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追跡




 立ち込める体臭にガマンが出来なくなって食堂を出て玄関で待っていると、セミー達は5分もかからずに駆けて来た。

 俺達に着いて来るのなら行動が早いのは歓迎するが、ヒナとセミーが手を繋いでいるのはなぜだろう。


「何してんだ?」

「ねえっ、ヒナちゃんちょうだいっ!」

「やんねえよ。ヘリの準備は出来てっから急げ。それと姫様か騎士団の誰かに無線して、シドの実家の位置を訊いてくれ」

「ケチー!」

「犬や猫じゃねえんだ。ムチャ言うな」

「いぬ、なる?」

「なるなっての。いいから行くぞ」


 ヘリに乗り込むとすぐにハッチが閉じられ、ウイに湯気の上がるカップを渡された。

 冷えきった体に、コーヒーが染みる。


「生き返るぜ・・・」

「寒かったですから。それより、追うんですよね?」

「もちろんだ。ありゃ、生かしといていい存在じゃねえ」

「だな。信じられないほど長生きをしてる俺だが、あんな人間の話は聞いた事もない。それにジュモの記憶層にも、該当する生物の情報はないそうだ」

「不死身の体、なんてエクストラスキルにもねえもんな。何度も即死級の攻撃を受けて生き返るってのは、スキルの効果じゃねえのか・・・」


 ルーデルとタバコを吸いながら、無線をしているらしいチックが口を開くのを待つ。

 セミーはヒナを膝に乗せ、菓子をその口に運んでやってはニヤケていた。性的な意味でヒナには手を出すなと、言っておいた方がいいのだろうか・・・


「姫様に訊いたぞ。シドの一族の領地は大陸の北東、大陸の反対側。つまりはここから一番離れた街だ」

「・・・さらに寒くなんのか。生身の追跡戦になるってのによ」

「海すら春まで凍りついてるそうだ」

「そうだろうなあ。ルーデル、とりあえずシドが消えた森を10キロくれえ進んでくれ。そこでヒナと俺が降りて、臭いを追えそうか確かめる」

「了解」


 ふわり、と体が持ち上がる感覚。離陸したのだろう。

 ここにいる人間で、感知力が一番高いのが俺だ。犬の嗅覚は人間の何百倍もあるとかテレビで見たので、ヒナには犬の姿で臭いを追ってもらう。


「ヒナ、わりいが追跡に力を貸してくれな?」

「だいじょうぶ。ひな、ひやままもる」

「いや、実力は知ってっけど守ってもらうのは・・・」

「まもる」

「・・・そいつはどうも」


 それ以上なんと言っていいかわからなくてタバコを咥えると、ルーデルの低い笑い声がコックピットに響いた。


「そんな笑ってくれんなって」

「すまんすまん。俺もレベルだけは高いから、それなりに感知力がある。ジュモも臭気センサーを搭載してるしな。コパイロット、副操縦士はチックちゃんに任せて、どちらか連れて行かないか?」


 ロケットを改造して海を渡ってしまうくらいだから、ヘリの副操縦士くらいはすぐにでもやれるのか。

 考えてみると、セミーとチックはかなり優秀な人材だ。

 セミーは戦える商人で、チックは乗り物のスペシャリストで技術者。そして、どちらもHTAを持っている。


「考えとくよ。セミー、話がある。リビングに来てくれ」

「チックも一緒でいい?」

「家族の話だ。セミーがそれでいいなら、俺は気にしねえよ」

「・・・わかった。行こ、チック」

「いいのか? カチューシャの話だと思うぞ」

「だからだよ。家族を憎みそうになってた私を、チックが救ってくれた。だから、家族より大事」

「・・・わかった」


 ニーニャが傷ついたんじゃないかと思って見たが、ニコニコしながらミルクティーを飲んでいた。

 ならばとリビングに向かい、ソファーに腰を下ろす。


「凄い設備だね、チック」

「だな。整備スペースを削って、ここまで豪華にするとは」

「見学は後にして座ってくれ。10キロなんてすぐだ。俺は戦闘になるかもしんねえから、時間がねえけど話しておく」


 2人が対面に座る。

 チックはホテルの部屋からタバコを持って来たようだ。火を点けたところで、自分のタバコを消して灰皿をチックの前に押す。


「北大陸に出発する少し前、サーニャ婆さんと飲む機会があった。セミーとチックの事は内緒だとタリエに言われてたが、独断で俺が知ってる限りの事を話した」

「・・・そう」

「好物の赤ワインを飲むのも忘れて聞き入ってた。俺が話し終えると同時に、あの婆さんが涙を零したよ」


 セミーは何も言わない。

 だが、伝えるなら今しかないのだ。セミーの気持ちが落ち着くのを待ってはいられない。

 ヘリを降りる。

 それは戦場に生身で出るという事だ。

 死ぬつもりで戦場に出る人間など、よほど特殊な状況でない限りいない。それでも人が死ぬ。それが、戦場だ。


「涙も拭かずに俯いたまま、生きていてくれたかと呟いた。伝言はねえかと俺が言うと、本当にすまなかったと言ってたよ」

「・・・いまさら」

「まあ、気持ちはわかる。だから俺は、帰ってやれと説得なんかする気はねえ。婆さんもそれはわかってたみてえだな」

「あたり、まえだよ・・・」

「そうか。それとセミーの爺さんが、シティーの隣に浮かべた空母で責任者をしてる」

「え、ええっ!?」

「正真正銘、祖父だ。どうやって俺達と出会い、婆さんと再会したかはニーニャに聞くといい。この爺さんが、なかなかの男でなあ。2人で艦橋で飲みながらセミーとチックの事を話したら、まずチックに心から感謝していると伝えてくれって俺に頭を下げた」


 チックがタバコを揉み消す。


「俺は何もしちゃいねえさ」

「そうじゃねえのは、セミーが良くわかってると思う。爺さんはそれを見抜いたんだろう。そんでセミーに伝言」

「お、おじいちゃんから?」

「そうだよ。止められなくてすまなかったと」

「おじいちゃんはその場にいなかったじゃない!」

「それでもだ。それでも、爺さんは責任を感じてる」

「そんな・・・」


 網膜ディスプレイの時計。

 コックピットを出て5分だ。もう、10キロは進んでいるのかもしれない。

 ここまでか。


「そろそろ俺達は降下する。最後に言っとくよ。セミーが生きてるって伝えた夜、珍しく婆さんが酔ってな。ハンターズネストでの暮らしを、嬉しそうに話した。セミーとチックはハンターズネストが好きで、よく泊まりに来た。サハギンを狩らせるために婆さんがHPを1まで削って2人の前に引きずってったら、まだ5つくれえだった2人が泣き出して困ったとかよ。そんな話を、それは嬉しそうに、でも少し哀しそうに話したんだ」


 セミーは泣いている。

 チックも目を閉じていた。泣いてはいないが、握りしめた拳の色が変わっている。


「俺はニーニャが16になったら嫁にする事になってる。ま、ニーニャの気が変わらなかったらだけどな。最初の子供が、カチューシャを継ぐんだとさ。そんで婆さん、申し訳ねえがハンターズネストだけはセミーとチックに残してやりてえって頭を下げた。俺達の国は、こっちよりだいぶ安全で住民の暮らし向きもいい。そして、これからさらに良くなる。・・・婆さんは言うんだ。自分が死ねば、2人は戻って来るかもしんねえ。だから婆さんが死んだら戻って来るかと訊いて、答えを知らせて欲しいとさ」

「・・・知ってどうする気なんだろ」

「死ねば戻って来るってんなら、その夜にでも死ぬ気なんだろ」

「そんなっ!」


 セミーの涙が散る。


「俺を睨んだってしゃあねえだろ。孫が安全な場所で暮らせるなら、年寄りは死ぬさ。俺も来年にはガキが生まれるが、たぶんそのガキのためなら死ねる。わりいが、時間がねえ。俺は行くよ」


 2人は動かない。

 そのまま、コックピットに出た。


「悪い。旋回待機させちまったか?」

「いいさ。コウモリの生態をウイちゃんが教えてくれて、タリエちゃんの生体感知を小鳥にも反応するくらいに調整した。それをヘリで追って、機銃で仕留める訓練をしていたんだ」

「姿を消されなきゃ、ヘリでも楽な相手なのかもな」


 右ハッチに、束ねたロープが置かれている。

 降下するのは森の中だ。

 どんなクリーチャーがいるのかもわからないし、シドがヘリを発見して誰かが降下するなら奇襲をかける可能性もある。

 本当なら暗殺を終えれば、ヘリで遺跡を探しながらのんびり雪国探索を楽しむつもりだったのに。


「ヒナ、降下は人型じゃなきゃムリだぞ。着陸するスペースなんてねえからロープを使うんだ。1人で降りられるか? それとも、おんぶで降りるか?」

「おんぶ!」

「大丈夫なんですか、2人分の体重がかかるのに」

「空母からロープ垂らして何度もやったが、片手でも余裕だった。ヒナの体重なら大丈夫だろ」

「いつの間にそんなバカな事を」

「ヒマだったからな。全員、リビングに行ってな。セミーも落ち着いただろ。ここじゃさみいぞ」


 言いながらハッチの前に移動したが、誰も動かない。

 ニーニャとたーくんまでだ。

 ・・・反抗期だろうか。


「まだそっとしてあげてって、私が頼んだの。パワードスーツはないけど【個人用シェルター】を展開するから、寒さは大丈夫よ」

「ティコが持ってるあのスキルか。そんじゃ行こうぜ、ヒナ」

「うん」


 ヒナが飛びかかるようにして俺の背中にへばりつく。


「しっかり掴まってんだぞ?」

「うん」

「ハッチ開放。グッドラック!」


 ロープを投げる。

 身を乗り出して下を覗くと、上手く木々の間に落ちてくれたようだ。


「降下する」


 俺達の身を案じてくれる言葉を背中で聞きながら、ロープを掴んで闇に踏み込んだ。

 夜明けまでどのくらいだろう。

 そんな事を考えながら、猛スピードで迫る針葉樹の枝を足の裏でへし折る。

 手に力を込めて減速しながら着地地点を探ると、湯気の上がる死体に喰らいつく妙な生き物を見つけた。


(しっかり掴まってろよ、ヒナ。【熱き血の拳】発動!)


 クリーチャーの多い森だとしたら、なるべく銃は使いたくない。

 切り札の1つであるのはたしかだが、ここで【熱き血の拳】を使う事にした。

 ロープが移動している!?

 いや、移動しているのはヘリか。

 木々にぶち当たらず、妙な姿のクリーチャーに直進するコース。


「いい腕してやがるぜ、ルーデル」


 俺の視界を見て、ヘリを動かしたのだろう。

 クリーチャーの手前で、ロープを離した。

 地面が、クリーチャーが迫る。

 まるで体感型アトラクションだ。

 思いながら、着地。

 驚くクリーチャーをぶん殴った。


(経験値は、また50か。大した敵じゃなかったな。ヒナ、クリーチャーの死体だけ回収して犬になれ)

「わんっ」


 犬用のパワードスーツを装備したボルゾイが機嫌良さそうに吠える。


(犬になれって・・・)

(ミツカ、羨ましそうにするんじゃありません。ヒヤマも言い方を考えて下さい。真夜中の森の中でかわいらしい女の子に犬になれって、ただの変態じゃないですか)

(・・・気をつける)



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