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ボクシング




 セミーがパワードスーツを装備すると、ニーニャが抱きつくようにしてパワードスーツをベタベタ触り始める。

 特に、指には念入りに触れているようだ。

 最後にニーニャが装備している時にはない胸の盛り上がりを頬を膨らませながら叩くと、そのまま目を閉じて何事かを呟いている。


「どした、ニーニャ?」

「・・・【3級武器製作】発動!」


 見慣れたスキルの光。

 それが収まると、ニーニャはゴツいトゲ付きのメリケンサックをセミーに差し出した。


「わあっ。ありがとう、ニーニャ」

「えへーっ。素手の時に使ってるのはパワードスーツの指じゃ装備できないから。右手用も作る、セミー姉ちゃん?」

「だいじょーぶっ。右手はこれだから!」


 そう言ってセミーが出したのは、ダンプのタイヤをホイールから外す時にでも使うようなバールだった。カギ状になっている方の塗装が剥げ、地金が見えてしまっている。かなり使い込んだ武器のようだ。


「やっぱりセミー姉ちゃんにはバールが似合うねっ!」

「まあ、これでもカチューシャの女だからね」


 ニーニャが満面の笑みで褒めると、パワードスーツのせいで顔の見えないセミーが照れたような返事をする。

 バールが似合うと褒める方もおかしいが、なぜそんな褒め方でセミーは照れているのだろう。


「チック、俺にゃあカチューシャのセンスがわからん・・・」

「オレもわかんねえから安心しろ。それより、セミーを頼むぞ?」

「危険そうならすぐに戻らせる。それにまずはHTAで中に入るからな。生身にならなきゃ、怪我もしねえさ」

「無鉄砲が売りのバカかと思ってたが、慎重さも持ち合わせちゃいるのか・・・」

「じゃなかったら、とっくに死んじまってるよ。よーし、時間もねえしそろそろ行こうぜ」

「セミーちゃんはとりあえず、俺のHTAに乗るといい。俺のは複座なんだ」

「わあっ。ありがとう、ルーデルさん」


 少しだけ羨ましそうなチックの肩を叩く。


「後で俺のハルトマンに乗せてやる。複座機じゃねえから、抱きかかえながらな」

「なるほど。コックピットで搭乗者を殺して機体を奪えばいいんだな?」

「抱きかかえただけで殺されんのかよ・・・」

「安心しろ。人体の急所は心得てる。楽に死なせてやるぜ」

「へいへい。そんじゃ、後でな」


 ヘリを降り、ハルトマンを装備する。

 ルーデルが装備状態でHTAを出し、ハッチから下ろされたロープをセミーがよじ登るのを待って、アイテムボックスに森の一部を収納して出来たトンネルのような道を進んでハンガーまで戻った。

 アイテムボックスに入れられなかったハンガーは2つ。

 手前のハンガーの前に立ったルーデルのHTAがシャッターの操作盤に触れたが、何も起こらないので頷いて見せる。

 すぐにチェーンソーが唸りを上げ、派手に火花が散った。


(鬼が出るか、蛇が出るか。お宝だけはあって欲しいなあ)

(整備をするための工具や機械類だけでも、私達の国からすれば立派なお宝です。高望みはしないでおきましょう)

(でもよ、やっぱ移動手段は欲しいって。いつもいつもヘリからロープで降下するんじゃ、どうしたって動きが悪くなる)

(ルーデルさん、危ないっ!)


 タリエの声。

 マーカーはない。

 油断をしているつもりなど毛ほどもなかったが、どういう事だ。

 チェーンソーで開けた穴から、巨大な何かが飛び出してルーデルのHTAに馬乗りになっている。

 HTAは殴られてはいるが、素手なので損傷はなさそうだ。だがそれでも、あれでは中が心配だ。衝撃はかなりのものだろう。2人がパワードスーツを装備しているとはいえ、コックピットの壁に何度も叩きつけられれば無事では済まないだろう。


「ルーデル! セミー!」


 腰のリボルバー。

 毛むくじゃらの頭部を狙ってトリガーを引いた。

 オーガエリート。

 殴られた程度のダメージでしかないのか、それは頭を振りながら俺を睨む。


「このとんでもねえ口径の銃弾が効かねえだと!?」


 今度は耳を狙って撃ち込む。

 狙い通りに着弾。

 それでもオーガエリートは、わずかに出血しただけのようだ。


「また弾かれた。どうなってんだこりゃ!」


 リボルバーをホルスターに戻す。

 ルーデルのHTAはもう殴られてはいないが、オーガエリートが立ち上がってハルトマンと向き合ってもピクリともしない。


「ルーデル、セミー。返事をしろ、無事かっ!?」


 返事はない。

 代わりと言っては何だが、オーガエリートがハルトマンに向かって突進する。

 釣られて駆け出しそうになる自分を、唇を噛んで抑えた。


「ガアアッ!」

「調子コイてんじゃねえっ!」


 オーガエリートの右拳。

 それを左手で払いながら、半歩踏み込んで拳を跳ね上げた。

 顎。

 骨の少し奥。どんなに鍛えても、ここなら。


 ドンッ!


 パイルバンカーの炸薬。

 貫いた。

 そう、思った。

 下顎から杭が脳まで達する。そんな俺の確信は、ぶん殴られて吹っ飛ぶハルトマンより遠いどこかに行ってしまったようだ。

 浅かったか。


(ヒヤマっ!)

(お兄ちゃん!)


 地面を転がりながら、どこかで見た景色だとのんきな事を考える。

 ・・・事故だ。

 免許を取ったのは夏。その秋に、まだ大丈夫だと朝から走りに出かけた。

 そして日陰に張っていた氷で滑って、数十メートル吹っ飛んだ。

 その時の景色だ。

 なら、大したダメージではない。

 転がり続ける景色が青い空に変わると同時に、立ち上がった。


「ガアアッ!」


 オーガエリート。

 近い。


「【熱き血の拳】!」


 オーガエリートの右ストレート。

 掌で受け止めた。

 スキルを使っているというのに、重い拳だ。

 そのまま手首を握って思いっきり引く。


「ガッ!?」

「ボクシングじゃ反則だってか、ああっ!」


 頭突き。

 鉄と鉄を打合せたような音がした。

 その立派なビール腹に膝蹴りをくれてやる。

 思うと同時に、フック気味の左拳が来た。


 右手を離すな!

 可能なら左も掴んでしまうのがいい。

 オーガエリートは異常に腹が膨らんでいる。あれでは、膝蹴りなんて出せやしないだろう。ボクシング経験者がクリーチャーに変えられたのだろうが、どこまでも運が悪い男だったのだろう。

 拳さえ封じれば、残る攻撃手段は頭突きしかない。

 俺は頭突きに膝蹴りが出せる。

 押さえ込めば俺が有利だ。


「ガアアッ!」


 大した連打だが、左拳のみでは回転が悪い。

 何度も殴られながら、左の拳も掴んだ。

 【熱き血の拳】の効果は続いているので、手首を握り潰してやろうと力を込めるが、オーガエリートは痛がる素振りすら見せない。

 頭突き。膝蹴り。クリーンヒットだ。

 だがそれも、ダメージになっているのかすら怪しい。


「北大陸ってのは、バケモノの巣窟かよ!」

「・・・まったくだ。そのまま押さえ込んでてくれよ、ヒヤマ」

「ルーデル!? セミーは無事かっ?」


 オーガエリートは毛むくじゃらで腹が出ていて、何より大きい。

 ハルトマンと同じくらいの大きさだ。

 なので、俺からはオーガエリートの向こうで声をかけたルーデルのHTAは見えない。


「ああ。複座の管制システムがジュモとヘーネにしか理解できないのを、それはもう悔しがっているよ」

「スキルを使ってるから何とか押さえてられるが、長くは保たねえぞ!」

「たぶん大丈夫だ。攻撃はしないで力の限り押さえ込んでてくれ」

「・・・わかった」


 ルーデルは友人で家族で、戦闘の師だ。

 言われた通り、オーガエリートの動きを止める事だけに集中する。

 集音スピーカーが雨音を拾った。


「こんな時に雨かよ!」

「この寒さで降るのは、血の雨だけさ」


 慣れたので気にならなかったが、チェーンソーの駆動音も聞こえる。


「背後からチェーンソーで解体かよ。エグいな、ルーデル」

「こんなバケモノ相手だ、仕方ないさ。それにしてもオーガロードより頑丈だな、このオーガエリートってのは」

「大戦中にゃいなかったのか?」


 全力を出しているので口調が乱れそうになるが、根性でいつも通りの声を出す。


「見なかったなあ。頚骨で刃が止まったか。どうやら、骨が頑丈なのが特徴らしい」

「失血死を待つか!?」

「なあに。少し角度を変えれば・・・」


 暴れるオーガエリートの動きは、かなり弱々しくなっている。

 これなら、【熱き血の拳】が切れても大丈夫そうだ。

 外部スピーカーを思念操作でオフにして大きくため息を吐くと、ハルトマンに倒れかかるようにしてオーガエリートは倒れた。

 周囲は血の海。

 真っ白な雪が、赤く染まってしまっている。

 それもそのはず、倒れたオーガエリートには、首がなかった。

 どうやらチェーンソーで落としてしまったらしい。


「助かったよ。サンキュな、ルーデル」

「こちらこそだ。悪いなあ、セミーちゃん。チックちゃんにも心配をさせてしまった」

(信じていますから、ルーデルさんは。ルーデルさん、は)

(言うじゃねえか、チック。ヘリに戻ったら殴られる覚悟で触りまくってやろうか、おい?)

(そういえばヒヤマの隠しスキルがあるのに、何度も触れられてチックさんはよく平気ですね・・・)

(それよりタリエ、オーガエリートはマーカーが見えなかったぞ。生体感知には引っかかってたのか?)


 俺もルーデルも、油断なく周囲を見回しながらの雑談だ。

 あんなバケモノが襲いかかってくるのだから、さすがは往時の軍事基地といったところか。


(光点はなかったわ。主人であるヒヤマのバディだから危険は察知できたけど、ハンガーに入るなら充分に注意してね)

(あんな図体で隠密系のスキル持ちかよ・・・)

(しかも動きはボクシング選手のようだったよな。なら、ハンガーの中にHTAはない。あればその武器を使っただろうし)

(あれがHTAの武器を使ってたら・・・)

(無事では済まなかっただろうな。北大陸。恐ろしい場所だ)


 北大陸の人間が体を洗う水にも事欠く生活をしているのは、クリーチャーが俺達の国より強いからなのかもしれない。

 俺よりずっと前から冒険者や傭兵をしているセミーとチックのレベルが低いのも、その辺りに理由があるのだろうか。


(うっそ!? ヒヤマの隠しスキルってそんな凄いのっ!?)


 雰囲気を読まずに叫んだのはセミーだ。


(ええ。セミーさんのように頭を触られたくらいではそうでもないでしょうが、合流時に胸まで揉まれたチックさんはよく平気だなあと)

(あんな変態野郎に触られたって、寒気がするだけでなんも感じねえよ)

(ほう・・・)

(ああ、そっち方面でヒヤマに喧嘩を売っちゃうかあ)

(ミツカ、だったよな。何なら証拠に、あんなのより良い夢を観せてやるぜ?)


 そういえばコイツら百合だった。

 花園の3人とのアレを思い出すと、百合の中に男が1人という状況はなかなかに楽しい。

 初めて出来た女友達だから手を出す気はなかったが・・・


(・・・ほう。俺の女を口説くかよ、チック。帰ったら覚えとけ。セミーが見てる前で触りまくってやる。結果はセミーが確認するからな?)

(ふ、ふざけんなっ!)

(チックさん、ヒヤマは根っからのドS。あっち方面で喧嘩を売っちゃダメだって)

(まあ、今更2人くらい増えても問題はありません。それより、ハンガーに入るのですか?)

(HTAの整備用ハンガーじゃねえなら、中には車両があるかもしんねえ。いいか、ルーデル?)

(仕方ないとは思うが、生身での探索は最後の最後だぞ)

(ありがてえ。そんじゃ、お宝とご対面だな)

(死ね! オマエだけオーガエリートに潰されて死ね。変態野郎!)



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