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救出




(どういう事ですか、ヒヤマ!?)


 セミーに訊け。


(ごめん、ウイ。女の子が襲われてる。危なくなったら旦那さんは逃がすから、助けに行かせて)

(敵の街でですかっ? それなら街の兵士なり住民なりが!)

(助ける気はないみたい。他の家から顔を出した住民は、襲ってる方の男を見たら引っ込んじゃった)

(そんな・・・)

(セミー。城門に大穴を開ける前に、左右の城壁の上にある銃座を潰せ。やれるな?)

(とーぜんっ!)


 ルーデルとリディー、それにチックの慌てる声が聞こえる。

 スクランブルがどうのと言っているので、援護に来るつもりだろうか。この街のそばまでは授業をしながらだったのでかなり時間をかけたが、帰りは最短距離でヴォーバンを目指したのかもしれない。

 門が近づいてくる。


(やれ、セミー)

(ウラーッ!)


 セミーの後方、機体の一番高い位置にある砲は、構造上の理由からか砲身が短い。

 それは精密な砲撃を苦手とするという事になるのだが、セミーは右上の機銃を1発で破壊した。

 良い腕じゃねえか。


(次っ!)


 左上の機銃も爆発。


(門は木製。子供を見捨てる住民なんぞどうなっても構わねえ。大穴が空くまでブチ込んでやれっ)

(そのつもりっ!)


 門まで50メートル。

 穴が空かなければ、それだけ到着が遅れる。

 この寒空の下であの少女には、どれほどの時間が残されているのだろう。北大陸は、半裸の子供が屋外で生きていられる環境ではないのだ。

 爆発。

 それが連続して門を黒煙で隠してしまっている。

 ホバーを停めるべきか。


(行けるよっ、ヒヤマ!)

(何っ!?)

(スキルでセミーには見えてるの、このまま真っ直ぐ!)


 俺にはホバーの通り道どころか、門そのものさえも見えてはいない。

 恐怖心を押し込める。

 セミーはもう、仲間だ。それならその言葉を信じなくてどうする。

 アクセルを踏み込んだ。


(いい度胸だねっ)

(仲間の言葉を信じられねえなら、最初からソロを貫くさ!)

(いいねえいいねえ。こんな男ばかりなら、世界はもっと楽しくなるのに。あ、門の破片)


 セミーの声と同時に、ホバーは黒煙の向こうへ飛び出していた。

 俺の身長ほどの高さに折り重なった門の破片。

 慌てる敵兵。


(穴の大きさは充分。跳ぶぞっ!)


 操縦桿のボタン。

 押すと同時に機体が跳ね上がり、破片の山を越えた。ぐらついた機体を、体重移動で宥める。

 着地してもスピードは落とさない。


(道はこのままじゃダメだよな?)

(たぶん・・・)

(次を右よ、ヒヤマ)

(タリエ。場所を見ててくれたんか、ありがてえ)


 言いながらドリフト。

 スピードがスピードなので、ギリギリのタイミングの指示だった。

 寒さのせいか、道に人の姿はない。

 門の近くにいた兵も、たった3人だけだ。


(次の次を左。もうかなり走ってるかもしれないから、間違っても轢かないようにね)

(あいよっ)


 門の正面に見えていた工場らしき建物以外は、ダウィンズの街と同じ石造りの建物が並んでいる。

 2つ目の角を左に、またドリフトで曲がった。


(いたっ! でも捕まりそうっ。キャノピー開けて、ヒヤマ!)

(速度を落とさねえと、ホバーは浮いた状態でこのスピードなんだぞ。このまま開けたら挙動が・・・)

(ああもう、チックみたいに細かいなあ。こっちでの操作はっと。・・・これだあっ!)

(ちょ、まっ!)


 ホバーの前部が跳ね上がる。

 キャノピーは俺のいる一番前の操縦席から上に開く、跳ね橋のような構造だ。そのキャノピーをいきなり開けるのは、急ブレーキをかけるのと同じ事。キャノピーの接合部は無事か。思ったが、確認している余裕などない。

 二等辺三角形の頂角が浮いて、底辺で路面を引っ掻いているのが今の機体状況だ。


(クッソ、この脳筋がボケェ!)


 操縦桿を操作しながら、立ち上がって機首に全体重をかける。

 俺の体重では効果は薄いと思ったが、アクセルを離したのでホバーは素直に機首を下げてくれた。


「その子に触るんじゃないっ、このゲスヤロウッ!」


 セミー。

 女の子に手を伸ばした姿勢で、驚いて固まっている少年。

 雪。

 石造りの民家。

 バール。

 凍った涙で顔を汚す女の子。頬が腫れているのは、クソヤロウに殴られたからか。


(チック)

(なんだよ?)

(コレの相棒で恋人とか、心の底から尊敬するわ・・・)


 バールを振りかぶったセミーが、少年に迫る。

 あの顔を覆うマフラーがなければ寒くて仕方ないだろうに、スケベ心とは寒さを超越してしまうほどのものなのか。

 パッカーン。

 実際はもっと生々しい音だったが、もしたーくんのテープをあっちで誰かに見せるなら、そんな効果音にしてモザイクもかけた方がいいだろう。


(きれいに割れたなあ・・・)

(グロいからリディーちゃんは見ない方がいいな)

(・・・もう遅いです、師匠)

(ルーデルとチックはもう上がってるのか?)

(ああ)

(早くねえ?)


 セミーがパワードスーツとバールを装備解除して女の子を抱き上げ、ホバーに向かって走る。


(緊急時なんで言わなかったが、ヒヤマの言うユニークスキルが取得可能だと網膜ディスプレイに表示されてな。それを取得して使った)


 ニーニャの次はルーデルか。俺も欲しいが、どうすれば取得可能になるのかなんてわからない。いつか訪れるかもしれない幸運を、じっと待つしかないのだろう。

 セミーが乗り込んで頭を下げたのを確認し、キャノピーを下ろす。

 さっきのムリな強制開放で部品がイカれてないか心配だったが、スムーズに閉じてくれた。


(凄いんですよ、師匠の新しいスキル。速度を落とさずにヴォーバンの甲板上を通過するんだと思ったら、いつの間にか甲板に立ってたんです!)

(緊急着陸みてえな感じか。そいつはスゲエな・・・)


 砲手席では、セミーが【応急処置】と声を上げている。

 とりあえず門を封鎖される前に逃げ出さないと、後が面倒だ。アクセルターンで機体の向きを変え、来た道を戻る。


(その子の容態は、セミー?)

(【応急処置】で治ったのは、殴られて出来た傷だけ)

(・・・凍傷は?)

(かなり酷い。それに、栄養状態も最悪)

(マズイな。ダウィンズの街にも医者はいると思うが)

(この子は街に連れていけないよ。見たでしょ、ヒヤマも)

(・・・まあな)


 セミーに抱かれている女の子の名前は、ルーエイ。

 職業が最前線の料理人だ。

 たしか、花園のアリシアの職業も最前線の衛生兵。

 この世界の神は、最前線という言葉が好きなのだろうか。かわいらしいクリクリパーマの女の子に、なんて物騒な冠名をくれてやってるんだか。


(よし、凍傷の治療ができるスキルはかなり上の方だったから、最上スキルまで取っちゃった。いくよ、ルーエイちゃん。【特級処置】!)

(ひねりのねえ名前だな。どうだ、治ったか?)

(ばっちり!)

「こ、こは・・・」

「安全な場所だよ。心配しないで、ルーエイちゃん」

「あったかい・・・」

(封鎖するどころか、門にいた兵がいねえ。逃げたんかな)

(ラッキーじゃないですか。そのままヴォーバンに戻るんですよね?)

(当然。リディーより幼い女の子を乗せて、戦闘なんかできっかよ)

(それなら護衛と露払いは、俺とチックちゃんの仕事だな。後席のままでいいかい、チックちゃん? 少し戻れば、除雪した道に下りて俺が後席に変われるぞ)

(出来れば、ルーデルさんの戦闘を後席で見たいです)

(なるほど。了解だ)


 砲手席ではセミーがルーエイに温かい飲み物を与え、何があったのかを聞き出している。

 どうやらあの建物は孤児院で、そこに領主の息子のロリコンクソヤロウがやって来た。子供達は必死に助けようとしてくれたが、大人は黙って見ていたそうだ。

 そこまで話すと、ルーエイは眠ってしまったらしい。栄養が足りていないというのに、暴行されかかって極寒の中を逃げ回っていたのだ。ムリもない。


(孤児か。ダウィンズとアンに預けるか、セミー?)

(それで戦争に駆り出されるんでしょ。それに、姫様達が戦争に負けないって保証は? フェイレイとイグニスがそっぽを向いたら、いつ負けてもおかしくないんだよ)

(連れ帰る気か。本人の意志は尊重しろよ? なあに、姫様やダウィンズがうちの国民だから渡せって言っても、俺達が交渉してやる)

(そんな気はありませんが、ダウィンズにはその子の事は伝えないでおきます)

(助かるよ、アン)

(ヒヤマさんの言う交渉が武力行使を前提としたものなら、逆らえるはずがありませんから)

(俺がそんな事をすると思ってんのか。傷つくねえ)


 アンが笑っている。

 その声を聞きながら、来る時は通らなかった街道をまっすぐ西に進む。


(いくつなんだろうな、ルーエイの歳)

(そこは聞いてなかったんだ。6歳だよー)

(・・・あのロリコン、もっかい殺してやりてえな)

(気が合うな、変態野郎。そんあじゃ帰ったら、大人しくオレに殺されろよ?)

(ざけんな、チック。俺はロリコンじゃねえ)


 夕暮れの空を、双発の戦闘機が飛んでいる。

 物騒な事を言いながらも、チックの声は嬉しそうだ。


(しかし初飛行がスクランブルか。さすがだねえ、うちのチックさまは)

(偵察のはずが敵の街に乗り込んで、領主の息子まで殺した人が言いますか)

(街に乗り込まなきゃ1人で行くって脅したのも、ロリコンクソヤロウを殺ったのもセミーだ。俺は関係ねえな)

(そうか。劇薬と劇薬を合わせたら、タダで済む訳がねえよなあ。ウイ、今回はこんな騒動を予測できなかったオレ達のミスだな)

(なるほど。お互い次からは気をつけましょうね、チックさん)

(・・・酷え言われようだ)

(・・・ホントだね。チックもウイも意地悪だっ)

(クリーチャーを視認。あれは、熊か。南の荒野熊とはだいぶ違うな。こっちで片付けるぞ、ヒヤマ?)

(任せた。ルーエイが寝てるんでな。ホバーの砲や機銃は、出来れば撃ちたくねえ)

(なるほど。了解だ。行くぞ、チックちゃん)

(はいっ)


 ルーデルだけには、良いお返事で。

 茜色の空から、戦闘機が急降下を開始する。あんな挙動で、後席のチックは怖くねえのか。

 急降下した戦闘機は機首を持ち上げると、すぐに高度を取り戻して旋回を始めた。


(排除完了)

(は? 爆撃音どころか、銃声も聞こえなかったぞ?)

(夜間出撃も多かったんでな。機銃も爆弾も、音を出さないスキルがある。まあ、リキャストタイムの関係で連日の夜間出撃は出来ないがな)

(それでもスゲえって。やっぱ嫌んなるほど先を行ってんなあ、うちの兄貴は・・・)



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