決着
夕焼けのようにディスプレイが赤く染まる。
その後、とんでもない爆発音。
生身なら、無事では済まなかったかもしれない。そう思うと同時に、鋼の巨人とでもいうべきハルトマンが爆風で吹っ飛ばされた。
赤熊の拳よりキツイ。ハルトマンは、大木に激突して止まった。ずり落ちながら、目の端でHPを見る。メインカメラ、頭部を殴り飛ばされた時よりHPが減ってんじゃねえか。クソッ。
立ち上がる。
機体状況。
・・・脚部イエロー。やっぱりか、クソッタレ!
(引き起こし中にバリア光を視認。まだ見えんが、仕留め損なったのかもしれん・・・)
(リキャストタイムが終わったんじゃ仕方ねえって。ヘリは離陸して距離を取れ。【ワンマガジンタイムストップ】でも殺れなきゃ、一目散に逃げ出すぞっ!)
(了解なのデス)
スナイパーライフルは近い。走る。関節がガクついているが、あそこまで保てばいい。赤熊を倒せずに動けなくなったら・・・自分の足で走って逃げるか。
滑り込むようにして、伏せ撃ちの姿勢になった。
装填確認。OK。
「【ファーストヒット】」
ずいぶんと久しぶりに使う。
これで初めて狙撃したのは、大きなネズミだったか。
「【スプリットブレット】。ついでに【チェインヒット】」
スキルをケチっている場合ではない。
ここで赤熊を倒さなければ、何人が犠牲になるかもわからない。
今まではハンガーで大人しくしていたようだが、あんなバケモノが自由に移動を始めたとしたら、シドと同じくらい厄介だ。
(ヒヤマ、そろそろ赤熊が射線に入るぞ)
(了解)
いつの間にか雪がチラついている。
北国は、静かでいい。音が消えていく。景色も俺も、クリアだ。
赤熊。
片腕がない。ルーデルの爆撃で吹っ飛んだか。
いや、バリアが間に合ったならそうではないだろう。殴られながら射出したパイルバンカーがもぎ取ったのか。ザマアミロ。
「【ワンマガジンタイムストップ】・・・」
色のない世界。
祈るようにトリガーを引いた。
赤熊の脚部が弾け飛ぶ。もう片方も、キッチリ潰した。
コックピット。
3射目で防弾板がひしゃげて、中が見える。
パワードスーツのヘルメットは衝撃でどこかに行ってしまったようだ。
「・・・まんま熊なのかよ。獣人は大好物だが、おっさんだろうしな。あばよ」
コックピットを撃ち抜いた。
補助カメラなのでズームが出来ない。万が一生きていたら、また面倒だ。
マガジンが空になるまで、撃った。
世界が色を取り戻す。
(狙撃完了。・・・またレベルが来てっし。さすがバケモノ。HPだけじゃなく経験値も特盛りらしいな)
思いついて立ち上がり、スナイパーライフルを持ってみる。
問題なく持ち歩けるようだ。
関節も、どうにか保ってくれた。さすがはニーニャが組んだ機体。
(なんとかなったか、お疲れ)
(お疲れ様でした。ルーデルさん、ヒヤマ)
(滑走路を空ける。悪いけどまたスツーカで付き合ってくれ)
(もちろんだ。それじゃ、着陸する)
(お兄ちゃんは広場に来て)
(そりゃ行くけど、どした?)
(【防具マイスターの誠心】を使うの。頭部は復元されないけど、各部の痛みはぜーんぶ直るよっ)
(そりゃありがてえ。関節がガタガタなんだよ、頼む)
(ほーいっ)
スナイパーライフルを肩に担いで広場の隅まで歩くと、ヘリが着陸してニーニャ達が降りた。
すぐに防具修理の最上スキルでハルトマンが修理される。
ウイも来て、ついでのようにスナイパーライフルを収納した。
(ありがとな、ニーニャ)
(ううん。それよりあのハンガー楽しみだねえ。HTA小隊のハンガーなら、HTAの乗機まであるかもっ)
雪国なのでバイクはないだろうが、HTAが乗るスノーモービルなんかがあるかも知れない。そう考えると、一気にテンションが上った。
(やべえ。考えただけでワクワクが止まんねえ・・・)
今の俺なら、スナイパーライフルを戦闘中でも機敏に持ち上げられる。
大きさ的に背負うのがムリでも、スノーモービルにスナイパーライフルを積んでおければ、隠密を活かして単独で狙撃に出たりするのも可能だろう。
(待たせた、ヒヤマ)
俺が妄想してニヤけているうちに、ルーデルは着陸してスツーカに乗り込んでいたらしい。
並んで歩き出すと、ハンキーと四駆が後に続いた。
(ウイ、まずハンキーから頭だけ出してハンガーを収納してみてくんねえか?)
(わかりました。さっきもそうすれば良かったですね)
(だろ。ニーニャ、この赤熊の機体って使えんのか?)
(スクラップ判定だね。部品取り用に持って帰りたいけど)
(じゃあ、収納するわね)
HTAとパワードスーツが収納された後には、毛むくじゃらの死体だけが残されていた。
【ワンマガジンタイムストップ】中は景色がモノクロに見えるので気が付かなかったが、人型の熊は赤い体毛をしている。
死体は近場のクリーチャーか肉食動物が片付けるだろう。
負けるというのは、そういう事だ。
それでも亡骸に手を合わせてから、ハンガーまで歩いた。
(あら、収納できてしまいましたね)
(生体反応は鳥か。住処を奪ってわりいなあ。いつか、海を渡ったなら空母に寄れ。メシぐれえは出してやる)
(ハンガーにあった名称不明の物は確認しますか?)
(・・・確認だけしとくか)
呆れ顔のウイがハンキーを降り、最初の名称不明アイテムを出す。
(HTAか。ヘーネにいい土産が出来たな、ルーデル)
(グールシティーにHTAが1機でもあれば、ある程度の敵が来ても時間稼ぎが出来るな)
(収納して、次です)
(なんだこりゃ?)
(コンプレッサーだねっ)
(一番大きいのを出しましょうか?)
(それがいいな。HTA小隊用の指揮車だったらラッキーだ)
(・・・これですね。はいっ)
畑のような土が剥き出しになったそこに出されたのは、大きな車両だった。
戦車小隊の指揮車の倍はある。
そして何より驚いたのは、その屋根には片膝を付いた状態のHTAが4機も乗っている事だ。ちょうど陸上短距離走のクラウチングスタートの時のような格好なので、手はバーか何かを握っているのかもしれない。
(えっと、指揮車?)
(これもう基地車だろ・・・)
(上手い事を言うな、ヒヤマ。北の動く要塞と渾名されたワンオフ機だ。俺も生で見るのは初めてだよ)
(中にはパワードスーツがたくさんありますよ。対応スキルがあるので、中のそれは名称が表示されていました)
(そんじゃセミーとチック、それにタリエの分を取って来るといい。そしたら出発しようぜ。HTA用の車両探しはまた今度だ)
(それじゃニーニャちゃん、付き合ってくれる?)
(もっちろんっ!)
ウイとニーニャ。それにボルゾイ姿のヒナが車両に向かう。
4機のHTAの位置からして、もう2機くらいは指揮車の上に乗りそうだ。砲は搭載されていないし、かなり道も選ぶだろうが、戦争となれば役に立ってくれるだろう。
(これは苦労したかいがあったなあ・・・)
(だな。取り分の話し合い次第だが、運び屋の陸軍に預ければそれこそ基地として巧く使うだろう)
(だからルーデルさん、オレとセミーは分け前なんかいらないって。飛行機だけでも申し訳ないんだから)
(それはそれ、これはこれさ。なあ、ヒヤマ)
(その通り。持て余すようなら、ウチの国に売れ。空母に来てくれりゃ、分割にはなっちまうが金で払ってもいいぞ)
そういえば・・・
辺りを見回すが、捜し物は見当たらない。
(ミツカ、【危険物探査】を頼む。赤熊が使ってた銃が欲しいんだ)
(了解。ちょっと待っててくれ)
ミツカの言う方向に進むと、土の上にゴツい口径の短銃身が落ちていた。
拾い上げ、ハンキーの横に置いておく。
指揮車の車内から戻ったウイは、何も言わずにその銃を収納してハンキーに乗り込んだ。
(ヒヤマが使うんじゃないのかい、あの銃?)
(運び屋さんへのお土産でしょう。散弾を込めたら、いかにも運び屋さん好みの銃ですから)
(まあな。とりあえず、あの大きな建物を目指そう。途中の小屋なんかも、収納可能なら頼む)
(中を掃除するのですか?)
(オーガエリートと赤熊で時間を食い過ぎた。収納可能か試して、ムリなら諦めてヘリでシドを追おう)
(了解です)
肉眼で見ていないので、【機械の目】の効果はない。それどころか、【鷹の目】の効果すらないのだ。
たかがメインカメラ、されどメインカメラか。地味にストレスを感じる。
いくつかの小屋のような建物を収納し、ハンキーは基地本部らしき建物に車体を寄せた。
(・・・ダメですね。収納できません)
(仕方ねえ。行こうぜ)
(なんかもやもやするのー。中にロボットちゃん達がいるかもしれないのにーっ)
(悪いな、ニーニャ。シドを片付けたら戻って来るから、その時までガマンしてくれ)
(はぁい)
(ジュモ、ハンガー跡地で俺達を拾ってくれ)
(わかったデス)
ハルトマンを収納してヘリに乗り込むと、ニーニャが飛びついてきた。慌ててパワードスーツを装備解除して、優しく抱きとめる。
どうやら、ハルトマンの頭部を再優先で作ってくれるらしい。
「ねえ、お兄ちゃん。ハルちゃんの改修案はあるのっ?」
「んー。肩に大砲を据えるか、スナイパーライフルを持ち歩くか」
「ほえっ。肩に大砲じゃバランス最悪で走ったり出来ないし、実弾系のスナイパーライフルじゃ折り畳めないから持ち歩くなんてムリだよう」
「マジか・・・」
話しながらリビングを抜け、整備室に入る。
HTA1機がギリギリ乗る整備台に、身を横たえる姿勢でハルトマンを出した。
ガラガラとニーニャが作業台を引いて、作業台に近づける。ハルトマンは肩が作業台の端にあるので、あれならクレーンすら使わずに頭部を接続可能だろう。
頭部が音もなく現れるのをぼんやり眺めながら、他にハルトマンに付けたい装備を考える。
「スラスターとか・・・」
「えっ。船に付いてるアレ?」
「船にも付いてんのか?」
「えっとね、船の横方向とかにスクリューを埋め込む感じで付いてるのが、サイドスラスターなのっ」
「縦にしか動かねえ船を、横に動かすためにか?」
「そうそう」
「俺が欲しいのもそんな感じだ。赤熊の突進スキル、見えてたんだけど避けきれなくってよ。なんかこうバシュッとロケット噴射なんかで、急激な横移動とか出来ねえかなってよ」
「それって、中のお兄ちゃん平気なの? 相当なGだとおもうんだけど」
「・・・わかんね」