ボーナスタイム
揺れは大きくなっている。
100ものクリーチャーが一斉に2車線の田舎道を走れば、そうもなるか。
(ウイ、そっちからの映像をくれっ!)
(了解。出来るなら今すぐ退避して欲しいんですけどね)
(ヤバそうなら逃げるさ。それより今はシドだ。理屈はわからんが、死亡判定から生き返った状態になるまではコイツを殺せねえみてえだからよ)
網膜ディスプレイの右上に映像が出る。
罅割れたアスファルトを駆けて来るのは、長い体毛を持った牛のようなクリーチャーの群れだった。故郷でよく見た和牛より、ずいぶんと大きい。
(ヒャッハー! 今夜はすき焼きだぜ、おい!)
(その喜び方はどうかと思いますよ・・・)
軽機関銃を出して左手に持つ。
片手で撃ってどれほど当たるのかはわからないが、人間のような小さな的を狙うのではない。なんとかなるだろう。
(ルーデル、少しでも機銃で減らせるか?)
(たぶんな。各銃座、攻撃開始!)
雪を舞い上げて迫る牛の群れを見ながら、軽機関銃を出して左手だけで構えながら、ルーデルと無線で話しながら、それでもシドから視線は離さない。
さっきまですぐに生き返っては殺されていたのに、もう立ち上がっては来ない。
なら、コイツは不死などではないのだろう。
殺せるなら、いくらでもやりようはある。
(ヒヤマ、機銃ですべて片付けるのはムリだぞ?)
(もちろんわかってるよ)
(距離の読み上げ、開始します)
(悪いな、ウイ)
軽機関銃はいつでも撃てる。
弁当箱のようなマガジンには、100発もの銃弾が詰まっているのだ。どんなに狙いがブレても、至近距離で撃てば命中するはずだ。牛のクリーチャーは、それほどに大きい。
ウイの声が聞こえる。
落ち着く声だ。顔も体も性格もいい女だが、この声が好きになった。病院では遠目から見ているしかなかったからだろうか。
(距離、100!)
ここで撃ち始めると決めていた。
トリガー。
地面に置いて撃たないと命中精度が落ちる。そんな銃を片手で、しかも体の正面で構えずに撃つのだ。衝撃は相当なものだろう。
連続する轟音。
(キッツ・・・)
(限界です、逃げてっ!)
どれほど撃っただろうか。群れは数を減らしたように見えないのに、ウイの切迫した声が響いた。
熟練スポッターが言うなら、本当に限界の距離か。
軽機関銃を捨て、路肩に飛んだ。
(お兄ちゃん、検問所の人が出て来ちゃってるっ!)
シド。
ここで殺しておかなければ。
・・・だがっ!
(機銃はシドだけを狙え! 生き返った瞬間に殺せよっ!)
叫びながら走る。
最短距離で検問所に向かうには、牛の群れの先頭に飛び込むしかない。
(ヒヤマ!?)
「どけよ、すき焼き。【熱き血の拳】!」
ハンキーより大きな牛。
横っ面をぶっ叩いた。首が千切れ飛ぶ。
走る。
【熱き血の拳】の効果か、そのまま走る俺を牛の群れが追う格好になっている。
正面に火。たいまつ、ってやつか。
あれが検問所から出て来た兵だろう。2人。
駆け抜けざまに、両肩に1人ずつ担ぎ上げる。もちろん、足は止めない。
「ヒイッ!」
「バケモノめ、離せえっ!」
硬直する男と、デタラメに暴れる男。【熱き血の拳】のおかげで、どれだけ暴れられても担いで走るのに支障はない。
また、バケモノと罵られる。
本物のバケモノは死んだふりをしていた。今頃はもう牛に潰されているはずだ。
せいぜいグチャグチャになって、再生が遅れてくれればいいが・・・
屋内運動場まで走り、玄関に2人を捨てた。腰の剣を抜く気もないようだ。玄関に飛び込むようにして逃げてゆく。
(ああっ、シドってのがいない!)
ミツカの声だ。
・・・あのガキ、どさくさで上手く逃げやがったか。
検問所に走る前、ノコノコ出て来た兵を見殺しにしようか迷った。
運び屋なら、ルーデルなら見殺しに出来ただろうか。そう思いながら、ホテルの敷地に駆け込んで街灯や車の残骸を薙ぎ倒している牛の1頭に駆け寄って殴る。
(まだよ! あの小さな鳥を撃って、早くっ!)
タリエの切迫した声。
スナイパーライフルを出し、北の空に鳥を探す。
いた。
タリエ、あれは鳥じゃなくてコウモリだ。
構えると同時に、ふらついたコウモリが森の中に消えた。
(ふらついたように見えたが、誰か機銃を命中させたんか?)
(セミーさんの弾が至近距離を通過したように見えましたが、命中はしていません。衝撃で怪我をしたくらいでしょうね)
(充分だ。やるじゃねえか、セミー。初めて着いた銃座だろうによ)
(慣れてるからね。でも、逃しちゃってゴメン・・・)
(いいって。たぶんだが、ギリギリまで追い詰めたんだ。怪我もしてるなら、またここを襲うより移動を選択するだろう。一族に恨みがあるような事を言ってたしな)
(ヒヤマ、牛のクリーチャーが屋内運動場とホテルに体当りしています)
(・・・あー。この国の大事な基地だろうからな。ルーデル、機銃の弾を使っていいか?)
(たっぷりあるから気にするな。さあ、女性陣は好きに撃ちまくってくれ。今夜はごちそうらしいぞ!)
ルーデルの言葉に歓声が上がる。
どら、俺も手伝うか。
(お兄ちゃん、ジャマ!)
(あ、はい・・・)
ヘリはHTAを4機も運べるほど大きい。
それをニーニャとルーデルとヨハンで好き勝手に改造したのだ。出発前に聞いた説明では8つの銃座があって、敵が飛行機で襲いかかってきても死角がないらしい。俺が地上をちょろちょろしてたら、そりゃジャマにもなるか。
「にしても、ジャマって・・・」
(声も聞こえているんですから、愚痴るなら心の中にして下さい)
ウイが言う。【衛星無線】での個人通話だ。
(ニーニャがまた気にするといけねえもんな。しかし、音を聞きつけて屋内運動場から覗いてる兵は手伝う気ねえのかよ)
(一般人があれをどうこうするのはムリでしょう。武器は剣や槍なんですよ?)
(北大陸の人類の話を聞くと、ジャスティスマンやブロックタウンの親父さんがどんだけ凄い人間かわかるよな)
(ですね。というか、なんですかこれ。こんな楽なレベル上げがあっていいんでしょうか・・・)
パッパラー。
ウイの視界は俺の網膜ディスプレイにも映っている。
屋内運動場とホテルを避け、街灯の少し上でホバリングするヘリコプター。その銃座に座ってトリガーを1度引くだけで、経験値が50も入る。夢のような話だ。地べたを這いずってクリーチャーを狩っていた自分達が、どうしようもないバカに思えてくる。
(ヘリに乗ってるうちは、遠慮せずレベル上げさせてもらえばいい。全部倒したら、経験値は約5000だろ。笑いが止まんねえな)
(こんなレベリングがあってたまるかっ!)
(チックも驚いてるみてえだな)
(それはそうでしょう。そろそろ、【衛星無線】は切りますね)
(はいよ)
ホテルには騎士団がいる。見張り台は高さがあるので、地上に下りなければ怪我もしないだろう。玄関を背にして、屋内運動場を守ると決めた。
「ま、もう牛は全滅寸前なんだけどな・・・」
ホバリングしていたヘリは、今はもう敷地内を縦横無尽に移動している。
散った牛を撃てる位置に移動しては、次に向かっているようだ。生態感知スキルのあるタリエとルーデルの操縦の腕があれば、まもなくボーナスタイム終了だろう。
(チック、騎士団に無線はしたんだよな?)
(ああ。牛の群れが飛び込むと同時に、誰も外に出すなと伝えてある)
(それでいい。ボーナスタイムが終わったら、まず屋内運動場の兵隊に説明しに行ってくれ。検問所に20は兵を配置した方がいいな。それと、見張り台の死体も弔ってやらにゃ)
(屋内運動場にはオレが行く。ホテルにはセミー・・・)
(おい、セミーとは常に一緒に行動しろ。今までは知らんが、姿を消したりコウモリに姿を変えたり出来るバケモノが敵に回ったんだぞ。どうしても別行動するなら俺かルーデル、それかヒナを連れて行け)
(テメエとルーデルさんはわかるが、ヒナってのは色が白くって背の低い銀髪の女の子だろ?)
(俺より高レベルだ。見た目で騙されてんじゃねえよ。つーか、ルーデルはさん付けなのに俺はテメエ呼ばわりかよ・・・)
やっと出来た女友達にこんな嫌われるって、もしかして俺は「生理的に無理」とか言われるタイプなんだろうか。
日本じゃそれなりに告白とかされたんだがなあ。
まあ、雪のない時期はバイクで死ぬか生きるかのスリルを楽しむ事しか頭になかったから、付き合った事はねえけど。
(ヒヤマ、クリーチャーの掃討完了だ。降りていいのか?)
(早えなあ。みんなして、どんだけレベルが上ったんだか。まずはセミーとチックで屋内運動場の連中に説明。それが終わったらホテルだな)
(楽しみだねー、どんな人達なんだろ)
(・・・ニーニャ、ホテルに着いて来るつもりなのか?)
(ええっ、ダメなのっ!? 電化製品、特に暖房とか直してあげなきゃかわいそうだよう。食堂じゃ、ドラム缶で薪を燃やして暖を取ってるって、セミー姉ちゃんが言ってたもんっ!)
(スラムの連中よりもクソみてえな人間しかいねえんだぞ?)
(お兄ちゃんだって兵隊さんを助けたっ!)
(まあ、そうだけどよ・・・)
どうしたもんか。
セミーとチックがちゃんと説明をしているのなら、こっちの戦力を知っているから下手に出てくるとは思うが・・・
悩んでいると、見ているだけで寒そうなセミーとチックが走って来るのが見えた。
スピードを落とさず、セミーが俺の肩を叩いて玄関に入っていく。
続くチックとハイタッチをしようと上げた手は、見事にスルーされた。
(くくっ。フラれるヒヤマを見られるなんて、北大陸まで来た甲斐があるね)
(うっせえよ、ミツカ。今夜は覚えてやがれ。ウイとヒナのアイテムボックスには、風呂トイレ付きの一軒家が入れてあるんだからな!)
(そんなのまで用意してたのか、ヒヤマ?)
(ああ、ヨハン特製の家だ。砲撃や爆撃にもそこそこ耐えてくれるらしい。外壁にはタレットが付いてて、タリエのスキルでクリーチャーや敵対者を自動迎撃。ウイのセーフハウス系スキルも効くから、枕を高くして寝られるぜ)
(・・・それはもう、家じゃなくて基地と言うんだ。中にいるのは全員、レベル50オーバーの職業持ちなんだぞ)
(基地か。・・・よし、ニーニャ少尉)
(はいっ!)
(各員と相談して基地の名称を決定せよ)
(了解でっす!)
セミーとチックを先頭に、屋内運動場からぞろぞろと薄汚い連中が出て来る。
すぐに走り出した数人は見張り台の遺体の回収と交代要員で、他は検問所で見張りをする連中だろう。これまた白いはずの布が灰色に見えるほど汚れた、テントらしき物を背負っている男もいる。
「こっちはOKだよ」
「おう、じゃあホテルに行くか。見てるだけで寒そうだから急ごうぜ」
行こう、そんな感じでポンと叩いてしまった。
2人の尻を・・・
「あんっ」
「いい加減にしろ、この変態野郎がっ!」
「ちげえって、そんなつもりじゃなかったんだって。つい、癖で。おいおい、全力で蹴ってんじゃねえよ、怪我すんぞ?」
「うるせえ、今すぐパワードスーツ脱ぎやがれっ!」