ゾンビと基地と初車両
スナイパーライフルを構え、ゾンビに狙いをつける。
どれもHPは低い。50を超えているのは稀だ。
HP75。でっぷりと太ったゾンビに、狙いを定めた。
「いくぞ?」
「【ワンミニッツタレット】はいつでも出せるよ」
「ニーニャも撃つのっ!」
「狙撃、どうぞ」
指を引き絞る。轟音も衝撃も、もう慣れたものだ。
「ヒット。即死です。あら、連射ですか。ミツカ、来ますよ」
「任せろ。【ワンミニッツタレット】!」
2射、3射。どちらもゾンビの頭を撃ち抜いている。経験値は10。はじめて倒した日はその経験値をずいぶんありがたく思ったが、今となれば物足りなく感じてしまう。
憂さ晴らしのように、最後尾のゾンビを撃ち抜いた。
ハッパラー。
80メートルほど先では、押し寄せるゾンビをミツカの出したタレットが撃ちまくっている。よたよた走るゾンビが次々に吹っ飛ぶさまは、まさに薙ぎ払うといった光景だ。
出番があるかはわからないが、スナイパーライフルを収納してレーザーライフルを背負う。そして、コルトとサブマシンガンを抜いた。こうすれば、敏捷力20プラスで戦闘が可能になる。
「俺の出番はなさそうか?」
「思ったよりゾンビの足が遅く、それなりに残りそうですよ」
「そうか。50メートル先で左寄りに陣取る。死なねえ程度なら、フレンドリーファイアもいいぞ」
「3人の誰が撃ったとしても、何日かは落ち込みますね。【ワンミニッツタレット】残り効果時間、読み上げはじめます」
パッパラー。
ザコクリーチャーとはいえ、これだけの数だ。順調にレベルアップ。新しいスキルは何を取ろうか。
【パーティー無線】から流れるウイの読み上げを聞きながら、50メートル進んだ。
(3、2、1、タレット消失)
その場に留まって、先頭のゾンビをコルトで撃った。吹っ飛びながら後続のゾンビを巻き込み、地に小さな腐肉の山が出来上がる。
「汚えミートボールだ」
手榴弾。ピンを抜き、レバーを強く握ってから投げた。
狙い通り、それはゾンビの山に当って止まった。これなら、さらに後続のゾンビも爆発範囲に入るかもしれない。
そう思うと同時に爆発。とんでもない痛みが俺を襲った。
「があっ、痛えっ!」
(ヒヤマ、血が! 早くドクターXを!)
膝をついていた。サブマシンガンをアスファルトに置いて、ドクターX取り出し。左の腕に、思いっ切り射した。
(大丈夫ですかっ!?)
ゾンビが迫っている。話している時間はない。サブマシンガンを持ち上げ、フルオートで弾をバラ撒いた。
(わりい。破片を食らったらしい)
(あまり心配させるな!)
(そうだよ、お兄ちゃん。心臓が止まるかと思ったの!)
ミツカとニーニャの声を聞きながら、リロードを済ませる。まだまだゾンビは残っているのだ。
コルト。突出しているゾンビを押し戻す。ゾンビが目前に迫るまで、作業的にそれを続けた。
「【範囲挑発】。ついて来い、腐肉野郎」
固まっているゾンビに【範囲挑発】をかけ、敏捷力を活かして飛び下がった。
ウイ達の土嚢まで30メートルくらいに下がりながら、コルトのリロードを終わらせる。
(前を横切る。頼んだぞ)
(了解。いつでも撃てます)
目が見えているのかはわからないが、ゾンビは俺に向かって来る。右に動くと、集団で追ってきた。
(【観測手のカバーイングファイア】! 射撃開始です!)
銃声が轟く。ニーニャの特徴的なレーザーライフルの音も聞こえた。すぐに、立っているゾンビはいなくなる。
残りのゾンビが、ようやく追い付いてきそうだ。10ちょっとか。なら、土嚢の裏で待てばいい。
「心配させたな」
「まったくです。来ますね」
「ああ。あのくらいなら余裕だろ」
「まったくだな。【アンブッシュスタンス】!」
チャララー。
「なんだ、この音楽!?」
「ヒヤマ、誰かいます!」
ウイが指さした先には、大柄な男の後ろ姿があった。
名前は知らないがテレビで見た、枯れ草の集まりのような大きな玉が、アスファルトの上で風に転がる。そんなのさっきまでなかったぞ!
カウボーイハットに革のベスト、ジーンズを履いた男が、腰のリボルバーを抜いた。2丁拳銃。轟音。
「1000ダメージですって!?」
パッパラー。
ゾンビをすべて倒すと、振り向いた男が銃口をフッと吹いた。いい笑顔で笑いやがる。
「テメエは誰っ、消えただと・・・」
「星型のバッジ。シェリフバッジという物でしょうか」
「ご、ごめん。待ってる間に、【犯罪者察知】のツリーを伸ばして、最上スキルまで取ったんだ。パッシブの【正義の助っ人】に1時間のリキャストタイムが表示されてるから、あれが保安官の守護者で間違いないと思う」
申し訳なさそうに言うミツカを、ウイが呆れたように見ている。そんな顔で見ると、ミツカのHPが減るぞ。
「渋いおっさんだったな。凄えスキルじゃんか。ありがとな、ミツカ」
「1000ダメージなんてはじめて見ました。誤射したら敵対するのですか?」
「それはないって、説明文に書いてある。ホントごめん。驚かせたね」
「・・・ロボットの守護者もいないかなあ」
しゅん、と擬音が出てそうな表情でニーニャが言う。
「そういや30番シェルターで、たーくんがスキル使ってなかったか?」
「【フルバースト】? あれはロボットの固有スキルで、スキルツリーはないの。ニーニャの改造やプログラミングでもスキルは追加できないから、ずっとあれだけだよっ」
「それでも強いさ。たーくん、これからもニーニャを頼むな」
「ピンポーン!」
何に正解したんだ俺は。
「たーくんの声、変わってね?」
「変更したのっ。今のがイエスね。たーくん、ニーニャの事は嫌い?」
「ブッブー!」
「これがノーか。覚えとくよ。ゾンビは剥ぎ取りをしない。臭うだろうが、行こうか」
ゾンビの腐肉を避けて進む。臭いはガマンするしかない。
車止めの柵を越え、検問用の大きな護送車とパトカーの前に着いた。
「護送車の中の臭いが大丈夫か見てくる。パトカーを頼む」
「待ってください。【罠感知】。・・・大丈夫ですね」
ドアが開け放たれたままの、護送車に乗り込む。バスを改造したものらしく、後部から乗った俺と運転席を鉄格子が隔てている。スモークの貼られた窓にも、鉄格子がついていた。
見事に何もない。固そうなベンチにも、ホコリが積もっている。
外に出て運転席に回ろうとすると、ウイ達と鉢合わせた。
「パトカーはどうだった?」
「何もありませんでした。そちらはどうでしたか」
「これから運転席だが、期待は出来ねえな。よっと」
高い座席に座ると、尻に何かを敷いている感覚があった。雑誌か何かだろう。そのままにして運転席を見回す。ダッシュボードを開けると、硬貨が1枚。
「シケてんなあ。何もねえよ。硬貨が1だけだ。ほい」
ウイに硬貨を投げて、尻の下の雑誌を取る。エロ本なら高く売れるだろう。
ソルジャーオベェマ12巻。・・・ツイてんだかツイてないんだか。
「ミツカ、これやるよ」
「雑誌を投げるなって、これは!」
「12巻だとさ。おめでとう」
「良かったわね」
「ミツカお姉ちゃん、ニーニャにも後で見せてねっ!」
「ああっ。夢のようだ!」
車両はすべてスクラップらしいので、小躍りするミツカを急かして先を急ぐ。
ここに検問を張るなら、この先には重要な施設があるのかもしれない。あるとすれば、軍事基地なのだ。コミックを得たミツカほどではなくとも、俺だって楽しみで仕方がない。
そこに辿り着いたのは、日の暮れかかる時間だった。
「フェンスが残ってるな。あれが基地か・・・」
「土嚢を積んだ遮蔽物。道路脇には、塹壕もかなりありますね」
「建物は崩れちゃってるね。これじゃ何も収穫なしかな」
「崩れた建物の隙間に、小型車両なら残ってるかもっ!」
「なるほどな。明日っから、ちょっと探すか。ミツカの【危険物探査】で反応がある場所を目指して瓦礫をどかす」
「なら、キャンプの準備ですね」
全員が期待に胸を膨らませながら1泊。
翌日は、朝から作業に取り掛かった。
「うおおおおっ!」
「お兄ちゃんすごーい。力持ちっ!」
「任せろっ。おうりゃ!」
鉄骨を投げ捨てる。もう時刻は午後3時。汗は、後から後から流れだす。
「武器発見。バールだ。くっそう。【危険物探査】発動! お、少し先に反応があるよ」
「はいよ。下がってろ」
気合を入れて、コンクリートの塊を引っこ抜く。
次の反応には届くに至らず、日が暮れて基地2泊目が決定した。
昨日より少し遅い時間から、瓦礫の撤去作業に取り掛かる。
「くっそう、今度は鉄パイプだ。ヒヤマ、かなり疲労も溜まってるだろ。もう諦めるか?」
「明日までやろうぜ。3日探索してダメなら、まだ諦めも付く」
「了解。【危険物探査】。何度目だこれ。左に反応。今日中には無理かな」
「ミツカ、この辺でいいですか?」
「うん。そっち持つよ。せーの、よいしょお!」
ニーニャは俺達が転んだりしないように、小さなコンクリート片や鉄クズをどかして回る。
3泊目は全員が疲れ果て、早々にテントに入って泥のように眠った。
「今日も頑張るか。最終日だ。怪我だけはしないようにな」
元気の良い返事を聞いて、昨日の続きから手を付ける。
昼食を終えて作業に戻ると、大きな鉄板にぶち当たった。
「こりゃ、動かすのは無理だな」
「迂回かあ。時間がかかるね」
「ちょっと見せて。やっぱり! これはハンガーの屋根だよ。これなら、中の物は無事かもっ!」
「テコの原理を使ったって、俺達だけじゃどかせねえぞ?」
「電ノコあるから平気っ!」
ニーニャがアイテムボックスからツナギと革手袋、目出し帽とゴーグルを出して服の上に身に着けた。最初からかぶっていた帽子は、ウイが受け取っている。
「ちょっと離れててね」
火花を散らして電動ノコギリで屋根を切るニーニャ。小学生にこんな作業をさせていいんだろうか。
30分ほどで、四角い穴が開いた。
「できたよー!」
「ありがとうな。暑かっただろ。ウイにジュース貰いな」
「はぁい」
「ウイ、ジュースとフラッシュライトくれ」
「はい。偵察ですか?」
「ああ。崩落したらヤバイからな。とりあえず安全か見てくる」
「危険ならすぐに戻ってくださいね。はい、フラッシュライトです。どうぞ。ニーニャちゃん、これを飲んで。スポーツドリンクよ」
フラッシュライトを点けて、四角い穴に潜り込む。
中はかなりの広さだ。
明かりで四方を照らしてみると、奥に大きな箱があった。
屋根が軋んでないか聞きながら、慎重に進む。
「なんだこりゃ・・・」
それは、不思議な物体だった。
細長い長方形の箱。材質は鉄か。道路によくあるクルマの残骸よりも少し小振りで、それなのにキャタピラが付いている。
大きさからして、クルマではないのだろう。
前に回って見ると、ヘッドライトのあるバイクそのものだ。
「なんつー乗り物なんだよ・・・」
闇に独白が響く。もちろん、それに答える声はない。