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リディー




 言葉と共にパワードスーツが厚手の白いワンピースに変わり、豊かな金髪が肩から溢れる。ニーニャと同じくソバカスがチャームポイントの、将来が楽しみなかわい子ちゃんだ。

 男にしては声が高いのではなく、女の子にしては声が低かったらしい。


「そうかい、リディー。あれだ、牛乳を飲むと乳が大きく育つらしいぞ?」

「・・・最低」

「だから女性にそんな冗談を言うんじゃない、ヒヤマ。すまないな、リディーちゃん。座ってお茶でも飲もう。このヒヤマは職業持ちの女性には無条件で好かれるスキルを、神に与えられていてな。そしてこの優しい男は、自分に女性が惚れたせいで、その人生を歪めてしまったなどと1人で気に病んでいるんだ。だから品のよろしくない冗談で、少しでも距離を置こうとするのさ。許してやってくれ」

「・・・そんなんじゃねえっての」

「そういう事にしておきたいなら、好きにするといいさ」

「えっ!」


 パワードスーツを革製の飛行服に変えたルーデルを見て、リディーが言葉を失っている。

 どうやら北大陸では、グールは人前に出てはいないらしい。


「これか。・・・醜い姿だろう?」

「い、いえ」

「大戦時になんらかのウィルスに感染したらしくてね。本人の心の持ちよう次第では、人間と同じように暮らせる。だがクリーチャーのように、寿命がないらしい。その分レベルアップに必要な経験値も跳ね上がってるから、ウイルス兵器としては失敗作だったんだろう」

「じゃあ、本当にホンモノの空の英雄・・・」

「その呼び方はくすぐったいがね。どうやら飲み物は紅茶のようだ。お砂糖はいくつかな?」

「砂糖なんて、そんな高価な物は・・・」

「甘いモン、嫌いか?」

「嫌いになるほど口にした事なんてない」

「なら3つくれえ入れちまえばいい。菓子もあるぞ。ほれほれ」

「出し過ぎだろう、ヒヤマ。そんなに食いきれるものか」

「余ったら持たせてやりゃいいだけだって。コックピットでメシを食うスキルもあるって言ってたし。ほれ、座って飲め。そして食え。それまで話はしねえぞ」


 リディーはリディーで、俺達に訊きたい事があるのだろう。

 素直に座って紅茶を飲み、ハンバーガーとサラダを平らげた。上品な食べ方なので、しっかりした親に育てられたのだろう。

 菓子は1つだけ口にしたが、チョコを口に入れた後の蕩けるような笑顔は、歳相応のかわいらしいものだった。


「まだあるから、もっと食っていいんだぞ?」

「もう入らない。・・・ごちそうさまでした。こんなに美味しい物を食べたのは初めて」

「お気に召したならなにより。それで、なんでヘリを追ってたのか話してくれるか?」


 ニーニャとイグニスと同じくらいの子供、それも女の子相手に尋問なんてしたくはなかった。出来るなら自発的に話してもらいたい。


「数日前、街を訪れたのがあなた達」

「ああ、あの職業持ちのおっさんの街か。急いでたんで物資の提供も忘れててな。帰りに寄って、修理なんかもしてくつもりだったんだ。壊れた機械とかもあるんだろ?」

「それは、ある。でも父は一般修理スキルを持っている」

「門で俺と話したのが親父さんか?」

「そう」

「ふーん。無事なビルもあったし、修理スキルがあるならいい暮らしをしてるんだろうな」

「贅沢には縁がない。皆が同じものを食べ、同じ時間を働いて暮らす」

「で、その仕事の一環で尾行してたって訳か」

「子供は簡単な仕事しかしない。時間も大人に比べたら、半分も働かせてはもらえないし」

「じゃ、リディーは特殊な仕事をしてるって事か」

「これは、仕事じゃない。私は、誰にも言わずに街を出た」


 ルーデルと顔を見合わせる。

 戦闘続きの北大陸。明日も場合によっては1戦やらかすかと思っていたところに、家出少女の登場だ。正直、どう接するべきかわからない。


「リディーちゃん、詳しい話を聞かせてくれるか?」

「・・・はい」


 リディーが語り出す。

 貧しくはあるが、平和な街の暮らし。

 父は街を作った家系の人間で、リディーにはたくさんの兄弟がいるらしい。

 その兄弟には善行値が見える職業持ちもいて、俺の数値なら街の場所を知られても問題はないとリディーの父は判断した。俺が隠れ里なら口外しないと言ったのも【嘘看破】持ちが本当だと告げたのだろう。


 あの街の教育では、外の人間とは絶対に関わるなと教えられる。それがリディーには不思議だった。親兄弟に理由を訊ねてみると、何代か前の先祖が外と交易をなそうとして貴族に殺されかけたのだという。


「なるほどねえ」

「私達の街にも、犯罪に走る者はいる」

「そりゃそうだろ。でもリディーの親父さんが犯罪者になったとして、そのまま街の責任者でいるか?」

「そんなの、兄達が許さない。父は殺されるか、良くて強制労働」

「いい街じゃねえか。でも外は違う。貴族って特権階級が好き勝手やって、国が滅びかけてるのが現状なんだよ」

「そうなの?」

「間違いないよ、リディーちゃん。だから朝まで休んだら、街に帰るといい」

「つか雪原を血に染める戦闘機乗りなんて職業なら、無線スキルもあるんだろ? 今すぐに親兄弟に無線してやれ。どんだけ心配してっか」


 もし俺の娘が知らない間に家を出て、無線にも答えなかったらと思うとゾッとする。


「無線はする。でも、街には帰らない」

「どうすんだよ?」

「私を連れて行って欲しい、ハンター」

「・・・は?」

「これでもポルでの偵察なら誰にも負けない。お願いだ、ハンター」

「待て待て。着いて来てどうするってんだよ」

「私は外の世界が見たい。そのために、飛行機乗りとして生まれてきたのだと思う」

「気持ちはわかるが・・・」


 これは困った。

 ルーデルを見ると、タバコを出しながら何かを考えているようだ。

 同じ飛行機乗りだし、リディーは空の英雄を知っているらしい。ここは説得を任せるか。


「リディーちゃん。あの街に戦闘機はあるのかい?」

「ポルだけです。滑走路もないし、戦闘機があっても・・・」

「なら、親御さんに許しをもらえるかどうかだな。あのドアの向こうにはリビングルームがあってね。女性達はそこにいる。リディーちゃんと同じくらいの子も2人いるんだよ。だから危険がまったくない事はないが、女の子が同行しても不自由はない。説得できるかは、リディーちゃん次第だな」

「すぐに無線で許可をもらいますっ!」


 リディーは満面の笑みを浮かべ、網膜ディスプレイを操作している。


「おい、ルーデル・・・」

「すまん。だが見てられなくてな」

「どういう意味だ?」

「ポルには、良くてあと1年ほどしか乗れないだろう。あれはニーニャちゃんでもどうしようもないほど、拡張性のない機体だ。飛行機乗りとして生まれ、空を飛べずに暮らすなど地獄の日々なんだよ。俺はヒヤマのおかげで翼を取り戻したが、このままではリディーちゃんは翼を失う。おそらく、永遠にな」

「ルーデル・・・」


 あの街にどれだけの人間、そして職業持ちがいるのかは知らないが、貧しいというからには人的余裕はないのだろう。リディー1人のためだけに、飛行機の捜索など出来るはずもない。


「見たところ、おそらくレベルは1桁。北大陸じゃ俺もヒヤマのパーティーに入ってるが、なんなら南に連れ帰って俺とジュモとパーティーを組んでレベルを上げてから、故郷に送って来てもいい。面倒は俺が見るから、許してくれないか?」


 リディーは飛行機乗りとして空の英雄の弟子になる、って事か。

 それなら、俺が口出しする必要はない。


「・・・手は出すんじゃねえぞ?」

「おいおい、ヒヤマが言うか。約束するよ」

(ウイ、聞いてるよな?)

(ええ。ニーニャちゃんとイグニスちゃんの、いい友達になってくれるでしょう。反対はしませんよ)

(ありがてえ。話が終わったらリビングに行かせる。よろしく頼むよ)


 リディーは父親との無線を終えたのか、膝に両手を置いて笑顔で俺達を見ていた。


「親父さん、なんだって?」

「空の英雄によろしくと。北大陸まで送ってもらったポルのパイロットは空の英雄の教えを守って戦後、わずかばかりの生き残りを率い、深い森に分け入って私達の街を作り上げたと」

「リディー・パズースキー。そうだ。俺達の基地でしばらく暮らした少年パイロットの名は、たしかワフィー・パズースキーだった・・・」


 そんな偶然があるのか。


「先祖です」

「縁があったんだなあ。にしても、ルーデルの弟子か。俺を兄貴だと思っていいからな、リディー」

「やらしい兄は遠慮したいです」

「言うねえ。そのドアの向こうに、俺の嫁さん達がいる。シャワーもあるから、挨拶したら汗を流して寝ちまえ。明日からコックピットで修行だろ。パーティー申請と【映像無線】の申請を飛ばしとくから、許可だけしとけ」

「弟子なんて大層なものじゃないけどな。よろしく、リディーちゃん」

「はいっ!」


 リディーが緊張した表情を浮かべてリビングに消えると、ルーデルはようやくタバコに火を点けた。そのライターの火で、俺もタバコを吸う。

 言葉はない。

 ジュモは口を挟まずに、ずっと副操縦席だ。


「空か・・・」

「ポルは短距離離着陸が可能だ。暇を見つけては上がってたんだろうな。悪くない腕だった。とても初期スキルしかない女の子の操縦とは思えないほどにな」

「パーティーには入った。すぐにレベルは上がるだろ」

「レベルだけじゃダメさ。必要なのは飛行機乗りとしての経験なんだ」

「いいパイロットになりそうか?」

「ヒヤマが善人だと知っていたとしても、従わなければ撃墜すると着陸を命じられてあれだけ落ち着いていられたんだから、素質はあるだろう」


 不測の事態でパニックになるような人間は、パイロットになどなれないという事なのだろう。陸で戦う兵士もそうだ。


「運び屋から無線だ」

「へえ。そういや俺達、指揮車をフォートレスって呼んでっけどさ。要塞って異名はHTAの・・・」

「ブロックタウンにオーガが30」

「なにっ!?」

「ヘーネに複座で運んでもらうから声をかけたらしい」

「まあ、フェンスさえ破られなきゃ問題はねえな」

「グースとグリンがトラックでその場に居合わせてるそうだ」

「・・・マジかよ。ムチャして怪我でもしなきゃいいが」

「だな。心配だろうから、随時連絡をすると言ってる」


 運び屋の言葉を、ルーデルが伝えてくれる。

 複座の後席からブロックタウン視認。それと同時に、数匹のオーガが吹っ飛ぶ。グリンの機銃だろう。ニーニャが見張り台に据え付けたガトリングガンも、役に立っているようだ。ダンさんだな。

 荒野に着陸。

 キャノピーが上がって、運び屋が飛び降りる。

 すぐにHTAを装備したそうだから、もう安心だ。

 トラちゃんもブロックタウンのフェンスも破損していないとの事なので、怪我人もなさそうだ。

 数分後、グースとグリンは無事だと言われ、俺は大きく息を吐いた。どうやら、かなり緊張していたらしい。


「良かった・・・」

「兄貴は大変だな」

「ルーデルもだろ。飲むか。弟達は、逞しく育ってるらしい」

「ツマミは、グリンがフーサにブローチを贈った話だな」

「おいおい、楽しそうな話じゃねえか。詳しく聞かせろって。それからグリンに【衛星無線】だ、ルーデル」



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