北の聖騎士
「にしても、名前が中国語で123かよ。ウイが教えたんか?」
「いいえ。ニーニャちゃん、何から名前を取ったの?」
「マージャン!」
「まさかの麻雀ですか・・・」
「運び屋だな。子供に何を教えてんだか」
話しながらフォートレスに入る。
通路は、空母に似ているようだ。ハッチは閉めたのだが、中の空気はまだ暖まっていないのでパワードスーツは脱げないらしい。
ニーニャに案内され、最も暖かいという食堂に入った。
「ここなら普段着でいいよう」
「了解。ハンターズネストの食堂よりは狭いが、ルーデル達がいても全員でメシを食うのに問題はねえな。明日までのんびりすっか」
「そうですね。コーヒーメーカーやコンロは使えるのかしら、ニーニャちゃん」
「うん。でもタンクが空っぽだったから水は出ないよー」
「うえっ、トイレに行きたかったのに・・・」
「大丈夫か、ミツカ。どれ、腹をさすってやろう」
「漏れるわ!」
「困りましたね。無限水筒で補給するにしても、この大きさの車両では・・・」
「雪かきするのが早いねえ」
「は?」
さっきナパーム弾で盛大に雪かきをしたのに、またやるのだろうか。
「もしかしてニーニャちゃん、フォートレスは雪を溶かして生活用水に出来るの?」
「うんっ」
「運転席に行こう。そして試運転をしよう。あたしの膀胱がギブアップしないうちに!」
「ミツカ。まあ座ってお茶でも飲んでから出かけようぜ」
「頼むからそういう冗談はやめてくれよ。ダメだって言っても、運転手はあたしなんだから勝手に動かすからなっ」
「へいへい。ほんじゃ休憩はもう少し後でだ。行こうぜ、運転手」
「ありがたい!」
「案内するねえー」
ウイ達は食堂に残るのかと思ったが、それなりに運転席にも興味はあるらしい。全員で靴を鳴らして通路を歩く。
食堂や他の部屋よりも大きなドア。
その先には、ヘリのコックピットよりも広い空間が広がっていた。
「なんだこりゃ。運転席ってよりブリッジじゃねえか」
「運転手じゃなくて操舵手みたいだねえ、あたし」
「こんな大きい物をミツカ1人で動かせるのですか? 計器が並んでいる席が4つもありますけど」
「前方中央、ハンドルのある席がミツカお姉ちゃん」
ミツカが移動する。
一段高い席が中央にあるので、姿が見えなくなった。俺も少し移動すると、ハンドルやシフトレバー、足元にペダルが見える席にミツカが座る。
「その右が砲の操作。ウイお姉ちゃんだね」
「なるほど。ここで撃てるのね」
「左がハッチの操作とか除雪、それを生活用水にする人の席だからニーニャかなあ。艦長席はどうするの、お兄ちゃん?」
「タリエに頼む」
「あら。ヒヤマじゃないの?」
「俺は戦闘に出るからな。前から考えてたんだ、頼む」
「・・・わかったわ。出来るだけ巧くやるわね」
ヒナとたーくんと一緒に、壁際の邪魔にならない位置にある席に座る。
4人はそれぞれ、自分が座る席で出来る事の確認をしていた。灰皿が備え付けてあるので、ヘルメットを装備解除してみる。少し寒いが、問題はなさそうだ。
俺がタバコを吸い終える前に、ミツカが振り返ってタリエを見上げた。
タリエが頷く。
「フォートレス、発進!」
アニメとか見せたら、ミツカはドハマりするんだろうなあ。
どれだけの時間眠っていたのかはわからないが、フォートレスは何の問題もなくスムーズに動き出した。ニーニャが修理系最上スキルでも使ったのだろうか。
「思ったより振動も音もねえな」
「イー、アル、サンも移動を開始しました」
「常に護衛の戦闘機が上がってるようなモンか。昔の北大陸には、優秀な人間が多かったんだなあ」
「大戦時の記憶はほとんどありませんが、他人を呪うだけの人間も多かった気がしますよ」
「そんな長生きしてんのか、たーくん」
「少なくとも、ルーデルさんの誕生と同時期にはすでに稼働していたかと。目覚めたのはニーニャが6歳の時ですが」
「これからもニーニャを頼むよ」
「・・・はい」
グールになって老衰では死ねなくなったルーデルは、俺や運び屋、親しくなった人間達の死を看取るのが怖いと言っていた。たーくんも、そうなのかもしれない。
フォートレスの速度が上がる。
慣らし運転は終わりだという事か。車体の大きさにしては、かなりのスピードだ。
「雪かき完了範囲の切れ目を視認。雪かきしてない場所はすごい積雪。まるで壁だよ」
「ウイお姉ちゃん、砲口の密閉は?」
「問題なしよ」
「それじゃミツカお姉ちゃん、フォーちゃんがネズミで、雪の壁がおっきなチーズのつもりでゆっくり進んでー」
「そんな事したら、雪の壁が崩れてフォートレスが埋まるでしょ、ニーニャちゃん!?」
「大丈夫、タリエお姉ちゃん。雪の壁が氷の壁でも、フォーちゃんなら進めるよっ」
ブリッジのようなこの場所は、フォートレスの前部にある。
そのさらに前の部分。地球の車のエンジンが積んであるボンネットのような場所が、雪の壁をどうにかするのだろうか。
「除雪開始しまっす!」
ニーニャが笑顔で手元の機械を操作すると、大きな音と振動が起こった。
「かなりの音だな」
「これでは敵に居場所を知らせるようなものですが、除雪しながら進む状況なら問題ないという判断で設計されたんでしょうね」
「この世界の設計者のアタマはどうなってんだ。この大きさの車両を運用するくらいなら、武装除雪車を先頭に兵員輸送車や補給車の大部隊を編成する方が楽だろうによ。道も選ばねえし」
「生産系の最上スキルを使用して作ったからじゃないですか。とてもこんな物を、工場で生産したとは思えません」
「・・・なるほどね」
崩れた雪にブリッジの防弾ガラスが埋もれたりしたが、その度にニーニャが雪をすぐに除去した。理屈はわからないが、想定内の事らしい。
「生活用水タンク、洗浄開始。艦内気温も安定っと。もう普段着で歩き回っても大丈夫だよー」
「こ、ここから水を貯めるのか・・・」
「洗浄した水はトイレ用のタンクに行くから、あと30秒あればトイレは使えるよー」
「ありがたい。タリエさん、トイレに行く許可を!」
「フォートレスを停止させたら、すぐに行ってらっしゃいな」
「ありがとう。・・・よし。いってきます!」
ミツカが走ってブリッジを出てゆく。
運転席が空いたので、立ち上がって観察してみる事にした。パワードスーツを着ているのは苦ではないが、せっかくなのでTシャツとジーンズに着替える。101プリントのTシャツは、今でも俺のお気に入りだ。
「除雪アームを出して、周りの雪ももらっておくねーっ」
「そんなんもあんのかよ、ニーニャ」
「うんっ。だってフォーちゃんの後ろには戦車隊がいる訳でしょ。接敵したら戦車隊が前に出るんだから、フォーちゃんを追い越せなきゃ全滅しちゃうもん。そのために左右を除雪するためのアーム」
「雪の上でも進めるんが戦車の強みだが、ヘリが着陸できねえほどの積雪だもんなあ。どれ、運転席はと。・・・見事にわからん」
「スキルがなきゃムリだよう」
「らしいな。なら俺は探検でもしてくるわ。食堂に戻る時に無線をくれ」
「それはいいですが、トイレでミツカにいじわるしたりしたらいけませんよ?」
「俺は変態じゃねえって。ほんじゃ、また後でな」
ブリッジを出ると、スッキリとした表情のミツカが歩いてくるのが見えた。
チッ。終わんの早えなおい。
「あれ、どこ行くんだヒヤマ」
「ブリッジじゃ俺に出来る事はねえからな。探検だ」
「ふうん。じゃ、広いベッドのある部屋を探しといてくれよ」
「今夜のためにか。任せとけ。なんなら今、そこらの部屋で・・・」
「そういう意味じゃないって!」
「なんだよ、つまんねえ」
ミツカを見送って、目についたドアを開ける。
デスクワークをする事務所のような部屋だ。中に入って机の上のパソコンっぽい機械の電源ボタンを押したが、壊れていて使えないらしい。
30番シェルターには生きているパソコンもあったのだから、これがたまたま壊れているだけか。
他に面白そうなものもない。次だ。
「エロ本の1冊もねえとか、ふざけんなってんだよなあ」
次に入った部屋は更衣室のようだ。しかも女性用。
部屋の一角に、派手な下着が不自然に散乱している。缶詰やビールの空き缶もあった。
乗組員の遺骨などは、アイテムボックスの中で整理してあるらしい。
もしかしたら生き残りの男が、ここで息を引き取ったのかもしれない。成仏しろ、変態。
「言葉は世界共通なのに、文字はそうじゃねえから困ったもんだ。でもこれはわかるぞ、トイレだ」
トイレの個室のドアまで開けて回ったが、敵が出る訳でもない。
ヒマだ。ヒナとたーくんも誘えば良かった。兵隊の私室は別の区画にあるようなので、面白そうな物は見つからないのだ。
ならばとハンガーを目指す。
ホバーは回収して使ったが、他の武器などはまだ見つけていない。この規模の車両なら、武器もかなり積んであるだろう。
「なんだこりゃ・・・」
ハンガーの手前にあるその部屋は、兵士が出撃前に装備を整えるための場所だと思われる。
だが、その装備が異様だ。
「槍に両手剣にモーニングスター? 盾もかなりあるな。ここだけ時代が違うじゃねえかよ」
並んでいるロッカーも開けてみる。
パワードスーツだ。
なぜかホッとしながらそれを観察すると、拳の上から剣が出ている物を発見した。剣聖のHTA、ホプリテスの仕込み刀のような仕掛けらしい。
「意味わからん・・・」
パワードスーツをアイテムボックスに入れ、装備してみる。
基本的な構造は俺の使っているパワードスーツと同じだ。だが両手の拳から剣が出るし、肩や膝には鋭いスパイクが付いている。驚いた事に、念じればつま先からも剣が出るようだ。
そのままブリッジに戻ろうと思ったが、腰には剣を装備する部品がある。適当に剣を差して、盾も持ってその部屋を出た。
「歩くのに不自由はねえ。それにこの盾、ショットガンでもあるのかよ」
ブリッジに戻ると、まずタリエが俺に気づいて呆れ顔で迎えてくれた。
自分は艦長役のリハーサルで忙しいのに、何を遊んでいるんだと言いたいのだろう。たしかにタリエから見れば、俺はおもちゃを見つけてはしゃぐ子供のようなものだ。
「イメージチェンジですか、ボス?」
「拙者、北の聖騎士でヒヤマーンと申す。姫はいずこか」
「へんなひときた」
「・・・酷えな、ヒナ。おーい、ニーニャ」
「ええっと、なんでそれ装備してるの?」
「ハンガーの手前の部屋にあったんだよ。妙だと思わねえか?」
「銃のある世界に盾と剣ですか。たしかに・・・」
「しかもこの盾、前面からショットガンみてえにトゲを撃てる」
「意味がわかりませんね」
「だろ。塗装も白じゃねえし。見た目はちょっと未来的になった中世の騎士、こんな装備がなぜ必要だったのかが問題だ」
「まさか・・・」