赤いツノ付き
カナバルの街を睨んだまま、ウイが作ってくれたホットドッグを頬張る。
夜は和食にしてくれるそうなので、今から楽しみだ。
何も言っていないのにやって来たセミーやチック、フェイレイもブリッジで、ホットドッグを食いながらモニターを眺めていた。
ニーニャ達年少組は、ハンガーで昼メシを食うらしい。
「いやあ、あれはヤバイぞ。ブレーキの付いてない軍事車両みてえだった」
「止まんないんだ?」
「もうな、終わったかと思えばまた動き出す。それも自分の快楽のためじゃなくてよ、こっちを喜ばせようとしてんだから質が悪い」
「でも変態野郎だからな。大丈夫だったか、フェイレイ?」
「さすがにケツまで舐められた時は焦ったが」
「・・・フェイレイ、頼むから詳細を語るのはやめてくれ。しかも本人の前で」
「セミーとチックは、アタシと固い絆で結ばれた姉妹。隠し事なんてしねえよ?」
「せめて俺のいねえトコで猥談しろつってんだよ!」
「やれやれ、変態野郎は心が狭い」
「うっせえよ、チック。見ろ、ルーデルがこれ以上はないってほどの苦笑いじゃねえか」
「まあ、地球は清潔な人間ばかりだから、ソッチ関係は凄かったと聞いた事はある。それがあっちの常識なら変態じゃない。気にするな、ヒヤマ」
するわ、んなもん。
「それにしてもフェイレイ、HTAをホバー機にするとは思い切ったな」
「うわ、強引に話を逸しやがった」
「ははっ。ホバー状態じゃなきゃ歩けもしねえんなら、断るつもりだったんだけどな。でもいいのか、貴重なホバーをアタシのHTAに使って?」
「ニーニャがこれから先、どれだけのHTAを改造すんのかは知らん。でもハルトマンとかルーデルのスツーカの改修や、将来は俺の息子なんかのHTAをイジるかもしんねえんだ。ホバー機を作ってその長所短所を見極めて、その経験を後に活かしてくれたらそれでいいさ」
「そこまで考えてんのか・・・」
俺達の国は人口が少ない。
なので戦争となれば、兵士と兵器の質だけでも相手に優っていなければすぐに負ける。
ニーニャの技術力は、そのまま俺達の国の軍の精強さに直結するのだ。
「ヒヤマ、城から部隊が出たぞ」
「・・・あれか。職業持ちはいねえな」
「整列して誰かを待つようですね。これはもしかして」
「シドの親父が出て来るとして、殺しておくべきだって思うヤツはいるか?」
手を挙げたのは、フェイレイだけだ。
脳筋のセミーですら、迷いながらも動かずにいる。
「アタシだけかよ」
「親父が死んだら、シドがカナバルの領主として迎え入れられる可能性もあるからな。タリエ、たーくん。サンはどうしてる?」
「雪男の巣を発見して、何を餌にしているのか探ってるわ。戻ってもらう?」
「いや、雪男の餌は気になる。近くに集落でもあったら、使えるかもしんねえしな」
城から出て来た男の頭上には、やはり最後にカナバルとあった。
マフラーのような物で顔を隠したまま、短い訓示か何かをしてすぐに城に戻る。
その後で兵達は、隊列を組んで歩き始めた。
「ボルトアクションライフルと、槍が半々。全員が剣を佩いているな。狩りか?」
「たぶんな。たーくん、間違ってもサンを発見されねえようにしてくれ」
「イエッサー、ボス」
来るならとっとと来やがれ、シド。
そう言ってやりたいが、素直に出て来るはずもない。
城から出た部隊は、門の手前にある大きな建物の前でまた整列した。2人が建物の前に立つと、中から別の兵が出て来て何かを話している。
「車両を使用するための手続きか。しっかりした軍のようだな」
「フェイレイ、アンは何してる?」
「勉強だってよ。スキルとかを見たり、ウイとタリエに勧められた本をアタシ達の部屋で読んでる」
「勉強中か。ならいい」
「何か用事か?」
「ダウィンズをネーヴ王国で一番の軍人だって言ってたからよ。シドの親父は、どうなのかなって」
「それなら私とタリエさんで聞きましたよ。ダウィンズさんが兵を指揮して戦場に立つ将軍。さっき出て来たグラット・カナバル侯爵は、軍師として首都で采配を振る役目だそうです」
「だから規律がしっかりしてんのか、サンキュ」
城門の手前にある建物は、やはりハンガーだったようだ。
中に入った兵の運転で、トラックが建物から姿を現す。
「除雪トラックか。中は見えなかったが、やはり装備は充実しているんだな」
「忍び込んで中を確認してえなあ」
HTAは職業持ちでなくとも、訓練次第では乗りこなせる。ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッドには、HTAの部隊があったのだ。
「HTAの存在を疑ってるのか、ヒヤマ?」
「赤熊の機体なら、パワードスーツなしでも使えるだろ」
「あれには簡素だが、コックピットに装甲板があったからな。たしかに寒さにも強そうだ。だが、整備はどうする。何百年もHTAを稼働させるなんて、職業持ちがいないとムリじゃないか?」
「戦車だって動いてるからなあ・・・」
「それもそうだな。ネーヴ王国の兵器は、構造を単純化して可動性を極限まで高める方向性の設計思想に基づいた物が多い。あり得ない話でもないか」
トラックは30ほどの兵を荷台に乗せて大通りを進み、門を目指している。
「都合よく見えてる門からの出発か。でもよ、昼過ぎの出発だと泊まりがけの狩りだよな?」
「だろうな。門の近くは雪が溶けているが、その先は積雪が多い。除雪しながらじゃ、足は遅くなるだろう」
「ウダウダやってんじゃねえよ、シド。親が憎いなら、カナバルに潜入しなきゃ始まらねえじゃねえか」
「父親が軍師を務めるような人間なら、あの子も綿密な計画を立てて動くタイプなのかもしれませんね」
ルーデルが立ち上がる。
カナバルを見下ろせる大きな窓の手前には、いつの間にかテーブルや椅子が置かれていた。俺は立ったままだが、ルーデル達はそこに腰掛けている。
「どした、ルーデル?」
「カナバルから人が出るのは、俺達が監視を始めてから初だ。もしシドが俺達のようにどこかでカナバルを見ているなら、仕掛けてくる可能性もある。爆撃準備をして、いつでも上がれるようにしておくよ」
「なら、俺も行くかな。ハルトマンはねえから、ホバーで出る事んなるけど」
「ヒヤマの出番は、爆撃でシド少年を倒し切れなかった時だ。視界をウィンドウで見てるから、俺が上がるまではここにいてくれ」
「・・・わかった。出撃したとしても、ムチャは禁物だぜ?」
「もちろんだ。行こう、ジュモ」
「スカした美少年の顔に、300キロ爆弾をお見舞いしてやるのデス」
シドが出て来てくれれば、ワンチャンスはあるか。
「ボス、トラックがカナバルの街を出ます。進行方向をサンに偵察させますか?」
「・・・いや、シドは姿を消せるし、体温もない。サンがシドを発見するより、サンがシドに発見される可能性の方が高いだろう。むしろトラックが離れるまで、どこかに潜ませておいてくれ」
「わかりました。では雪にでも潜っていてもらいます」
「悪いな」
「僕達には寒さなんて関係ありませんから」
トラックの歩みは、酷く遅い。
徒歩より少し速いくらいじゃないかと思うほどだ。
予想通り日が暮れてもトラックは獲物を見つけられず、エンジンをかけたまま停車して朝を待つようだ。
「来なかったな、シド」
「明日には、トラックをここから視認できなくなります。あの子の得意な夜襲をかけてくれるのを期待しましょう」
「もしそうなれば、サンの映像をたーくんに見ててもらうしかないか」
「それなら、そこの壁のモニターにいつでも出せますよ?」
「マジか」
「昨日、ニーニャが送受信機を取り付けてくれました。なんでも、無線スキルのない民間人に避難を呼びかけたりするのにテレビが必要だとかで、ヴォーバンにアンテナなんかが。ほら、これです」
「・・・いつの間にかたーくんが、ツノ付きの指揮官機に。たーくん、全身を赤く塗装しねえか?」
「い、嫌ですよ。良い的じゃないですか、それ」
「3倍速く動けば大丈夫だって、な?」
「動けませんから。サンの映像を受信して、モニターに送信する機能しか追加されてませんから」
俺の弟分なのに、赤いツノ付きのロマンがわからんとは。
ヒマになったら絵の巧いミツカに頼んで、マンガかアニメを作るか。子供達も喜ぶ。
(ルーデル、そっちは大丈夫なのか?)
(快適なもんさ。HTAのパイロットがスクランブルに備えるための、待機室だからな)
(今から食事を作るので、出来たら運びますね)
(あっ、ルーエイが手伝う)
(ありがとう。ニーニャちゃん達も待機室にいるのよね、そこでゴハンを食べる?)
(うんっ。ミツカお姉ちゃんとかアンちゃんも来てるよっ)
ルーデルとジュモは人気者だな。
ブリッジが戦闘を指揮するための場所だからか、ニーニャ達はまだしも、戦闘となると仕事のないアンは遠慮してあまり足を向けないのかもしれない。
(トラックは動かねえ。寒くねえのかな、あんな雪原のど真ん中でよ)
(除雪しながら進む軍事用トラックだから、荷台は快適だと思うのっ。吹雪で動けないとかも想定した設計だと思うし)
(なるほどなあ)
あれは軍事用なのか。
たしかにただの除雪車なら、荷台なんて必要ない。
機銃なんかが積まれていないだけマシか。
(ねえねえ、お兄ちゃん)
(どした?)
(この待機室ね、食堂よりくつろげる感じなのっ。改造してリビングにしてもいいっ?)
(ルーデル次第だな。スクランブルを待つのは、ほとんどルーデルなんだし)
(好きに改造していいぞ、ニーニャちゃん。可能ならアンちゃんの勉強なんかも、ここで出来るようにすればいい)
(わーいっ)
(いいんですか、ルーデルさん)
(アンちゃんが1人の方が集中できるなら自室でも良いが、ここをリビングにすれば手の空いている誰かに質問したりも出来る。その方がいいんじゃないか?)
(ありがとうございますっ)
ニーニャの仕事がまた増えるか。
「休みはちゃんと取ってもらうから、心配しなくていいわよ」
「悪いな、タリエ。体調を崩したりしねえように、見てやってくれ」
「もちろんよ。かわいい妹ですもの」
しばらくして運ばれて来たのは、麦の握り飯や味噌汁。それに和風のおかずだった。
それを食いながら、酒は飲まずに雪原にポツンと停まっているトラックを見張る。
夜は、これからだ。




