駆け出しと中堅
(クッソ、まさか生体感知に引っかかんねえってのかっ!)
(その可能性も頭に入れておくべきだったわね。当たり前のように、現れた反応は消失したわ)
(ヘリからはもう見えたぞ。検問所のような小さな建物。そのドアの外すぐの位置に、男が1人倒れているな)
光点は消えている。
つまりその男はすでに死んでいるのだろう。
屋内運動場を過ぎて次の曲がり角を左折すると、すぐにその建物が見えた。
(シドはいねえのかっ!?)
倒れている男から湯気が上がっている。
この寒さで湯気がまだ出ているのだから、シドはまだそんなに離れてはいないはずだ。
(行き掛けの駄賃にあの人を殺し、ここを出て行ったならまだいいのですが・・・)
冷たいようだが、ウイの言葉は皆の本音だろう。
姿が見えないだけでなく、生体感知すら通用しない敵。マトモにぶつかり合いたくなどない。
(どこに行きやがった、あのガキ・・・)
ゆっくりと死体に近づきながら、油断なく周囲を見回す。
死体。
湯気は死ぬ前に漏らした糞尿から上がっているようだ。
パッと見た限りでは死体に外傷はなく、出血も見られない。
(まあ、俺の思い通りなら傷はここだ)
銃を持っていない左手で、死体の頭を動かす。丁重にだ。
体は動かさない。砲台島で運び屋が使ったブービートラップ。銃すら携行していないシドが爆発物なんて使うはずもないが、用心を怠るつもりはなかった。
(首の頸動脈に咬み痕、ですか・・・)
(こりゃ間違いねえな。ウイ、ニンニクって持ってっか?)
(迷信でしょう、そんなのは。それより、検問所の人達はどうするんですか?)
(声をかけてもいいが、味方だと信じちゃもらえねえよな)
(ええ。可動品のパワードスーツなんて見た事もないでしょうから、クリーチャーか野良ロボットだと勘違いされて、そのまま襲われる可能性もありますね)
(襲われねえにしても、この死体の説明が出来なきゃ拘束しようとするか。上空からシドの姿は?)
(見当たりません。どんなスキルを使用しているにしても、常に姿を消していられるとは思えないのですが・・・)
ならスキルではない?
いや、シドの名前は変化していなかった。
姿を消していられるのは不可視化スキル持ちか、ヘルハウンドのようなクリーチャーだけだ。シドがクリーチャーになったのだとしたら、砲台島のトロッグ兵のように名前が変化する。人間であるなら、姿を消すのも生体感知に反応しないのもスキルの効果だろう。
(どうしたって後手に回る事になるか。犠牲が出てから駆け付けるってのは気分がわりいな)
(ですね。でも、こちらの動きを見張られているとしたら・・・)
(シドは1人だ。俺とヘリを見張ってるなら、次の獲物に手は出せねえ。犠牲が出ねえのは好都合だが、何の解決にもなんねえな)
(襲撃の継続か、こちらの観察。どちらを選択したかよね。相変わらず、敵性反応はなしよ)
銃を構えながら、ゆっくりと移動する。
門に配置されていたのは3人。死んだ男はトイレにでも行こうとしたのだろう。帰りが遅ければ、残る2人が様子を見に来るかもしれない。
(崩れた壁の向こうにある木立ちまで下がって検問所を見張る。あそこなら、死体を見つけて騒がれても簡単には発見されねえだろ)
(今のところ光点に乱れもありませんし、あの少年もすぐに動くつもりはないようですね)
(ウイも見えてんのか、コレ)
(ええ、ヒヤマのUIである私には見えていますよ。私とタリエさんで、屋内運動場とホテルの光点は見ておきます)
(ありがてえ)
ブロック塀が崩れているのは、検問所がある道路から少し離れた場所だ。
それなりに距離があるので視界は斜めに確保され、検問所のドアの前にある死体を見張るのに不都合はない。
塀の向こうに身を隠し、死体が発見されるのを待つ。
(おい、変態野郎)
チックの声がしたのは、身を隠して10分ほど経った頃だ。
(どした?)
(セミーが限界だ。腕を掴んでなきゃ、すぐにでもハッチを開けて飛び降りるだろうな)
(気持ちはわかるが、なんとか押さえろよ)
(今までヤバイ時には、とりあえず突っ込んで暴れ回ってたからな。耐性がねえんだよ)
面倒だと心の底から思ったが、黙って見ていられないというセミーの気持ちもわかる。
(・・・セミー、聞こえてるよな?)
(うん)
(待つのも狩りだぞ)
(でも、待ってたら誰かが死ぬんだよ?)
(死ぬのは1人だ。誰かが死ねば、俺が走るからな。残る見張り台はルーデルが見てるから安心だぞ)
デブの寝室で見たシドは腰に剣を佩いていた。だが、死体には剣で付けられた傷はない。あったのは、首の咬み痕だけだ。ならばシドは剣で殺すより、吸血行為で殺す事を優先しているのだろう。
ルーデルなら被害者ごとシドを撃ち抜く事も躊躇わない。それは黙っておいた。
(1人も死なせずにシドを倒せばいいじゃない!)
餌が必要なのも狩りだ。
言いかけてやめた。死んだ男が検問所を出て15分にはなる。そろそろ残る2人が不審に思い、外に出て死体を見つけるだろう。
それでも言い募るセミーをその都度正論で黙らせながら、その時をじっと待った。
(お兄ちゃん、ドアが開いたよっ)
(機銃の準備! たぶん1人が残って、もう1人が屋内運動場かホテルに走るだろう。動いた方は頼むぞ、ルーデル)
(了解だ。見張り台はジュモ、頼むぞ)
(任せやがれデス!)
検問所では、顔を出した男が中に向かって何か叫んでいるようだ。
これで餌が散る。
俺は残った方を見張るので、シドが狙うなら屋内運動場かホテルに走った方だろう。
そして、屋外ではヘリに見られているから襲わないはずだ。
屋内に踏み込み過ぎれば俺の到着が間に合い、入口からすぐの場所なら高度を下げたヘリの的になる。
(襲撃場所の選択が鍵だぜ。駆け出しに正解がわかるか、シド・・・)
(低レベルで魔王の四天王に狙われるのですから、シドという少年も災難ですね。まあ、している事が猟奇的無差別殺人ですから、自業自得ですけど)
(俺が死んだら、「奴は四天王の中でも最弱。図に乗るなよ、コゾウ!」ってルーデルがヘリのマイクで叫んでくれ)
(縁起でもない。大体、シテンノウとは何だ?)
(魔王様の部下だよ。俺達の世界にあったマンガやアニメの話はしただろ、それの中で・・・)
(ヒヤマ、道路に生体反応!)
走る。
道路ならブロック塀のこちら側だ。
敷地には戻らず、生い茂った木々の枝を体でへし折りながら走る。
(あれかっ。全機銃、撃てっ!)
ルーデルの声を聞きながら道路に飛び出した。
道幅は思っていたよりある。これなら、ヘリの機銃に誤射される事もないだろう。
シド。
何かを敷地に向かって投げたようだ。
視線が交錯する。
「ガキが調子に乗るからくたばるんだよっ!」
マグナム。
この距離なら外さない。
思いながらトリガーを引いた。
衝撃。轟音。
首から上を吹っ飛ばされたシドの体が、何かを投げた姿勢からバランスを崩して、音を立てて雪道の上に転がった。
(やった!)
(・・・良い腕してやがる)
言ったのはセミーとチックだ。
2人も【夜鷹の目】を取っているのだろう。
尾を引いていた銃声が消え、辺りに静寂が満ちてゆく。
検問所の2人は騎士団の人間ではない。ならば、銃声を聞いてここに来るだけでも大変な事だろう。それでも、すぐに木立ちに戻るべきだ。
(・・・何かおかしくないですか、ヒヤマ?)
ウイが言うなら、何かあるのかもしれない。
思いながら検問所を見る。
(そういや何を投げたんだ、シドは・・・)
(ちがう)
(ヒナ、何が違うのですか?)
(ゆげ。ちは、あたたかい)
誰かの息を呑む音を聞きながら振り返った。
向けた銃口の先には、死体がある。シド・ズィ・カナバル。死体の上には、まだ名前が表示されていた。
「バケモノが・・・」
トリガーを引く。
死体が跳ねた。
(血も、肉片も舞っているのに・・・)
(湯気は出ねえ。温度がねえなら、凍ってんじゃねえのかって話だよな)
言いながら、もう一度トリガーを引いた。
跳ねた死体が、緩慢な仕草で立ち上がる。飛び散った血肉や脳漿が宙に浮くと、それらはシドの首の上に移動した。
すぐに、シドが元の端正な顔立ちを取り戻す。
「よう、バケモノ」
「はじめまして、野蛮人」
「ああ。はじめまして、死ね!」
残る弾は4発。
そのすべてをブチ込んで、素早くマガジンを交換した。
「まだ生きてんのかよ。ホントにバケモノだなあ、シド?」
「・・・ふむ。やはり騙されてはくれませんか」
「まあ、もう騙されはしねえな」
またもやシドはかすり傷すらない顔を取り戻し、顔を歪めるようにして笑っていた。
「ですがこれでわかったでしょう。僕は殺せない。どこのどなたかは知りませんが、ジャマをするなら容赦はしませんよ?」
「でかい口を叩くんじゃねえよ、駆け出しのコゾウが。ご自慢の牙とそんなちゃちな剣だけで、どうやって俺を殺すってんだか」
「それはこちらのセリフですね。死なない相手を、どうやって殺すので?」
キョトンとしているシドは、そこらにいる顔がいいだけのガキにしか見えない。だが、この男が吸血行為で人を殺した事はたしかだろう。地球での物語のように、死者を使役しないのはラッキーだ。
それにしても、バケモノになってもガキはガキか。
「な、何を笑っていすのですっ!?」
「・・・笑ってたか、わりいわりい。あんまりにも平和ボケしたセリフなんでよ」
(悪い笑顔なんでしょうねえ・・・)
(自分を侮ってくれる人間にはあの悪い笑顔を見せるよねえ、ヒヤマは)
「不死の存在を前に、よくもそんな戯言を!」
「・・・死なねえなら、死ぬまで殺すまでだ」
銃弾を、シドの肘にブチ込む。
「まだ撃ちますか、野蛮ですねえ。親の顔が見たい」
「・・・血は飛んだが、その後の出血はねえな。それに、痛覚もねえのか。便利な体だなあ、バケモノ」
「不死の存在。この国の王にふさわしいでしょう?」
「姫様に惚れてんのか?」
「さあ。ですが、野暮用を終えたら迎えに行きますよ。一緒にいるフェイレイさんは、我が妻に悪影響を及ぼすと思われますので」
「飴玉でも買いに行くのか?」
「いえ、ちょっと一族を根絶やしにしておこうと思いまして」
「良い息子を持って、親御さんもさぞや喜んでるだろうな。だがよ、行かせると思うのか?」
「そちらこそ、僕を殺せると思うんですか?」
「思うね。言っただろ。死ぬまで殺す、ってな」
撃つ。
今度は顔面だ。
倒れたシドに銃口を向けたまま待つ。
「早く生き返れよ。その瞬間に、また殺してやる」
シドの肉片は動かない。
なぜだ。
そう思うと同時に足裏から振動を感じ、耳には地響きのような音が届いた。
(ヒヤマ、クリーチャーがそっちに向かってるわ。数は、約100!)