出発の日
「面白えか、ルーエイ?」
「うんっ。おもしろいっ!」
我が動きを見切れるかな? とか無線で言いながらホバーで左右にゆらゆら移動していると、ルーエイはとても喜んでくれた。
まあ、戦車にいる連中からはウザいだのジャマだのと散々な言われようだったが、ルーエイが喜んでいたのだからそれでいいだろう。
(お兄ちゃん将軍、車両と武器の引き渡し終了しましたっ!)
(ごくろうさん。ヴォーバンで少し休んでからヘリを出してもらうか)
(俺達は大丈夫だぞ。ヘリに乗ってしまえば、リビングで数日は休める。思わぬ所で時間を食ったんだから、このまま出発しよう)
(そんじゃ悪いけどそれで頼む、ルーデル)
シドの故郷、カナバルへはヘリで3日ほどかかるらしい。
ダウィンズの次男が死んでいたという森を調査し、臭いがなければ直行するつもりだ。ずいぶんと時間をかけてしまったので、ヘリで遺跡を発見しても後回し。
まずは、シドを殺る。
北大陸の観光はそれからだ。
(ヒヤマ達も早く乗って下さい)
見ると、ウイ達の戦車があった場所にヘリがもう出されていた。ヴォーバンも収納されている。
接近するマーカーがないか見張っているうちに、出発の準備は整っていたらしい。
(悪い。すぐ行く)
ルーエイをだっこしたルーデルを降ろし、ホバーを収納して最後にヘリに乗り込もうとすると、ジュードがこちらを見ているのに気がついた。
芝居っ気たっぷりに敬礼なんてしてみる。すると、ジュードは背筋を伸ばして俺の仕草を真似た。
かわいいトコあるじゃねえか。
ハッチが閉じても、ジュードは敬礼を続けている。窓から俺が見えるからだろう。ハッチから離れて定位置の銃座のシートに座ると、ヘリはゆっくりと離陸した。
「いい子だったな、ダウィンズ卿に残された最後の息子は。まだ敬礼している」
「そうかあ。末っ子だから甘やかされてたんだろ。フェイレイにでも鍛えてもらわねえと、まだまだ危なっかしいぜ」
「年下には甘いのに、同年代には厳しいんだな。さて、目指すは北へ30キロ行った森か。狩りをしている部隊を発見して全滅させたんだ。それに味をしめて、森を根城にレベル上げでもしててくれたらいいな」
「ダウィンズの街は襲われてねえからな。期待薄だろ」
「だが素通りは出来ない」
「当然。ところでジュモは? リディーもコックピットにいるもんだと思ってたが」
「リビングだ。なんでも、女だけで話し合いをするらしいぞ。今日から、大人数で共同生活な訳だしな。俺達男にはわからない、取り決めのようなものが必要なんじゃないか」
「なるほどねえ」
ルーエイの前で猥談なんかしてなきゃいいが。
「そういえばリディーだが、俺達が帰るなら南に一緒に行きたいと言っていた。いいよな、ヒヤマ?」
「もちろんだ。帰りに親御さんへ挨拶してから連れてこうぜ」
「ありがたい」
「・・・ルーデルはどう思う、北大陸」
「どうとは?」
「国内の移動だってのに、ヘリで何日もかかる国土面積。人は少ねえって聞いてたが、広すぎてそう思えるだけだ。それにダウィンズの街にはいねえみてえだったが、隣街には職業持ちがいた。この調子だと、1000や2000の職業持ちがいそうだぜ」
国民が5000もいない俺達の国にとって、北大陸は何もかもが脅威だ。このまま放置していいものかどうか。
「広いからこそ、滅んだ国の再興には時間がかかる。おそらく、アン姫の世代じゃムリだ。その次の世代でも、首都を回復できるかどうかだろう。その間に、こちらが大きくなればいいだけさ。それに表に出ていない職業持ちがいるのは、うちだって同じさ。テレビ放送が娯楽として定着すれば、まだ気がついていない人々が自分は職業持ちなんだと知る事になる。ギルドや国で優先的に雇用するから、それを希望する職業持ちは役場に来いとでも放送すればいいのさ」
「なるほど。・・・交易で稼いで、ガキの食費くれえ国から出してやれるように出来ねえかな」
「難しいだろうなあ。だが心配するな。国民の生活が安定すれば、自然と産まれてくる子供も増える」
「急いでどうこうは出来る話でもねえか」
「だな」
いつか、職業持ちの役人が各街に何人もいて住民の力になったり、軍に職業持ちだけの部隊が設立されたりするのだろうか。
そんな時代まで、生き残りたいものだ。
「森に着くまでに、女会議は終わるのかねえ」
「女会議か。なぜか怖そうな感じがする言葉だな」
怖そうじゃなくて怖い。
「下手に無線で声かけて、ヤブヘビんなるのも嫌だし」
「だな。だがヒナちゃんがいなければ、森で臭いを確認できないぞ」
「まあ、とりあえずは待つさ」
何度も読んだ雑誌のページをめくる。
最初の方の水着のネーチャンの辺りは特に念入りに見たので、後ろの方からだ。
コラム。風刺画。紀行文。
「あれ、カナバルってシドの故郷だよな」
「らしいな。どうしたんだ?」
「この雑誌に載ってる。街から離れた場所にペンションなんかが固まってる山があって、そこから見るカナバルの街が他にはない風情なんだとさ」
「その雑誌はネーヴ文字じゃないよな?」
「当然。俺はこっちの文字なんか読めねえもんよ」
「偶然あった雑誌に目的地が載ってるとはな。縁があるのかもしれんぞ」
「いらねえなあ、そんな縁は」
この雑誌には何度も目を通しているが、いつも暇潰しに流し読みしていただけだ。
念入りに読み込む。
温泉が各家庭に引かれているので美人が多い。地熱で積雪を溶かすというのは、温泉の熱を利用した都市システムか。
「おいおい、ルーデル。シドの故郷は温泉地だってよ。海も近いってのに」
「・・・温泉。冬でも体を洗えるって事か? たしかにシドの体臭を追えなくなると厄介だが、その雑誌の街と今の街は別物だろう」
「ネーヴ王国の建国時には、要塞だったんだってよ。この写真にも、頑丈そうな城壁が写ってらあ」
「そんな都市が焼かれずに残っているとは考え難いが」
行ってみなければわからない、って事か。
「この雑誌で紹介されてる山の上からなら、街を見張れるな」
「とりあえずは街を見張れる山を見張って、クリーチャーやその街の兵がいないか確かめないとな」
ドアの音。
続く足音は、3人分だ。
ジュモ、リディー、ヒナ。
「女会議は終わったんか?」
「いろいろと決めたのデス」
「ちょうど森が見えてきた。いいタイミングだったな。リディーちゃん、パワードスーツを装備しておくんだぞ。あの森の上空でハッチを開けて、ヒナちゃんが臭いを確認する」
「はい、師匠」
「ローターの風で臭いが散りそうなモンなのになあ」
「ちったかぜにもにおいはある」
「なるほどね。よろしく頼むよ、ヒナ」
俺もパワードスーツを装備して、銃の装填を確認する。
問題がないので立ち上がると、ヒナはもうボルゾイに姿を変えていた。
「高度を下げてハッチ開放。そのまま森を突っ切る形でいいな?」
「それで頼む」
「了解だ」
ヘリが高度を下げると、ゆっくりとハッチが開いてゆく。
ヒナの隣でマグナムを構えながら、何かあれば飛び降りながらハルトマンを装備する心構えだけはしておいた。
森の木々はそれなりの高さだが、ハルトマンでの着地なら死にはしないだろう。
(におい、ない)
(薄いんじゃなくてないのか、ヒナ?)
(うん、ない)
ダウィンズの次男達が死んだのがかなり前だからか。それとも、シドが廃屋でも見つけて体を洗ったか。後者なら厄介だが、考えたって俺達にはわからない。
ハッチが閉じてもコックピットの気温が下がっているので、パワードスーツのまま銃座に戻った。
「空振りだな」
「仕方ないさ。このままカナバルに向かうぞ?」
「そうしてくれ」
「変わるのデス、ルーデル」
「まだいいぞ」
「リディーに操縦を教えるのデス。いいから退くのデス」
「わかったから押すな。ほら」
機体がブレもせず、操縦桿がルーデルからジュモに渡る。
申し訳なさそうにしながらもコパイロットシートに座ったリディーは、かなり嬉しそうだ。
「やれやれ」
「ヘリの操縦は、飛行機操縦スキルとは別スキルなんだよな?」
「ああ。それでもジュモの操縦は見ておいて損はないさ。ヒヤマ、その雑誌を貸してくれ」
「はいよ」
パワードスーツを装備解除して雑誌をルーデルに放る。
ここから3日は、遺跡を見つけても場所だけ覚えてカナバルまで一直線だ。
カナバルの街を見渡せる観光地が拠点として使えるにしても、シドをどうやって発見すればいいのか。
街に網を張りたいが、それをするには街を治める貴族の協力が不可欠だろう。
お宅のお子さんがアンタを殺しに来ます、代わりに殺すんで協力して下さい。そんな事を見知らぬ男に言われ、はいそうですかと返事をする親などどこにもいないだろう。
どうしたもんか。
「問題はカナバルに着いてからだよなあ」
「反乱軍にも旧王国にも手を貸さなかった大貴族、か。独立した気になっているんだろうから、南の国からの使者として俺が接触してみようか?」
「冗談。ルーデルの腕は信用してっけど、敵地に単独で行かせる訳がねえよ。んな事させるくれえなら、俺が田舎者の都会見学のフリしてカナバル観光しながらシドを探すね」
「それをさせたくないから、使者として行こうと思ったんだがなあ。まあ、まだ時間はある。ゆっくりと考えよう」
「ああ。その写真、どうだ?」
ルーデルが唸る。
城壁で大戦時の大陸間弾道ミサイルの被害を減らしたなら、街は当時とさほど変わらぬ姿で残っているのかもしれない。
「当時としては小さな街だからな。大規模な攻撃は受けていないのかもしれない」
「街がそのままなら夏に空母に南の住民を乗せて来て、そのまま奪っちまうか」
「・・・10年で北大陸はヒヤマのものになるな。だが、ジャスティスマン達が頷くかどうか。いや、どうやってでも説得するべきだ」
「お、おい。冗談だぞ?」
「そうなのか。ヒヤマがこの大陸を手に入れたなら、北にとっても南にとっても良い事だと思うんだがなあ。ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッドにしてもアポカリプス教国にしても、海を挟んで対峙した方が都合がいい」
「故郷はそう簡単に捨てられねえさ。ケイヴタウンからタウタへの移住なんかとは、規模も距離も違い過ぎる」
ルーデルは頷いたが、それでもまだ未練がありそうだ。
俺に覇王になれとか言ってたし、国取りゲームとか好きだったんだろうか。
あ、この世界でテレビゲーム機なんて見た事ねえや。