろう。黙って食器を片付けはじめた。


「行くか。パワードスーツはどうする?」

(着るよ。バギーで留守番だし)

「【乗機停車サンクチュアリ】で、バギーの中は安全だぞ。むしろ、パワードスーツを見られると悪目立ちする」

(それもそうか。じゃあ、このままでいいや)

「珍しくいい子だな。お土産は何がいい?」

(特に欲しいのはないなあ)

「欲のねえ娘だ。もっと親に甘えろ」


 甘えすぎて、何度もあんたを殺しかけた。口にはしない。僕は犬のまま、大人になっていくと決めたんだ。

 シートに寝そべり、運び屋がシートベルトをかけるのを待った。

 優しい手つきで、シートベルトが装着される。

 何も言わずに、バギーは動き出した。

 水面。川原の石。瓦礫。土。アスファルト!


(アスファルトだって!?)

「立派な道路だぞ。車の残骸ばかりだから、すぐに道を変えて荒野を進む。今のうちに見ておけ」


 首を伸ばして景色を見る。

 驚いた事に、ガードレールまで残っているらしい。猛スピードで後方に吹っ飛んだのは、バスの残骸だろうか。速すぎて見えないって。


「道を変えるぞ。荒野を半日ちょっと走れば、目的地のシティーだ」

(こんなスピードで走ったら、そりゃ大幅に日程も短縮されるよねえ。あのお姉さんもかわいそうに。ボッタクリじゃないか)

「俺の運転スキルを甘く見るからさ。それにあの組織はちっとヤベエぞ。深入りは避けねえとな」

(犬用とはいえ、可動品のパワードスーツだもんねえ)

「それにあの女からは、オイルの臭いがした。ありゃ航空機用だな」

(へえ。そんな組織からボッタクるかな、普通)

「敵にも味方にもならねえ。その意思表示さ」


 組織というものに、いい印象は欠片もない。関わらずに済むなら、それが1番だ。

 土漠より明らかに瓦礫が多い。そんな景色を見ながら、どうでもいい話題が続く。

 とっぷりと日が暮れると、遠くに工場のような建物が見えてきた。


「かなり手前で車を停める。飯でも食って待っててくれ」

(急がなくていいからね。なんならお酒飲んで女でも買って、泊まってきなよ)

「おいおい、俺がそんな人でなしに見えるってのか?」

(ハゲた頭に手を当てて考えてみなよ)

「だから禿げてねえって。この辺りでいいか。シートベルト外すぞ。メシとコーラ出すから待ってな。トイレは運転席に置く。ルームライトもつけっぱなしな」


 缶詰を出して、電磁調理器で運び屋が温める。伸びをしながらそれを見ていると、準備を終えた運び屋が僕の頭を撫でた。


「じゃあ、行ってくる。怪しい奴やクリーチャーが来ても、バギーから出なけりゃ安全だからな。急いで戻るから、いい子で待っててくれ。【ロンリネススプリンター】」


 アタッシュケースを持った運び屋が、人外のスピードで走り去る。

 朝の焼き魚定食が美味しすぎたからか、目の前のサンドウィッチを見ても食欲は湧いてこない。たまにはいいかなと、人型に姿を変えた。


(今、外郭都市に入った。瓦礫の街だ。下着姿の女が客を引いてら)

(好きなの買っていいよ)

(冗談じゃねえ。すぐに戻るさ。またここを出る時に知らせる)


 長い髪がうっとうしい。自分の髪の色が嫌いだ。どうしても、ママを思い出す。

 アイテムボックスには服もあるが、面倒なので裸のままサンドウィッチを食べる。平皿のコーラを飲もうと持ち上げたら、裸の胸にぶちまけてしまった。


「あーあ、もったいない。【ボディークリーン】」


 アイテムボックスに入れっぱなしだったコーラを取り出して、喉を鳴らして飲んだ。

 ゲップはご愛嬌。どうせ、人型なら1人っきりだ。


「んまいっ。人型はこれが出来るのがいいねー。コーラ早飲み大会とかないかなあ」


 時間はたっぷりある。久しぶりにソルジャーオベェマでも読もう。

 ポテチを齧りながら5巻まで読んだところで、運び屋から無線が来てしまった。もっとゆっくりしてきていいのに。だからハゲるんだ。

 人型になった証拠をすべてアイテムボックスに入れ、犬の姿に戻っていつものシートに寝そべる。


「待たせたな。土産は菓子だ。ほれ」


 ドサドサと、アイテムボックスからお菓子が出される。

 後部座席が埋まるほどの量だ。バカじゃないのか、この父親は。

 ああ、バカだったんだ。カッコイイってだけの理由でソードオフショットガンを使い続けたり、お金は腐るほどあるのに暇だからと運び屋なんて危険な仕事を続ける。いつか本屋をやるって言ってたけど、それはどうなったんだろう。


(多いよ。で、どんな街だったのさ?)


 大量のお菓子や炭酸飲料をアイテムボックスに入れながら聞いてみる。僕が行っても、大丈夫そうな街なんだろうか。


「そうだなあ。シティーってのはあの工場内の街だそうだ。外郭都市はスラム。スラムの治安は土漠地帯並みだな。シティーの治安はいいが、犬のままじゃ入れねえらしい」

(なるほど。シティーで本屋でもやる?)

「いや。シティーの店でいい話を聞いてな。この辺りに、犯罪者を入れねえブロックタウンって街があるらしい。そこなら、犬の姿でも大丈夫だろうって話だ。行ってみねえか?」

(任せるよ。犬のままでいいのは、僕には都合がいいかな)

「なら決まりだ。だが、落ち着いたら人型で顔を見せてくれよ? お父さんは成長した娘の姿が見たい」

(考えとくよ・・・)



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