お姫様
「フェイレイは、なんで姫様に協力してんだ?」
「言ったろ。戦争しかしてねえ世界から来たって。他に出来る事がねえんだよ。戦う以外に、メシを得る方法を知らねえ。どうせなら、かわいい女のために戦う方が気分がいいじゃねえか」
「セミーとチックは?」
「反乱軍はクズ。国軍もクズが多いけど、姫様はマトモだったからねえ」
「おそらく反乱軍の中にも、マトモな人間はいるぞ? 離れてるから見えねえだけだ」
「なら、成り行きかな。報酬も、ほぼ後払いだけど出すって約束してくれたし」
「チックは?」
「セミーに付き合ってるだけだ。正直、どうでもいい。人がいりゃ争うのは当然なんだから。特に北大陸に思い入れもねえしな」
「で、勝てると思って戦争してたのか?」
セミーとチックは苦笑いしながら首を横に振る。フェイレイはそれを見て、驚いているようだ。
「そんな顔をすんな、フェイレイ。オレ達の戦争は時間稼ぎでしかねえんだ。この1年でずいぶん反乱軍の基地を潰したらしいが、このペースでやったら全滅させるまで何年かかると思う?」
「・・・知らん」
「計算してみたら、約30年だ。今の反乱軍は女を兵士の娯楽のために使い潰してるが、兵士が足りなくなりゃ家畜のように子供を産ませて戦力を増やす。30年あれば、とんでもない人口になるだろうな。それでも勝てるってのか?」
「それは・・・」
フェイレイも、戦争の勝敗が兵士の数で決まる事がほとんどなのは知っているのだろう。
だが、その兵士の数を知らなかった。
戦闘には勝っている。だからいつか、戦争にも勝てるだろう。そんな考えだったはずだ。
「ここまで話して感じたのは、フェイレイは兵士だって事だ」
「おう。ヒヤマもそうじゃねえのか?」
「まあそうだ。セミーもチックもな。そして戦争は、兵士だけじゃ勝てない」
「指揮官か・・・」
「まずそれを探せ。そんで南の拠点に近い集落を守ってやれるくらいに兵を鍛える。それでやっと、スタートラインだな」
「というか、どうしようもない国だから反乱軍が大群を組織したのに、自分達のどうしようもなさを改めようともせずに戦争を継続して、誰が得をするんです? 姫様と貴族のためにしかならないじゃないですか」
ウイにはっきりと言われ、アンがうつむく。
「ウイ、だったよな。ならどうすればいいってんだい?」
「宰相か摂政か知りませんが、姫様側の邪魔者は死にました。国を治める事が可能なら、その国を良くする事が本当に可能なら、南の拠点を街にまで発展させるなど簡単でしょう、フェイレイさん。そこから始めたらどうなのですか?」
「ですがそれでは、今まさに虐げられている民が!」
姫様が泣きそうな顔で言う。
ウイを悪者にはしたくねえし、俺が話すか。
「民が虐げられていたから、反乱軍なんてモンに人が集まったんだろ。なに言ってんだ、姫さん?」
「それは・・・」
「違うとは言わねえよな。今は各地に散って略奪に励んでるらしいが、王都から王様と貴族を追い出すために集まった連中は、自分達がいい事をしたと思ってるはずだぜ。そんで反乱軍の中には、略奪なんかせずにクリーチャーから集落を守り作物を育て、山分けした領地の暮らしを良くしようって人間もいるはずだ。姫さんはソイツが悪で、自分が正義だとでも思ってんのかい?」
「そういや、南に平和な村があった。反乱軍の兵隊が子供と遊んでてな。3日ほど観察したが、のんびりと暮らしてたよ」
「それを姫さんには見せなかったのか、フェイレイ?」
「見せるどころか、話すのも初めてだ。村の偵察はホバーじゃなく、アタシが徒歩で行くからな」
「そんな村が・・・」
実際にそんな光景を目にしていれば、アンも自分で気がついたのかもしれない。
「会ってまだ数日ですが、私はセミーさんとチックさんを身内だと思っています」
ウイがそこまで言うか。
セミーは嬉しそうで、チックは意外そうな顔だ。
「そのセミーさんとチックさんを捨て駒のように扱うあなた方に手を貸すなど、本当はしたくありません」
「捨て駒になど!」
「していないのですか、本当に?」
「当たり前です!」
「軍艦を2人だけで沈めてこいと命令するのは、捨て駒のように扱うのとは違うのですか?」
「そんな馬鹿な命令など」
「されたな。断ったら傭兵としての身分を剥奪するから、そうすればただの平民になるセミーを貴族全員でかわいがってやるとも言ってた」
「そんな・・・」
チックの言葉が、よほどショックだったのだろう。興奮して立ち上がっていたアンは唇を戦慄かせながら、崩れ落ちるように椅子に戻った。
「戻って貴族だけぶち殺すか、ルーデル」
「それがいいかもな」
「ルーデルさんまで。2人なら簡単に出来そうで怖いから、冗談でもやめて下さい」
「ステファンは止めなかったのですかっ、チック!?」
「止めるどころか、それがよろしかろうとか言ってたな」
「ならドッセルは! 彼ならそんな命令を許したりはっ!」
「ドッセルのおっさんは、姫様の前以外じゃ勝手に口を開くだけでムチで打たれる。止められるはずがねえだろ」
「口を開いただけでムチ打ちなんて・・・」
どうやらアンには、貴族の横暴は伝えられていなかったらしい。
俺ならすぐに事情を話して対応させるが、なぜセミー達は黙っていたのだろう。
「こんな事実さえ伝えられないほど、貴方は子供なのです。現実を告げれば子供らしい正義感を振りかざしてドッセルさんを救った気になって、その人の立場をさらに悪くしたと思いませんか? 今はガマンして国をこう変えてゆこうとか、いっそ横暴な貴族は事故に見せかけて始末してしまえなんて絶対に言えないでしょう。だから、皆さんは黙っていたのですよ。セミーさんとチックさん、フェイレイさんとイグニスちゃん。たった4人で、彼女達はどんなに苦労して戦っていたか。お姫様にはわからないでしょうね」
「っ・・・」
「そんくれえにしとけ、ウイ」
「・・・はい」
「そういうわけで姫さん。俺達が北東での戦闘に手を貸すのは、フェイレイに楽をさせるためでしかねえ。シドを殺ったらフェイレイは、また戦争を続けるんだろうしな。ルーデル、シドの故郷までどうやって進むんだ?」
今度は軍隊相手の戦闘になる。
反乱軍の武装がどの程度かは知らないが、気は抜けない。
ホバーに乗っていれば危険はないのか。それとも、ホバーの軽装甲など簡単に撃ち抜く武器を持っているのか。
ハルトマンなら大丈夫だとは思うが、高速での移動や長時間の移動にHTAは向かない。
「そうだなあ。フェイレイさん、反乱軍の武器は?」
「歩兵はボルトアクションライフル。基地には機関砲なんかもある」
「車両は?」
「歩兵はトラックに乗せて移動する事が多いが、ここまで北上するとどうなんだろうねえ。ここから北東を偵察したのは夏だけど、戦車は何台かあったよ」
「だから南で戦っていたのか。ヒヤマ、ハルトマンのコックピットで待機になるがいいか?」
「当然。待つのは得意だよ。スナイパーライフルを持って、ヘリにぶら下がってりゃいいんだよな」
「そうなる。ハルトマンが前で、スツーカが後ろだな」
「ハルトマン? スツーカ?」
ルーデルがフェイレイにHTAの説明を始める。
戦車を再優先で潰すか。
いや、基地に機関砲があるというなら、それはどこかの遺跡から運び出した物だろう。高射砲なんかもあるのかもしれない。まず潰すべきは基地の固定兵器だろう。
「そんなモノがあるのかよ・・・」
「ホバーや戦車とは違って、HTAの性能を決めるのはコックピットの人間だ。機体は余っちゃいるが、フェイレイとHTAで戦うのはちっとばかし厄介そうだからなあ」
「寄越せなんて言わねえよ。そのうち自分で見つけてやる」
「敵対しないと約束してくれるなら、1機くらい融通してもいいんじゃないか、ヒヤマ?」
「・・・マジか。相当の腕だぞ、フェイレイは。ホバーのキャノピーを開けた瞬間から、いつでも拳銃と短剣を抜ける姿勢のまんまで話してっし」
「まあわかるがな。レベルもヒヤマより上だろう。だが北大陸では、いつも俺が隣にいるのを忘れたか?」
そう言ってルーデルはタバコを咥え、ニヤリと笑った。
カッコイイなあ、畜生・・・
「あの、それならいいスキルがあります」
言ったのはアンだ。
まだショックを引きずってはいるようだが、フェイレイの目をまっすぐに見つめている。
「誓約スキルかい、姫様?」
「ええ。降伏したのだから使おうと思ってたんだけど、あれは紙に何項も書けるでしょう。私はヒヤマ様に逆らえば死。フェイレイはヒヤマ様と敵対したら、いただいた乗り物には乗られなくなる。そんな条件でどうかしら?」
「待て待て待て待て」
「どうした、ヒヤマ?」
「女子供に誓約スキルなんか使わせるかっての。いいからもうこの話はなしだ。赤熊の部隊のHTAは防弾板が装備されてっけど、うちのニーニャに改造してもらってから使えよ?」
「うちの王様はお優しいなあ」
「からかうなって、ルーデル。俺とジュモの目で集落や基地を探して、兵隊だけいる場所なら攻撃するって事でいいのか?」
「可能なら住民が虐げられているのかも確認してくれ。クリーチャーから住民を守るための武器を潰したんじゃ、ヒヤマは気に病むだろうからな」
戦争に俺の甘い考えなど入り込む余地はない。
「姫さんとフェイレイ次第だ。【映像無線】の申請を送る。・・・行ったな。許可をくれ。それで俺の視界を、それぞれの網膜ディスプレイにウィンドウ表示できる」
「便利なスキルを持ってやがるなあ。許可っと」
「ありがとうございます、ヒヤマ様。この目で、しっかり見ようと思います」
今まで何も見てこなかった分、これからは注意してこの国の現状を見ようというのだろう。アンはニーニャより少し年上くらいのようだが、悪くない目をしていた。
「そんじゃ、行くか」
「ああ。フェイレイさん達はヘリでゆっくり休むといい。ずっとゲリラ戦をしてたのだろうからな」
「そういや少し臭うな・・・」
「ヒヤマ!」
ウイの怒声と一緒にデコピンが飛んできた。
「いって。いきなり何すんだよ、ウイ?」
ウイが顎で示した先には、涙目でプルプル震えながら自分の服の匂いを確認するアンがいた。
フェイレイは平気そうだが、やはり匂いは確認している。
「あー。大丈夫だ、姫さん。俺は感知力が高いんでな。気にするほどは臭わねえよ。申し訳なかった」
「ごめんなさいね、アンちゃん。うちのヒヤマには、デリカシーの欠片もないの。ヘリにはシャワーもあるから、中で汗を流しましょう。南のかわいい洋服もたくさんあるわよ。それとヒヤマ、3人にパワードスーツを提供してもいいですよね?」
「おう、よろしく頼む」
「あ、あの、ウイさんは私が嫌いなんじゃ・・・」
「嫌いなのは、何も見ていないのに平気で他人に人殺しをさせる子供。でもちゃんと見ると決めたなら、お友達にだってなれるわ。残念だけど、南まで送って行く時間的余裕はないの。これからよろしくね、アンちゃん」
「は、はいっ!」