ルーデルという男
4人で並んで寝転んで目を閉じ、気がつけば朝だった。
ほぼ同時に目を覚ましたウイと、テントから出て顔を洗う。
「天気が良いから、いろいろ見えるな」
「まずは顔を洗ってください。スコープを覗くのは、その後です」
「はいよ」
ウイが傾けて流す水筒の水に、頭を突っ込んで洗う。早朝とはいえ、暑い夏にこれは気持ち良い。
「サンキュ」
「その癖、どうにかなりませんか?」
「こうしないと、洗った気がしないんだよ」
「髪の汚れが顔に付くでしょうに。もう子供ではないのですよ」
「ウイ」
「なんです?」
「僕は、大人になれたかな?」
「そうですね。すっかり立派になりました。あのモヤシっ子が、今では1流冒険者です」
ウイが、俺を見つめる。ウイに見られるのには慣れているのに、何故かとても面映い。誤魔化すように、タバコをくわえた。
「いつの間にか、タバコが似合うようになりましたね」
「俺が僕だった頃は?」
「背伸びしたがる少年に見えました。かわいかったですよ?」
「はいはい。タバコは、なんて言うか、どうにもならない世界で、押し付けられたルールへの反抗だったのかな。ここじゃ意味ないけど、すっかり癖になった」
「どうにもならない世界、ですか」
「うん。こっちじゃ、『ドクターX』があるからね」
「こんなに荒れた世界でも、来て良かったと思いますか?」
「神に感謝だよ」
「なら良かったです」
対物ライフルを出して、まずは真東を見る。ウイも双眼鏡を出した。
「崩れた高速道路とは別に、東に伸びる道がある」
「シティーへの道路と違って、車の残骸も瓦礫も少ないですね」
「車の少ない田舎道だったのか。南のあれも気になるな」
「崩れていない街並み。探索したら、大儲けですね」
確かに、手付かずならば大儲けだろう。
東と南、どちらを優先するべきか。
「2人して、ずいぶんと早いね。おはよう」
「にゅー。お兄ちゃんお姉ちゃん、おはようなのー」
「おはよう、ミツカ、ニーニャちゃん。さあ、顔を洗いましょうね」
「おはよう。どっちを先にすっかなあ。ウイ、どっちだと思う?」
バシャバシャと水を流す音が聞こえる。視線を移すと、タオルで顔を拭くニーニャと、ウイの流す水で顔を洗うミツカが見えた。
ミツカめ、だらしなく胸元を開けやがって。下着を脱いでるのか、重力で谷間がこう・・・
「何を見てるのですか?」
「なんも見てねえよ。返事がねえから見ただけだ」
「目的次第でしょう。日常品が欲しいなら南。軍事品が欲しいなら東ですね。何も見えませんが、軍事基地があったのは確かなようですから」
「なら東だわなあ。ミツカ、ニーニャ。南にも遺跡があるが、東に行ってから帰りに南の遺跡でいいか?」
「任せるぞ」
「ニーニャもー」
簡単に予定が決まったので、そのまま朝食になった。パンにサラダにスープ。それにベーコンエッグ。
「東に伸びる道がある。ガードレールも見えるし、瓦礫は少ない。足場がいいから、歩きやすいと思うぞ」
「それは何よりだ。平らで直線なだけで、疲労度はかなり違うからね」
「お兄ちゃん。ニーニャ、もうスキルポイントが12もあるから、車両修理の最上スキル取っちゃう?」
「取ったらクルマの残骸が可動品になるか?」
「それは無理かな。スクラップはスクラップ。別荘のキャンピングカーだって、スクラップ扱いだもん。ある程度は乗り物として機能を残してないと、最上スキル【プリーズメカニック】だって無理だよう」
「なら、後で取ればいいさ。見えないほど遠くの基地を目指すんだ。のんびり行こうな」
言いながら、ニーニャを抱き上げて箱に乗せる。
昨日までは防弾板が剥き出しだったのに、箱には白い革が貼られていた。
「たーくん、オシャレになったな。お菓子や飲み物が欲しかったら、ウイに言うんだぞ?」
「はぁい。お兄ちゃんも、歩きながらタバコ吸ってもいいからね」
「ありがとな。じゃ、行くか」
「ええ。今日も暑くなりそうですね」
「フハハ、ソルジャーに不可能はない!」
「昨日さんざんやっただろ、朝からオベェマごっこはやめれ」
「ノリが悪いぞ、ヒヤマ」
ハゲ山を下って、東への道を歩く。ちょうど30番シェルターの辺りから、道が消えてしまったようだ。爆撃でもされたのか。それとも、俺には想像も出来ないような何かがあったのか。
昼食も終えて2時間も歩くと、遠く道の真中にそれが見えた。
(止まって伏せろ。前方に何かいる)
全員が止まる。たーくんも足を折り曲げて、なるべく小さくなった。
(クリーチャーじゃねえな。ロボットか、ありゃ)
(ロボットちゃん!?)
ニーニャが素早く『初心者の狙撃銃』を取り出して構えた。熟練スナイパーの動きだぞ、それ。
俺も対物ライフルを構える。
「およ。ロボットちゃんじゃないよう。あれは、榴弾砲じゃないかなあ。砲身が折れてる。マーカーも出ないと思うよ」
「自走式じゃねえよな?」
「牽引式だね。武器修理の最上スキルでも、あれは無理かなあ」
「引っ張るクルマのアテもねえ。先に進もう」
「待って。お兄ちゃん、なんかかわいいの来たの」
スコープを覗いて、榴弾砲をもう1度見る。確かに、タイヤの辺りで何かが動いた。マーカーの範囲外だ。
「陰に入ったな。ニーニャ、どんなんだった?」
「でろーんで、ねっちゃあーなの」
「・・・大きさは?」
「ニーニャくらいかなあ」
タイヤの上に、何かが上った。デカイ!
名前はゲロッコ。HPは300もある。
「ありゃ、カエルか?」
「メタボなカエルですね。砂漠にもカエルがいるとテレビで見た気がしますが、あんなにブサイクでしたか?」
「風船みたい。かわいいねえ」
「銃弾を跳ね返すんじゃねえだろうな」
「砲身に登りましたよ」
「こりゃ、強敵かもな」
「まったく強そうには見えないぞ、ヒヤマ」
「この炎天下で熱くなってる砲身で、あんな風にのんびり昼寝が出来るか、ミツカ?」
「・・・無理だね。耐性を持つクリーチャーがいると聞いた事があるけど、あれがそうなのかな」
「かもな」
「またなんか来たよ。今度は気持ち悪いの」
今度は人型だ。三匹。砂漠迷彩の戦闘服に防弾ジャケット。手にはアサルトライフルを持っている。
「グールソルジャー、ね。ミツカ、憧れのソルジャーだぞ。挨拶してこい」
「バカを言うな。いいソルジャーはオベェマだけだ」
お前がバカを言うな。しかし困ったな。
「どうしたのです?」
「いや、グールなら、すべてが敵とは限んねえだろ」
「ゾンビと一緒じゃないんですか?」
「たしか、精霊みたいな扱いだったはずだ。グールに育てられた女の子が主人公の小説を読んだ事がある。それにゾンビと一緒なら、ゾンビソルジャーんなるだろ」
「それもそうですね。ゲロッコが跳びかかりました。戦闘開始」
急いで対物ライフルをアイテムボックスに入れ、新しく買ったスナイパーライフルを出した。『殿軍のスナイパーライフル』。スコープを覗くと、不思議な光景が目に飛び込んでくる。
「なんだありゃ」
「見ての通りです。アサルトライフルは鈍器。すでにグールソルジャーは1匹が戦闘不能。1匹が必死で制止しています」
「・・・丁度いいか。グールソルジャー残り1匹で、ゲロッコを狙撃。グールソルジャーがこちらに来たら、マーカーの色を見よう」
「了解。網膜ディスプレイに現在地の環境を表示します。ゲロッコまで距離2156メートル。風速の読み上げは必要ですか?」
「網膜ディスプレイに出てっから必要ない。それにしても、なんだこれ。距離もやたら細けえぞ」
「【観測手】の最上スキルを取得しましたからね。その途中で来たスキルです」
「【観測手のカバーイングファイア】だっけか。あれの効果は?」
「バディをターゲットする敵に、3倍ダメージ。1分間だけですけどね」
呆れたようなミツカのため息と、ニーニャの拍手が聞こえた。
「とんでもねえな。ミツカの使ったスキルは?」
「あたしのは【ワンミニッツタレット】の1つ下、【ゲリラの特攻】。1分間移動せずに戦った後のワンマガジン、1.5倍ダメージ」
「いいねえ。俺達向きじゃねえか。狙撃する。戦闘準備」
ダアンッ。
だだっ広い荒野に、銃声が響いた。
対物ライフルのように俺のHPは減らないが、かなりの反動だ。
「ゲロッコに命中。ダメージ500。ゲロッコ即死。獲得経験値50。グールソルジャーが反応しませんね。立ち尽くしたままです」
「レベル来ちゃった」
「あたしもだ」
「おめでとう。やったわね。さて、どうしましょうか?」
「接近するしかねえな。ミツカ、ニーニャ、おめでとさん」
スナイパーライフルを収納して、サブマシンガンとコルトをぶら下げる。
俺を先頭に、ゆっくりと進んだ。
「距離500。黄マーカーのままですね」
「鈍いのか、敵じゃねえのか」
300、200と、距離が縮まってゆく。
そして距離は、50を切った。ミイラのような姿。瞳だけが、まるで少年のようだ。
「すまないな、旅人よ。死んだ友を想い、祈ってたんだ」
「気にするな。誰でもそうする。埋葬が必要なら、手伝うぞ?」
「部隊の掟だ。死者は、土に還るのみ。こんな姿の俺に、優しいんだな」
「お兄ちゃんは、すっごく優しいんだよ!」
「そのようだな、幼子よ。良い兄を持ったな」
「うんっ!」
タバコを出して差し出すと、グールソルジャーは1本取った。俺もくわえて、ライターの火を分け合う。目が合うと、グールソルジャーは少しだけ微笑んだ。
「おかしな奴だな。俺が怖くないのか? 狙撃しても良かったってのに」
「シケた面だ。怖くはねえな。殺す理由もねえ」
「ふふふ。300年だ」
グールソルジャーが、空に煙を吐いた。
「300年かかって、友は皆、やっと帰れた」
どこに、とは言わないし聞かない。ただ、その長さを想像してみた。
「長かったな」
「ああ。そしてこれからが、長いんだろうな」
「これから、どこへ?」
「わからん。言葉すらわからなくなった戦友達は帰った。風の向くままさ」
「俺達と、来ないか?」
「やめとこう。こんな姿だ」
「ロボット達の王国がある。そこならどうだ?」
「同じさ。もう、1人でいい」
「そうか・・・」
「ありがとうな。忘れないよ。俺はルーデル」
「ヒヤマだ」
「またな、ヒヤマ」
「ああ。またな、ルーデル」
背を向けたルーデルに、ウイが大きなバッグを渡した。
「これは?」
「水と食料。余っている銃と弾薬です。タバコと、ヒヤマの好きなお酒も」
「なんてこった。ヒヤマ、お前のかわいい彼女は、俺を死なせちゃくれないらしいぞ」
「生きてなきゃ会えねえからな」
「違いねえ。東の軍事基地は、もうグールソルジャーは残ってねえ。あるものは好きに使ってくれ」
「ありがとよ。西には人が多い。南は腕の良い冒険者が向かってる」
「北を目指すか。じゃあな」
「ああ」
振り向かずに歩き出す。ルーデルも、振り向きはしないだろう。それが約束のように思えた。