宇宙機と3人の孫
宇宙船の墜落現場は、本当に見渡すかぎりの雪原だった。
ルーデルに無線で呼ばれてコックピットに来たのだが、何もなくて感覚がおかしくなりそうだ。空の青と、雪の白。それしかない景色。
「なんか気持ちわりー・・・」
「ここまで何もないと、美しさより異常さを感じるよな。それよりどうする。雪溜まりなんて、数え切れないほど見えているぞ」
「まいったね、こりゃ」
宇宙船はかなりの大きさだとかで、雪が積もっていてもすぐにわかると思っていた。
だが目の前に広がる雪原には、風によって作られた雪溜まりが山になっていくつも見えている。
「とりあえずデカイのからハルトマンで掘るか」
「それしかないか。俺もスツーカで手伝うぞ」
「いや、ルーデルとジュモは最低でも丸一日はゆっくり休んでくれ」
「こんな時にか?」
「こんな時だからだって。姫様と稀人もこっちに向かってるらしい。雪原、この荒野を抜けた辺りで合流するとさ。戦闘になる可能性は否定できねえ。頼りにしてっから、今は休んでくれ」
本当は合流前に1日の休暇を全員で取るつもりだ。
だが、それを言えばルーデルは今日は休もうとはしないだろう。何日も2人だけで24時間、2交代でヘリを飛ばしてもらっている。なんとしても、体を休めてもらうつもりだ。
「しかし・・・」
「ウイが家まで持って来てるって話だ。そこでゆっくりイチャコラしてくれ」
「最も大きな雪溜まり上空に到達。着陸するデス」
「おう、少し離れた場所に頼むぞ。ハルトマンで雪かきだから、うるせえかもしんねえ」
「了解なのデス」
(着陸する。その後、俺はハルトマンで雪かき。ウイは持って来てる家を出して、ルーデル達とセミー達を放り込んどいてくれ。それが済んだら指揮車と基地車の中でも探検して、どこで寝るか決めとけばいい)
(わーい。ロボットちゃんとご対面だあっ!)
ヘリが高度を下げてゆく。
銃座からの景色は青がゆっくりとなくなって、視界が白一色に塗り潰される。
雪の中に、俺が沈み込んでいくようだ。
雪国育ちの俺でも初めて見る景色。少しばかり恐怖を感じる。
「雪が柔らかいのデスッ!」
「このままじゃローターが雪に埋もれるぞ、上昇!」
いきなりのピンチだったらしいが、ヘリは無事に上昇してホバリングしている。
空じゃ俺に出来る事などないので、心臓に悪い。
「着陸できねえほど雪が積もってんのかよ。待っててくれ。ハルトマンで着陸スペースを作ってくる」
「すまないが頼む」
ルーデルに手を振り、リビングにいるニーニャの知恵を借りに行く。
「ニーニャ。って、あれ?」
「整備室ですよ」
「わかった」
整備室には、ニーニャだけでなくチックもいた。
首のないHTAが四つん這いになっていて、2人でそれを満足そうに眺めている。
「おいおい、ヘリは飛んでんだ。そんな状態で作業して、HTAの下敷きんなったらどうすんだよ。さっきも少し危なかったんだぞ?」
「固定してあるから平気だよう」
「で、どうしたんだ?」
「積雪が多くて、地面をならさねえと着陸も出来ねえらしい。ハルトマンでやろうと思うんだが、なんかいい道具はねえかなってよ」
「そんなの簡単だよう」
ニーニャには良い考えがあるらしい。
ドヤ顔がかわいいので頭を撫でると、チックに冷たい視線を向けられた。顔立ちは綺麗なのに無表情で睨まれたら、ゾクッとするじゃねえか。癖になったらどうしてくれる。
(ルーデルさーん)
(ニーニャちゃんか。どうした?)
(雪かき、ナパーム弾を使っていいよー)
(たしかに水だけでは消えないから有効かもしれんが・・・)
(燃え尽きたら少し待たないといけないけど、HTAの手でやってたら時間がかかってどうしようもないもん。使いきってもまた作るから、ドーンとやっちゃってー)
(・・・わかった。ジュモ、上昇してナパーム投下だ)
(了解なのデス)
ずいぶんと乱暴な雪かきもあったものだ。
ニーニャと手を繋いでコックピットに戻ると、すでに眼下から黒煙が上がっていた。
「もう落としたのか」
「ああ。しばらくここで待つぞ」
「なんで雪の上でも火が消えねえんだ?」
「粘性のある物質が燃え続けているんだよ。だからこうして距離も取らないと。あの辺りは酸素がなくなる勢いだからな。生き物がいれば、確実に窒息死だ」
「怖えって・・・」
「広範囲型を投下したので、宇宙機も発見できそうなのデス」
黒煙が上がらなくなっても、ヘリはしばらくホバリングしたままだった。
ヒナが臭いと言い出したとかで、全員がコックピットに来て雪原を見下ろしている。ヘリが移動を始めると、すぐに宇宙船の一部と思われる金属が見えてきた。
「あれが宇宙船か?」
「宇宙機だって言ってんだろ。船なんて呼べる形じゃねえ。見た目はミサイルだ。それも、とびきり巨大な」
「ホントだ。地球で言う、なんちゃらBMじゃねえか。よくあんなの改造して乗ったなあ・・・」
「若かったんだよ。今ならぜってえ乗らねえ」
「成長したようで、父さんは嬉しいぞ」
「バカ言ってんじゃねえ。オマエが親父なら、おむつが取れる前に家出してるぜ」
「ルーデルさん。空母を収納した時のように、宇宙機のそばでハッチを開けてもらえますか?」
「あれじゃ雪崩になる。それがいいだろうな。すぐにやるよ」
ミサイルは、雪山の根本から尻を覗かせているだけだ。たしかに危険だろう。
全員がパワードスーツを装備する。
ウイの腰を抱いて、ハッチの前に立った。
「懐かしいな」
「何年も昔のようですが、つい先日なんですよね」
「ああ・・・」
戦争の終わり。
その時に、こうして空母をアイテムボックスに入れたんだ。
あれから何度も死にかけたし、楽しい事もたくさんあった。そうやって、俺はこれからも生きていくのだろう。
「ハッチを開けるぞ?」
「お願いします」
風。
かなりのものだ。
ウイの腰を抱く腕に力を込め、違う方の手で手摺りをしっかりと握った。
宇宙機に、ウイが手を伸ばす。
見えていたミサイルの尻が消え、目の前の雪が大音量を上げて崩れる。
「きゃっ」
「大丈夫だ。絶対に離さねえよ」
ヘリは上昇している。
風にウイを持って行かれないように、強く抱いた。
「・・・約束ですよ?」
「任せとけ」
ヘルメットがなければ、確実にキスくらいはしていただろう。
俺達が離れるとハッチは閉じていき、広範囲にわたって除雪された雪原にヘリは着陸した。
「よし、1日の休暇だ。行こうぜ」
ヘリを降りたウイが出したのは、ブロックタウンの自宅のような一戸建てが2軒だ。
呆れ顔を向けると、ウイも苦笑している。
見渡すかぎりの雪原に、ぽつんと家が2軒。地平線の先にまで行かなければ買い物も出来ない。
異様な光景だ。
「ウイお姉ちゃん、フォーちゃん出してっ。早く早くっ!」
「はいはい、少し待ってね。ではお好きな方を使って下さい、皆さん」
「オレとセミーまでいいのかよ、ウイ?」
「当然です。ロクにお風呂にも入れない北大陸に、ずっといたんですから。この家はタンクに水があるかぎり、温かいお湯がいくらでも出ます。ゆっくりと疲れを癒して下さい」
「いつもは鍋で沸かしたお湯で体を洗うだけだもん。温かいお風呂なんて夢みたいだねー、チック」
チックが頷く。
ウイは微笑みながら少し歩き、フォートレスを出した。
それにニーニャが突進する。
セミーとチックは、手を繋いで家に入って行った。ルーデルとジュモに手を振り、ニーニャの後を追う。すでに前部ハッチを開ける端末を操作しているようだ。
「ハッチ開放っ。ロボットちゃんドコー!」
「テンションたっけーな。タリエ、ニーニャを頼むな」
「あら、ヒヤマ達は?」
「戦車の確認をしてから入る」
「なるほどね。じゃあ行きましょう、たーくん」
「はい」
話を聞いていたウイが、戦車を出すために少し離れる。
ハンガーでは気が付かなかったが、ウイが出した白い戦車には黒いペンキで狼の紋章が描かれていた。
「HTAが熊で、戦車が狼か」
「北国ですから、どちらも強さの象徴なのでしょう。ミツカ、動かせそうですか?」
「いけるね。ウイは?」
「砲手ならやれそうです」
「あたし達に通信手はいらない。欲しいのは装填手、って。・・・自動装填装置がある?」
「そのようですね」
「ラッキーじゃんか。何人乗れる?」
ウイが戦車の上に乗り、ハッチを開けて中を覗き込む。
「3人乗りですね。当時の最新鋭機のようで、操縦手と砲手に、車長でしたか。その3名で戦えるようです」
「ハンキーの代わりに使うのはムリか・・・」
この戦車が最新鋭機なら、ハンキーはその何世代も前に活躍した半装軌車だったのだろう。言われてみれば改造前のハンキーとこの戦車を比べると、戦車の方が垢抜けているような気がする。
「戦車は収納しておきますね」
「ああ。そんじゃ、俺達もフォートレスの中を探検すっか」
「運転席が楽しみだよ。ヒヤマは運転したくないのかい?」
「スピード出ねえだろうからなあ。今んトコ興味はねえ」
「ふうん」
俺達がフォートレスに入るより先に、ニーニャを先頭にタリエとたーくんがハッチから姿を現した。
全員、白い玉を抱えている。
「どした、ニーニャ?」
「ほっくんとぼーちゃんの孫っ!」
「はあっ?」
ほっくんとぼーちゃんとは、ブロックタウンの東で発見した戦闘用ロボットだ。
見た事はないが犯罪を発見すれば即座に犯人を射殺するらしい。今はブロックタウンとハンターズネストで用心棒をしているはずだ。
「ホワイトボールというロボットだから、ほっくんとぼーちゃんだったのよね」
「そりゃいいが、孫ってなんだよ?」
「ほっくんとぼーちゃんの次世代機の、さらに次世代機なのっ!」
「へえ。高性能なんだろうなあ」
「うんっ。見ててっ!」
ニーニャがロボットを両手で、下から上に向かって放り投げる。
そんな乱暴な扱いでいいのか訊いてみようと思ったが、タリエとたーくんも同じようにロボットを投げたので、それが正しい起動方法なのかもしれない。
3体のロボット達はほっくんとぼーちゃんよりだいぶ高い場所を旋回し、フォートレスを三角形で囲むようにしてホバリングした。
「これってまさか、フォートレスを守ってんのか?」
「うんっ、指示した高度と距離を保ってどこまでも着いて来るの。索敵もしてくれるよっ!」
「武装は?」
「大口径のレーザー!」
「移動空中砲台かよ・・・」
「もうシドなんて瞬殺できるんじゃないですか、これだと」
「いつもながらニーニャちゃんには驚かされるなあ」
「それでねっ。ロボットと視覚同調してのリアルタイムでの指揮はエクストラスキルだから、誰も持ってないと思うの。だからイーちゃん達の指揮はたーくんでいい?」
「かまわねえよ。たーくん、よろしくな」
「はい。イー、アル、サン、常時クリーチャーと人間を警戒。何かあればボクに報告するのを忘れるな!」
まるで返事をするように、3体のロボットがモノアイを光らせる。たーくんはそれを録画しているのだが、その横顔が満足気に見えるのは気のせいなのだろうか。