オークの声
「約束通り会いに来たよ、たくてぃちゃんっ! 【ロボット技師の夢】、発動!」
「会った瞬間にかよ。ウイ、昼メシにすっか?」
「ええ。それにしても、オークの死体がありませんね」
「ミサイルランチャーの試し撃ちがしたいのに」
「ニーニャ、ここで昼メシだ。たーくんから降りてくれ」
「んっ!」
俺に手を伸ばしたニーニャの脇を持って、地面に下ろした。
横にはなれないが、体育座りなら余裕のある箱。空気穴の開いたフタやクッションとシートベルトまであって、激戦時はそこに隠れるらしい。
「乗り心地は大丈夫なのか?」
「うん。【ロボットカスタムマスタリー】のおかげで滑らかな4足歩行だから、快適そのものなんだよ。もう少し涼しかったら寝ちゃうかも」
「そりゃいいな。お、ホットドッグか。うん。美味いなあ」
「ありがとうございます。そういえば【ロボット技師の夢】は、音声認識も付くんでしたね。たくてぃちゃん、オークの襲撃が減ってるなら右腕を動かしてもらえる?」
たくてぃちゃんの右腕が動く。ゴツイレーザーライフルが上下にだ。って、音声を認識しても、AIが。ああ、そのプログラミングも【ロボット技師の夢】でやってあるのか。ホントに夢みたいなスキルだな。
「っていうかね、ニーニャ達が行ってからオークは来てないって」
「意思がわかんのか!?」
「うん。武器と防具、乗り物やロボットの声は聞こえるよ。可動品ならだけど」
「凄いなあ、ニーニャちゃん」
「さすがと言うしかありませんね。心強い味方です」
確かに。東に軍事基地があるのなら、ニーニャがいてくれたらありがたい。
「でも、なんでオークが襲って来ないかはわからないって」
「それは俺達が見に行けばわかるさ。ありがとな、たくてぃちゃん」
「どういたしましてって。わあ、たくてぃちゃん照れてる」
照れるもんなのか、ロボットって。
全員が食事を終えたので、タバコを吸いながら考えた。オークの群れは何をしている。違う餌場を見つけたか。それとも敵に襲われてでもいるのか。
「オークの群れの事ですか、ヒヤマ」
「ああ。気になってな」
「ちょっと待ってくださいね。【遺跡発見】、発動。・・・これは」
「変化あり、か」
「ええ。ここから真東の発見者数0だった遺跡が、発見者数85になっています」
「結構な数だな」
「これで全部なら、まだいい方かと」
「何匹だって、この『コミックマニアのミサイルランチャー』でぶっ飛ばしてやるぞ!」
「遺跡なら、ロボットいるかなあ。えへへ」
「行ってみりゃわかるさ。ニーニャ、ヨダレは拭こうな」
食休みをしっかり取ってから、ニーニャを抱き上げてたーくんの箱に乗せた。フルチューンされた4脚タレットロボットは、音1つ出さずに余裕で俺達の行軍に着いてくる。
「大したもんだな、たーくんは」
「えへっ。ありがとう」
「ピョロピー」
「たくてぃちゃんへの看板取り付けも終わりましたよ」
「可愛さ倍増だ」
[注意。このロボットはブロックタウン所属の警備ロボットです。攻撃したり、みだりに触れようとすれば射殺されます。ご注意ください。美味い水と食事が待つブロックタウンはここから西。ただし、犯罪者は入町を拒否されます。善人は荒野の楽園、ブロックタウンにゴー!]
「前後に書いたはいいが、これ読める距離ならもうくたばってんじゃねえんか?」
「それならそれで構わないでしょう。要は、警告した事実があれば良いのです」
「なんとも乱暴な話だな。じゃあ、出発だ。ウイ、先導を頼む」
「了解。到着予定時刻は、10時間後です」
「遺跡手前でキャンプ。翌夜明け後に偵察に出る。そのつもりでルートを設定してくれ」
黙々と、歩き続ける。たまに休憩を挟んでも、せいぜい15分ほどだ。日が暮れて2時間も進むと、ようやくウイがキャンプにすると告げた。
缶詰の晩メシを食って、早々にテントに潜り込む。
はしゃぐニーニャを抱きかかえて横になると、ニーニャも俺もいつの間にか眠っていた。
「遺跡までどのくらいだ?」
「1時間もあれば、目視可能かと」
「遺跡の形態にもよるが、しっかりスコープで見てからだな」
「ええ。朝食も取りましたし、そろそろ向かいますか」
「でもウイ、東には岩山しか見えないぞ?」
「その岩山の麓だと思うわよ。どんな遺跡かはわからないけどね」
歩きはじめて1時間もしないうちに、ウイが足を止めた。まだ建造物の1つも見えてこない。瓦礫すらない荒野だ。
「どうした?」
「おかしいのです。ここからなら、遺跡が見えていないと」
「そんな距離なのか。だが、ハゲ山以外に何も見えねえぞ」
「山が遺跡という可能性は?」
「山そのものがか。世界遺産じゃあるめえし」
「鉱山ならどうでしょう。85もの生命体が入っている遺跡なら、ここから視認できないとおかしい。なのに、遺跡があるべき場所には山しかない。なので鉱山」
「鉱山でも、運搬機械や掘削機械はあるだろ。それがないのは奇妙だな」
ウイとミツカが双眼鏡を出して覗く。箱から顔を出したニーニャが、羨ましそうにそれを見ていた。なんかねえか、双眼鏡的なアイテム。
「『初心者の狙撃銃』、取り出し。ニーニャ、これをやろう。まだ撃てないかもしんねえが、スコープは見れる。俺のお古で悪いが、使ってくれ」
「いいの?」
「ああ。スコープも銃もまだまだ使えるぞ」
「良かったわね、ニーニャちゃん。それは、ヒヤマがはじめてクリーチャーを仕留めた銃よ。大切にしてあげて」
「そんな大事な銃、貰えないよ」
「使ってこその銃だ。ニーニャはレーザーライフルしか持ってねえだろ。あれは中距離用。これは遠距離用だ。近距離用は、反動の少ない良い拳銃を見つけたら、買ってやるからな」
「ん。そーくんも、お兄ちゃんには新しいスナイパーライフルを使ってほしいから、ニーニャと来てくれるって。ありがとう。んっと、こうかな?」
たーくんの頭の上に狙撃銃を出し、ニーニャが構える。
「いいな。様になってんぞ」
「そーくんが教えてくれたの。お兄ちゃんの真似。ばぁん!」
「要求腕力が足りてるなら、今度、狙撃も教えるか。何が見える?」
「んっとね、岩!」
「・・・ウイとミツカは?」
「何もないですねえ」
「看板っぽいのがあるけど、字までは読めない」
「ああ、あれは看板ですか。炭化した樹木だと思ってました。マーカーと位置は合ってますが、何もありませんね」
「用心しながら、その看板を目指すぞ。ニーニャ、狙撃銃をアイテムボックスに入れな。戦闘になったら、ちゃんと箱の中にいるんだぞ」
「うんっ」
20分も歩くと、看板の前に到着した。
「えーっと、文字が削れてますね」
「だが、オークの群れは近いぞ。酷く臭う」
「あたしは何も感じないぞ?」
(【パーティー無線】で話せ。思ってたより近い。下だ)
(ど、どこだ)
(看板の後ろよ、ミツカ。これは、マンホール。いいえ。まるで潜水艦のハッチですね)
(これが遺跡の入口らしいな。たーくんも大きさ的には入れるが、ハシゴじゃ無理か?)
(補助腕を出せるから大丈夫だよ)
(わかった。静かに開けて、様子を探るぞ。俺、ウイ、ニーニャ、ミツカの隊形で進む)
円形のハンドルを回し、ゆっくりとそれを開けた。
豚の鳴き声。肉で肉を打つような音。
(何してやがんだ、豚)
(お姉ちゃん、これって・・・)
(それ以上考えてはいけません)
(まだ朝だぞ)
(とっとと黙らせよう。ニーニャが茹でダコになる前にな。ウイとミツカは、アサルトライフルにサイレンサー装備。豚は入ってすぐの場所だ。俺の後にウイが続け。安全を確認したら、ニーニャとミツカを呼ぶ。ミツカ、ハッチは閉めろよ?)
豚の声が更に高くなる。ニーニャが真っ赤な顔でモジモジしているが、耳を塞ごうとはしない。
左腰のサイレンサー付きサブマシンガン。『特殊部隊の訓練用サブマシンガン』。長いマガジンの新しい銃を抜いた。
(行くぞ)
(はい)
ハシゴの下までは、数メートルしかない。飛び降りた。着地の衝撃と音を、転がって抑える。
豚に乗っかった豚。サブマシンガンを撃つ瞬間、目が合った。繋がったまま、死んじまえ。
飛び降りたウイも加わると、すぐに2匹のHPバーが砕けた。
(進路グリーン。赤マーカーなし)
(下りていいぞ)
4脚とは別の腕を使い、たーくんが器用にハシゴを下りた。ミツカが続き、ハッチを閉めてから下りる。
(収納しますね?)
(ああ。頼む。各個撃破しながら進むぞ)
ニーニャがチラチラ見ているオークを、ウイが素早く収納した。これでよし。教育に悪いから、朝っぱらから盛るんじゃねえよ。
鉄の通路には、赤い絨毯が敷かれている。曲がり角の壁。矢印と居住区の文字。
マガジンを交換して進む。50発も入るマガジンでも、敵がいなければ換える癖が身に染み付いている。
(居住区とは、面倒ですね)
(ああ。サイレントキルでどれだけ殺れるかだな)
歩く度に、網膜ディスプレイの黄マーカーが揺れる。その揺れ具合で、1番近い敵に目星を付けて進む。
(ここだな。警備室か)
(さっきも聞いた声と音ですね)
(言うな。ドアから見て左に2匹。ミツカが開けて、俺とウイが飛び込む。いくぞ。3、2、1、ゴー)
床の上で重なっていたオーク。体を離したオスから撃った。火薬の音よりも、機構の作動音の方が大きい。新しいサブマシンガンに満足しながら撃つと、マガジンを撃ち切る前にオークは死んでいた。
(ウイ、オークを収納。2人も入れ。部屋を調べる)
(ヒヤマ以外のモノなんて、見ただけで鳥肌ですね)
(まったくだ)
(お兄ちゃんの・・・)
(ミツカ、【危険物探査】を頼む)
(おう、任せてくれ。【危険物探査】発動。・・・反応はそこのロッカーだけだ。ニーニャちゃんには反応しないな)
(ぶはっ。笑わせんなって。施錠されてんな。ウイ、頼む)
(はい。他の探索は任せます)
(ああ。俺のアイテムボックスに入れとく)
骸骨はない。机の灰皿、雑誌、コップをアイテムボックスに入れた。
(ニーニャ、このコンピューター電源が生きてるっぽい。何かわかるか?)
(見てみるよ。んしょ。お兄ちゃーん)
抱き上げて箱から下ろそうとすると、けっこうな力で抱き着かれた。ウイとミツカが小さく笑う。俺から離れたニーニャが、照れくさそうに微笑んだ。
(どれどれー)
カチャカチャとキーボードが鳴る。ニーニャの表情が曇った。見せるべき内容ではなかったのかもしれない。
(隔壁閉鎖、タレット操作、監視カメラ、施設内放送は機能停止。警備員のメモがあるよ。豚のバケモノに変わってしまった住人の、おぞましい宴が続く。私もあのように、食欲と性欲だけに突き動かされるバケモノになってしまうのか。そうなる前に死ぬべきだとは思うが、引き金に掛けた指が動かない・・・)
(もういい。読むな)
(これで終わり。この人、どうなっちゃったのかなあ)
(逃げ延びて、東の街かブロックタウンに流れ着いたさ)
(そうだといいね。ううん。きっとそうだ。いいんだよ、コンピュー太くん。大丈夫だから、何も言わないで)