雪国のビル
(ウイ、着陸してもらって戦車とトラックを収納してくれ。それから、俺と姫さんとフェイレイは街に移動する。フォートレスかヴォーバンに乗って、街の入り口で待っててくれりゃいい)
(3人だけで大丈夫なのですか? ダウィンズさんは誠実な方でアンちゃんに恨みなどないようですが、街の住民や兵はわかりませんよ)
(だから入り口で待っててもらうんだよ。俺の位置は網膜ディスプレイのミニマップでわかるだろ。なんかありゃ、助けに来てくれ)
(・・・わかりました)
(姫さん、フェイレイ、いいな?)
(はい。ダウィンズとは、もう少し話してみたいです)
(アタシとヒヤマがいりゃ、100人くれえは殺れるだろ。いいぜ)
パワードスーツが銃弾を弾き返しても、死ぬ気の兵が30ものしかかれば動きは止められる。そこで電動ノコギリなんかを使い、パワードスーツの関節を切断。ジワジワとHPを削りきれば、一般人でも職業持ちを殺せるだろう。
毒殺なんかの方が簡単だが、よく知らない人間に出された物を飲む度胸など俺にはなかった。
(戦車の収納は終わりました。次はトラックですね。そういえば、雪男は食べられるのでしょうか?)
(あ、あれを食べる気ですか・・・)
嫌そうに呟いたのは、リディーだ。
(こっちじゃクリーチャーは食わねえのか?)
(食べるけど人型はさすがに。野生動物もそれがクリーチャーになったのも、人型より多いし)
(ふーん)
(羨ましい話ですね。では、トラックだけ収納しましょう)
食生活は、俺達の国よりいいのか。
雪男か敵兵の生き残りがいてウイに襲いかかられたら面倒だ。先に立って、トラックと死体が散乱する場所まで歩く。
少し先にはトラックだけでなく、フェイレイのホバーも見えた。
キャノピーの向こうで、ヘルメットを外したフェイレイが笑っている。いい女だ。浅黒い肌だが、インド人のような濃い顔立ちではない。どちらかと言うと、日本人の女優のような顔立ちだ。
そういえば、なにか忘れているような気がする。
(・・・ああっ!)
(ど、どうしました、ヒヤマ!?)
(ウイ。ヴォーバンに入ったら、セミー達にあの空き箱を見せてくれ)
(・・・空き箱?)
(カレーだよ、カレー。カレーのルー!)
(ああ、たしかに空き箱は保管しろと言っていましたね)
(北大陸で作ってたらしいからな。もしかしたら、誰かが持ってるかもしんねえ)
(よく覚えていましたねえ。それにしても、なぜ今それを・・・)
インドで思い出したと言えば笑われそうな気がする。
曖昧に返事をして誤魔化すと、トラックを収納したウイが兵士の死体が持っていた銃や剣を収納するのが見えた。
(そうか。武器も集めとかねえと雪に埋もれちまうな。手伝うぞ)
ハルトマン装備解除、近接戦闘用パワードスーツ装備。
思うと同時に俺は宙に投げ出され、どえらく深い雪の上に落ちた。
真っ白で何も見えない。どうやら、雪に埋まってしまったようだ。パワードスーツだから呼吸はできるので死ぬ事はないだろうが、どうしたもんか。
(何をしてるんですか、いったい・・・)
(なんでここだけ雪が深いんだよ!)
(私達がいるには街道なので、雪かきでもしてあったんじゃないかと。そこは道ではないですからね。それより、大丈夫ですか?)
(マーカーは見えてっからなあっ!)
【熱き血の拳】は、ダウィンズとの会談の時に使うかもしれない。
自前の力だけで雪を掻き分け、ウイのマーカーを目指す。
もがいてもがいてやっと街道に出ると、ホバーを降りたフェイレイ達やヘリから降りたニーニャ達が手伝って、武器集めはすでに終わっていた。
「雪国を満喫してるようで何よりだ、ヒヤマ」
「知らねえのか、フェイレイ。雪の中を泳ぐと、筋力が1上がるんだぜ?」
「子供でも騙されるかよ、そんなウソ。いいから砲手席に乗れって」
「ホバーに乗せてってくれんのか。ありがてえ」
フェイレイのホバーが、キャノピーを開けたまま近づいてくる。ステップに足をかけて、一番高い砲手席に座った。
(出すぞ?)
(やってくれ。姫さん、ダウィンズがクズじゃねえなら手を組む気はあるか?)
返事はすぐには返ってこない。
ネーヴ王国では子供が職業持ちだと発覚すると、その子が望んでも望まなくても騎士団に入れられていたらしい。
そんな国を裏切ったダウィンズなのだから、職業持ちを匿っていて今は兵として使っている可能性はある。無線傍受スキルがないとは言えないので、範囲内に入る前に答えは聞いておきたい。
(・・・ダウィンズが国を裏切った理由は、わかっているつもりです。ただ、なぜあの反乱軍の蛮行を止められなかったのか、それだけは聞きたいのです。その理由次第では)
(手を組んでもいいと?)
(・・・はい)
充分だ。
南西のホテルにいる兵は、命令されなければ何も出来ないだろう。
だがダウィンズという男なら、あんな兵でも上手く使うはずだ。貴族がジャマなら、最初から合流せずに使えそうな職業持ちと兵士だけを連れて来てもいい。
街の入口には木製の門があり、その前でダウィンズがホバーを出迎えた。息子のジュードもいる。
(降りるのか?)
(礼儀として、一応な。行こうぜ)
(やれやれだ)
先にホバーから飛び降り、アンの手を取って雪道に立たせる。
小さく俺に頭を下げたアンは、まっすぐにダウィンズを見ていた。
フェイレイがホバーを収納すると、取り巻きがざわめく。ダウィンズの静かな叱責で、それはすぐに収まった。
「アン姫様に休んでいただくには粗末でございますが、部屋を暖めさせております」
「この1年、戦場に居りました。部屋が粗末だなどと感じる事はないでしょう」
「・・・そうでございますか。こちらです」
ジュードの指揮で兵が散り、門を守る配置に付く。
その門をダウィンズに続いて潜った。
「民家は石造りか。寒そうだな」
「街の真ん中に遺跡があるだけマシさ。それすらないのがこの大陸の村だ」
「ありゃビルってんだ。大勢が住んだり仕事をするために、部屋がたくさんあるんだよ」
フェイレイはビルのない世界から来たのだろうか。
ビルは特に目立つほどの破損はしておらず、雪化粧をしてしっかりと立っている。
あのビルが、中世で言う『領主の城』なのだろう。
その前まで歩くと入り口に見張りなどはおらず、元は自動ドアだったと思われる場所に付けられた木製の扉をダウィンズが自らの手で開けた。
「どうぞ。冬はここで共同生活をする民も多いので騒がしいかと思われますが、どうかお許し下さい」
「どうかお気になさらず、ダウィンズ殿」
「姫・・・」
他人行儀な呼び方に傷ついたのだろうか。ダウィンズが少しだけ肩を落としたように見える。
案内されたのは、薪ストーブのある応接室のような部屋だった。
じゅうたんは色褪せているがハゲてはおらず、ソファーも破れなどはない。木製のテーブルも磨き上げられているようだ。
入り口に背を向けて座るのを嫌ったフェイレイが奥にまで行こうとするが、その肩を叩いて止めた。
「なんでだよ?」
「俺達じゃこの国の作法がわからん。姫さんの座る方が正解だろう」
「立場が上の方が奥です。なので私達は手前になりますね」
何かを言いかけたダウィンズが、目を閉じて首を横に振る。
その間にアンは、手前の真ん中に腰を下ろした。フェイレイと姫様を挟んで、俺もソファーに腰を下ろす。
「すぐに飲み物を・・・」
「申し訳ない、ダウィンズ卿。アン姫は、私の友人であるフェイレイが守る人間。どんなに無作法を咎められようと、反乱軍に参加した貴族に出された飲み物を口にはさせられない。飲み物は持参しているので、遠慮させていただきたい」
「・・・わかりました、貴き方」
缶のミルクティーを出して、アンとフェイレイの前に置く。俺はコーヒーだ。
タバコも吸いたいが、テーブルの上に灰皿はない。
自分の灰皿を出して吸うべきか悩んでいるうちに、アンとダウィンズの話が始まってしまった。
(なあ、灰皿出してタバコ吸っていいと思うか?)
(アンちゃんがシリアスな話をしているのにそれですか。いいと思いますよ。ヒヤマは海の向こうの国の王なんですし、タバコくらいで文句は言わないでしょう)
失礼。そうとだけ言って灰皿を出し、タバコを吸う。
フェイレイは吸わないようだ。
(反乱に参加したのは事実なんで殺されてもいいとか、ダウィンズってのは大した男じゃねえのか? 簡単に命を捨てる男に、天下獲りの補佐なんぞ向かねえぞ)
(息子さんがいれば住民は守れる、そんな判断かもしれませんよ)
(テメエを殺すなら、一族郎党皆殺しだっての。復讐とかされたら面倒だし)
(そんな極端な行動に出るのはヒヤマくらいでしょう。どこかの第六天魔王ですか、あなたは)
(魔王さまの義理の息子だからなあ。フェイレイ、タバコ吸うか?)
(いらねえよ。煙なんか吸うくれえなら、雪にこのミルクティーかけて食った方がマシだ)
ダウィンズはアンに、自分がなぜ反乱軍に加わったのかを静かに語っている。
(何度王様に貴族の罪を伝えても、何もしてくれなかったからか。ありきたりだねえ)
(でもそれだけではなく、アンちゃんのお兄さんの事もあるようですね)
(人間狩り、ねえ。王子様は血なまぐさい趣味をお持ちだったようで。姫さん、親や兄弟の罪はオマエさんには関係ねえからな。気にするんじゃねえぞ)
(・・・はい。ありがとうございます、ヒヤマ王)
(王はやめれ。ヒヤマでいい)
兄のしていた事を聞かされ、アンの表情は青褪めている。
さわりだけでも子供には聞かせられないほどの残虐性だが、ダウィンズはすべてを話すつもりのようだ。
(今のところ、ダウィンズって男の言葉にウソはないね)
(そういや姫さんは【嘘看破】がねえんだったな。この先どっかでウソがあったら教えてやってくれ、ミツカ)
(了解。ちなみにダウィンズの善行値はヒヤマよりも上。フェイレイさんやアンちゃんの数倍だね)
(善行値?)
(誰かを助けたりすると上がる数値だ、フェイレイ。言っとくが、ダウィンズが職業持ちを国に隠して使ってる可能性もある。無線は盗聴されねえなんて油断はするなよ?)
(なるほど。わかったよ)
話は王に王子の悪癖を諌めるように言ったダウィンズが、軍のトップから外された所まで進んでいる。
アンは真剣な表情で、ダウィンズの瞳を見て話を聞いているようだ。