雪国レース
ヘリは、木々のまばらな場所を選んで着陸した。
「ウイ、指揮車と基地車を出してくれ」
「指揮車なら平気でしょうが、広さが足りないので基地車はムリですよ」
「マジか。そんじゃ指揮車だけでいい。ニーニャ、指揮車には随伴歩兵用にスノーモービルくれえは積んであるよな?」
「きっとあるよっ。偵察用のロボットちゃんもいるかも!」
「楽しみだなあ」
「では降りてヘリを収納しないと。指揮車が出せません」
ゾロゾロとハッチから出て、ヘリの代わりに指揮車が出されるのを待つ。
雪が深いので、歩くだけでも大変だ。
「指揮車の大きさは、トラックを4台ずつ2列にくっつけて駐車したくらい。たぶんこれですね」
大口径の砲身を屋根に載せた車両が出現する。
どうやら、俺達が見ているのは車両の後部のようだ。
「後部ハッチがあるねっ。ここから車両が出入りするんだと思うよ」
「これの運転手はあたしでいいのかい、ヒヤマ?」
「ミツカなら安心だが、どこまで【第一種軍事車両免許】のツリーを伸ばしゃ、こんなデケえ車両を運転できるようになるんだろうな」
「とりあえず【第二種軍事車両免許】まで伸ばしてみるよ」
「頼む」
「・・・ダメ。まだ名称不明。HTAと同じで、最上スキルが必要みたいだ」
「どんな車両だってんだよ。ムリして伸ばさなくてもいいぞ? どうせ森ん中じゃ走れねえんだ」
「ハンドルは譲りたくないね。【軍事車両限定解除】まで取得」
すっかりクルマ好きになってしまったミツカが、網膜ディスプレイを操作する。そのまま指揮車の上に視線を移すと、大口を開けて笑い出した。
「いきなりどした、おい?」
「だってHPが50000もあるんだぞ。もう笑うしかないって」
「とんでもねえな。・・・あれ、俺にもHPが見えたぞ? それにクローラートランスポーター改・混成機甲旅団用指揮車ってのは名前か?」
「ああ。ツリーの途中のパッシブスキルに、自身の見えている乗り物の情報をパーティーで共有するってのがあったよ。それのせいじゃないかな」
「おおっ、ハッチの開け方もわかるようになってんじゃねえか。行こうぜ、ニーニャ!」
「うんっ!」
「待ちなって、パスワードまではわからないだろう。外から開けるには、パスワードが必要なんだってば!」
後部ハッチに走り出した俺とニーニャを、慌ててミツカが追ってくる。
チラリと見ただけだが、ほとんどの連中は呆れ顔だ。
しかし、チックだけは羨ましそうにしている。
「チック、来い!」
「いや、オレは・・・」
「スノーモービルいらねえのかよっ!?」
眉を寄せたチックの背を、ルーデルが押す。
「・・・ええい。オレにも中を見せやがれっ!」
駈け出したチックが到着する前に、俺とニーニャはパスワードを打ち込むための端末に取り付いた。
「ここを開けると端末があるみてえだな」
「楽しみだねえっ」
身長が足りないニーニャを抱き上げ、フタを開けさせる。
中には数字の書いてあるキーボードの付いた小さな端末があった。
追いついたミツカが、それを操作する。
プシュッと音がしたと思ったら、後部ハッチはゆっくりとお辞儀をするようにして開いていく。
「おお・・・」
「スノーモービル用のエレベーターが付いてない。なら・・・」
「エレベーターなんて必要なのかい、ニーニャちゃん?」
「だって鉄の上を走ったらソリ部分が傷んじゃう。あ、チッタ姉ちゃん」
「ま、間に合った・・・」
「そろそろハッチが雪を噛むぞ。アイテムボックスに入ってたんだから、クリーチャーはいねえ。お宝とご対面だ」
ハッチが停止するのを待ち、ニーニャを先頭にして乗り込む。
ハンガーのような場所に並んでいるのは、アニメで見たような鋭角的なデザインの白い機体と、運転席が剥き出しでその後部に機銃席のある鉄色の機体だった。
「わあっ、やっぱりスノーモービルじゃなくてホバーだっ!」
「音がうるせえのか・・・」
「どうなんだろうねえ」
「いや、あのキャノピー付きの3人乗りは、フェイレイが乗ってたのと同型だ。あれなら音はほとんどねえぞ」
「航続距離は?」
「毎日使っても、超エネルギーバッテリー1つで1年は保つらしい」
「バイク代わりになるって事か。キャノピーなしが2人乗り。どっちも5台ずつあっから、チックも1台乗機設定してアイテムボックスに入れとけ」
「・・・いいのかよ?」
チックが迷いながら言う。
「当然だ。心配すんなって。戦闘になりゃ手を貸してもらうし、普段はニーニャの手伝いも頼みてえ。お互いに損はなしだ」
「もらい過ぎだとは思うが、四駆は軍事用じゃねえんだ。正直ありがてえな」
「まったく、凄いはしゃぎっぷりですね」
「お、来たか。見ろウイ。スノーモービルじゃなくてホバー機だとよ」
「全員が乗れる台数があったのは幸運ですね」
「・・・まさか、全員で街に行くつもりか?」
厳しい冬に、よそ者が街を訪れる。
バカな事を考えるヤツもいるだろう。何より自分で言うのは哀しいが、このメンバーの中で目立たない容姿をしているのは俺だけだ。全員で街に入れば、高確率で揉め事が起こる。
「街に入るのは危険でも、街に入った誰かが襲われたら助けに行く準備はしておかないと。これなら小回りも利きそうですね」
「そういう事か。ヒナ、臭え街だとは思うが付き合ってくれるか?」
「いく」
「サンキュ。ミツカのホバーにウイとニーニャだろ。チックのにセミーとタリエ。たーくんはルーデルのホバークラフトに乗せてもらうか」
「了解だ。中も気になるが、まずは先を急ごう」
ルーデルでも気になるのかと意外に思いながら、人間状態のヒナと鉄色のホバーに跨る。【第一種軍事車両免許】で動かせるようなので、操縦に関係する知識はあった。
「ヒヤマ、なんで風防のない方に乗るんですか?」
「シドの臭いがありゃ、俺とヒナで追う。キャノピー付きじゃ臭いが追えねえからな」
「なるほど」
バレてない。
こっちの方が泥臭くてカッコイイから選んだだけなのに。ナイス言い訳だったな。
セルスイッチ。
押すと同時に甲高い駆動音。
それが高まると、機体は宙に浮いていた。
「へえ。浮き上がっちまえば静かなモンなんだな」
アクセルもバイクの物に近い。
驚いた事に右ハンドルに前部ブレーキと、右足で踏む後部ブレーキまである。ただ、その原理が荒っぽ過ぎだ。アクセルで噴射しているエアーをカットして、機体の下部を接地させてスピードを落とすらしい。前と後ろのブレーキは、どちらを地面に擦って止まるかの選択をするためにあるようだ。
(ミツカ、ブレーキはなるべく使うなよ?)
(今それを話してたんだ。なるべくアクセルを緩めてスピードを落として、停める時にブレーキを使うよ)
(だな。それと乗ってる間は急ブレーキで舌を噛むから、なるべく無線で話すといい。そんじゃ、初乗りといこうぜ)
(おう!)
(ホバーの操縦は初めてだ。フェイレイに会うまでに慣れとかねえと、笑われるな)
(俺も初めてだ。・・・浮いてるのに飛べないのは不思議な感覚だな)
ゆっくりとホバーを動かして外に出る。
ふわふわとして落ち着かないが、体重のかけ方で挙動は安定するらしい。
(悪くねえな)
(ヒヤマ。これふよふよして楽しいなあ)
最後にミツカが笑いながらホバーで指揮車を降りると、キャノピーが開いてウイが指揮車を収納した。
ミツカ、ニーニャ、ウイと、串に刺さった団子のように笑顔が縦に並んでいる。楽しそうで何より。
(そんじゃ、行こうか)
(待って下さい。先頭はチックさんかルーデルさんです)
(なんでだよ!?)
(ヒヤマかミツカだと、面白がってスピードを出し過ぎるでしょう)
(・・・クソ。ならどっちかに任せた。ほら、早く行かねえと日が暮れちまうぜ)
ルーデルとチックの操縦するホバーは迷うように揺れている。
だがルーデルが頷くと、チックはいつもの仏頂面がウソに思えるような笑みを浮かべて、ホバーの尻を振った。
(しゃあっ、オレの前は走らせねえっ!)
アクセルターンからのダッシュ。
興奮を隠そうともしないチックの叫びに、ルーデルとミツカは呆気にとられている。
今がチャンスだ。
(待ちやがれ。勝負だ、チック!)
チックが見せたアクセルターンは、左ハンドルの根本にあるジャンプスイッチを利用したらしい。
障害物などを越えたい時に使うようだが、機体の前部から急激に浮く動きの途中でブレーキを使いつつ体重移動すれば、アクセルターンのような動きも可能なのだろう。
チックを追う。
すぐにスピードが上がり、森の木が高速道路の対向車のように迫る。
体重移動。斜め前に沈み込むような動き。
切り抜けた。
どうやらホバーは、思っていたよりも楽しい乗り物であるらしい。
(ズルいぞヒヤマ。あたしだって負けるかっ!)
(やれやれだな。それにしても、ウイちゃんが読みを間違えるとは)
(・・・そうですね。私とした事が、ヘリと合流した時のチックさんの操船を忘れていました)
(完全に同類だな、あの2人)
(ああっ。そう言いながらあっさり並ばないでよ、ルーデルさん!)
(俺達はのんびり行こうじゃないか、ミツカちゃん。あの2人に付き合ってたら、いつか怪我をするぞ)
(さすがにちょっと怖いの、ミツカお姉ちゃん・・・)
(ごめんごめん。このくらいならどうだい、ニーニャちゃん?)
(このくらいなら楽しいっ!)
ニーニャが怖がるなんて、ウイがミスをするのと同じくらい珍しい。
(つかニーニャが怖がってんのに、タリエは平気なのかよ!?)
(ええ、大丈夫よ。目を閉じて、楽しかった事だけ指折り数えてるの・・・)
(それ大丈夫な人間のする事じゃねえから!)
それでも前を走るチックはスピードを落とすつもりはないようだ。
2人しか乗っていない俺のホバーならすぐに追いつくと思ったが、どうやら2人乗りと3人乗りでは機体性能に差があるらしい。
追いつくどころか、ジリジリと引き離されている。
(クッソ、性能差があり過ぎる。次からは俺も、未来的なデザインの方に乗るぞ。機械が剥き出しでカッコイイと思ったが、そんなん関係ねえ!)
(機体のせいにするんじゃねえよ、鈍亀)
(てんめえ・・・)
(呆れるしかありませんね)
(まったくだ)