川辺にて
「ウイ!」
ミツカの叫びが、遠く聞こえた。
目の前の光景が信じられない。コメカミを撃ったウイの体が吹っ飛んだ。壁に当って、HPが更に減る。HPバーが半分を切った。次に撃ったら、死んでしまう。
病院の談話スペースで、入院している子供に絵本を読んでいた。ニット帽。メガネ。淡いピンクの入院着。かわいらしい声をしていた。顔も美しかった。あるはずの黒髪がなくても、彼女は美しかった。いっぺんで好きになってた。
走馬灯のような思い出を振り切って走る。
コルトを取り上げて捨てた。
残る1丁を抜こうとする手を押さえながら、『ドクターX』を取り出してウイの腕に刺す。
見る間に顔色が良くなる。顔に散った血を拭こうとしたら、強い力で手を払われた。心が、痛い。
「余計な事を。何度だって、死んでやる!」
「なんでだ。なんでそんな事をする」
「この世界にあなたが来たのは私のせいだ。気が紛れるなら、震える手でタバコをどれだけ吸ってもいい。忘れたい事があるなら、記憶をなくすまで酔っ払ってもいい。朝が来て怖さが薄れるなら、私とミツカを好きに抱いていい。あなたが大人になるのはいい。犯罪者を殺すのもいい。でも何もしていない人間を殺すなら、私は私を殺す。許せない。あんな風に笑うあなたを、こんな世界に連れてきた自分が憎い。生き返る? それがなに? すぐに頭を撃ち抜いてやる。何度だって、死んでやる!」
ウイの唇から、血が垂れた。HPバーが減る。まさか。
「やめろ!」
左手で顎を挟み、右手の指を口にねじ込む。噛みたいなら噛め。そうだ。死にたいなら、僕の指を噛み千切れ。そうしなければ、舌は噛めない
左手で『ドクターX』を打つ。
「よく聞け。僕は何も出来ない人間だ。君がいないと、1日だって生きていけない。だから君が君を撃つなら、僕も僕を撃とう。それでいいなら、好きにするといい」
手を離して、コルトを抜いてコメカミに当てる。
「一緒に死ぬ? 残されたミツカはどうすればいいの?」
「決まってるさ。あたしもここで死ぬ」
ミツカもコルトを抜く。
「ごめん、ミツカ。君の命は僕がもらう」
はっきりとミツカが頷いた。
「ずるい。卑怯だ」
「僕はミツカも愛してる。だから命はもらう。ミツカも迷いなく死ぬ」
「出来るわけない」
「そう思うなら撃てばいい」
「出来る、はずがないじゃない! 2人に死んでほしくない!」
「なら、君が死んではいけない。簡単な話じゃないか」
「だって、私のせいでコウジ君はこんな世界に!」
「来れたからミツカに会えた。ねえ、ウイ。罪のない人を殺してほしくないなら、そう言えばいいじゃないか。ウイが言うなら、僕は素直に言う事を聞くよ?」
「ほ、本当に?」
「もちろん」
「じゃあ、殺さないで。なんでもするから、お願い」
「わかった。ミツカ、銃を下ろそう」
「ああ。それと、提案があるんだ」
黙って言葉を待つ。ウイのコルトを探すと、どこにも見当たらなかった。手を離れたから収納されたらしい。視界の端に、なぜか号泣する変態がいた。見なかった事にして、ミツカに視線を戻す。
「あたし達は、生まれた場所も時間も違う。なのに、こんなにもお互いを大事に思っている。だから、死ぬ場所と時間は同じにしないか?」
「・・・ええ。それがいいですね。1人でも欠けたら、パーティーじゃないもの」
「簡単には死なせねえけどな。【挑発】を取得っと」
「何を取得してんですか」
「惚れた女は、自分で守る。今日から、俺は狙撃手でタンカーだ。パーティーの壁だな」
「モヤシが豆の木になったつもりですか」
「やってみせるさ。おい、剣聖。悪かった、謝る。こっち来いよ」
なぜか泣いている剣聖が歩いてくる。いや、泣く場面じゃねえから。自殺を止めるべき場面だから。
「気にすんな、死神。ぐすっ」
「なんで泣いてんだか。ほら、お前さんも吸え」
タバコに火を点けて、箱を剣聖にも差し出す。
「いや、いい。ぐすっ。タバコはやらねえんだ。キスの相手に悪い。ぐすっ」
「は?」
「さっき、切らしてるって・・・」
「婆さんに、売っちまったから。ぐすっ」
「そんな。切らしてるって言ったから、ヒヤマはあなたを殺そうとしたのに。死ねっ!」
「え。なんで俺は怒られてんだ、死神?」
「あー。さっきタバコあるかって聞いた時に俺は吸わねえって言ってたら、ミツカに確認したはずだからこんな事にはなってないって話だ」
「ええっ。俺のせいかよ?」
「そうじゃねえ。でも、これだけは言わせてくれ。死ね」
「じゃあ、あたしも。死ね」
タバコのフィルターに、べったり血が付いている。
くわえタバコで、ウイの頬の血を拭った。振り払われはしない。当たり前だ。
「何をやってんだい、あんたら。それにしても剣聖、まともに留守番の1つも出来やしないのかい?」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
「よう。遅くなってすまねえ。ブロックタウンへの移民、第1陣を連れてきたよ」
サーニャ婆さん、ニーニャ、たーくん、花園の3人。その後ろに10人ほどの女達がいた。
「誰が怪我してるの!? ニーニャの『ドクターX』使って!」
「大丈夫よ、ニーニャちゃん。ありがとうね」
「でも血が!」
「そうだ。ニーニャ、土産があるぞ」
「ナイスアイディアだ。ヒヤマ」
「これね。はい、ニーニャちゃん。私達3人からのお土産」
出されたレーザーライフルを、ニーニャがおずおずと受け取った。
「いいライフルだな。俺達花園には?」
「ねえよ。あってたまるか」
「つれないねえ」
「『サバイバーのレーザーライフル』。こんないい武器、もらえないよ」
「いいんだよ。試してねえが、レーザーライフルなら反動も少ないだろ。貰ってくれ。使わねえなら、店で売ればいい」
「じゃあ、大事にする。ありがとう!」
いい笑顔だ。小学生がレーザーライフルを構える姿は、違和感ありまくりだけど。
「なあなあ、オーガが出たんだろ?」
「ああ。出たぞ。昨日あのへんで探したが、もういなかった」
「残念だ。ところで、オーガの重火器を持ってないか?」
「6丁ありますよ」
「売ってくれ、頼む!」
「3人で山分けだから、2丁は俺の分だ。それでいいなら、護衛料に持ってってくれ」
「1丁でいい。金も払う」
「だからいいっての。それより、中に入ろうぜ」
先頭で中に入り、全員が座っても余裕のあるテーブルについた。
テーブルの上にこぼれた酒と壁で砕けたグラスを見て、婆さんの眼の色が変わる。
「これはどういう事かねえ、剣聖」
「これは死神のアホが・・・」
「高値で遺跡品を買い取って、安くいい酒を売ってやったんだ。その婆に、留守番は任せろと大口を叩いたのは誰だい?」
「俺、かな・・・」
「だったらさっさとグラスを片付けな!」
「はいっ」
「ヒヤマ、ここで暴れたらタレットの餌食だよ。今回は運が良かった。次からは気をつけな」
「悪かった。気をつける。ウイ、そっちでレニーにガトリングガンを出してやってくれ」
「はい。これですが大丈夫ですか?」
ガトリングガンをレニーがじっくりと見る。使用時に背負う、冷蔵庫のような弾薬箱も開けているようだ。
「そう。『野獣兵のガトリングガン』。状態がいいな。モーターも新品同然だ。弾薬は満タン。10000でどうだ?」
「だから、いらねえっての」
「貰ったら返さねえぞ?」
「大丈夫だ。もう1丁は残す予定だしな」
「ありがたい。後で可愛がってやるぞ」
「間に合ってるよ。にしても、筋力90あるんかよ」
「伊達にレベル30オーバーじゃないさ。オーガを狩るパーティーが全滅してね。婆さんの店でも在庫が切れて困ってたんだ。助かる」
言いながらレニーは弾薬箱を背負い、ガトリングガンを持ち上げた。その場で反復横跳びをはじめる。どんな筋力と体力してんだか。・・・喧嘩したら負けるじゃねえか。
「剣聖、掃除終わったら来てくれ。話がある」
「ちょうど終わったが、なんだ?」
「座れ。はじめて会った時、なんで隠密状態だった?」
「誰かに見られてる気がして潜んだ。今思えば、オーガのリーコンにでも見られてたのかも知れねえ」
「あの場所には、はじめて行ったのか?」
「いや。前日に通ってる。ブロックタウンが見えたから南に進んで、教会らしき遺跡を探索してその帰り道だった」
なら、決まりか。どこのどいつか知れねえが、会ったらきっちりケジメをつけてやる。
「タバコを吸う時、フィルターを噛む癖のある知り合いはいるか?」
「うーん。俺は吸わねえから注意して見た事はねえが、思い浮かばねえな」
「そうか。はじめて会った場所とオーガロードとの戦闘場所に、同じ吸い殻が捨てられてた」
「尾行されてるってのか?」
「わからん。ただ、その3日前にははじめて会った場所に吸い殻はなかった。戦闘場所を離れる時もな」
「死体泥棒はソイツか。見つけたらただじゃ置かねえ」
「こっちも気をつけてみる。お互いなんかわかったら、婆さんに伝言を頼むとしよう」
「了解だ。花園も用心したほうがいいかもな」
「わかりました。尾行と噛み跡のあるタバコ。注意します」
「カリーネなら安心だ」
「喧嘩なら買うよ、剣聖?」
「勘弁してくれ、レニー」
さって、そろそろ寝るかねえ。色々あって疲れた。今夜くらいは、ゆっくり眠ろう。
そう思っていると、トコトコ歩いてきたニーニャが俺の袖を引いた。
「どした、ニーニャ」
「あのね、ブロックタウンに行ってみたいの」
「婆さんたちは、いいって言ったのか?」
「うん。お兄ちゃんがいいって言ったら、好きなだけ泊まっていいって」
「俺はいいが、ウイとミツカにも聞いてみな」
俺とウイは面倒だから1階の寝室を使ってるが、2階には客室が3つもある。お泊りくらいは余裕だろう。それよりこれは、ニーニャのレベルを安全に上げるチャンスかもしれない。パーティーに参加して俺が狙撃。レベル1桁なら、面白いようにレベルが上がるはずだ。
「お姉ちゃん達もいいって!」
「良かったなあ。婆さん、いいのか?」
「ああ。なんなら種を仕込んじまっとくれ」
「だから、無理だっての」
「こっちでは合法なんだ。気が向いたらの話さね」
「向かねえっつの。安全なら、レベル上げに連れ出してもいいか?」
「こっちから頼みたいくらいさ。ニーニャ、お礼にブロックタウンでいろいろ修理してやるんだよ?」
「うんっ」