ハンターズネスト
部屋の中で見つけた鍵で、別荘を施錠した。中の物は、食料品から使える電化製品までしっかりいただいてある。布団やテーブルは、そのままだ。帰りにもここでお楽しみなのだから、それは譲れない。
「一応、運転席も見ましょうか。ガラスは割れてるようでしたが、なにかあれば儲けものです」
「その前に試し撃ちだな。赤マーカー3。サハギンだ。ミツカ、かましたれ」
「スキルから行くよ。でも、まだ遠いか」
とりあえず接近待ちらしいので、他の敵がいないか見ながらタバコを吸う。寝室に10カートンも買い置きがあったから吸い放題だ。
「好きなタイミングでやってくれ」
「射程は300メートルなんだけどね。あそこで倒したらウイを歩かせることになる」
「いいからやっちゃいなさい。接近されて怪我でもしたら、ドクターXの無駄よ」
「わかった。【ワンミニッツタレット】!」
ガシャンという音とともに、河原の砂利に俺の腰くらいの高さの自動銃座が現れた。駆動音の1つもなくそれはサハギンにレーザーを連射しはじめ、すぐに止まった。
パッパラー。
「た、倒しちゃった・・・」
「アサルトライフルの試し撃ちは次ですね。そしてレベルアップ」
「おめ。俺は昨日、【地獄の壁】を取ったけど、ウイはなんか取らねえのか?」
【地獄の壁】は、筋力と体力を20ずつアップするパッシブスキルだ。これにより俺の筋力は72、体力は70になっている。
「2人ともおめでとう」
「ありがとな、ミツカ」
「ありがとう、ミツカ。【パーティー無線】を取得して、残りは今のところは溜めておきます。修理が必要な物を手に入れたら修理を上げ、誰も対処できない事態が持ち上がったらそれに対応するスキルを取得しますよ」
「なるほど。気を使わせて悪い。【パーティー無線】ってのは?」
(これですよ。聞こえますか)
「うお、なんだこりゃ」
「ウイの声が頭の中にっ!」
(声に出さないで伝えようと念じてください。声に出さずにスキルを使う要領です)
(なるほど。こうか?)
(これでいいのかな?)
(そうです。2人とも上手ですよ。これがあれば、ミツカの【嘘看破】と【犯罪者察知】を活用しやすくなります)
(たしかに)
(頑張るよ、あたし)
「もう普通に喋ってください。使い過ぎたら、無口な怪しい3人組ですよ」
やれやれとでも言うように、ウイが腰に手を当てた。
だって、これがあればミツカを公衆の面前で罵倒してハアハア言わせるとか出来るんだぞ。夢が広がるじゃないか。
「ヒヤマ、顔がエロいぞ。なに考えてるんだ?」
「失礼な。なんも考えてねえよ。それにしてもミツカ、【ワンミニッツタレット】は強力なスキルだな。25ダメのレーザーを連射してたぞ。リキャストタイムは?」
「1時間。ちょっと長いんだ」
「俺の【ワンマガジンタイムストップ】もそうさ。サハギンを回収して来る。2人は運転席を頼むな」
「ありがとう。ミツカ、行きましょう」
「わかった。ありがとうヒヤマ」
3匹のサハギンをアイテムボックスに回収して戻ると、タレットは消えていた。運転席から、2人の笑い声が聞こえる。
「楽しそうだな。どした?」
「ヒヤマ、見ろコレ」
広げられた雑誌の絵は、銃を持った軍人の大男が金髪の小柄な少年を組み伏せてる物だった。すんごい体位ですね、ズッポリです。
「そんなもん見せんなっての。めぼしい物がないなら行くぞ」
「つまんないですね。興味なしですか」
「当たり前だ。それに興味あったら、お前らも巻き込まれるんだぞ?」
「それは拒否します。これは見て楽しむものです」
「たしかに、一緒にどうこうは嫌だな」
道路に戻って、昨日と同じ隊列で歩き出す。今日も暑い。この世界に来てから雨に降られていないが、こんなんで大丈夫なんだろうか。
3時間ほど歩くと、昼メシの時間になった。道路に座り込んでサンドウィッチを齧る。
「サハギンが少なくなってねえか?」
「ええ。別荘から3時間、1匹も見当たりません。シティーの冒険者の活動範囲に入ったのかもしれませんね」
「なるほど、1日でシティーからハンターズネストへ。ハンターズネストからこの辺りまで1日狩りをして戻ると。まあ、あたしが知ってる冒険者はこの辺りにはいないからなあ」
「なら、今夜にはハンターズネストか」
「その事なのですが、ハンターズネストの船に乗せてもらう交渉をさせてもらえませんか?」
「・・・時間短縮は魅力的だがな。揉め事になる可能性は高いぞ」
「承知の上です。ですが上手く交渉できれば、いくらかの硬貨で行き帰りが2日短縮できます。ああ、ブロックタウンへの移民も使えるかもしれませんね」
「それはありがたいけど、あたしはヒヤマの判断に従うよ」
ミツカが冒険者にどんな交渉をするかは知らないが、船を使えるならそれは有利に運べるかもしれない。人を殺す覚悟さえあれば、やる価値はあるか。
「わかった。ただ、殺しは俺がやる」
「ミツカの嘘看破と犯罪者察知があります。不意打ちは受けないでしょう。それならば、勝機は充分にあります」
「だな。ヒヤマだけに人殺しはさせない」
気持ちは嬉しいが、そうなったら【ワンマガジンタイムストップ】で終わらせよう。
「わかった。それで行こう。夕方までには到着したい。急ぐぞ」
「ええ」
「わかった」
早足の行軍がはじまった。サハギンが出ないので、負担は少ない。別荘までが、敵が多すぎる道だったのだ。
空が赤く染まる前に、なんとか俺達はそこに辿り着いた。
「あれが、ハンターズネストですか」
「人影はなし。マーカーも範囲外だな」
「あの建物が事務所だろう。このアサルトライフルを試すにはいい場所だ」
「殺る気で行くなっての。何してんだ、ウイ」
「スパッツを履きました」
「ズボンを履く発想はねえのか?」
「ミニスカ好きのヒヤマのせいで、これが固定装備です」
俺のせいかよ。すまんかった。でもパンチラは尊いものです。
「行こう。交渉はウイ。【嘘看破】と【犯罪者察知】でミツカが補佐。俺は護衛だ。マーカーが赤になったら、ショットガンで【ワンマガジンタイムストップ】を発動する。敵が残っているなら、【ワンミニッツタレット】を頼むぞ」
2人が頷いたのを確認して、ハンターズネストに向かう。
「意外としっかりした桟橋なんだな。クルーザーも錆はあるが、立派なもんだ」
「ですが、出港準備はしてませんね。船は出ないのかもしれません」
「事務所に行ってみればわかるさ。アサルトライフルの準備は万端だぞ」
「抜くのはマーカーが赤になったらな。入るか」
鉄製のドアを拳で叩いた。
返事はない。
「入ろうか」
「いえ、黄マーカー接近。ドアが開きます」
言葉の通り、鉄のドアが軋みながら開いてゆく。顔を出したのは、しわくちゃの老人だった。運河の船長という職業持ちだが、見た目は人の良さそうな婆ちゃんだ。
(助かったな。職業持ちなら、話は早いだろう。ただ、油断はすんなよ)
「おや。腕っこきだねえ。ようこそ、ハンターズネストへ」
「ああ。ここがサハギンを買い取る場所で間違いねえのか?」
「そうだよ。まあ、入るといい。今日は冒険者が来ないから、飲みはじめようかと思ってたところさね」
「邪魔するよ」
中は、それなりの広さだ。買取時に使うであろうカウンターの奥には、学食にあるような大きなテーブルがある。
「そっちのテーブルにかけとくれ。飲み物を出すよ」
「気前がいいな」
「なあに、職業持ちのパーティーに媚びを売りたいだけさね」
「こっちもそうさ。ビールとウイスキー、ワインならどれを飲む?」
「ほう。目的は船かねえ。まあいい。ワインを貰うよ。ニーニャ、ニーニャ!」
でかい声だな。元気すぎんだろ、婆ちゃん。
テーブルに向かい合って座ると、ウイが黙ってワインを3本とグラスを5つ置いた。まだ交渉する段階ではないとの判断だろうか、ウイもミツカも黙ったままだ。
「なになに婆ちゃん、年なんだからそんなおっきい声を出しちゃダメだよ」
「お客様だ。サハギンのスープと適当なツマミを持ってきな。粗相をするんじゃないよ」
「わあ、若いのに3人して職業持ち。たしかに、ゴハンの1つでも出さなきゃならない上客さんだね。すぐに用意するー」
隣の部屋から顔を出した可愛い子ちゃんが、そう言って引っ込んだ。小学生くらいか。ソバカスがチャームポイントの栗毛で、将来が楽しみな顔立ちだ。
「孫かい?」
「ああ。息子夫婦はシティーでね。こうしてたまに泊まりに来るのさ」
「だからか、天井のタレット」
「赤マーカーを即座に撃ち抜くさね。孫の職業はジャンクヤードの修理屋。あの子の自信作だよ」
「車やバイクも修理可能か?」
「よほど状態が良くないと無理さね。修理は経験値が入らんからね。最近は初潮を迎えたから、泊まりに来たらシティーの反対側にサハギンを狩りには行くが、孫はレベル8。まだまだ無理だよ」
なるほど、サハギンが出なくなったのはそれか。
「お待たせー。お兄ちゃんお姉ちゃん、サハギンばっかりでごめんね」
「いいえ。サハギンじゃない物もありますよ。ニーニャちゃんも座って一緒に食べましょう」
「わっ。缶詰! こんなの食べた事ないよ、いいの!?」
「ええ。ジュースもありますよ。さあ、お座りなさい」
「やったー!」
ウイが缶詰を皿によそい、ジュースを注いでニーニャちゃんに渡す。ちゃんといただきますをしてから、ニーニャちゃんはジュースを口に運んだ。
「美味しいっ!」
「良かった。たくさん食べて飲みなさい。まだまだあるわ」
(子供好きだったんか、ウイ)
(病院で、よく子供の相手をしました。好きか嫌いかなら、好きですね)
「婆さんも食ってくれ」
(病院だと。ウイ、病気なのか!?)
(ヒヤマのおかげで、もう完治したんですよ。心配してくれてありがとう、ミツカ)
「やれやれ。こっちがごちそうになり過ぎだね。交渉が怖いよ」
「そっちが損をする事にだけはしない。それは信じてくれ」
「保安官の仲間だ。信用するさね」
「俺はヒヤマ。黒髪のメガネがウイ。赤毛のポニーテールがミツカだ。よろしく頼む」
「あたしゃサーニャ、ニーニャはもうすっかりウイちゃんに懐いてるからいいか。よろしく頼むよ」
「じゃ、乾杯」