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白い死神と北の猟師、それと犬




 戦車とトラック、それに50ほどのボルトアクションライフルをダウィンズ軍に引き渡す日にはもう、ルーエイは皆の妹として誰からもかわいがられるようになっていた。

 特にセミーとニーニャが、それはもう猫っかわいがりして共通文字から職業持ちとしての心得まで毎日教えている。

 料理と小学生程度の学問の教師は、ウイとタリエだ。


「実物もかわいいなあ。あれくれよ、ヒヤマ」

「アホか。シドを殺るまでは一緒に動くが、手を出すんじゃねえぞ、フェイレイ」

「そこまで飢えてねえっての」


 ルーエイはニーニャ、リディー、イグニスに囲まれて身振り手振りを交えて何かを話している。パワードスーツに、まだ慣れていないのだろう。

 俺とフェイレイは特に仕事がないので、のんびりと立ち話だ。


「お、ウイが戦車を出したな。アタシ達のもだ」

「門の外だからって、戦車を必要とするようなクリーチャーなんか来ねえと思うんだがなあ」

「試しに乗ってみるだけだからいいんだよ。じゃ、行くわ」

「砲撃はここで試すんじゃねえぞ?」

「わかってらあ」


 数日の滞在中よほど暇だったのか、ウキウキとフェイレイが戦車に向かう。

 すでにもう片方の戦車に乗り込もうとしているウイ達も笑顔だ。

 5台のトラックと3台の戦車を引き渡し、問題なく動くか、動かせるかどうかを確認する。そのために俺達とダウィンズ軍は、街の外に出ていた。

 襲撃の警戒はウイ達とフェイレイ達の戦車。それにダウィンズ軍の歩兵である。


「ちょっといいか?」


 稀人だからか、隣国の人間だからか、俺に声をかけるこの国の人間はほとんどいない。

 珍しいなと思いながら振り向くと、声をかけてきた男はマフラーをずらして顔を見せた。

 投降した敵の戦車兵。銃を隠し持っていた男を助けようとしたヤツだ。


「よう。その格好でここにいるなら、ダウィンズ卿の軍で使ってもらえる事んなったみてえだな」

「その通りだ。脅されて兵にされていたなら罪は問わないから農民に戻っても良いと言われたが、お姫様とダウィンズ様のお役に立ちたくてな。戦車を1台、預かる事になったよ」

「そうか。あそこでチラチラこっち見てるジュード、あれがバカやったら、大人として諌めてやってくれ。せっかく生き残って自由になれたんだ。つまんねえ事で死ぬなよ?」

「ジュード様を諌めるなんてのは、俺の立場じゃ厳しいな」

「戦車兵の扱い、そんなにわりいんか?」


 この街で最大の戦力だろうに。


「俺はよそ者だからな。偉そうにしてるって思われないように気は使うさ」

「だから傍目から見たら、俺に怯えてる感じの芝居をしてるって訳か」


 男の姿勢は及び腰だった。

 口調と態度が合っていない。声の届く範囲に他に人はいないので、仕草だけの演技だ。

 稀人に媚びて罪を許され、そればかりか車長として戦車を預けられた。そんな噂が立つのを警戒しているのだろう。


「まあ、そうだな」

「おもしれえな、おっちゃん。歳は?」

「36だが、いや、オマエさんから見たらおっちゃんか」

「俺はヒヤマ。コウジ・ヒヤマだ」

「稀人に名乗られる、か。ダノムンだ。あの時は申し訳なかった」

「いいさ。ダノムンのおっちゃん、脅されて兵になる前は何を?」

「畑を耕せる時期は農民、冬は猟師だ」

「ほうほう。どうやって獲物を狩るんだよ?」


 少し嬉しくなった。

 北国の猟師。それだけで仲良くなれる気がする。


「銃だよ。だから脅されてまで兵にされた。それに弾を手に入れるために遺跡なんかにも行ってたから、機械の扱いには慣れててな。それでライフルを取り上げられて、戦車に乗せられた」

「南に連れて帰りてえくらいの経歴だな」

「それは勘弁して下さい、ヒヤマ王」

「これはダウィンズ様、私はすぐ戦車に戻りますので」

「戦車の説明はまだ先だろう、ここにいていい。それよりヒヤマ王。このダノムンですが、ゆくゆくは隊を任せて姫様の役に立ってもらおうと思っているのです。南に連れて帰るのは、どうか」

「・・・やれやれ。人を見る目はあるんですね、ダウィンズ卿」


 ダノムンは恐縮したように身を縮めている。

 ハルトマンで仲間をあんな風に殺した俺と普通に話せるのだから、そんなに気弱ではないだろう。これも芝居か。

 フェイレイ達とは長く付き合う事になるんだろうし、簡単に死なれちゃ困るな。


「投降したばかりなのでと固辞されましたが、姫様の目指す国にはダノムンのような男が必要だと説得したのです。それでやっと、戦車を1台だけ指揮するのを承知したのですよ。・・・おや、どうしましたか?」

「すぐ戻るんで、そこにいて下さい」


 戦車に走る。


(ウイ、フォートレスとヴォーバンにゃ銃が山ほどあったよな?)

(そうですね。それに他のハンガーにもありましたから、ヒヤマが思っているより数はありますよ)

(職業持ちじゃなくても撃てるのってあるか?)

(ほとんどは大丈夫でしょう。地球にも職業持ちはいませんでしたが、あれだけ銃があったのです。職業持ちでなければ撃てないのは、ヒヤマの対物ライフルや運び屋さんのショットガンなど極一部ですよ)

(スナイパーライフルを1、サブマシンガンを1。それと高威力のハンドガンを2つくれ。俺の取り分からな)

(あそこで話していた2人にですか?)

(ああ)


 戦車のハッチが開く。

 俺が走って屋根に跳び乗ったので、ウイは上半身だけ外に出ている形だ。

 銃が次々に渡され、それを俺がアイテムボックスに入れていく。弾も、多過ぎるんじゃないかと思うほど渡された。ネーヴ文字で書かれた取り扱いマニュアルと、同じくマニュアル付きの整備セットまである。


「このアサルトライフルとハンドガンは?」

「捨て犬のお坊ちゃんにもあげないと、かわいそうでしょう」

「渡したら調子に乗って早死しそうなんだが・・・」

「それを止めるのが、大人の仕事ですよ。それになんだかんだ言って、お坊ちゃんが気になっているんでしょう?」

「・・・犬に思えた時点で、俺の負けか。ありがとよ」

「ふふっ。さっきからこちらをチラチラ見てるので、早く渡してあげて下さい」

「あいよ」


 ジュードは雪のトンネルのような街道の真ん中に立ち、歩兵の指揮をしているようだ。

 すでに俺の接近には気づき、わざとらしく顔を背けている。

 手を伸ばせば届く範囲に入ってもそうしているので、フトモモを軽く蹴った。


「いってえなっ!」

「わざとらしくシカトしてっからだ。ほれ」

「・・・なんだよ、これ」

「銃だ。弾とマニュアルなんかはここ置くぞ。いいか、この取り扱いマニュアルを隅から隅まで読んで、それから銃を試せ。親父さんとダノムンにも渡しとくから、俺達が出発してから3人でだぞ。そんじゃ、またな」

「お、おい。待てよ!」


 ジュードに背を向け、それからヒラヒラと手を振る。

 少し離れたところにいるダウィンズはあいかわらずマフラーで顔を覆っていないのだが、その表情は困惑しているような感じだ。

 歩きながらハンドガンを出す。

 ジュードとダノムンのと同じオートマティック。マガジンも4つあるし、銃とそれを入れるためのホルスターもあった。


「ダウィンズ卿は自衛用のがあればいいでしょう。どうぞ」

「これは・・・」

「この説明書をしっかり読んでから使って下さい。ダノムンのおっちゃんには、まずスナイパーライフルだ。使い方、わかるかい?」

「狩りに使っていたのと似てるから、なんとかな。だが、この丸い筒は見た事がない」


 ダウィンズもダノムンも、戸惑いを見せながら銃を受け取った。


「それはスコープ。遠くのものが大きく見える。太陽を見ると目が潰れるかもしんねえから、それだけは気をつけてくれ。銃を使う猟師だったんなら狙撃、遠くから敵を狙い撃てる事の大切さはよくわかってるだろ?」

「それはそうだが、なぜ俺なんかにこんな・・・」

「仲間意識。それにフェイレイは俺のダチなんだ。アレに負け戦は似合わねえからさ。おっちゃんが力になってやってよ。ほんでこれがダウィンズ卿のと同じハンドガンと、サブマシンガン」

「だが俺にはヒヤマ様に渡せるものなど」

「様はねえよ、おっちゃん。仲間意識だって言ったろ。俺の職業と、おっちゃんの経歴が似てるからさ。なんもいらねえって。それに銃は余ってるんだ。だからさ」

「・・・わかった。ありがとう」

「ありがとうございます、ヒヤマ王」

「お、トラックの確認は終わったみてえだ。そんじゃ、俺はこれで。ああ、そうだ。アンは激戦区なんかにゃ出さないんで、それで勘弁して下さい」


 今から戦車の説明なら、出発はまだまだ先だろう。

 何をして時間を潰そうかと考えながら、視線を巡らせる。

 ルーデル。

 ルーエイを胡座の上に乗せ、ヴォーバンの巨大なキャタピラに凭れて座っていた。


「珍しい組み合わせだな」

「ヒヤマ。ジュモがリディーを迎えに行ってな、戦車で戦えるか試すそうだ」

「操縦はジュモだよな。砲手はリディーが?」

「ああ。ルーエイちゃんが立候補したんだが、却下されてな」

「それで拗ねてんのか、ルーエイ」

「拗ねてない」

「そうは見えねえがな。ヒマなら、ホバーでドライブに行くか?」

「・・・いいの?」

「ニーニャやセミーも、戦車の説明しに行ってっからな。まだまだ時間がかかる。その辺グルっと回るくれえは平気さ」

「行くっ!」


 元気な返事に思わず笑顔を浮かべながら、ホバーを出して操縦席に乗り込んだ。

 そういえば乗機設定しているのに、このホバーのコールサインを決めていない。まあ、南に帰ったらローザに乗るからいいかと、気にしない事にした。

 ルーデルに抱き上げられて真ん中のシートに乗せられたルーエイが、珍しそうにコックピットを見回している。あの街を出た日に中を見る余裕などなかっただろうから、いい機会だ。


「いいか、ルーデル?」

「いいぞ」


 キャノピーを閉じて、地面から浮き上がる。

 ふわふわした乗り心地に、ルーエイが歓声を上げた。


「もう少ししたら、パワードスーツも装備解除できるからな」

「うんっ」


 アクセルを、ほんの1ミリほど踏む。

 歩くほどの速度でゆるゆると前に出たホバーは、ウイとジュモとリディーが立ち話をしている方向に向かった。


「お姉ちゃん達だ」

「手でも振ってやれ、ルーエイ」

「おーい」


 俺達に気づいた3人が手を振る。

 ルーエイのはしゃぐ声が聞こえるので、どうやら機嫌は直ったらしい。

 大人達の中に、6歳の女の子が1人。

 それが教育に良いのか悪いのか、俺にはわからない。それでも職業持ちとして生を受け、孤児院で暮らしながらも、6歳まで誰にもそれを悟らせなかったルーエイならきっと大丈夫だ。

 根拠もないのに確信しながら、俺はホバーを左右に振って1回転させた。



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