街
森の中にぽっかりとある空き地が見えるまで、2時間かかっていないような気がする。
ルーデルやミツカはのんびりと走っていたようだが、それでもあと5分もすれば到着するらしい。
無線でチックに文句を言うのにも飽きた。ホバーを接地させて俺1人で降り、森の切れ目から街があると思われる方向を覗く。
(街への道路を、すべて瓦礫で塞いであるみてえだ。門は見当たらねえ。・・・家やビルの壁を防壁に利用すんのか。それもいいな)
(まずは入り口を探すしかないわね)
(大丈夫か、タリエ?)
(なんとかね。ギリギリ・・・)
(次からはチックさんのホバーには、たーくんに乗ってもらう事にしましょう。街には入るのですか、ヒヤマ?)
(妙な死に方をした住民がいねえなら、素通りだな。念の為に、ヒナはボルゾイ姿で後部座席だ)
(わんっ)
(・・・もうボルゾイんなってんのかよ)
運び屋のバギーのように、犬用のシートベルトが必要だろうか。いや、俺もキャノピー付きのホバーに乗り換える。わざわざ作ってもらってもムダになるだけだ。
パワードスーツを脱ぐと寒いので、タバコが吸いたいのをガマンしてホバーに跨った。
(そんじゃ、俺とヒナは森から出て街の外周を進む。ヤバイ敵が来たら、援護を頼むな)
(もう少し待って下さい。それに私達は、発見されないように森の中を進むのです。なるべく足は合わせないと)
(りょーかい。そんじゃ着いたら3人乗りのホバーを出してくれ)
(キャノピーを開けながらだって走れます。最初からそうしておけば良かったんですよ)
(だな。ああ、タバコが吸いてえ・・・)
ウイは到着するとすぐに、3人乗りのホバーを出してくれた。
さっそく乗り換える。
(快適だな。メシでも食えそうだ)
(ハンバーガーなんかは、いつもアイテムボックスに入れてありますからね)
(米の握り飯が恋しい・・・)
(ない物ねだりはやめましょう)
(あいよ。出発する)
未来的なデザインだけではなく、3人乗りホバーは2人乗りとはまるで別の乗り物のようだった。
ハンドルではなくて、操縦桿で機体を操るタイプ。
操縦桿のトリガーを引けばコックピットの前に内蔵されている機銃が火を吹き、操縦桿の上にあるボタンでジャンプ。アクセルとブレーキはフットペダルだ。ブレーキはコンピューター制御で、なるべくダメージを与えず、機体がバランスを崩して吹っ飛んだりしないように接地させるらしい。2人乗りとはエラい違いだ。
ディスプレイまで付いていて、ハルトマンのように破損部や機銃の残弾を表示してくれる。
驚いた事にディスプレイの脇には、ホバリング状態で機体を静止させるボタンや、地形をスキャンして穏やかに着陸するボタンまであった。
(2人乗りはカッコイイけど、これじゃもう使わねえなあ・・・)
(ホバーなら運河や海の上も走れます。南でも役に立ちますよ、きっと)
ホバーを森から出す。
まだ見られているとは思わないが、わざとらしくビルを見上げ、機体を左右に振ってからゆっくりと左に進んだ。
ヘルメットだけ装備解除してタバコを吸う。
(まるで牢獄だな。中でどんな生活をしてんだか)
(あまり想像したくはありませんが、楽ではないのでしょうね)
(ガキが飢えてんのなんかは見たくねえな・・・)
(缶詰なら、余分に持って来ていますよ?)
(門番、それに街の権力者が、それをどう使うかわかんねえからなあ)
(それもそうですね)
話しながら進んでいると、フェンスで封鎖された道があった。
フェンスの向こう側にバリケードがあるらしく、街の中は見えない。
(門番がいねえぞ。もしかして廃墟か?)
(もう少しフェンスに接近してくれたら生体感知が可能よ、ヒヤマ)
(わかった。じゃあ・・・)
「職業持ちが2人、しかも軍用機に乗って現れるとは・・・」
声はフェンスの脇にあるスピーカーから出ている。男。若くはないだろう。そんな感じだ。
ホバーにもスピーカーはあるので、そのスイッチを入れた。
「初めましてだ、職業持ち。北東へ向かってたら、街を発見したんでな。敵対の意思はない。って、そっちに聞こえてんのかコレ」
「聞こえている。食料の調達が望みか?」
「いや、クリーチャー化した職業持ちを追ってるんだ。この街で最近、妙な死に方をした住人はいるか?」
「いないが、人間がクリーチャー化だと。そんな事があるのか・・・」
信じられないのもムリはない。
「今んトコ原因は不明だ。この街は反政府軍と繋がってんのか?」
「それはない。この深き森をここまで進むのは、軍には不可能。私達は、静かに暮らしてゆきたいのだ」
「・・・隠れ里か。ならこの街の存在は口外しない。失礼な質問だが、ちゃんと生活できてんのか?」
「ははっ。貧しくはあるが、この街には貴族などいない。中には農地もあり、家畜から乳も搾れる。先祖が溜め込んだ武器もあるので、晴れていれば狩りも出来るのだ。この大陸には数少ない、人が人として暮らせる街だと自負している」
「そうかい。クリーチャー化した職業持ちを狩ったら、顔を出すかもしれねえ。その時は酒でも飲もうぜ」
「・・・楽しみにしているよ、ハンター」
街の入口に背を向け、北東にホバーを進める。
ヘルメットを装備してからキャノピーを開けると、ヒナが身を乗り出して臭いを探した。
(どうだ?)
(まちのにんげん、くさくない。だからわかる。このちかくに、しどはいない)
(となると、急いだ方が良さそうだな。ルーデル、ここでヘリを出すか?)
(街から離れてからがいいと思うぞ。武装もそれなりにしてそうな口ぶりだったしな)
(夜までに、ヘリを出せる空き地が見つかるといいな・・・)
(ヘリを出すスペースくらいなら、木をアイテムボックスに収納しても大丈夫でしょう。あまり気にせず動いていいですよ)
(なるほど)
街の周囲は、定期的に伐採しているのだろう。
森に入ってから合流して、機体のライトだけでは危険だと思うまでのんびりと進む。ホバーを停めるとウイが頷いてから木をアイテムボックスに入れ、ヘリを出した。
出来ればホバーでヘリを追ってみたかったが、言えば怒られそうなので素直にヘリに乗る。
「またルーデルとジュモ頼りの移動か。悪いな」
「空にいる方が落ち着くぐらいだ。気にするな。それより、シドは故郷に直行してるんじゃないか?」
「たぶんなあ・・・」
「なら宇宙機の隠し場所まで行ってしまおう。チックちゃん、隠し場所は森の中なのかい?」
「森を抜けた荒野ですよ。廃墟すらない。目印もね」
「発見に時間がかかりそうだな」
「宇宙船ってのは目立たねえのか?」
「積雪次第だろうさ。まあ、雪山をめっけたら宇宙機だと思えばいい。そのくらい、何もない場所だ」
「明日の夜には到着する。リビングで体を休めておくといい」
「わかった。そんじゃ頼むな」
ルーデルとジュモを残してリビングに移動すると、ニーニャが紙とペンを出して俺とミツカとチックを呼んだ。
「どした、ニーニャ?」
「ホバーの改修案!」
「ヘリに乗るなりそれかよ。・・・俺のは武装を最低限にしてレスポンスと最高速度重視だな。ハルトマンがあっから、ホバーは逃走用か移動の足だろうし。ミツカは?」
「あたしは今くらいの動きが出来れば、それでいいかな。ウイの砲手スキルを活かせる武装にはして欲しいけど」
「エンジンをイジって積載量を上げて、砲の口径を大きくする感じかなっ。チッタ姉ちゃんはー?」
「セミーの腕じゃ砲撃がなあ。装甲を厚くして、接近して砲撃をぶち込む運用が可能ならありがたい」
「わかったー。それじゃルーデルさんにも訊いてくるねっ」
ニーニャがパタパタと戦闘用ではないサンダルを鳴らしてコックピットに向かう。
これで次からは、俺のホバーに追いつける機体はない。ざまあ、チック。
ウイとタリエが夕食の準備を始め、たーくんが音楽を流す。
俺はコーヒーを飲みながら読書だ。世界軍事車両大全。ハンターズネストの婆さんに借りた本。
「ヒヤマ。出来ましたよ、ヒヤマ」
「・・・ん。すっかり夢中になってた。つい精読しちまうから指揮車のページまで進まなかったぜ。ルーデル達の分は?」
「もうタリエさんが運んでくれました。さあ、いただきましょう」
「いただきます。そういや運び屋に指揮車のコールサインを決めてもらったんだがよ、基地車の事をすっかり忘れてた。お、ホワイトシチュー美味え」
「どんな名前になったの、お兄ちゃん?」
「フォートレス。俺達のいた世界ん言葉で、砦だか要塞って意味だ」
「ふうん。じゃあ、フォーちゃんだねっ」
たーくんは男の子扱いなのに、乗り物は全部ちゃん付けだ。何か理由でもあるのだろうか。
噛めば噛むほどに味がする姐さん特製のパンをシチューに浸して食うと、そのたーくんがカメラを持っているのが見えた。
「おいおい、たーくん。メシ時はやめようぜ、それ」
「ですがティコさんが、お酒を飲んでいるボスも撮るようにと」
「たしかにワインも飲んでっけどさ・・・」
「ふふっ。ヘタに悪巧みもセクハラも出来ませんね」
「どっちも得意じゃねえからなあ」
「・・・ウイ、殴っていいかコイツ?」
「チックさんにはその資格がありそうな気もしますが、食事中はホコリが立つのでやめて下さい」
「食い終わったら殴ればいいんだな。了解した」
ふざけんなと返してからワインを呷る。
メシで思い出したが、あの街の職業持ちに缶詰と少しの酒だけでも置いてくれば良かった。
「シドを片付け終わったら、あの街に戻ってニーニャに機械とか直してもらうか。少し話しただけだがよ、姫様の国なんかよりよっぽど仲良くしてえ勢力だ」
「街の広さ的にも人口は多そうですし、姫様がダメな人間ならあちらに手を貸してもいいのかもしれませんね」
「姫様の配下がクソヤロウで能なしばっかなのが痛えよな」
「仕方ねえさ。南より生き残るのが大変なんだ。この大陸の冬には、人の心まで凍てつく」
「詩人だなあ、チック」
「うっせーな」
「宇宙船に着いたら、ルーデルとジュモを1日だけでも休ませる。ホバーで狩りにでも行こうぜ」
「1人で行け。そんでクリーチャーすら暮らせねえ荒野で野垂れ死ね」
「クリーチャーすらいねえのかよ。よく無事にその荒野を出られたな」
「四駆があったから、なんとかな。でも夏だったから水場がなくて、最後には・・・」