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亡国の将




 移動を開始して、1時間。

 見えてきた街の入口には、かなりの兵が集まっているようだ。

 スピーカーで声が届きそうな距離まで近づいても、固定銃座の銃口は弾を吐き出さない。

 戦車が出撃したという報告もないし、対話する気はあるという事だろう。


(そんじゃ、始めようか)

(こんな戦争もあるんだねえ。アタシじゃ考えもつかなかったよ)

(皆殺しにするだけが戦争じゃねえさ)

(姫様のスキルが役に立つかもしれないのか)

(ウイさんやタリエさんとお話していると、目指すべき将来が次々に頭に浮かんで来ます。まだスキルポイントはありますから、アドバイスをいただいて慎重にスキルを選択しないと)


 フェイレイ達とゲリラ戦をしていたので、アンはそれなりの高レベルなのだろう。

 シドを始末するまで俺達と行動して、その後にも国の再興のために戦闘を継続するのかはわからない。ただ、自分の将来を考える事はムダにはならないはずだ。


「クリーチャー化した殺人鬼を追って、北を目指している。この街で変死者は出ていないか、まずはそれを伺いたい」


 外部スピーカーで言う。兵士達がおもしろいくらいに慌てているのが見えた。

 心当たりがあるのだろうか。

 兵士の装備はファンタジー系の装備と、汚れたコートでボルトアクションライフルを担いでいるのが半々といった感じだ。どちらもマフラーのような物を首から上に巻いて、目だけを出している。

 男が1人、前に出た。

 マフラーはしていない。

 追いかけようとする兵士を手で制し、壮年の男はまっすぐにヴォーバンに向かっている。


(ダウィンズ・・・)

(早くも本人登場か。ガタイもいいし、職業持ちじゃなくてもクリーチャーの1匹や2匹は単独で殺せそうだな)

「鉄の巨人よ、変死者とは干からびたようになって死んだ者達を言うのだろうかっ!」

「いやいや、鉄の巨人ではないな。戦車のような機体に乗っているだけだ。干からびたというのを詳しく訊きたい。そこに私が行くか、貴方をこの車両の中に招待したい。どちらでも安全は約束するので、受けてはいただけないだろうか」

「そちらがその気になれば、我が街などすぐに壊滅できるだろう。どちらでも構わない」

「なら、暖かい中で話そうか。会わせたい人間もいる。ハッチ開放。・・・貴方から見て右の扉が開いた。ようこそヴォーバンへ、歓迎する」


 ハルトマンを収納して、甲板に着地する。

 ルーデルはスツーカで警戒を続けるようだ。


(いいのか、ルーデル?)

(ああ。ウィンドウで見てるから、気にしないで行って来い。もしあのダウィンズというのが暴れても、フェイレイさんがブチのめすだけだろうしな)

(正解。迎えにもアタシが出てるよ)

(・・・何もしてねえのに殴ったりすんなよ?)

(当たり前だろうが)


 信用できないと思うが、ヒナに迎えを頼むよりは気が楽だ。

 ハッチから中に入ってパワードスーツのヘルメットだけを収納し、ブリッジではなく食堂に小走りで向かった。


「あ、おかえりなさい」

「姫さんだけ。他はブリッジかい?」

「はい。フェイレイは同席するそうです」

「なるほどね。まあ、気楽にしてな」

「・・・はい」


 コーヒーメーカーからは湯気が上がっている。

 ウイかタリエが粉と水を入れて、スイッチを押していったのだろう。

 コーヒーの雫が止まる前に、ダウィンズを連れたフェイレイが入って来た。


「姫・・・」

「ダウィンズ・・・」

「フェイレイ、失礼な事はしてねえだろうな?」

「当然だ。敵にしちゃマトモな部類の男みてえだし」

「敵味方ってのは、今だけ忘れろ」

「王都の道端で犯された幼い女の子も、今も南でクスリ漬けにされて毎日毎日犯される女の子も忘れろと?」

「そうだよ。このダウィンズって男がやってる訳じゃねえんだ。忘れる気はねえってんなら、ブリッジに上がってろ」

「チッ・・・」


 何も言わないが音を立てて椅子に座ったので、すぐにダウィンズをどうこうする気はないのだろう。フェイレイは俺が思っていたより気性が激しく、そして優しい女のようだ。

 コーヒーを4つのカップに注いで、両手で運ぶ。

 アンとダウィンズはまだ見つめ合っていた。


「座って下さい、ダウィンズ卿。まずは俺とフェイレイの自己紹介ですね」

「・・・失礼する」

「これ、コーヒーです。ミルクはそのちっこいポーション。砂糖は棒状の小さな紙袋ですので、ご自由にどうぞ」

「ありがとうございます」

「アタシは氷の浮いてるのがいいぞ、ヒヤマ」

「自分でやれっての」


 アンと向かい合う位置に、ダウィンズは腰掛けている。アンの隣がフェイレイだ。

 俺も話しやすいよう、アンの隣りに座った。


「私はコウジ・ヒヤマ。南の大陸で、王様なんてのをやってます」

「お、王ですと。このような戦力を持つ国の王その人が、姫を連れて・・・」

「まあその辺は、国と国との話ですのでね。簒奪者に領地を保証された地方貴族の方に、お話できる事はありません」

「保証など・・・」

「されていないとでも? なら同じ反乱軍だった貴族達が敵味方に分かれて共食いを始めるのも、そう遠い話ではありませんね」

「・・・すでに兆候はございます」

「正直なお人だ。フェイレイも自己紹介くれえはしとこうぜ」


 コーヒーを不味そうに口に運んでいたフェイレイが、ダウィンズを睨みつける。

 視線だけで人を殺せそうな殺気だ。


「稀人のフェイレイ。反乱軍の首都侵攻時に姫様を助け、その後はゲリラ戦を展開していた。反乱軍の村に潜入した事もある。それだけ言えば、わかるな?」

「・・・許せぬでしょうな。あの反乱に加担した者のすべてを」

「当然だ!」


 これは、面倒な話し合いになりそうだ。


(ボス、サンがあの街に接近中の軍勢を発見。トラック5。戦車が3です)

「ダウィンズ卿。街に帰還予定の部隊がおありで?」

「いえ、北に狩りに出かけた部隊が干からびた死体となって発見されたので、部隊は動かしておりません」

(たーくん、敵はどっちだ?)

(街を挟んだ反対側です。まだ遠いですが、1時間もあれば視認可能かと)

「やれやれ。ダウィンズ卿。街の反対側から、トラック5台と戦車3台が接近中。敵ですか?」

「・・・おのれズサッド。アン姫さま、この場は失礼いたします。戦闘が終わったなら、どんな責めもこの身に受けますれば。御免」


 立ち上がったダウィンズを、フェイレイが追う。

 ミツカに善行値を聞いてはいないが、名前も赤表示ではなかったし、ダウィンズはなかなかの人物に見えた。

 戦力が足りないようなら、ハルトマンで戦車を潰すくらいはしてやるか。

 食堂の隅にある階段に向かった俺をアンが不安そうに見たので、ブリッジで待っていてくれとだけ言って走り出した。


(ヒヤマ。走りながら訊いたが、あのおっさんの街には戦車はねえんだとよ)

(銃座も戦車の装甲を撃ち抜けそうにはねえしな。ハルトマンで出る。フェイレイは大嫌いな元反乱軍のダウィンズを見殺しか?)

(煽ってくれるじゃねえか。反乱軍はクズの集まりでも、街に住む人間に罪はねえ。イグニス、ハンガーで合流だ。ホバーでアタシ達も出る!)

(はいっ)

(フェイレイ、私も連れて行って)

(姫様。でもなあ・・・)

(見たいのです、この目で)


 アンの口調には、決意が滲んでいる。

 フェイレイもそれを感じ取ったのだろう。ため息が無線から聞こえた。


(着いて来るなら急ぎな)

(はいっ)

(ヒヤマ、私達はどうします?)


 甲板に飛び出して、ハルトマンを装備する。

 スナイパーライフル。収納口は、本当にパカッと開いた。今の俺なら、これを持ったまま走れるはずだ。


(ヴォーバンじゃ街には入れねえ。出来ればここで待ってて欲しいんだが)

(ハンキーかヘリなら、歩兵の押さえくらいは出来ると思います)

(どうしてもってんならヘリだ)

(了解です)

(ヒヤマ、俺のスツーカはフェイレイさんのホバーと一緒でいいな?)

(助かる。たーくん、戦車はどうしてる?)

(速度は落としていません。まだ主砲の射程外でしょうし)

(ウイ、うちの戦車の射程は?)

(5000ほどですね)

(なら俺は、身を隠して大回りで先行する。ルーデル、戦車は任せてくれ)


 ヴォーバンの甲板から飛び降りる。

 積雪は、ハルトマンの膝下。これなら移動も可能だろう。


(何人いるかまだわからんが、歩兵は俺達か。気をつけてな)

(いつもの狙撃だ。問題ねえさ。終わったらそっちを手伝いに行くよ)


 走る。

 思った通り、走れた。

 ダウィンズの兵士がこちらを指差しているが、街中を通るつもりはない。街を迂回して、高台でも探すつもりだ。


(ボス、イー達のレーザーで先制攻撃も可能ですが)

(まだ敵って決まった訳でもねえからな。戦闘になるとすりゃ戦車の遠距離砲撃で開幕か、降伏を促す使者でも立てるはずだ。砲撃なら配置について砲身を動かす前に俺が潰すし、使者が来るならダウィンズのおっさんの選択待ちだ)

(了解。ダウィンズ卿が戦闘を選択すると同時に、ニーニャが修理できるくらいにトラックを破壊させます)

(そうなると戦車も鹵獲してえな・・・)

(待ってろ、ヒヤマ。ダウィンズという男に、射程外ならキャタピラを破壊するだけでもいいか確認する)

(ありがてえ。全力で走るぜ)


 戦車は少しでも街から離れた所で立ち往生させたい。

 苦し紛れの盲撃ちで、街の住民に被害が出るなんてゴメンだ。


(ヒヤマ、ヘリからの視界です。狙撃に良さそうな高台もいくつかありますよ)

(ありがてえ。さすが観測手、気が利くな)


 ハルトマンの進行方向。

 ウイの見ている上空からの景色。

 どちらにも気を配りながら、網膜ディスプレイの地図にマーカーを設置した。

 これで、網膜ディスプレイの下部に黒のマーカーが表示される。目的地は、街からだいぶ離れた高台。それに身を隠すルートで、とにかく走り続ける。


(ヒヤマ、最後通牒はもう突きつけられた後だそうだ。戦車がいるなら射程内に入ったら砲弾が降り注ぐからと、ダウィンズは住民を避難させている)

(避難先は?)

(地下に手掘りのシェルターがあるらしい)

(悪くねえ指揮官だな。姫さん、味方に引き込んだらどうだ?)

(・・・ダウィンズは、私達を許せなかったから反乱に加担したのだと思います。そして私達は、反乱軍の蛮行が許せない)

(だから話し合えって言ってんのさ。その頃の姫さんは現実を知らねえガキでしかなかったが、今は現実を自分の目で見て判断しようとしているんだ。肚を割って話せば、わかり合えるかもしんねえぜ?)

(そうなのでしょうか。そんな事が、本当に・・・)



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