表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/239

稀人コンビ




 歩いてヴォーバンに向かうたーくんとすれ違いざまにハイタッチして、フェイレイの隣まで走る。てっきりたーくんは着いて来てカメラを回すものだと思っていたが、違うらしい。

 それにしてもフェイレイは、見るからにソワソワしやがって。子供か。


「待たせた。楽しそうだなあ、フェイレイ」

「まあね。行こうぜ、手前の建物からだ」

「あいよ、って武器はそれしか持って来てねえのか?」


 フェイレイが近接戦闘用パワードスーツの他に装備しているのは、左右の腰の短剣と左脇のハンドガンだけだ。


「拳銃は今まで見つけた中で一番の威力。短剣はどっちも、フォートレスだっけ、あれにあったのをもらった。左は掠っただけで電流が流れて、敵の動きを止める。右はエンチャントとやらで鉄を突いても折れねえって話さ」

「連射の出来る銃はいらねえのか?」

「ああ。敵が10人いれば、10回トリガーを引けばいいだけだ」

「男前だなあ、おい」

「惚れたか?」

「せめて女らしさを見せた時に言えよ、それ」

「ははっ。了解」


 軽口を叩いてはいるが、マグナムをぶら下げながら注意深く周囲を見回して歩いている。

 今のところ、黄マーカーの1つもない。

 まだシャッターの下りた土産物屋や、レストランらしき店ばかりだからなのか。


「店舗じゃねえな。看板にはベッドの絵。ペンションだろうな」

「なんだそりゃ?」

「観光客相手の宿屋だ。観光ってのはな」

「バカにすんな。そのくらいはわかる」

「へえ。故郷にも観光ってあったんかよ」

「3月生き残ると、半月の休暇だった。食料を生産する街の隣に、体を売る男と女しか住めねえ街が必ずあってな。軍の金で抱きまくり観光ツアーを10日。それから宿舎で休養なんだよ」

「荒れた世界だなあ・・・」

「そんな世界で生まれ育ったんだ。ガサツなのは許してくれよ」

「あのなあ、人にゃあそれぞれ違った魅力があるんだ。フェイレイはそれでいいのさ。良い女だぜ?」

「かーっ。なんか背中が痒くなる。パワードスーツじゃ掻けねえからやめてくれ」


 フェイレイがペンションの前で足を止めて、左の短剣とハンドガンを抜く。地球の銃には似ていないが、威力のありそうなオートマティックだ。

 俺はマグナムだけで剣もサブマシンガンも抜かない。どちらかが、入り口のドアを開けなければならないのだ。

 頷き合う。

 俺がドアを引き開けると、素速くフェイレイがペンションに踏み込んだ。


(マーカーなし。中もきれいなもんだ)

(だな。小さな受付に、ホールはウェルカムドリンクなんかを出すからか大きなテーブル。あのテレビなんか、まだ動きそうだな。掃除が終わったらニーニャに見てもらおう)

(・・・前言撤回。さっそくお客さんだ。準備はいいな、ヒヤマ)

(当然)


 揺れながら接近する赤マーカー。

 左にある階段に、何かがいる。そしてそれは声も出さず静かにペンションに侵入した俺達を、敵として認識したようだ。

 剣とサブマシンガン。

 少し悩んで、マグナムを左手に持ち替えて剣を抜いた。


「来るぞっ!」


 赤マーカーの動きが速くなる。

 そしてそれは、階段から姿を現すと同時に跳んだ。


 ドオンッ!

 バンッ!


 銃声が重なる。

 頭部を肉片に変えてホールの床に音を立てて落ちたのは、奇妙な姿のクリーチャーだった。

 大きさはそれほどでもない。成人男性の標準よりかなり小さいくらいだ。

 だが肌がツルツルしていて、体毛がまったくない。男というかオスだったらしく、見たくもないブツが丸出しになっている。


「スラッチャー。HPは50ちょっとだったよな。見た事あるか、フェイレイ?」

「いや、初めてだ。それにしてもいい銃だな、ヒヤマのは」

「南の俺達が暮らす大陸の、さらに南の大陸の銃だ。義理の婆様に譲られてな。気に入ってる」

「銃は効いた。これなら問題なさそうだな。行こうぜ」


 ホールを漁りたいが、ここに入ったのは掃除のためだ。

 フェイレイが先に行こうとしたので、俺が前に出る。


「お、ヒヤマが前か?」

「フェイレイはこういう建物に慣れてねえだろ。俺のいた世界はこっちに近くてな。どこに何があるかは大体だが予想できる。このペンションは3階建てだったな。地下からと3階から、どっちがいい?」

「どっちに何がありそうなんだ?」

「上は客室、ベッドがあって客が泊まる場所だ。ああ、階段の表示に文字だけじゃなくイラストがあるな。地下は風呂らしいぞ」

「風呂かあ」

「それなりに広い、な。となると、このホールの奥が食堂か。そこから見るぞ。それまでに決めとけ。どっちでもいいと思うがな」

「うー。風呂か、使えるなら風呂もいいなあ」


 入ってく気か、もしかして。

 ・・・たーくん連れて来てカメラ回してもらうんだった。ミスったな。


「マーカーはねえが、用心はしろよ?」

「わかってる。少し黙っててくれ」


 どんだけ風呂に入りてえんだと思いながら、剣を納めてマグナムをいつでも撃てる構えで、ホールの先にあるドアに向かう。

 ホールの状態は本当にいい。テレビだけではなく、陶器のカップなんかもまだ使えそうだ。スラッチャーは、餓死しないタイプのクリーチャーか。何百年もここで暮らして外に獲物を探しに行くために出入りしていたなら、玄関はもっと荒れ果てているだろう。


「風呂は期待しねえ方がいいぞ。源泉掛け流しだとしても、ずっと掃除されてねえんだからな。まだ客室の内風呂の方が、使える可能性が高い。滅菌ドーム付きの浴室ってのが、高級な家には普及してたらしいし」

「ならそこのドアの次は地下だ。何してんだよ、ヒヤマ。早く開けろって」

「・・・はいはい、お仰せの通りに」


 ドアを開ける。

 思った通り食堂だ。玄関ホールと同じくらいのスペースに、円形のテーブルが並んでいた。中には、食器が置かれたままのテーブルもある。奥には少しだけ見えている厨房。

 食堂にスラッチャーの姿はないので素通りし、厨房を用心深く覗き込んだ。


「いねえな、スラッチャー。隠密系のスキルはねえのか」

「上だ、ヒヤマ!」


 顔を上げながら、マグナムも跳ね上げる。

 スラッチャー。

 ヒゲどころか眉も頭髪もない。目と鼻がやけに小さく、それを補うように大きな口には、上下に2本ずつしかない凶悪なキバが生えている。

 銃口は間に合わない。

 跳びかかってきたスラッチャーがフェイレイに狙いを変えないよう、俺が押さえるしかない。

 はね返すのではなく、床に倒れ込む。

 パワードスーツの首が嫌な音を立てた。どうやら、咬みつかれているらしい。


「鉄の味はどうだ、ハゲ。捕まえたらこっちのもんだぜ。剣よ、貫け!」


 スラッチャーを左手で抱きしめ、右の拳をコメカミに当ててパワードスーツの仕込み刀を出す。

 思った通りに、剣はスラッチャーの脳を破壊してくれた。


「ふうっ、焦った。大丈夫かヒヤマ?」

「おう。スラッチャーのキバは、パワードスーツを貫通できねえらしい」


 スラッチャーの死体を払いのけて立ち上がる。

 剣を収納してHPやパワードスーツの耐久値を確認するが、耐久値がほんの少し減っているだけだ。これならニーニャの定期メンテですぐ直るだろう。


「まさか天井に張り付いてるとはなあ。マーカー見たか、フェイレイ? 俺は確認できなかった」


 何の気なしに流しの水道の蛇口を捻ってみる。

 出ると思っていなかった水が乾ききったシンクを叩いたので、思わず慌ててしまった。まさかと思いつつ、蛍光灯のスイッチも押す。

 顔を出しかけている太陽とは別の光が、厨房を照らした。


「スゲえな、独立した電源が今も生きてるらしい。こりゃお宝だぞ、フェイレイ。・・・フェイレイ?」


 フェイレイは業務用の冷蔵庫のドアに左手を付きながら、食堂の方に顔を向けて立っている。

 振り返ったフェイレイのバイザーの向こうに見える顔は、親に叱られた子供のようだった。


「どした、なんか気になる事でもあるんか?」

「いや、なんでもねえ。行こうぜ、次はアタシが先に立つから指示をくれ」

「パワードスーツを装備してりゃ怪我はしねえからいいけど、何か心配事でもあるんじゃねえのか。別に今、掃除を終わらせなくたっていいんだぞ? カナバルの様子も気になるし、とりあえず戻るか」

(こちらは問題ありませんよ。ブリッジのモニターにズームしたカナバルの街を映して、のんびりとお茶を飲んでいます。イー達もアッパーデッキで待機しているので、ゆっくり探索して来て下さい)

(なるほど。そんじゃ、何かあったらすぐに教えてくれ。カナバルの街に混乱してる様子は見られねえんだな?)

(ええ。ブリッジと同じく、のんびりしたものです)


 なら、まだシドはカナバルに来ていないのかもしれない。

 それにしてもたった1人の人間を追うというのは、こんなにも大変な事なのか。警察も苦労するはずだ。


「そんじゃ、行くか」

「ああ。さっきの階段を下りればいいんだよな?」

「そうなる。数が多かったりスラッチャーより強いのが出たら、退く可能性もあるからな。気づいてっか? 玄関じゃ赤マーカーの他に黄マーカーが2つほど見えたが、今はそれが消えてる」

「隠密状態の敵とはやり慣れてる。だからアタシが先に立つんだよ」

「看破系を持ってんのか?」

「ああ。だから安心してくれていい」

「了解。俺も耐Gスキル取って余裕があったら欲しいなあ」


 フェイレイが足音も立てずに歩き出す。

 それも何らかのスキルなのだろう。レベル100の大台にはとっくの昔に到達したという話だ、さすがと言うべきか。せめて足手まといにだけはなりたくないな。


「にしても、いいケツしてやがる」

「え・・・」

「わ、悪い。つい口に出しちまった。気を悪くしねえでくれ」

「・・・ヒヤマはケツが好きなのか?」

「まあ、胸よりケツに目が行くな、俺は」

「こんなデカくてもいいのかよ?」

「バカヤロウ、小せえのもデカイのもどっちも興奮するだろうが」

「そ、そうか・・・」

「俺はケツの良さについてなら、いくらでもムキになるぞ」

「わかったって。クリーチャーの巣でケツケツ言ってるアタシ達って何なんだ」


 尻だけを見ないように注意しながら、フェイレイの後ろを歩く。

 クリーチャーが同じ建物で共存するのかは知らないが、スラッチャーより強いクリーチャーや、スラッチャーの上位個体がいないとは限らない。バカ話はここまでだ。


「何っ!」


 銃声が響く。

 玄関で倒したスラッチャーの死体を、別のスラッチャーが食っていたらしい。この短時間で、死体の腹の中は食いつくされたようだ。


「餓死はしねえし、生きてりゃ共食いもしねえ。でも死体なら食う。俺を襲ったって事は、人間も食うんだろうな。でも餓死しねえから建物から出ねえんじゃ、生体兵器としちゃ欠陥品か」

「生体兵器?」

「知らなかったんか。大昔に世界中の国を敵に回して戦ったヤツラがいてな。クリーチャーは、その連中がバラ撒いた目に見えねえモンに感染して姿を変えた人間や動物だ。ルーデルもそうだな」

「そうだったのか。こんなのが普通に生まれる変な世界だと思ってたよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ