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割れたグラス




「起きてください、マスター」

「んう。おはよ、ウイ」

「ミツカがリビングで待ってますよ」

「わかった。着替えたらすぐ行く」


 素っ裸にサンダルを履き、ドレッサーから戦闘服を出して着る。ブーツはしっかり編み上げた。

 洗面所で顔を洗うついでに、頭から水をかぶる。ようやく目覚めた気分だ。指に塩を付けて歯を磨く。新品の歯ブラシはまだ見つけていない。次の遺跡に期待だ。


「おはよう、ミツカ」

「おはよう。なんか凄い事になってるな、ヒヤマ」

「なにがだ?」

「ヒヤマ。また頭からずぶ濡れで!」

「いてっ、痛えって」

「拭いてあげるだけでも、ありがたいと思いなさい」


 なんて乱暴な。嘘です。コーヒーを取り上げないで。


「父と母がくれぐれもよろしくと言っていたよ。しかしいいのか、武器をあんなに」

「どう考えても、今の装備があればもう使わないでしょう。なら、自警団で使うべきです」

「そうだぞ。使ってこその武器だ。アイテムボックスの肥やしにしてどうする」

「そうか。2人は硬貨は腐るほど持ってたっけな。ありがたく使わせてもらう。それで、今日はどうするんだ?」

「オーガの群れが、シティーからのルートにいないか見に行くつもりだ。いなかったらハンターズネストに行って注意喚起」

「そうか。あたしはいつでも行けるぞ」

「移住者の家の手配や自警団の仕事はいいのか?」

「家の手配は町長が、自警団の仕事は保安官助手がやる。あたしは2人と一緒だ」

「なんでも押し付けたらダメよ?」

「わかってるさ。ヒヤマ、早く食事を終わらせろ。行くぞ」

「メシくらいゆっくり食わせろ」


 溶けたバターの香りと、トーストの香ばしさ。歯ざわりもいい。くどくなった舌をコーヒーで流す。幸せだなあ。


「これは、時間がかかりそうだな。あたしは門に行って、ダンに指示をしておく。あたしがいない時は、冒険者だろうが行商人だろうが犯罪者ならブロックタウンに入れるなと」

「それがいいでしょう。許可を取ったとか手紙を預かったとか言われても、それを信じるなともね」

「わかった。じゃあ、先に行く」

「すぐ行くよ。悪いな」

「気にするな」


 急いでトーストを食べ、サラダに取りかかる。

 別荘で1泊して、ハンターズネストまで。婆さんにオーガの群れの事を話したら、軽く飲んで泊めてもらうか。典型的な安宿のような部屋とは別に、俺達が泊まったスウィートルームがある。それなりに快適な部屋だった。


「ごちそうさま」

「お粗末さまでした。片付けたら出ましょうか」

「ああ。装備しとくよ」


 両脇にコルト。右腰にサブマシンガン。左のナタはもう装備していない。サブマシンガンをもう1丁買うべきだったか。最後に初心者の狙撃銃。対物ライフルは、普通のクリーチャーに使ったら完全にオーバーキルだ。しばらくはこれを使おう。


「準備は終わったようですね」

「ああ。いつでも行けるぞ」

「なら行きましょう。暑い中、ミツカが待っています」


 戸締まりを確認して門に向かうと、ミツカが異様な集団と話しをしていた。


「ヒヤマ、こっちだ」

「おう。どうした?」

「いや、こちらの行商人を護衛してきた冒険者のパーティーが、是非とも紹介してくれとな」


 ミツカは困り顔だ。それはそうだろう。大きな荷物の行商人はとりたてて特徴がないが、後の3人、特に2人はお近づきになりたくない。

 それにしても、俺達に1晩遅れでブロックタウンに到着か。噂を聞いて迷わずシティーを出たな。鼻の利く行商人もいたもんだ。


(犯罪者は?)

(いない)

(そうか。行商人はいい鼻だ。邪険にはしない方がいいだろう)

(わかった)


 問題は冒険者だ。目的も気になるが、まずその風体が異様すぎる。

 ガラスの割れたクルマのドアを持った男は、それを盾にでもするのだろうか。手斧にクルマのドア盾。職業はないが、あったらどんな職業なのだろう。

 フルフェイスのヘルメットを被った奴は、槍を持っている。スモークメットにライダースジャケット、ダメージの入れ方がセンスのいいジーンズ。なのに槍。訳わからん。

 最後の1人が、1番まともだ。革の鎧に剣。ただ、右腰には32口径がぶら下げられている。


「何か用か?」

「俺はジョン、こっちはスミス。こっ」

「名前は見えてる。用件を言え。こっちは出発するトコだ」

「す、すまない。俺達とパーティ」

「断る」

「そんな・・・」

「はじめて会う人間をパーティーに誘うような連中とツルんで、長生きができるとは思えねえ。じゃあな」

「待ってくれ、ならせめて銃を売ってくれないか?」

「銃は知り合いに流す。欲しけりゃ、シティーのカチューシャにでも行け」

「やっぱり無理か。すまない。3人パーティーだと聞いて、もしかしたらと思ったんだ」

「いいさ。気にすんな」


 1歩引いてミツカを待つ。冒険者に謝られたミツカは、行商人に笑いかけてブロックタウンへと導いた。歓迎します。そんな声が聴こえる。


「すまない。待たせた」

「お互い様だ。もういいのか?」

「ああ。行こう」


 昨日歩いたばかりのルートには、ビッグラットの1匹すらいなかった。

 オーガロードとの戦闘場所に寄って、死体を狙うクリーチャーがいれば狩るつもりだったが、オーガの死体がない。アイテムボックスに空きはないと言っていた剣聖は、どうやってあれほどの死体を運んだ。


「手の内を見せたのは失敗だったか」

「車両でも隠してたんでしょうか」

「気をつけて見てたが、剣聖の言葉に嘘はなかったぞ」

「信用できねえって事はわかった。それでいいさ」


 人を殺して、僕が俺になって、レベルが上ってどうにかやっていけると思っていた。だが、まだ足りないらしい。この荒野で何かを守るには、まだ足りない。なら、手に入れるだけだ。


「フィルターを噛む癖があるのか。変態らしいな」

「何か言いましたか?」

「なんでもねえ。行こう」


 吸い殻をブーツで踏みつけ、鉄塔のある丘に歩き出した。


「10分だけくれ」

「わかりました。周囲を警戒します」

「何をするかはわからんが気をつけてな、ヒヤマ」

「おう」


 倒れた金網を越えて、鉄塔を見上げる。あった。ハシゴ。

 メンテナンス時に、関係者が使うのだろう。イタズラ防止のためか、地面から2メートル程度上にハシゴの1段目がある。

 俺のステータスは今や、筋力76に敏捷力67。行けるはずだ。

 助走を取って走る。今だ、跳べ。景色が吹っ飛ぶ。ハシゴ。掴んだ。鉄棒の要領で体を持ち上げる。

 15メートルほどの高さ。風が気持ち良い。メンテナンス用の足場は意外としっかりしている。時間はない。上れるところまで上った。


「何してたんだよ、アンタ」


 骸骨に手を合わせ、そばのライフルを持ち上げる。

 変わった形だ。マガジン、いや、排莢孔すらない。ホントに銃か、これ。とりあえずアイテムボックスに収納する。まわりに落ちている、乾電池のようなものもだ。

 服のポケットを探ると、少しの硬貨と色褪せた写真があった。硬貨はアイテムボックスに入れ、写真は骸骨の手に握らせた。


「綺麗な人じゃねえか。泣かせてんじゃねえよ」


 対物ライフルを出して、南を覗く。オーガロードに率いられたオーガ兵。南から来たなら、後続部隊がいてもおかしくない。川沿いの道をスコープで舐めるように、念入りにオーガを探す。

 気になるのは、遠くに見える箱型の建物ぐらいだ。初心者の狙撃銃とは比べ物にならない倍率のこのスコープで、やっと見える距離。


「行くにしても、また今度か」

(ヒヤマ、10分を過ぎましたが大丈夫ですか?)

(悪い。今、下りる。敵影はなし。変わったライフルを拾ったから、下りたら見てくれ)

(わかりました。気をつけて)


 急いで下りる。最後のハシゴは、途中で飛び降りた。


「待たせた。これ、何かわかるか? アイテム名が見えねえんだ」

「変なライフルだな」

「これは、レーザーライフルかもしれませんね。要求ステータスが満たされてないので、見えないのでしょう」

「へえ。さすが不思議科学世界。このラジコンの電池みたいのが弾か?」

「そうでしょう。いい機会ですから、【アイテム鑑定】を取得しましょうか」

「待て。アイテムボックス容量オーバーのないうちのパーティーなら、わざわざ取る必要はない。婆さんかニーニャなら、そのスキルがあるかも知れない。ハンターズネストに行ったら聞けばいい」

「わかりました。では私のアイテムボックスに入れておきます」

「サンキュ。行こう」


 シティーへの行き帰りに通った道路はもう慣れたものだし、新しいサハギンもまだこちらの岸辺に縄張りを作ってはいないようだ。

 何事もなく別荘に到着して1泊し、翌日の朝に歩き出した。

 ハンターズネストの扉を開けたのは、夕陽の美しい時間だった。


「おう、死神じゃねえか。聞いてくれよ。寝ないでオーガを取りに戻ったら、1匹も死体がねえでやがんの。自棄酒に付き合えよ」


 よく言いやがる。クソが。


「タバコ、あるか?」

「すまねえ。切らしてる」

「そうかよ。なあ、先輩。この荒野を生き残るコツを教えちゃくれねえか?」

「お。弟子入りか。そうだなあ。まず、人は信じるな」

「疑わしきは?」

「ぶちのめせ。殺したって構いやしねえ。それより飲めよ。高えだけあってうめえぞ?」


 右手。コルトを抜いて、剣聖の顔面に叩きつける。

 吹っ飛んだのは、剣聖の持つグラスだった。壁で砕けた。

 右手の甲から、血が落ちている。裏拳で殴る気だった。グラスで切ったらしい。剣聖にコルトを突きつけたままだ。


「ここで撃たれるか、外に出るか選べ」

「殺り合うなら、外だ」

「出ろ。テメエは魚のエサだ」

「どっちがエサか、カラダに教えてやるよ」


 世界が赤く染まっている。夜には川の魚の胃の中だ、変態クソ野郎。


「2人は手を出すな。コイツは俺が殺す」

「その前に、なぜ殺すのか教えてください」

「信用ならねえからだ」

「吸い殻を気にしていましたね」

「行きになかった吸い殻を発見して感知力を働かせたら、隠密状態のコイツがいた。背後から斬りやすい場所にだ。オーガ兵の死体があるはずの場所にも、同じ吸い殻があった。コイツはオーガ兵の死体はなかったと言ったけどな」

「それが剣聖の吸い殻だという確証は? 私達が立ち去った後で吸ったとしたら?」

「確証なんていらねえ。間違いでも構わねえ。疑わしきは、ぶち殺す」

「それが荒野のルールだと?」

「そうだ」

「わかりました」


 ウイが、コルトを抜いて撃った。哀しそうな顔で、自分の頭を。撃った。



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