シュトゥーカ大佐と白い死神
笑い合いながら銃に弾を込める。
ルーデルのアサルトライフルにはまだ弾が残っているらしく、遮蔽物の右から銃口を覗かせて打ち始めた。
リボルバーのスピードローダー、1度に6発を装填する道具は腰の収納口に4つしか入っていない。サブマシンガンのマガジンは、6つだ。
どちらも装弾し、ルーデルと交代する。
こんな敵を相手にする時にマズイのは、防御力に任せて接近を許す事だろう。
たとえさほどダメージを与えられなくとも、撃ちまくって赤熊の足を止めねばならない。
(この森の中で離陸できんのかよ、ルーデル?)
(広場から道を作っただろう、あれが滑走路だ。ハンガーの手前で上がって見せる)
赤熊の銃声を聞いてすぐ立ち上がる。
リボルバーを撃ち、サブマシンガンを指切りで3発だけ撃つ。コックピットの防弾板、腕の関節、どちらにも命中させたが、赤熊は動きを鈍らせもしない。
それどころか、ハルトマンの頭部を狙って正確な射撃を返した。
慌てて頭を引っ込める。
(この赤熊の銃で狙われたら、飛行機でも危ねえんじゃねえの?)
(運び屋にも赤熊にも、飛行機に乗ったら負けるつもりはないな。俺が乗ればあの程度の銃、吐き出される弾はすべてスローモーションさ)
(・・・嫌になるねえ、ロートル連中のデタラメさにゃ。ウイ、広場に爆弾を出してやれ。ハルトマンのスナイパーライフルは、ルーデルが離陸してから道の手前に出せばいい。それが終わったら、全員でヘリに乗り込め。ルーデルの【急降下爆撃】と俺の【ワンマガジンタイムストップ】。どっちも効かねえなら、そのまま逃げるぞ)
(了解っ)
遮蔽物の右側にいるルーデルのHTAの肩を叩く。
(走れっ!)
叫びながら、上半身を晒してサブマシンガンを撃ちまくる。
リボルバーは遮蔽物の上に置いた。
トリガーを引きっぱなしにすると、すぐにマガジンは空になる。
しゃがみつつマガジンを落とし、立ち上がりながらマガジンを叩き込んだ。
「どこ見てやがる、ウスノロッ!」
赤熊は走り去るルーデルのHTAの背中に銃口を向けかけている。
外部スピーカーで罵りながら、頭部のないHTAを撃った。
相変わらずほとんどの銃弾が命中しているのに、赤熊のHPバーは減らない。
(ルーデルさん、ニーニャちゃんの指示で爆弾を出しました)
(ありがたい。ヒヤマ、俺が上がるまで保ちそうかっ?)
(赤熊は防御力のために俊敏さを捨てたスキル振りだと思う。まだまだやってみせるぜ。あっちにだって弾切れはあるはずだ。それより、スツーカとシュトゥーカどっちがいい?)
(なんだそれは?)
(ルーデルのHTAって言うの、いちいち面倒なんだよ)
(それはあれか、運び屋とヒヤマのいた世界の、俺と同じ名前の英雄に関係する言葉か?)
(そうだよ。クッソ、熊野郎が撃たれながら平然と弾を込めてやがるっ!)
(スツーカの方が言いやすいな。・・・スツーカ、か。不思議としっくりくる)
(そうかい。もう射線は切れたかっ?)
(ああ。援護のおかげで無事に森のトンネルだ)
サブマシンガンを撃ち切って、リボルバーを2発も撃った俺は急いでしゃがみ込む。リボルバーはまた遮蔽物の上だ。
サブマシンガンのマガジンを交換して立ち上がると、さっきより接近している赤熊が目の前にいた。
「クッソ、近えんだよ熊野郎がっ!」
リボルバー。むんずと掴んで赤熊に銃口を向ける。
この至近距離なら!
ドオンッ!
サブマシンガンより大口径の弾は赤熊の防弾板に命中し、わずかな傷も残さずに弾かれた。
「もうガチンコで殴り合って時間稼ぎしかねえか、こりゃ・・・」
「わんっ」
無線からの声ではない。
外部スピーカーからの肉声だ。
森の中から、獣が俺と赤熊を睨みつけている。
ただの獣ではない。
純白の狼。
「ブランカ・・・」
(ぶらんかちがう、りくひめ。ふせてっ!)
ヒナの4足歩行型HTA、陸姫は榴弾砲を背負っている。
たしか装填済みの1発の他に、2発しか自動装填装置に積み込めないとかニーニャが言っていた。
大砲の砲弾をこの距離で直撃させれば、いくら頑丈な赤熊でも。
思いながら、遮蔽物に身を隠す。
(やれっ、ヒナ!)
(わんっ。【せいきまつのきば】!)
爆発音。
ハルトマンのシステムが集音を調節してくれなかったら、鼓膜を持って行かれていたかもしれない。
機体は無事か。
思うと同時に、網膜ディスプレイに緑色でハルトマンの絵が表示された。
オールグリーン。
「どうだっ、熊野郎!」
叫びながら立ち上がる。
大きくHPを減らした赤熊の機体。
腕や脚部の装甲が破損し、痛々しい状態だ。
それでも、敵に情けはかけない。
サブマシンガンを撃つ。
「わんっ!」
陸姫も榴弾砲の根本、その両側にある機関砲を撃ち始める。
あれも装弾数が少ないのが難点だが、俺のリボルバーと同じ50ミリ口径だったはずだ。
弾をケチっている場合ではない。
剥き出しになった脚部に銃弾を集中させる。
(クソッタレ。装甲を強化するパッシブスキルじゃなくて、全体的に防御力を上げてやがんのかっ。内部を撃ってもHPが減らねえ! ヒナ、銃口が向いたらすぐ森に飛び込めよ!)
(わんっ)
(こちらルーデル、離陸を開始した。もうちょっとだけ時間を稼いでくれ)
(あいよっ!)
榴弾砲の爆発で飛んできたのか、ハルトマンの足元に大きなコンクリートの塊が転がっている。
銃をどちらも遮蔽物の上に置き、それを頭上まで持ち上げた。
赤熊の銃口。
間に合うか、間に合え、間に合ってくれ!
「がるうっ!」
飛び出した陸姫が爪を振って赤熊の足を刈る。
バランスを崩した赤熊のコックピットを狙い、岩を思い切りぶん投げる。
轟音。
赤熊が地に倒れていた。
だが、まだ10000もの残HPがある。
「ハンガーを盾にする。走れ、ヒナ!」
「わんっ!」
手に取ったリボルバーを赤熊に撃ち込み、走り出す。
ダメージはさっきまでと同じ、本当にわずかなものだった。
ダウン状態の敵には大ダメージ、なんてゲームのようにはいかないらしい。
(キッツ。よくこんな大陸で生き残ってたなあ、セミーとチックは!)
(いやいや、こんなバケモノに出会ってたら死んでるから。ヒヤマの視界で見てるけど、間違いなく軍艦を相手にする方がラク。ね、チック?)
(だな。それにフェイレイ、姫様といる稀人との情報交換でも、HTAに乗った元軍人でエースパイロットのクリーチャーなんて聞いた事ねえぞ)
ハンガーの陰まで走り、装填を済ませて一息入れる。
ここに逃げ込むまで、銃撃は来なかった。
そっと顔だけを出して覗き込むと、赤熊は立ち上がって俺達を探しているようだ。
ヘリに行かれても、森のトンネルに入られてもヤバイ。
1発だけリボルバーを命中させると、赤熊は兵士というよりは巨大ロボットのような緩慢さで動き出した。
(ヒナ、ハンガーの次の角まで走るぞ。相手はウスノロ。時間を稼いでルーデルを待つ)
(わんっ)
また走る。
こうしている限りは、怪我をする事もないだろう。
さっきはヒナがとっさに飛び込んで、足払いをかけてくれて助かった。あの一撃がなかったら、ハルトマンは動けなくなっていたかもしれない。
(ヒヤマ、もうすぐ急降下可能な高度になる)
(ありゃ。今の状態は見てるよな?)
(ああ。ヒヤマの視界のウィンドウだけじゃなく、空からもな)
(ほんじゃヒナは先に行ってヘリに乗ってろ)
(わうっ?)
(ここで爆撃したらハンガーの中もヤベエんだよ。だから森のトンネルに誘き出しつつ、赤熊がハンガーから距離を取ったら爆撃だ。つか、人間の言葉で話せって)
(ひやま、おとり?)
(俺は1ぺんなら死ねっからな。行け)
(・・・うー、わん)
ヒナは不満そうだったが、しゃがんで陸姫の頭を撫でると素直に駈け出した。
(速え・・・)
(陸姫は武装を犠牲にして、速度重視の設計だもんっ!)
(そういやレベル75になったら、ハルトマンに何か積めるって言ってたよな)
(うんっ。ホテルの牛さん達とオーガエリートで、5レベルなんか余裕で来てるよねっ。前よりパイルバンカーの重さが気にならないんじゃない?)
(言われてみりゃ、前より動きやすい気もするな)
肩に大砲は男のロマン。
それに可能なら、スナイパーライフルを背負って持ち歩きたい。
ハンガーの角から姿を現した赤熊にかすり傷も与えられない攻撃をして気を引き、次の角まで走った。
(次に赤熊が姿を見せたら森のトンネルに引っ張る。頼むぜ、ルーデル)
(任せてくれ)
(気をつけて下さいね、ヒヤマ)
(あんな短銃身の銃じゃ、遠距離の精密射撃はムリだろ)
(それでも、気をつけて下さい)
(・・・了解)
顔だけを出して赤熊を待つ。
のっそりと角を曲がった赤熊にリボルバーを撃ち込むと、白い機体がゴムのように溶けたように見えた。
目がおかしくなったのか?
(ヒヤマッ!)
ウイの声だ。
思うと同時に、赤熊の拳が視界いっぱいに広がった。
これは、間違いなく死んだな。
思いながら、パイルバンカーを射出。
手応えさえわからない。
なぜなら、俺は吹っ飛んでいるらしいからだ。何度も空を舞って地に叩きつけられたのでわかる。
来るぞ。
歯を食い縛って、衝撃に備えた。
(耳元で車をスクラップにしたみてえな音だぜ・・・)
立ち上がる。
腕、足も動く。視界だけが妙だ。
(お兄ちゃん、メインカメラをやられただけ。逃げてっ!)
赤熊の銃を蹴り上げる。
それが宙を舞うのを見て、駈け出した。
(いいぞ、ヒヤマ。敵は着いて行けてない)
(さっきのは赤熊のスキルか?)
(だろうな。目で追えないほどの速度で突っ込みながら、その勢いを乗せた右ストレート。そのまま吹っ飛んだハルトマンを追って、至近距離からの銃撃。よくぞ銃を蹴り飛ばしたな。ヤツもスキルを温存して使い所を考えてたんだろうが・・・)
(だが、赤熊はミスをした。いい流れだぜ)
(そうだな。急降下爆撃、開始。ハルトマンが森の道に入ると同時に着弾予定だ!)
(任せた。ウイ、スナイパーライフルは出してあるな?)
(ええ。それより怪我は!)
(HPはほとんど減ってねえ。俺もハルトマンもだ。細けえ怪我はアドレナリンが出まくっててわかんねえな。見たかよ、赤熊のスキル。一瞬で間合いを詰めやがった。頭部へのパンチじゃなきゃ死んでたな、俺)
(あれに反応しろとはさすがに言えませんよ。・・・何の音でしょう、これ)
悪魔のサイレンだ。
たとえ無線であっても口に出す余裕はない。そんな暇があれば、少しでも足を動かす。ルーデルは常識人で、人格者だ。俺は、本当の兄貴のように思っている。
だが、この世界の腕の良い職業持ちは、確実に頭のネジが何本かぶっ飛んでいるのだ。そしてルーデルは、嫌になるほど腕が良い。
森の切れ目に、全速力で駆け込んだ。
(・・・食らえ、赤熊。【急降下爆撃】!)