双子語り・ひとりじゃない-1
グースがハンドルを握りながら、鼻歌を口ずさんでいる。
昼にはブロックタウンに到着し、店を開く。夕方には肉を仕入れて、フロートヴィレッジに向かう予定だ。そのままフロートヴィレッジで1泊し、翌日にはタウタに向かう。
「客を乗せてねえと気楽なもんだな、グリン」
「ブロックタウンには、フロートヴィレッジかタウタに行きたいって客がいるかもしれない。ドライブ気分はブロックタウンまでだぞ」
「相変わらずお固いこって。それよりフーサとはどうなってんだよ? 流行りのブローチをプレゼントしたんだろ。おっぱいぐれえ揉ましてもらったんかよ」
「・・・フーサに触れるのは、結婚したその日の夜だって決めてる」
「ふん。否定はしてっけど、ありゃヒヤマ兄ちゃんに夢中だ。口説き落とせるとは思えねえな」
「アーサもだろ、そんなの」
グースは返事をしない。
ただ、いつもより乱暴にハンドルを切って、ハンターズネスト前の大穴を避けた。
「ヒヤマ兄ちゃん達、大丈夫だよな」
「当然だろ。空の英雄、ルーデルさんがヘリを操縦してんだ。ハルトマンだってある。心配はいらねえって」
「知ってるか? ミイネさん毎朝見張り台に登って、北の空に向かって祈ってるんだ」
「待つしか出来ないって、ツライからなあ・・・」
「うん。野宿は平気だったけど、父さんが食料を探しに行った時はいつも不安だった」
「懐かしいな。腹一杯メシを詰め込むのが、あの頃の夢だった」
「そんな俺達を、父さんはいつも申し訳なさそうに見てたな」
「そんで撃墜された爆撃機を漁ってて、ヒヤマ兄ちゃんに出会った」
そうだ。
死体を埋葬する手伝いをしながら、俺とグースは爆撃機に積んであった携帯食料の事ばかり考えていた。
そしてヒヤマ兄ちゃんとウイ姉ちゃんが現れ、顎の横が痛くなるくらい美味いメシを食わせてくれたんだ。
会話が途切れる。
それでもトラックは、走り慣れた道を軽快に進む。
「美味かったなあ、あの時のハンバーグ・・・」
「うん。この先どんな豪華な食事を出されても、あのハンバーグより美味しいと思う事はないって断言できる」
「鉄塔が近い。もうすぐブロックタウンだ」
「酒場には寄らないぞ?」
「当たり前だろ。またヒヤマ兄ちゃんにボコられたいのかよ」
「酷い顔だったなあ、あの時のグース」
「何回も蹴られたからなあ。タバコあるか?」
箱ごと手渡す。
ウイ姉ちゃんには背が伸びなくなるし心肺機能が落ちるからやめておけと言われたが、ヒヤマ兄ちゃんは好きにしろと笑っていた。
煙を吐きながら、グースが笑う。
商売女に有り金をボラれ、ヒヤマ兄ちゃんにボコボコにされた日の事を思い出しているのだろう。
「聞いたか、ケイヴタウンの話」
「マイケルさんの大学だろ」
「そうだ。・・・なあ、グリン」
「なんだよ」
「オマエだけでも行かねえか、大学」
「興味がないね」
「・・・ウソを言うなよ。【嘘看破】じゃなく【犯罪者察知】を取った俺でもわかるぜ」
「知識を貯め込むヒマがあるなら、少しでも経験値を稼ぐね。・・・こんな風にしてさ。南からオーガ兵が接近。単独だと思われる。機銃で仕留めるか?」
「冗談。弾がもったいねえって。このまま轢き殺す」
幹線道路はヒヤマ兄ちゃんがHTAで障害物を掃除してくれているので、トラちゃんは速度を落とさない。
アクセルを踏み込んだグースは笑顔を浮かべながら、鈍器を持ったオーガを轢いて急ブレーキをかけた。
ロックしたタイヤが悲鳴を上げる。
「レベルアップは遠いな。肉を回収しに行こうぜ」
「だな。それより運転が荒っぽいぞ。ヨハンさんは忙しいんだから、壊しても修理には時間がかかる」
「へいへい。気をつけますよ」
運転席の後ろには4人ほどが座れる後部座席があり、いつもそこには鉈や鋸が転がっている。俺が鉈を、グースが鋸を持って運転席を降りた。
「そっか。ヒヤマ兄ちゃんがいねえから無線が使えねえんだ。オーガをどの街で売るか、訊きたかったのになあ」
「1時間に1回、運び屋さんが連絡くれるだろ。でも俺達もそろそろ、無線スキルが欲しいよな」
「無線スキル、数が多いからなあ。取るとしたらなんだよ、グリン?」
「ヒヤマ兄ちゃんの持ってる【映像無線】だろ」
「一択かよ?」
俺はオーガの足を、グースは腕を切りながら話す。
俺達のレベルでは、オーガをまるごとアイテムボックスに入れられない。切り分けて、荷台の冷凍庫に放り込んでおくのだ。
「もうすぐ、ヒヤマ兄ちゃん達が国を造る。手伝いたいんだろ?」
「当たり前じゃんか」
「その国でグースはどんな仕事をするつもりだ?」
「どんなって・・・」
トラちゃんでの移動販売とタクシー業は、たしかに重要な仕事だ。でも、俺達にしか出来ないって訳じゃない。
むしろこの仕事は、ジョンさん達のように堅実な生き方を望む冒険者に譲るべきだと俺は思っている。職業持ちの俺達は、ヒヤマ兄ちゃんの国を守るためにやるべき仕事があるはずだ。
「国が出来れば、運び屋さんは陸軍を指揮するって話だ」
「でも警備ロボットばっかの軍隊なんだろ。手が足りなきゃギルドに依頼して、冒険者を集めるらしいけど」
「それでも軍人は必要だと思う。ヒヤマ兄ちゃん達は、国をタウタみたいにバリケードで囲むつもりなんだぞ。警備ロボットがどれだけいたって、どれほどの時間がかかるか。それにニーニャちゃんのプログラミングはたしかに凄いけど、警備ロボットを指揮する人間がいなきゃ始まらないだろ」
「それを、俺とグリンが?」
グースはオーガの腕をアイテムボックスに収納し、鋸を置いて俺の目を見た。
頷く。
「初めはいつものコゾウ扱いだと思う。でも、俺達が誰よりも巧くやれたら?」
「・・・運び屋さんならちゃんと評価してくれるな」
「軍人ってのは、国を守るためにいるんだ」
「俺達が、ヒヤマ兄ちゃんの国を守るのか!」
「俺はそうするつもり。グースはどうするんだ?」
「やるに決まってんだろ!」
「なら、無線スキルは軍隊向きの【映像無線】しかない。早く腕を冷凍庫に入れて来いって。次の定時連絡までにブロックタウンが見えてなきゃ、休憩時間はなしだぞ?」
「わかってらあ」
オーガを切り分ける間、グースはずっと下手な鼻歌を口ずさんでいた。
トラちゃんを発進させても、それは止まない。
やがてブロックタウンの門が見えてきたが、何か様子がおかしかった。動き回っている人間が多い。
「グリン、なんか変だ。ブロックタウン」
「・・・自警団だよ。3人も見張り台にいる。銃座にいるのは、ダンさんだな」
「あれ、門の前に転がってんのってオーガの死体だぞ!」
街がクリーチャーに襲撃されるのは、珍しい事ではない。
それでも、3つの死体が門の前に転がったままなのは異常だ。
「門の前に横付けしてくれ」
「わかった!」
スピードが上がる。
すぐに門は近づいて、トラちゃんはタイヤを軋ませながら急停車した。
窓を開ける。
涼しい空気が逃げて熱気が俺の顔を襲うが、気にしている場合ではない。
「ダンさん、何があったんです!?」
「グリンか。門を開けるから、急いでブロックタウンに入れ!」
「だから何がっ!?」
「オーガの群れだ!」
オーガは群れで人を襲い、喰らう。
その体躯は人間より大きく、HPも多い。レベルの低い俺とグースでも、迎撃に加わらないよりはマシだろう。
群れが相手。
怖くないはずがない。
でも、戦うべきだ。それが出来ないなら、ヒヤマ兄ちゃんの手伝いなんてする資格はないと思う。
「このままトラちゃんを盾にしてフェンスを守ります。トラちゃんの機銃と見張り台の銃座で、なんとか撃退しましょう」
「いいのかっ!?」
「またぶん殴られたっていいから、手伝いますよ」
「来たぞ、グリン。オーガ約30!」
「それじゃ始めましょう、ダンさん」
窓を閉めてシートを倒す。
後部座席の少し高い位置には、荷台に行くための狭い通路がある。そこの扉を開けると、グースに肩を叩かれた。
「俺は2階の冒険者用の部屋か?」
「当たり前だろ。銃眼からアサルトライフルを撃つんだ。でも、オーガは爆発物を使ったりもするらしい。トラちゃんだって、無事で済むとは限らないぞ」
「覚悟の上だ。黙って見てるくらいなら、死んだ方がマシだぜ」
「また勢いでモノを言う。運び屋さんにどやされるぞ?」
「それより、無線スキルを取るぞ。ヒヤマ兄ちゃんの【映像無線】は、兄ちゃんが近くにいなきゃ使えねえ。運び屋さんに襲撃を知らせねえと」
「待て。俺が取るからいい。グースはオーガを迎え撃つのに役立ちそうなスキルを、急いで取るんだ」
「わかった!」
通路に潜り込む。
身を屈めて、やっと入れるほど狭い通路だ。構造上、これは仕方のない事らしい。
這うようにして進みながら、【映像無線】を取得した。
「あ・・・」
「なんだよ、早く進めよ。何が楽しくてグリンのケツなんかを、至近距離から眺めてなくちゃいけねえんだ!」
「【映像無線】は、相手の許可を得ないと通信できないんだった・・・」
「はあっ? 俺はもうスキルポイント残さず使っちまったぞ!」
「もうっ!?」
「前から欲しかったスキルがあるんだよ。決めてたから場所まで覚えてた」
「・・・仕方ない。【衛星無線】も俺が取るか」
「無線スキル2つとか、なんかマヌケっぽいなあ」
「うっせえよ!」
オーガの群れは運転席からも見えていた。
時間はない。
スキル欄をもう1度出して、【衛星無線】を探す。
(よう、ひよっこ。遅くなって悪かった。ジャスティスマンに呼ばれててな。もうブロックタウンか?)
(運び屋さん!)
(お、おう。なんでえ)
(ブロックタウンにオーガの群れ。襲撃されかかってる!)
(死神の不在で【映像無線】が使えねえから、ダンは連絡できなかったのか。すると今ブロックタウンには、戦闘職の職業持ちがいねえんだな。急いで向かうから、門の内側から怪我しねえ程度に牽制攻撃しとけ)
(それじゃ間に合わない。オーガは約30。もう目の前。トラちゃんをフェンスに横付けして盾にする。俺が機銃で、グースが銃眼から攻撃)
(お、おい。ムチャすんじゃねえよ。オーガは爆薬を持ってたりすんだぞ!?)
(もう話してる時間はないって。【映像無線】は俺が取ったから、終わったらダンさんに許可はもらっとく。通信終わり!)
(おい、くそっ。すぐにヘーネの飛行機で駆けつけるならな。怪我だけはするんじゃねえぞっ!)
2階に上がると、やっと立ち上がれるほどに天井が高くなる。
機銃席のドアを開けながら、振り返ってグースに【映像無線】の承認を飛ばした。
(これだな、承認した。俺達の手でブロックタウンを守ろうぜ、グリン!)
(ああ。でも張り切りすぎて怪我なんてすんなよ?)
(誰に言ってんだ、兄弟!)
(たった1人の相棒に。やってやろうぜ。ヒヤマ兄ちゃんの国を守るのは俺達の仕事だ。一生のな)
(おうっ!)
頷き合う。
機銃席のシートに座り、細い隙間から外を覗いた。
オーガはだいぶ接近している。
30もの数は、やはりかなりの威圧感だ。
俺達にやれるのか。
・・・やれる。1人じゃ出来なくても、グースとならやれる。
こんな時のために、俺達は双子として生まれてきたんだぞ。自分に心の中でそう言い聞かせると、不思議とそれが真実のように思えた。
汗を拭う。
もう、怖くない。
(グース)
(射撃準備完了! なんだよ、こんな時に?)
(ずっとそばに居てくれな。オマエとなら、どんな敵が来ても怖くない)
(・・・あったりめえだ、兄弟!)
機銃の安全装置を解除する。
2人でも運び屋さんやルーデルさん、ヒヤマ兄ちゃんの足元にも及ばない。
でも、1人よりはずっといい。
双子としてこの世に産んでくれた父さんと母さんに感謝しながら、砂埃を巻き上げてブロックタウンに迫るオーガの先頭に狙いを定めた。
銃爪を、絞る。