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バカ2匹




「セミー姉ちゃんー!」

「ニーニャ!」


 ニーニャがリビングから駈け出して来てセミーに抱きつくのを、全員が笑顔を浮かべて眺めている。


「うん、感動の再会だな」

「ですね。姉に会うために海まで渡った妹の旦那が姉の友人にセクハラして殴られ、頬を腫らしてなければですが」

「そりゃ言いっこなしだ。ニーニャ、ちょっとこの国が大変な時だからそのくらいでいいか?」

「うんっ!」

「ありがとな。まずはウイ、セミーとチックに熱い飲み物を」

「はい」

「テメエに呼び捨てを許した覚えはねえんだが?」


 腕組みをして立つチックが吐き捨てる。


「そうツンケンすんなよ、チック。俺とおまえの仲じゃねえか」

「どんな仲だっ!」

「セクハラの加害者と被害者。もしくは同族嫌悪で犬猿の仲、でしょうか」

「・・・煽る気しかねえなら黙ろうか、ウイ」


 笑顔で言ったウイの頭を撫でておく。

 どうやら、それなりにお怒りらしい。チックめ、黙ってりゃあバレなかったのに。


「さて。リビングで休みながら積もる話でもと言いてえが、状況はそれを許しちゃくれねえ。ルーデルの意見も聞きてえから、ここで話すぞ?」

「そうね。どう動くにしても、早く決断した方がいいわ」

「えっとヒヤマ、さん?」

「ヒヤマでいい、セミー。これでも義理の弟になるんだからよ」

「・・・そ。じゃあヒヤマもタリエも、何をそんなに焦ってるの?」


 やはり説明が必要か。

 言葉にするのは簡単だが、あの違和感と禍々しさをどう説明すれば信じてもらえるのだろう。


「まず、相手はシドって男だ。まあガキって言ってもいい。俺と同年代のな」

「・・・シド・ズィ・カナバル。古くは北方の龍とも称された名家の嫡男。一族で唯一の職業持ち。幼少期より騎士団に入れられる。18になった今も最年少騎士団員」

「詳しいな、チック?」

「相棒がお人好しの考えなしなんでな。なるべく情報は集める事にしてる。情報の大切さは、タリエとの付き合いで身に染みてるし」

「そうか。じゃ、続きだ。最初は、見目のいいガキが変態に嬲られてるだけだって気にもしなかった。女ならすぐに助けてやるが、男が反抗もしねえで良いようにされてんじゃねえって思ってよ」

「コーヒーです、どうぞ」


 コーヒーのいい香りに鼻をくすぐられ、タバコを咥える。

 釣られて箱を出したチックがそれを握り潰したので1本差し出すと、嫌な顔をしながらも取ってくれた。


「ほれ、ライターも」

「火はある。放っとけ」

「そうかい。そんでまあ、行為が進んで狙撃。死体を自分の上から退かすのに、シドってガキは足で蹴ってやがってな。そこで俺は、違和感に気がついた」

「違和感?」

「タリエも死体を足蹴にしてるって言ってたが、そんなのは当然だろ。されてた事を考えたらよ」

「そりゃ俺やオマエにとっての当然なんだよ、チック。戦う人間なら、ハナっからそんな事を許しやしねえ。それに、死体を蹴ってからのあのガキの纏う雰囲気は手練なんてもんじゃなかった。バケモノとしか言いようがねえよ」

「たくさんの外道に会ったけど、見てるだけで吐き気がしたのはあの子だけ。私がそこまで言えば、少しは信じるかしら?」


 セミーとチックは、すぐには言葉が出ないようだ。

 理解しろというのがムリな話なのだろうか。2人は、あの時のガキの変わりようを見ていない。


「とりあえずコーヒーを飲むといい。ウイちゃんの淹れるコーヒーは絶品なんだ」

「あ、ありがとう。空の英雄、だよな?」

「まあ、そんな風に呼ばれる事もあるな」

「悪いが時間がねえ、続けるぞ?」

「あ、ああ。さっさとしやがれ変態野郎」

「この扱いの差、泣けるねえ。で、その前にあのガキは至近距離で血を浴びた。口にも入っただろう。たぶんな」

「だからってバケモノになるかよ。虫も殺せねえようなガキだぞ?」

「だからその虫も殺せねえようなガキが、血を浴びた途端に死体を足蹴にしたんだよ。そんでその後すぐに、死体の首から血を啜った。おかしいと思わねえのか、チック」

「そりゃ・・・」


 騎士団とやらが実戦で活躍できる組織なのかは知らないが、内戦中の国で実戦経験がゼロって事はないだろう。それなら、シドのレベルも1ではないはずだ。

 だとしたら、吸血鬼という隠し職業、いや、サブ職業でも手に入れたというのか。


「ついでに言うと何らかのスキルで姿を消す直前、シドは網膜ディスプレイを開くような仕草を見せた。レベル1から2になるのに必要な経験値は10。あの時にスキルポイントを使って不可視化スキルを取得したなら、そのスキルポイントはどっから来たんだって話だな」

「まさかヒヤマ。あのシドという少年は、吸血行為によって経験値を得たと?」

「わかんねえ。あのガキが得たのが不可視化スキルなのかも、サブ職業とでも言うべきものなのかも」

「バカな。シドはあれでも騎士団員。首都でも城門前で反乱軍に発砲してた。レベルが1はねえ。それにサブ職業ってなんだ。シドの職業は・・・」

「木漏れ陽の揺れる水車小屋の番人。それは俺達も確認してる。それこそ、奴が姿を消すその瞬間にもな」

「だったら!」

「水車小屋の番人なんて職業の、しかも低レベルのガキに、自分の姿を消すようなスキルがあるかよ」


 チックが口をへの字に結ぶ。

 表情のあまり変わらないクールビューティーかと思ったが、どうやら口が悪くて気性の荒い女のようだ。


「もうこの2人はいいわよ、ヒヤマ。ここまで言っても危機感を感じてはいないようだし、時間のムダ」

「そうは言ってもな。俺達からすりゃ、港の騎士団なんてどうでもいいんだ。助けるどころかむしろ餌にして、バケモノごとハルトマンの狙撃で殺っちまってもいいくれえなんだぜ?」

「ですね。というかセミーさんとチックさんが助けるべきだと言っても、うちの誰か1人でも怪我をする可能性があるなら見殺しにするべきです。まあ、ヒヤマにそれを期待しても意味はないと思いますが」

「だがよ、あのバケモノだけは俺が狩らなきゃならねえ。これは譲らねえぞ、ウイ」

「いつか彼が、コウモリになって海を渡って来るとでも?」

「レベルを上げられる前に殺す。勝率を上げるためにもな。あんなのが隣の大陸にいちゃ、おちおち子作りも楽しめねえ」

「せめて、運び屋さんにだけでも来てもらいませんか?」

「レベルを上げられて、俺じゃ敵わねえようなら今回は逃げる。そしたら次は、俺と運び屋のHTAにルーデルの戦闘機とタンゴのヘリを持って来て総力戦だ」


 考えたくはないがここで倒せなければ、バケモノ1匹を相手に戦争を仕掛ける事になるのかもしれない。


「私達の国も大事な時期だというのに・・・」

「そろそろかな。セミー、騎士団の誰かに無線をしてみるといい」

「へっ。なんで?」

「あのバケモノがあのまま姿をくらまさず、闇に紛れて人を襲ってるとすれば、そろそろ騎士団も異変に気がつく頃だ」

「それはないと思うんだけど・・・」

「セミーは人がいいからそう思うんだよ。力がなくって虐げられてた男が力を手に入れたんだ、黙って消えてくれるはずがねえ。いいから異常がねえか訊いてみろ」

「・・・わかった」


 しかし本当に、血を口にした事がトリガーとなって新しいスキルや職業を取得する。そんな事があるのだろうか。

 しかもそれがスキルなら1段階目が吸血によって経験値を得るスキルで、2段階目が自身を不可視化して敵の攻撃を無効化するスキル。いくらなんでもそれはない。

 サブ職業なら、運び屋やルーデルにも授けられなかったのになぜあのガキに・・・

 気弱なガキなりに気合入れて、どこかで人助けでもしてたのか?


「あー、元々スキルポイントを持ってたとすりゃ、吸血行為によって経験値を得たとも限らねえのか。それなら、あれが最上スキルって可能性もある」

「ですね。チックさん、騎士団の方はそんなに高レベルなのですか?」

「それはないな。反乱軍と戦ったのも1度だけだし、こっちに来てからもホテルにあった保存食を食い潰して遊んでるだけだ。貴族の間じゃ、職業持ちにレベル上げをさせるなってのは常識らしい」

「なら、最上スキルには届かねえな。そしてサブ職業を得たなら、あんな短時間でスキルの確認なんか出来やしねえ」


 数瞬だけ不自然に動きを止めた時、網膜ディスプレイを操作していたのではないとしたら何だ。

 無線を飛ばしているセミーが息を呑む。

 ・・・無線?

 誰かがシドを吸血鬼にしたって事はないのか。職業持ちが血を口にしたぐらいで新たなスキルを得るよりも、何らかのエクストラスキルで人をバケモノに変える方がまだ信じられる気もする。

 クリーチャーを世に放った大戦時の敵のように。


「なんか食堂がパニックになってる!」

「騎士団か?」

「うんっ。何人かに無線したけど、さっぱり要領を得ないのっ!」

「セミー、ドッセルに無線。奴なら肚が座ってる」

「わ、わかった」


 タバコをチックに差し出す。

 俺も1本取った。


「あの港にいるのは何人で、どういった連中だ?」


 ライター。

 小さな火を分け合うのを、チックは嫌がらなかった。

 顔を寄せた拍子に、チックの耳にかけていた髪がサラリと落ちる。清潔そうな、艶のある髪だ。


「騎士団員が約30。文官が20。一般兵が100。それに、雑事をする非戦闘員が30だな」

「犠牲の10や20はガマンしてもらう」

「オレはいいんだ。ただ、セミーが哀しむな」

「力は貸す。終わったら慰めてやればいい」

「報酬は出ねえぞ?」

「いいさ。さっきの操船は、バカにしか出来ねえ。俺は、バカが嫌いじゃねえんだ」

「テメエもバカだからだろ?」

「わかってんじゃねえか。陸戦には俺1人で出る。レベルは70」

「オレとセミーは58だ。12も上かよ」

「戦闘で肝心なのはレベルじゃねえさ。ただ、今回は乗り物を出す余裕はねえ。遠慮してもらうぞ」

「オマエらの言うHTAがある。2つだ」

「操縦者が剥き出しの、だろ。ニーニャが改造するまでは使わせねえよ」

「チッ・・・」


 ウイが何も言わずに灰皿を差し出す。

 チック、俺の順番で長くなった灰を落とすと、セミーが歯を食いしばる音がコックピットに響いた。


「3階で掃除のおばちゃんが、遺体で発見されたって。それにバケツを叩いて集合をかけてるけど、10人くらいが食堂にまだ来てないって・・・」



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