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北の土豪とその主




「そうですか、反乱軍の首謀者はコワード侯爵・・・」

「今も首都で国王気取りです」

「首都侵攻時、ダウィンズ殿が兄の部隊を殲滅するために別行動していたのは理解しました。ですが、軍規を緩めるのをなぜ許したのですか。貴方が率いていた頃の国軍ならば、決してあのような蛮行など許さなかったはずですっ!」


 ダウィンズが俯いたので、缶コーヒーを出して目の前に置く。

 すぐに自分の飲み物を運ばせるのだろうと思っていたが、ドアを叩く音はない。

 俺を見たダウィンズに、仕草で缶の開け方を伝える。缶を開けたダウィンズは、俺に頭を下げてからそれを口に運んだ。


「国軍はコワードが率いていましたので。兄君を討ったのは、我が領の手勢でございます」

「あの頃の国軍は、まだダウィンズが率いていたはずでしょう」

「いいえ。国軍の指揮権を得たコワードが、その足で有力貴族に反乱を持ちかけて回ったのです」

「なんと恥知らずな・・・」

「私が兄君を討ってまず行ったのは、首都の状況の確認でした。長男に10名ほどを付けて見に行かせたのですが、酷い有様だったようですな」

「あんな事、人間のする事ではありません・・・」

「ですな。なので私は長男にトラックと兵を与え、姫様が追ったはずのタイタニスをさらに追わせました」

(タイタニスってのは、ホテルのハーバーに浮かんでたあの飛行艇か)

(ああ。ニーニャと違って、オレは本職じゃねえからな。飛ばせるまでに修理すんのは苦労したぜ)


 チックは飛行機の整備や修理スキルを持っていないのか。

 そうなると宇宙機で海を渡ったのも、タイタニスとやらを修理して大陸南西まで飛ばしたのも、職業持ちのスキルでじゃなく手作業でか。ヨハン並みの天才なんじゃねえか、コイツ。


「エーダンが南に来たという話は聞いていません」

「もう1年以上になりますからな。生きてはおらぬでしょう」

「そんな・・・」

「次男のドサーワンも北に狩りに行き、見た事もない状態の死体となって発見されました。残る子はジュードのみでございます。ですので民のためにも、どうかあの子の命だけは」

「・・・私は民のために反逆者の汚名を着る事を肯んじた者を、罰したりなどしません」

「アン姫」

「ですが!」


 キッと視線を上げ、アンがダウィンズを見る。

 ダウィンズはソファーから立ち上がり、すぐに片膝を付いて右手を胸の前で水平にした。この国の拝礼の作法なのだろう。

 アンを見上げる瞳には、隠しようのない期待が輝いているようだ。


「旧ネーヴ王国の将、ダウィンズ」

「はっ」

「この母なる大地に、国と呼べる物はもうありません」

「・・・はい」

「ですがどれだけの年月を要しても、民が幸せに暮らせる場所を造り上げねばなりません」

「その通りでございます」

「手伝ってくれますね、ダウィンズ?」

「その言葉通りの国を目指すのならば、子々孫々に渡り身を削ってでもお手伝いさせていただきとうございます」

「頼りにしています、ダウィンズ」

「はっ」


 これで戦国シミュレーションゲームの、最初の領地を手に入れたようなものか。

 南西のホテルは街なんかじゃなく、イベントで理不尽なほど強い敵が攻めて来る砦みたいなもんだ。


「おめっとさん、アン」

「ヒヤマさん。姫さんじゃないんですね」

「これからは、この大陸の王を目指す1人の武将だ。姫ですらねえさ」

「なるほど・・・」

「まずは次男のお悔やみを申し上げる、ダウィンズ卿」

「もう涙も枯れ果てました」

「俺も秋には親になるんで、お気持ちは察しますよ。それで思い出したくもないだろうとは思うんですが・・・」

「北で全滅した部隊の事をお話すればよろしいのですな」

「そうなんですが、全滅・・・」


 まだ詳しくは聞いていないが、状況からしてやったのはシドだろう。

 南西の銃も持たされていない兵とは違い、完全武装で常に襲撃を警戒している部隊を全滅させるとは。出来るならば、今すぐにでもシドを追いたい。


「つい先日の事です。予定の日を過ぎても狩りに出た部隊が戻らぬので、私が兵を率いて捜索に出ました。24名、すべてが雪洞の外で死んでおりましたよ」

「狩りにトラックは使わないんで?」

「ええ。バッテリーが惜しいので、昔から徒歩で狩りに出ています。死体ですが、外傷は首に小さな傷痕が2つあるだけでした」

「やはり、そうですか」

(アンはここに残るよな?)

(そんな。連れて行って下さい。シドは、幼い頃からの友人なのです)


 だからだ。そうアンに伝えていいものか。

 シドは南西で、アンを『我が妻』と言ったのだ。


(シドはアンに惚れてるかもしれねえ)

(ならば好都合でしょう。良い餌になりますから)

(・・・囮になると?)

(必要なら、迷わず)

(アンが死ねば、民が幸せに暮らせる国なんてこの先ずっと出来ねえのにか?)

(死にません。だってフェイレイとイグニス。それにヒヤマさん達が、きっと助けてくれますもの)

(いい顔で笑いやがる。子供扱いはもういらねえな)

(遠慮なく抱くって事か)

(いや違うだろ、フェイレイ)


 ないとは思うが妊娠を選択されて、その子のために俺達の国から援助をしなければならない事にでもなれば、俺はすっかり女好きになってしまった自分を許せないだろう。

 神様ってのが少しでも人口を増やしたくて、無限アイテムボックスを与えたウイの男である俺の性欲を上げたのだろうが、人に迷惑をかけてまで子供を産ませるなんてしたくはない。


(ヒヤマ。こっちで相談したんだが、さっきの戦車とトラック、それとボルトアクションライフルはダウィンズ軍に提供するといい。修理もニーニャちゃんがやってくれるそうだ)

(ここを狙った軍のを鹵獲したから1台は渡そうと思ってたけど、全部か?)

(ああ。俺達が帰った後のアンちゃんには必要だ)

(鹵獲品は山分けが基本。でも今日はそれでいいか、フェイレイ?)

(もちろんだ)


 3台の戦車と5台のトラックが、反乱に参加した貴族にとってどのくらいの脅威であるのかはわからない。だが、ないよりはずっといいだろう。


「・・・ヒヤマ王?」

「これは失礼。息子さんを殺したのは、俺達が追っているシドに間違いないと確信したもので。少し話し込んでしまいました」

「声など出してはいないのにですか。それに、シドという名には聞き覚えがあります」

「カナバル家の嫡男として生まれたのに、幼くして騎士団に入れられたあのシドですわ。ダウィンズ」

「姫の遊び相手の、あの泣き虫シド坊ですかっ!?」

「ええ。彼はもう、人間ではなさそうです。本来なら彼をどうにかするのは私達の役目ですが、決定的に力が足りません。幸いにもヒヤマさん達が助力すると言ってくださったので、それに甘えてカナバルに向かう所だったのです」

「そうなのですか・・・」


 ダウィンズが腕組みをして、何かに考えを巡らせている。

 兵を同行させるなんてバカを言われる前に、アンのために今なにをするべきかを伝えておこうか。


「そんでさっきの敵から奪った戦車とトラックを修理して、ダウィンズ卿に提供します。アンは俺達に着いて来るようなんで、帰るまでに少しでも領地を増やしておいて下さい。反乱軍ってのは、クズばっかりなんでしょう?」

「姫を戦場に・・・」

「言ったでしょう、ダウィンズ。この1年はずっと戦場にいたのです」

「ですが我が街であれば昔のようにとは申せませんが、安全には暮らしていただけます」

「我が国に現れた忌むべき存在を倒すのに、隣国の王が自ら兵を率いて助力を申し出てくれたのですよ?」

「それはたしかにそうですが・・・」

「それより、戦車とトラックとは貴重な戦力ではないのですか?」

「貴重どころではありませんな。トラックは珍しくありませんが、戦車となれば話は別です。ここと領地を接するズサッドは国王気取りのコワードに取り入り、3台の戦車と大量のライフルを与えられたそうです。それで大陸北部を平定せよという事なのでしょう」


 ダウィンズ軍は負けが見えてるような状態だったのか。

 だが、そのズサッドとやらの切り札は、そのままアンを手にしたダウィンズの戦力になった。これなら幕府の再興、じゃなくてネーヴ王国の再興も、・・・そんなに甘くはないか。

 時間があるなら首都にいる反乱軍の親玉を始末するまで手を貸してもいいが、俺達には少しでも早く帰って、やらなくてはならない事が山のようにある。

 後はフェイレイやダウィンズに頑張ってもらうしかない。


「それをヒヤマさんは、無償で提供すると言っておられるのです。なにかお礼をとは思いますが、何も思いつきません・・・」

「恥ずかしながら、この街にも戦車を贖うほどの蓄えなど・・・」

「気にしねえでくれ。遺跡の発掘権で、お釣りが出るさ。ニーニャが戦車とトラックを直してる間に、また空から遺跡を探すつもりだしな」

「空から、ですか?」

「ダウィンズ、ヒヤマさんの国は空を飛ぶ航空機を何機も所有してらっしゃるのよ」

「なんと・・・」

「そんじゃ、俺は行くよ。アンはダウィンズ卿と、これからの事をよく話し合っておくといい」

「あ、あのっ」


 アンが慌てている。

 なにか不都合でもあるのだろうか。


「どした?」

「ウイさんとタリエさんに、これからの事を相談したりしてはいけないでしょうかっ!」


 本当に仲良くなったもんだなあ。


「あの2人がいいって言ったらな」

(もちろんいいですよ。ねえ、タリエさん)

(ええ。かわいい妹分ですもの)

「ありがとうございますっ」

「アンの護衛は頼んだぞ、フェイレイ」

「遺跡に行くなら、連れてってもらいたいって気持ちもあるんだよなあ」

「アンを放っといてか?」

「・・・出来ねえよなあ、ここまで連れ回したのはアタシなんだし」

「だな。大人しく土産でも期待して待っとけ。それにシドを始末したら、ここを拠点にして各地の勢力を潰すんだろうからな。慣れておかねえと。そんじゃ、また無線で連絡する」


 俺が立ち上がると、アンとダウィンズも腰を上げた。

 見送りでもしようというのだろうか。

 この応接室は、ビルに入ってすぐの場所にあった。道案内はいらないので2人を押し留め、俺1人で部屋を出る。

 ビルの出口には、ダウィンズの息子のジュードが壁に凭れて立っていた。



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