変態と踊ろう
「待ってくれ、婆さん」
「なんだい?」
(ウイ、どこまでなら話していいんだ?)
(守秘義務はありません。ぶっちゃけたって構いませんよ)
(なんのことかわからんが、ヒヤマのためならシティーと戦争だってするぞ)
(荒事はなしで頼む。ありがとな)
「子供だった俺とウイは、故郷を旅立った。ブロックタウンに流れ着いたのは、最近の事だ。その故郷では、女は16にならなければ結婚は許されなかったんだ。そして、15までの女に手を出すのは犯罪。俺はそんな教育を受けて育った。だから、今は無理だ。諦めてくれ」
睨み合う。婆さんの目は、どこまでも真剣だ。
「その故郷は平和だったかい?」
「ああ」
「教育を受けたって言ったね」
「・・・ああ」
「この手帳を見な。この文字だ」
出された手帳のページには、アルファベットが並んでいた。この世界にはないはずの、国の名前が並んでいる。
「故郷はあるかい?」
「ある。これはどこで?」
「質問はこっちからさね。故郷はそのページのどこに書いてあるんだい?」
「右の1番下だ」
「へえ。いいトコの坊っちゃんだったんだねえ。16になったらニーニャを貰ってくれると約束するなら、その手帳の出所も婆の知ってる言い伝えも教えてやるさね。どうするんだい?」
(アルファベットだ)
(私達と同じ存在の子孫ですか。それはそうと、ニーニャちゃんは貰ってくださいね)
(マジか)
(ええ。妹が欲しかったんです)
(賛成だな)
「わかった。この手帳は、この家の先祖が残した物か?」
「ああ。その文字の右下が最上。我が家に血を入れるには、ね」
「へえ。そりゃ光栄だ」
「清潔で勤勉で礼儀正しいとあるね。兵士なら、敵に回すなとも」
「そうかい」
手帳をめくりながら婆さんが言う。日本人はいいけど、俺の職業ヤバイんですけど!
「何もかもを捨て、この荒野に降り立った。だが後悔はしていない。私は死ぬまで、愛する妻とここに生きよう。子もなそう。そしていつか我が子孫が同胞に会えたなら、その手助けをせよと言い伝えよう」
婆さんと2人でタバコを吸う。誰も、何も言わない。
「そういう事で、我が家はヒヤマへの助力を惜しまない。なんでも言っとくれ。それと長女のセミーってのが冒険者をやってるんだ。風来坊で生きてるかもわからないが、生きて帰ったらブロックタウンに行かせるよ。覚えといておくれ」
「わかった」
「じゃ、ニーニャをどうするかだね」
「ここで暮らせばいい。まだ親が恋しい年頃だろ」
「たまには遊びに行きたいっ。ダメ?」
「ブロックタウンにか。たまにならいいんじゃねえか。まあ、婆さんやお父さんお母さんがいいって言ったらな」
「うんっ」
「それとイワンさん、双眼鏡はないですか?」
「もちろんあるぞ、婿殿」
「じゃあ俺達は、買い物してきますよ。双眼鏡は俺がプレゼントして、ミツカは今回の稼ぎでお土産を買わねえとな」
「終わったら顔を出しな。夜と言わず、すぐに船を出してやる」
「そっちの都合でいいさ。気を使わねえでくれ。ミツカ、何屋に行きてえんだ?」
「突然言われても。うーん。農地が余ってるし、人も増えるなら作物の種とかかな」
「なら、リザに案内をさせよう」
買い物はなんのイベントもなく終わり、遠慮する俺達を婆さんが無理やり船に押し込んだ。
ハンターズネストに着いたのは夕方前。婆さんに礼を言い、少しでも距離を稼ごうと歩き出す。
「1泊もせずにシティーを出るなんてな」
「仕方ありませんよ。花園が乗り気で明日にもシティーを出るなら、ブロックタウンとして準備はしっかりしないと」
「なんかゴメンな、ブロックタウンのために」
「なあに、今はブロックタウンが故郷だ。このくらい喜んでするさ」
「ニホン、だったか。2人の故郷は」
「ええ。緑豊かな国でした」
「あたしもそこに、生まれたかったな」
「そしたらこんな風に旅も出来ませんよ。あそこでの私は、外にも出られなかった」
「それは嫌だぞ!」
「それに、こんな事も無理だな」
河原を走るサハギンに照準を合わせる。対物ライフルのデビュー戦だ。
「1匹はミツカのアサルトライフルを試させますよ。それに、30発しかない弾をここで使いますか」
「じゃあ、コルトモドキを試すか。対物ライフル収納。ミツカ、片方は譲るぞ」
「わかった。【インターセプト】」
タンッ!
並んで走るサハギンの1匹がHPバーを減らし、のけぞって停止した。
タンッ。
動き出したサハギンがもう一度それを繰り返す。
タンッ。
それでサハギンのHPバーは砕け散った。
「1発のダメージが猟銃と同じ。それを3点バーストで撃てるのはいいな。仰け反ったのは【インターセプト】ってスキルか?」
「うん。【アンブッシュスタンス】の1つ上、3発に3秒仰け反りの効果」
「悪くありませんね。そしてそろそろ撃ってください。近いですよ」
「おう」
両手で構えて、無造作にトリガーを引いた。
ダアンッ!
「凄え音だな」
「15ダメージなのに、サハギンが吹っ飛びましたよ。銃の固有効果ですね」
「高いだけの事はあるな。ホントにもらっていいのか、ヒヤマ?」
「当たり前だっつの。ほれ、撃ってみ」
ミツカも自動拳銃を抜いて構える。いい構えだ。保安官だからか。
ダアンッ。
「反動も凄い。また吹っ飛んだな」
「ウイも試したらどうだ?」
「いいえ。弾がもったいないです」
「じゃあ、サブマシンガンか。スラムのチンピラには20ダメだった。【チェインヒット】」
タンッ。20。タンッ。25。
「へえ。はじめて使ったが強えな、【チェインヒット】」
「これからはケチらないでくださいね」
「善処する。日が落ちる前に、キャンプ場所も探さねえとなあ」
サハギンを回収して道を急ぐ。1時間でも早くブロックタウンに帰り、10人が住める家と花園の家を準備しなければならない。
「あの瓦礫の陰にテントを張ります」
「わかった。夜明けには出発だな。別荘はまた今度だ」
「食事を終えたら就寝ですよ?」
「当たり前だ。さすがに今夜は何もしねえよ」
「そ、そうだな。うん」
動揺したミツカはスルーして野営の準備をする。とは言っても、キャンプスキルがあるのはウイだけだ。なるべく手伝おうとはするが、邪魔だと思われているかもしれない。
「おはようございます。朝食は出来てますよ」
「ああ。今日も暑いな」
「おはよう、ヒヤマ」
「おう、おはよう。しかし、切実にクルマかバイクが欲しいな」
「道がこんななのにですか?」
「軍用車なら、瓦礫の上も行けるだろ」
「狙撃されて終わりますね」
「なら、戦車か装甲車だな」
話しながら食事を終え、テントを収納して歩き出す。
昼には別荘を越えた。いいペースだ。これなら明日の昼には、ブロックタウンに到着するかもしれない。
「廃墟に入った。あの商店でもう1泊するのか、ヒヤマ」
「どうしました、ヒヤマ?」
唇に立てた指を付ける。
(そこの吸い殻。この間は、そんなもんなかった)
(人間ですか。マーカーは?)
右手にサブマシンガンを、左手にコルトを抜いた。どちらもセーフティーは解除してある。
(あそこだ)
「覗き見が趣味かい、兄さん。出てこねえなら撃つ。1歩以上踏み込んでもな」
廃墟の壁と壁の隙間。男が1歩だけ前に出る。それで【隠密】の効果は切れた。隠密状態からの攻撃には、3倍のボーナスダメージがある。【隠密】が切れてしまえば、数の多い俺達が有利だろう。
「3倍ダメージはもうねえ。それでもやるかい?」
「何を言ってるんだ。死神さんよ。俺はただ小便でもしようかと思ってただけだぜ」
「ナニが粗末で隠密状態じゃねえと小便も出来ねえってか、剣聖」
(犯罪者か?)
(違うみたいだ。あれが、剣聖。最強のソロか・・・)
(なんかキモいです)
「おまえにならじっくり見せてやるぜ、死神さんよ。まあ、見るだけじゃ済まねえかもなあ」
(アウトー!)
(ヒヤマ、殺しましょう)
「たった今、てめえには関わらねえと決めたよ。見逃してやるから、俺達が行くまで大人しく・・・」
「してたら死ぬなあ。背中を預けるぜ、兄弟!」
「援護しろっ!」
叫んで走る。
先頭のオーガ。左手のコルトを叩き込む。何匹かを巻き込んで転がった。追撃のサブマシンガン、撃てない。トリガーを引く気なのに、指は動かなかった。
集団の右寄りに剣聖が突っ込む。
指が動く。【パラライズマガジン】。念じて弾をバラ撒いた。なるべくオーガを巻き込むように。
「【挑発】! 【ディフェンダーソード】!」
撃ち切ったマガジンを落とす。マガジン取り出し。空中に現れたそれを、左の腕に叩きつけるようにして、サブマシンガンにぶち込む。コルトを発砲。歯でサブマシンガンをコッキング。【スプリットブレット】。剣聖に群がるオーガを剥がす。
「グレネード2射、いきますっ!」
「伏せろ、剣聖!」
忠告はした。後は知るか。瓦礫の山を盾にする位置へ飛び込む。爆発音。衝撃。石が降って来た。リロードを済ませる。左右両方だ。ツバを吐いて立ち上がった。
「嫁の調教くれえちゃんとしとけ、死神!」
「ベッドの上では素直なんだよっ!」
オーガはまだまだ残っている。サブマシンガンで確実に仕留める。リロードの合間にコルトを撃つ。援護もあって死にはしてないが、生き残れるのか。
「ヘバッたなら寝とけ、死神。ケツを俺に向けてな!」
「てめえのがフラフラなんだよ。吹き飛ばすから1匹は決めろ、素浪人!」
いつの間にか背中合わせだ。気色が悪い。
撃ち切ったサブマシンガンを捨てる。両手にコルト。円を描くように動いて、俺達を囲むオーガを弾き飛ばしていく。右を撃ち切った。マガジンを落とす。左で撃つ。逆さにした右手のコルト。マガジン取り出し。綺麗に入った。右膝に叩きつけて押し込み、がっちり歯で噛んでコッキングする。
左手のコルトを撃ち切ると、もう立っているオーガはいなかった。
「やるじゃねえか、ケツの青いガキが。撫でてやるから脱ぎな、死神」
「その臭え口を閉じてろ。時代錯誤が」
「ヒヤマ、怪我はっ!」
「大丈夫か!」
「おう。変態野郎に目をつけられた以外はな」
「言うじゃねえか、ってマジかよ」
「なあ変態、ありゃ何だ?」
「字も読めねえのか、死神。ありゃ、オーガロードってクリーチャーだ」
「HPが1000って見えてんだが、冗談だよなあ?」
「冗談だといいなあ」
「ここは先輩冒険者に任せるか」
「無理だ。半分も削れねえ」
「ソロ最強なんだろ、やれや」
「ソロだから【隠密】だのキャンプだの取ってて、スキルがもうねえよ」
「てめえまさか最上スキルねえのかよ!?」
「あ、【攻受自在】の最上スキルなら・・・」
「死ねよ、変態野郎!」