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ヴォーバンにて




 ルーデルに何度か進路上にいる夜行性のクリーチャーを仕留めてもらいながらヴォーバンに到着すると、毛布を抱えたウイ達がすぐに降りてきた。

 寝ているルーエイを起こしてパワードスーツを装備させるより、毛布で包んで寝かせておいたまま運んでしまおうという事らしい。

 すでに過保護なのか。

 先が思いやられる。そう思いながら、キャノピーを開けた。

 もう、時刻は20時。外は暗い。ヴォーバンの昇降機の辺りにだけ、明かりが灯されている。


「ミツカ、厚手の手袋はしましたね?」

「おうっ」

「では優しく抱き上げて下さい、そっとですよ」

「おうさっ」

「きれいな金髪。それに天然パーマなのね。かわいらしいわ。でもショートカットより、ロングの方が似合うんじゃないかしら」


 優しく抱き上げる前に声の大きさを気にしろ。

 言いたかったが、かわいい物を前にした嫁さん連中に何を言ってもムダだ。タリエまで一緒になって、何をやってるんだか。

 謎のチームワークで鮮やかにルーエイを掻っ攫われたセミーは、パワードスーツを装備するのも忘れてポカンとしている。

 ちなみにこの寒さなのでルーエイは起きてしまったらしいが、ミツカとタリエに簀巻きのようにされてしまったので声も上げられないようだった。


「いいのか? あのままだとルーエイはウイ達の妹って事になって、俺達と暮らすとか宣言されるぞ」

「ええっ。ちょっと待ったー!」

「パワードスーツは装備しろよー?」

「昇降機に飛び乗りながらパワードスーツ装備。器用ですねえ、セミーさんは」

「・・・ホットパンツの尻もいい。なあ、たーくん」

「編集が大変になるので黙ってて下さい、ボス」


 たーくんが冷たい。カメラマンモードだからだろうか。

 いつまでもホバーのコックピットにいても仕方ないので、ホバーを降りてアイテムボックスに入れた。


(おいおい、せめて昇降機は下ろして行けよ・・・)

(ルーデルだ。今、ブリッジに着いた。昇降機はこれだな、安全確認よし。ほら)

(サンキュ。ったく、人間は犬猫じゃねえんだぞ)

(映像を見てたが、かわいらしい子だったからな。ウイちゃん達なら飛びつくだろうさ)

(まあな。でも戦場に子連れで行く気かよ)

(お兄ちゃーん・・・)


 ニーニャだ。

 ルーエイを家族として迎えるのはいいが、ニーニャに寂しい思いをさせるような事がないようにしないと。まあ、ルーエイが俺達と来るという保証はないが。


(どした、ニーニャ?)

(隅々まで探したけど、HTAの乗機が見つからないよう・・・)

(どの部隊も激戦続きだったんだろうからな。最初からそんな機体は存在しないか、戦ってるうちに失ったかなんだろう。北ならホバー、南ならローザで移動してハルトマンを装備すればいいだけだから、気にするな)

(見つけた整備マニュアルとハンガーの広さ、それに工具の大きさからすると、HTA用のホバーが最低でも1機は搭載されてたはずなんだよう・・・)

(あー。赤熊の部隊が北大陸の戦闘でそれを失ったなら、どこかで発見できるかもな。それより戦車の壊し方、あれで良かったか?)

(うんっ。戦車は旧式でしかもヘタってるから、万全の状態にしてから引き渡すのっ)

(そうか。大変だろうけど頼むな)

(はぁい)


 トラックは以前から使っていたようだし、運用に問題はないはずだ。戦車には、自分達で慣れてもらうしかない。

 たーくんと2人で食堂に向かいながら、フェイレイの無線が切れていないのを確認した。


(フェイレイ、まだダウィンズと一緒か?)

(まさか。姫様の部屋さ。3人で、イグニスの作ったメシを食ってたところだ)

(まだアンと同じ部屋なのかよ。アン、聞いてるか?)

(はい。どうされましたか)

(まずは、ルーエイの存在を隠してくれる事に礼を言う。あの子が俺達と暮らす事を選ばなくても、望まねえ戦争なんかさせたくはねえんでな)


 詳しくは聞いていないが、リディーの生まれた街なら職業持ちでも戦争に巻き込まれずに暮らせるだろう。


(それはわたくしも同じですわ)

(そうかい。それと、戦車はニーニャが改造してから引き渡すそうだ。あの時の戦闘で捕虜の1人を殺したんだが、ソイツを庇ってた男なんかは人の良さそうなヤツだった。たぶん味方になってくれるぞ。【嘘看破】がないなら、うちのミツカを無線で呼ぶといい)

(ありがとうございます。でも、必要ないと思いますよ)

(そうかい。そんじゃ、またな)

(おやすみなさいませ)


 食堂に入る。

 ルーエイがメシを食っているのだが、まるで鳥が雛に餌をやるようにスプーンや千切ったパンが次々に口へと運ばれていた。当の本人は、指の一本も動かしてはいない。


「やり過ぎだ。ルーエイ、メシくれえ自分で食えるよな?」


 言いながら少し離れた椅子に腰を下ろすと、コクコクと頷いたルーエイが立ち上がって俺に突撃してきた。


「おわっ。なんだなんだ?」

「・・・怖い」

「いきなり簀巻きにされて、今度はメシを口に突っ込まれりゃなあ。おいで、ほら。膝の上だ」


 ルーエイは少し悩んだようだが、黙って俺に両手を伸ばした。

 抱き上げて、膝の上に座らせる。

 柔らかそうな巻き毛を撫でると、くすぐったそうにしながらも笑顔を見せてくれた。


「ルーエイはいつからあそこにいたんだ?」

「ずっと」

「優しくしてくれた人はいるか?」

「・・・いない」


 6歳にして孤独を感じながら暮らす。

 俺には想像も出来ない事だ。

 職業持ちであれば生きていくのに問題はないようにも思えるが、人に騙されたり利用されたりは必ずあるだろう。女の子でもあるし、やはり親代わりは必要だ。


「なら、俺達と来ないか? 街の住民は名前とHPしか表示されてなかっただろうが、俺達の頭の上には職業が浮かび上がってるだろ」

「この字、読めないよ?」

「えっ・・・」

「ネーヴ文字を使用する事になった弊害ですね、きっと」

「じゃあ、騎士団の連中なんかはどうしてるってんだよ?」

「騎士団で共通文字を習うのでしょう。そうしておけば、国の戦力でない職業持ちはスキルも使えません。広い国土ですから、どうしたってすべての職業持ちを集まられはしないでしょうし」


 そんなバカな・・・


「あり得ねえっ!」

「ひゃっ」

「おお、悪いなルーエイ。ちょっと考え事してて、とんでもねえ事に気がついた」

「大丈夫。えっと・・・」

「ヒヤマだ。パパでもいいぞ?」

「パパは強くて優しいって、ダジンが言ってた」

「そうかそうか。とりあえず、メシを食いながら考えな。まだ食えるだろ?」

「うん。・・・パ、パパと一緒に食べたい。ダメ?」


 こてん、と首を傾げながら言われ、ダメだという男がいるはずがない。うちの娘、もしかしたら世界で一番かわいいんじゃねえか?


「いいに決まってる。じゃあ、食器を取って来ないと」

「ママが持って来たわよ、ルーエイちゃん」

「・・・ウイ。甘やかし過ぎはダメだ。そんなだから、ルーエイは俺んトコ来たんだぞ」

「そうなんですか?」

「昼まで孤児院で自分の事は自分でしてた子供が、いきなりメシを口まで運ばれるんだぞ。普通に怖えだけだっての」

「なるほど・・・」


 タリエが運んでくれた俺の分のクリームシチューやパンを食いながら、隣の椅子で行儀よくメシを食うルーエイを見守る。

 その様子を見て手伝いなどいらないと気がついたのだろう。皆、普通に飯を食い始めた。


「それでヒヤマ。さっきはなんであんなに驚いてたんだ?」

「共通文字は職業持ちの網膜ディスプレイの文字。なのにネーヴ王国は、なぜ独自の文字を使い始めたのかだ。このヴォーバンの艦内にも、共通文字は使われてねえんだぜ」

「それは、たしかにおかしいな・・・」


 ルーデルが食事の手を止める。

 そういえば、ルーエイはルーデルを見て驚かないのだろうか。

 隣に視線を移すと、にぱっと笑ってくれたので頭を撫でておく。平気なら、それでいい。

 セミーが恨めしそうに見ているが、俺は悪くないので気にしない事にした。


「そうですね。大戦前は職業持ちしかいない世界。なのに共通文字を使用しないとなると」

「世界がこうなる事を、知っていた人間がいるのかもしんねえ。そしてソイツは、未来のネーヴ王国の上層部が職業持ちを独占するため、独自の文字を公的に普及させた」

「そうなると、怪しいのは王家だな。しかも、かなり昔の人物か」

「アンも知らねえ陰謀なのかもな」

「何百年、何千年もの時間をかけた陰謀ですか。王と王妃は首都から逃げ出して死に、後を継ぐはずだった兄もダウィンズさんに討たれた。真実を知る方法はないのかもしれませんね」


 そこまで未来を予見した人間が、自国の腐敗を予想できなかったのだろうか。それとも、こんな風に反乱を起こされた時の切り札があるにはあるが、それをアンが知らされていなかっただけなのか。


「ところでニーニャ達の姿が見えねえが、メシは食ったのか?」

「もちろんです。お風呂の時間までという約束で、整備室に行ってるんですよ。そろそろ呼び戻しましょうか。ルーエイちゃんもおねむのようですし」


 ルーエイはごちそうさまでしたと言ってから、セミーにもらった飲み物を飲んでいた。

 だが今は、目を擦って眠たそうにしている。


「ルーエイちゃん、セミーお姉ちゃんと寝ようねっ!」

「あ・・・」

「どうしたのかなっ?」

「お礼を言ってなかったです。あの、・・・痛くて怖くて、寒くて死んじゃうと思った私を、助けてくれてありがとうございました」


 甘やかされて育ったのではないから、こんなにもしっかりした子になったのだろうか。

 これなら少しくらいは甘やかしてもいいか。そう思って頭を撫でようとすると、テーブルを飛び越えたセミーがルーエイを抱きしめてくるくると回り出した。


「セミー、戦闘時以外にテーブルを飛び越えんじゃねえよ」

「お礼なんていいんだよう! これからはパパもママも、お姉ちゃんもお兄ちゃんもいるから、ルーエイちゃんに何があっても助けるんだからねえ!」

「ありがと、くっ、苦しい・・・」

「はいはい、そのくらいにして下さい。寝る前にお風呂と歯磨きはキチンと教えて下さいね、セミーさん」

「もっちろん。チック、行こっ!」


 そう言ってセミーはルーエイをだっこしたまま食堂を出て行った。

 缶ビールを慌てて飲み干し、チックも腰を上げる。


「おい、チック」

「あ?」

「・・・その、大丈夫だよな?」

「何がだよ?」

「・・・ルーエイがいるベッドで、とかよ」

「なに考えてやがんだ、変態野郎!」


 チックがさっき飲み干した、ビールの空き缶が飛んでくる。

 それをキャッチして、おどけて飲み口に唇をつけようとすると、かなりのドン引き具合を見せつけられた。チックは普段から男っぽいくせに手を交差させて自分の肩を抱いて固まっているし、ウイは視線だけで俺を殺そうとでもしているようだ。

 助けを求めて見やったルーデルは、何も言わずに視線を逸らす。

 やらかした、かなあ・・・



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