ご馳走でお祝い
「ああ、また食えるのか。匂いだけでどうにかなっちまいそうだぜ」
「変な匂いだな。美味いのかよ、変態野郎?」
「美味いぞ。ウイ、まずはコックピットのジュモに持ってってやってくれ」
「はい。たーくんが話し相手としてコックピットに行ってますが、1人で夜もヘリを飛ばしてくれるんです。ビーフカツも大きいのを載せておきますね」
ヘリは何事もなく進み、晩メシの時間だ。
夜はヘリを着陸させてヴォーバンに泊まるつもりだったのだが、睡眠を取る必要のないジュモが時間が惜しいから自分が1人で夜間飛行をすると言い張った。
なのでビーフカツカレーを一番に食うのは、ジュモに決っている。
「じゃあ、こっちの分は準備しておくわね」
「お願いします、タリエさん」
「手伝ってくれる、ルーエイちゃん?」
「はいっ」
「ルーエイちゃんが玉ねぎをじっくり炒めて、水を入れてからは丁寧にアク取りしてくれたから、みんな美味しくてびっくりするわよ」
「えへー」
照れるルーエイもかわいいなあ。
ウイが戻り、全員の前にビーフカツカレーの皿が行き渡る。
前にカレーを食った事のある連中は、待ちきれぬとばかりにスプーンを持ち上げた。
「カレーのルーを持ってたセミーとチックに感謝だな」
「ですね。箱を見せられた瞬間、思わず抱きしめようかと思いましたよ」
「ウイなら大歓迎。ね、チック」
「当然だな」
「お兄ちゃん、早く早くっ」
「あいよ。いただきます!」
いつの間にか習慣になってしまった日本風のいただきますを終えると、すぐにスプーンでカレーと麦飯を掬って口に放り込んだ。
辛さは控えめ。だが、美味い。
「うっま。麦飯なのにうっま!」
「カツがサックサク。でもスプーンで切れちゃうのっ。肉汁もスッゴイ!」
「まだまだあるからたくさん食べてね、ニーニャちゃん」
「うんっ!」
本当に美味い。
俺達の国で見つけたり30番シェルターで作ったりする缶詰は、なぜか地球のアメリカっぽい食べ物ばかりだ。
和食はタウタの街を作ったクレイさんのおかげで食えるが、中華やカレーなんかはまず口にする機会がない。久しぶりのカレーは、本当に美味かった。
「でもよ、前より美味いな。カツと肉が牛肉だからって、こんなに美味くなんのか?」
「おそらく、ルーエイちゃんのスキルの効果でしょう。煮込んでいる時に分けておいたスープも飲んでみて下さい」
カレーの皿の隣には、黄金色の液体が満たされたカップがある。
煮込みを終えてルーを投入する前にスープを取っておいて、味付けをした物だろう。
上品にスプーンを使ったりせずそのまま口をつけると、澄み切ったスープの美味さに思わず唸ってしまった。
「うんめえ・・・」
「でしょう。ところでヒヤマ、ルーエイちゃんに22口径のハンドガンとナイフを持たせようと思うのですが」
「6歳の女の子が武装すんのかよ」
「子供だからこそ、真っ先に狙われる世界です。パワードスーツは重装の1段階目を初期スキルとして持っていたので装備できましたが、それだけでは不安ですよ」
「そういや、普通にパワードスーツ装備してたな。レベル1だってのに。初期スキルに重装って、神様は何を考えてんだか・・・」
「生産職と戦闘職のハイブリッドとはいえ、料理人ですからね。防御力の確保のためなんでしょう」
料理人。
ゲームなら不人気職になるだろうが、ここはゲームの世界ではない。人は半日もすれば腹が減る。誰よりも美味くメシを作れるなら、ルーエイは南に行ってもちゃんと暮らしていけるだろう。
「ホント美味しいねえ。ルーエイちゃん、大人になったらハンターズネストでセミーお姉ちゃん達とお仕事をしよう。うん、それがいい」
「セミー姉ちゃん達、帰って来るのっ!? やったーっ!」
「おいおい、聞いてねえぞセミー」
「言ってなかったっけー。でもチックだってヒヤマとかルーデルさんとか、やっと会えたニーニャとタリエとまた離れ離れは嫌でしょ。それにあっちに帰れば、何かあった時にすぐ手伝えるし」
「変態野郎と一緒じゃねえなら、喜んで帰るがよ」
並んで座っている3人がああだこうだと南に帰ってからの相談を始めているが、とりあえず問題は今ルーエイに武器を持たせるかどうかだ。
「ウイ、ルーエイは戦闘スキルがあるのか?」
「もちろんです。銃と剣の2つですよ」
「だからハンドガンとナイフなのか。生産職と戦闘職のハイブリッドって言ってたけど、銃と剣がどっちも初期スキルにあるなんてな。ジャスティスマンがそんなスキル構成だって言ってたし、男なら立派な冒険者になるまで鍛えてやるんだがなあ」
そんな事を話しながらカレーを食っていると、いつの間にか皿が空になっていた。
「おかわりしますか?」
「やめとくよ。酒にする」
「では、ツマミですね。ルーデルさんもお酒にしますか?」
「そうしてもらえると助かる。悪いな、ウイちゃん」
「私達は血の繋がりこそありませんが、大家族のようなものです。そんな言い方はいけませんよ。お酒は適当に出すので、各自で好きなのを選んで飲んで下さいね。セミーさんとチックさん、フェイレイさんも」
「ありがとー」
「いただくよ、ウイ」
「何から何まで悪いねえ」
しかし、6歳の女の子に銃とナイフか・・・
まだ一緒に暮らし始めたばかりだが、勉強も家事の手伝いもルーエイは一生懸命にやっている。優しい子なのは話しただけでわかるので、武器を持たせても他人を傷つけるような事はしないと思う。だが、間違えて自分の体を撃ったり斬ったりしたらと思うと、そう簡単には頷けない。
「どう思う、ルーデル?」
缶ビールとウイスキーの小瓶を手元に寄せながら訊いてみる。
ウイスキーを呷り、灼けた喉をビールで洗う俺を見て、ルーデルは呆れているようだ。俺もどうしたもんかと常々思っているが、こうやってベロベロになるまで飲み続けでもしないと、隠しスキルのせいで人間離れしてしまった性欲を抑えきれないのだ。
ヘリでは禁欲生活。
北大陸に旅立つ前にウイ達とそう決めた。
「心配しているのは、暴発や転んだ拍子にナイフで自分の身を傷つける事だろう。銃と刀剣のスキルがあるなら、その扱いは自然に出来る。大丈夫だと思うぞ」
「・・・なるほど。なら次にパワードスーツを装備した時にでも、武器を装備させとくか」
「ねえねえ、お兄ちゃん」
「どした、ニーニャ」
「ハルちゃんの改修設計は終わったから、目的地に着いたらすぐ作業を始めるねっ」
「宇宙機のスラスター、使えそうなのか?」
「うんっ。やっぱりユニークスキル? ってのを持ってた昔の人は凄いねえ。超エネルギーバッテリーを追加しなくちゃいけないけど、お兄ちゃんの希望通りの挙動は出来そうだよっ」
「そりゃ楽しみだ。よろしく頼むな」
「うんっ」
キュンッ!
漫画にしたらそんな擬音が書かれるような動きで、ハルトマンが敵に迫る。
敵が緑色のトゲトゲしい機体なのはご愛嬌。
パイルバンカーで仕留めるか。それとも魅惑の零距離射撃・・・
「聞いてんのか、変態野郎」
「んだよ、チック。いいトコだったってのに」
「宇宙機はオマエも見ただろ。あんな巨大な機体を制御するスラスターを背負ってそれを吹かしたら、コックピットの中はミンチをぶち撒けたみてえになっちまうんじゃねえのかって」
「なんか耐Gスキル、ってのを取れば大丈夫なんだってよ。なあ、ルーデル?」
「そうだな。チックちゃんも、軽戦で空戦訓練をしてみたいなら取った方がいい」
「訓練のためにスキルポイントを3も使うバカがどこに」
「取りました。近いうちに訓練を、ルーデルさん!」
「・・・いたよ、ここに」
合流時、セミーとチックはレベル58だとか言っていた。なら、生き残るために取るべきスキルは他にあるだろう。このビーフカツになったクリーチャーやオーガエリート、赤熊のおかげでどれだけレベルが上がったのかは知らないが、まだ2人は俺よりレベルが下なのだ。
「いいんだよ、ヒヤマ。チックはね、ずうっと空に憧れてたの。だから翼を手に入れた今、迷わずにスキルポイントは使うべきなんだ」
「本気で飛行機乗りになるつもりだったのか・・・」
「悪いか、変態野郎?」
セミーが俺を睨む。
整った顔立ちだ。この世界では珍しい黒髪は、おかっぱに切り揃えられている。
「悪かねえよ、別嬪さん」
「ふん。見え透いたお世辞を」
「でもヒヤマに会ってから、チックは本当にキレイになってくよねえ。妬けちゃう。ねえ、やっぱ恋なの、恋?」
「冗談でも許さねえぞ、セミー」
「だってほっぺたピクピクしなくなったしー、下着は毎日変えるようになったしー、夜だって指」
「今なんつった、セミー?」
「夜は指で」
「そっちじゃねえって。ほっぺたピクピクしてないって、あれは子供の頃からの」
「治ってるよー」
「ホントかよ・・・」
もしかして、気にしてたんだろうか。
まあ、こんなんでも女の子な訳だしなあ。
「良かったじゃんか、チック」
「だな。乾杯しようか、チックちゃん」
「おう。貫通しようか、チックちゃん」
「この変態野郎は・・・」
「残念でしたー、ヒヤマ。チックの初めては」
「そこまで。ルーエイちゃんもいるんですよ。それにニーニャちゃんとリディーちゃんが真っ赤になっちゃってるじゃないですか。おふざけが過ぎると、お酒もおツマミもなしですよ?」
言いながらウイがテーブルに置いたのは、すき焼きの大鍋だった。
南西のホテルを出て最初の晩メシも、これだ。
「豪勢だなあ、カレーの次はすき焼きかよ」
「リディーちゃんとルーエイちゃんが家族になったお祝いですから。それにチックさんのお祝いも出来ますね」
「ヒヤマ、これは何だ?」
「すき焼きって言ってな。俺達の故郷のご馳走だ。アン、取り分けといてやるからな」
「ビーフカツってのもカレーってのも最高だった。楽しみだなあ。ところでアタシには取ってくれねえのかよ、ヒヤマ」
「フェイレイは自分で取れるだろうがよ。アンは育ちが良いからか、お上品に食うだろ。肉はあっという間になくなるからな。確保しとくんだよ」
「この間も、肉を切るのに忙しかったですからねえ」
ウイとタリエが交代で肉を薄切りにしているのに、それでも足りなくて2人は他の連中が満足するまで肉を切りっぱなしだった。
「そんじゃ、いただきます!」