雪男と反乱軍
反乱が指導者に率いられた計画的なものでないのなら、国を潰した後は群雄割拠の戦国時代が始まるはずだ。
だからこそ、ダウィンズの街に戦車まで編成した部隊が迫っているのだろう。
首都から北の僻地。見渡す限りの荒野。だが背後には、リディーの父が治める隠れ里がある。助け合えるなら、大きな勢力となるのも不可能ではないはずだ。
「天下獲りを始めるなら、悪くねえ場所じゃねえか・・・」
小高い丘にも、たっぷりと雪は積もっていた。
何度か足を滑らせたが、頂上までなんとか這い上がる。
伏せ撃ちの姿勢になると、トラックがクリーチャーを轢き殺すのが見えた。
直後、フロントガラスに槍が突き刺さる。次にガラスを割ったのは、斧だ。どちらも投擲されたのだろう。運転中だった男はハンドルに突っ伏して、ピクリとも動かない。
クリーチャー達がトラックに駆け寄る。毛深い人型。あれが雪男なのだろうか。
(誰か、俺の回してる映像を見てくれ)
(雪男の1匹が、捨て身でトラックを足止め。残りが停まったトラックに武器を投げて運転手を仕留める。荷台の兵隊が狙いだねー)
(やっぱあれが雪男なのか。兵隊が狙いってのは、セミー?)
(1匹が荷台に取り付いた。すぐにわかるさ)
今度はチックの声だ。
ズームした映像に、赤色が散る。
その赤くなった雪の辺りに、雪男の集団が殺到した。
(・・・理解した。つまりはエサなんだな、人間は)
(正解。南でもよくある死に様でしょ)
(まあな)
それでも咀嚼しながら戦闘を継続する雪男をズームするのはやめ、フロントガラスを割られて停車してしまったトラックを救出しようとする後続が、荷台から兵を吐き出すのを見物する。
戦車に先頭を進ませれば、待ち伏せにも対応できただろうに。なぜ防弾仕様でもないトラックが、戦車を追い抜いて先行したのか。
(雪男の武器も、剣とか槍なんだな)
(銃器を使うほどの知能がねえのが救いさ)
(ふうん。お、後続のトラックに乗ってた兵が降りて、盾を並べて突撃。先頭の荷台にいた兵も呼応して飛び出した。やっぱ銃を使う兵と近接武器の兵、半々ぐれえなんだな。ライフル兵は何もせずに下がるか)
(どちらが勝っても戦闘終了と同時に攻撃でいいですか、ボス?)
(だな。でも雪男は30もいねえ。勝つのは敵兵だろ)
スナイパーライフルの装填を確認する。これをすると、銃に異常があれば職業持ちにはわかるのだ。銃身に雪が詰まって暴発、なんてバカな死に方はしたくない。
(ヒヤマ。そこでトラックを動けなくするなら、アタシのホバーは先に進んどくぞ?)
(それがいいな。死体を埋める手間が省ける)
敵兵にも犠牲は出ているが、雪男は次々に屠られている。膂力は強いが、連携がなっていない。あれなら俺達でも狩れそうだ。
(ダウィンズの兵も前進するそうだ。俺はその兵士達と進むよ)
(悪いな、ルーデル)
(いいさ。なにか考えがあるんだろう?)
(反乱がどんな形で始まって、どんな形で終わったのか俺達は知らなかったからな。どうやら大群を集めるだけ集めて首都を奪い、そこで終わったみてえだ。北大陸は、これから長い戦国時代さ)
(これからのアン姫様を支えるには悪くないか、ダウィンズは・・・)
(問題はブラザーズ・オブ・ザ・ヘッドだあな)
(・・・俺達には俺達の仕事があるぞ?)
(わかってるよ)
視界の端に、フェイレイのホバーが入った。
どんだけ急いで来たんだか。
(フェイレイ。そのまま突っ込むか?)
(そうさせてもらえりゃ、ありがたいねえ)
(オーライ。ちょうど戦車が追い付いてきたしな。キャタピラだけを潰すから、砲撃にやられるんじゃねえぞ?)
(誰に言ってんだい)
(たーくん。まずはトラックを潰して、それから突撃するフェイレイの援護だ。・・・やってくれ)
(イエッサー。攻撃開始します!)
上空のホワイトボール達の攻撃は見ずに、先頭の戦車のキャタピラに狙いをつけた。
爪先で雪の下の土を抉るようにして衝撃に備える。
トリガー。
衝撃には慣れているが、雪の上での戦闘には慣れていない。下手をすれば丘から転げ落ちるかとも思ったが、そこまでの影響はないようだ。
(お見事です。あれでは戦車は動けません)
(次っ!)
(2台目、キャタピラ破損を確認)
最後の戦車。
キャタピラを撃ち抜いて立ち上がる。
ホバーはもう、雪男と敵兵に砲撃を始めているようだ。
(たーくん、トラックは?)
(行動不能。イー達はライフル以上の火器を警戒しながら、上空で援護を開始しています)
(それでいい。戦車の主砲は、ヘリから誰かが見ててくれ。俺はもう平地に下りた)
無線をしながらも、足は止めない。
森というほどではないが、トラックや戦車の手前には雪の衣装を身にまとった、まばらな木々が立っている。
そこを駆け抜けると同時に、踊るように動き回るホバーが見えた。
(もうほとんど残っちゃいねえぞ、ヒヤマ)
(何人かは捕虜にしろよ?)
(先頭の戦車、主砲が動いています!)
ホバーがジャンプ。同時に、地面で爆発が起こった。
走る。
戦車から乗組員を出さなければ、砲撃は繰り返されるだろう。
しかしさすがというか、フェイレイは有用なスキルをかなり持っているようだ。さっきのジャンプが少しでも遅れていたら、ホバーは撃墜されていただろう。
(フェイレイ、無事か?)
(ピンピンしてらあ。3人共な。ただ、砲弾の破片で少しだけホバーのHPを削られた)
(機体なら後でいくらでも直せる。やっぱ戦車のキャタピラを潰したら、射線上での戦闘は避けるべきだったな。街の近くまで歩兵を引きつけての戦闘なら、砲撃なんぞされなかったんだ)
(だな。これが兵士だけじゃ戦争には勝てないって事か)
それもある。
口には出さずに、迂回するように接近した先頭の戦車の脇腹にスナイパーライフルを突きつけた。
「3台の戦車兵に告げる。5秒以内にハッチから出ろ。カウントが0になると同時に、コックピットを撃ち抜く。5、4、3、2・・・」
2まで口に出した所で、18人の兵士が雪の上に転がり出た。
1台に6人。
俺達が手に入れた戦車の倍の人数で動かす機体らしい。
街を攻めに来た車両だから、最低でも1台はダウィンズに渡せる。あの様子だと姫さんに恨みはないようだし、まだ敬う気持ちもあるようだった。
簡単に大陸を統一されても困るが、北の中堅勢力に知り合いがいるのであれば、1年に1度くらいの交易は大歓迎だ。
(ルーデル、ダウィンズに言って捕虜を迎えに来させてくれねえか?)
(わかった)
「全員、武器を捨てろ。隠しててもすぐにわかるぞ」
ライフルを持っている兵はいない。2人が拳銃を懐から出して捨てただけだ。
(ヒヤマ、一番右の男に虚偽反応。たぶん武器を隠し持ってるね)
(サンキュ、ミツカ)
スナイパーライフルを保持したまま、右手を離す。
パイルバンカー。
炸薬カートリッジを使わずに杭を伸ばし、固定と念じた。
一番右の男。
足の甲に、パイルバンカーを下ろす。
「何をっ、ぎゃああああああっ!」
「武器を捨てろといった。隠してもわかると忠告までした。人を痛めつけるのは好きじゃねえんだ。こんなマネをさせるんじゃねえよ」
男は聞いていないだろう。
頭を振り乱して暴れているので、マフラーは取れてしまっている。涙とヨダレを垂らしながら、足を潰しているパイルバンカーをどうにかしようと無駄な努力をしていた。
「やめてくれ、頼む!」
「お仲間が武器を捨ててくれてりゃ、こうはならなかった。街にゃ女子供もいるんだ。武器を隠し持とうって敵に、情けなんかかけてらんねえんだよ」
「本当に持っていないのかもしれないじゃないか! 戦車の指揮役は拳銃を支給されてはいるが、忘れてきたのかもしれない!」
武器を捨てた男の言葉が終わる前に、ほぼ足が千切れてしまっている男は拳銃を出してハルトマンを撃った。
装甲が鳴るが、HPは1も減らない。
「で、なんだって?」
「・・・すまなかった」
「優しいじゃねえか、兄さん。なんでクズの下で兵隊なんかやってんだ?」
拳銃を撃ち切っても、トリガーを引き続けている男。パイルバンカーの杭で体を倒し、心臓に突き立てた。
雪が血肉で溶けて湯気が上がる。
北海道では資格を取って猟銃を所持し、狩猟や害獣駆除をする男も多い。父さんもそうだ。初めて連れて行かれた狩りは、冬だった。
撃たれて倒れた鹿の血が雪を溶かすと、こんな風に湯気が出たのを覚えている。「命はいつか天に還るんだ」そう言って父さんは、銃を背負って手を合わせて拝んだ。
父さんにはもう会えないし、同じ雪国でも北大陸は北海道とはだいぶ違う。それに俺はもう18で、もうすぐ生まれてくる子供の親になる。だがそれでも、幼い頃のように手を合わせて祈った。
「・・・妻も子供も、死んだ。いつ死んでもいいが、俺が兵になるのを拒めば村の年寄りも殺される」
「そっちの貴族はクズか」
「ダウィンズ様の領地に生まれていれば。俺達の村じゃ、酒の席になると必ず誰かが口にしたもんさ」
「なるほどね。生まれは選べねえもんなあ」
「悔しいが、そうだな」
「だが、生き方は選べるさ。そのダウィンズの兵が迎えに来たみてえだぜ。あっちにもトラックがあるんだな。媚びを売る必要はねえが、素直にしてりゃダウィンズの軍で使ってもらえるかもしんねえぞ。なんせ戦車の操縦なんて特殊な技能を持ってる兵は、職業持ちのいねえダウィンズ軍にはいねえだろうからな」
トラックは俺達の前で停車し、荷台から10ほどの兵が降りて捕虜をロープで縛り始めた。
「ヒヤマってのはアンタか?」
言ったのは拘束作業に参加していない、近接武器装備の兵だ。
コートではなく厚手の白い服を着て、その上から心臓や鳩尾を守るための部分鎧を装備している。
やはりマフラーで顔は見えないが、まだ若そうな声だ。
名前はジュード・ダウィンズ。
次期当主ってヤツなのかもしれない。
「ああ」
「父が礼を言いたいと」
「礼はいいが、話の途中だったんだ。北で干からびたようになって発見された部隊、その詳しい話が聞きたくてな」
「父が招かれた、巨大なトラックのような物は忽然と姿を消した。街に入れるのか?」
「入っていいならな」
「なら、街へ。手前にいた宙に浮く乗り物の連中にも伝えておく」
「無線って言ってな。離れてても会話が出来るんだ。気にしねえでいいぞ」
「・・・わかった」
男と話している間に、捕虜とそれを迎えに来た兵はトラックに乗り込んでいる。
素早い動きだ。寒いから急いでいただけかもしれないが、軍としてそれは悪くない。
助手席に乗り込んでマフラーを外した男。
目が合った。
やはり若い。俺と同じくらいか、少し下。
ハルトマンの目を忌々しげに睨みつけた男は、運転手の肩を叩く事で出発を告げた。