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合流




 肩に手が置かれる感触。振り返ると、ウイだった。

 悔やむ前にするべき事がある、その目はそう言っているようだ。


(・・・タリエ、2人を説得してみせると言ったな。すぐにやってみせろ)

(どうすればいいの?)


 覚悟を決める。

 俺は理想家と呼ばれる類の青臭いガキだが、状況は客観的に見極められるつもりだ。

 誰にどれだけ罵倒されても、俺は決めなくてはならない。


(あのバケモノがそのまま動くなら、あの港は全滅するかもしんねえ。だが、ニーニャの姉と相棒ってのは身内だ。このまま狙撃体勢でバックアップする。理由はなんでもいい。すぐにあの建物から出て、ガンシップでこちらに向かえと)

(キツイわね。自分達だけ逃げろなんて言われて、はいそうですかと頷く連中じゃないのよ・・・)

(それでもだ。30秒で説得。説得失敗ならヘリで港を掠めるように飛んで、俺がハルトマン単騎で突入だ。残念だがそうなれば、隣国の王がこの国に奇襲をかけたって事になる。戦争になりゃどれだけの人間が死ぬかは、あっちの2人にだってわかるだろ?)


 網膜ディスプレイにタリエが映る。

 束の間、見詰め合った。


(・・・本気、なのね。あの2人まで見殺しにするのが、国としては最良でしょうに。すぐにやり込めて海に向かわせるわ)

(頼んだ。ウイは双眼鏡で索敵開始。ありゃ、ただの不可視化スキルじゃねえ。最悪の状況も頭に入れとけよ)

(了解!)


 ズーム。

 ヨーロッパ辺りの古い港街を戦場にして、数百年ほど放置したような街並みだ。

 明かりは極端に少ない。それも篝火がいくつか焚かれているくらいでしかないので、普通の人間が暗視スキル持ちに襲われればロクな抵抗も出来ずに殺されてしまうだろう。

 ホテルの正面入口には、歩哨すらいないようだ。


「チッ。兵の配置も確認せずに狙撃した自分を殴ってやりてえぜ」

「仕方ありませんよ。箸の上げ下ろしより簡単なミッションのはずでしたから」


 煉瓦道。街灯はあるが数百年の間放置されたそれが、明かりを灯すために作られた物だなどと知る者もいないのだろう。根本には雑草が生え、本体は曲がったり錆びたりしている。

 桟橋。人影はない。繋がれて波に揺れているのは船ではなく、以前の戦争で墜とした大型爆撃機より二回りほど大きい飛行艇だけだ。

 その飛行艇の上まで舐めるように人影を探し、またホテル正面入口から桟橋のすべてを確認した。


(ホテル正面入口から桟橋までクリア。まだか、タリエ!?)

(・・・くっ。待って。・・・ああ、もう。・・・いい加減にしろよメスブタ共が! 今すぐに走り出さねえと、ヒヤマのでっけえチ○ポを穴って穴にブチ込んで乗り殺すぞ、ゴルァ!!)


 ・・・良かった。

 メスブタ発言で咄嗟にニーニャへの無線を切断したのはファインプレーだ、俺。


「・・・ナイス判断です、ヒヤマ。それにしても、タリエさんがああも取り乱すとは。やはり幼なじみというのは、家族のように大切な存在なのですね」

「取り乱すってレベルじゃねえぞ・・・」

(よし、動いたわ。あら、ニーニャちゃんが無線が切れたって言ってるわよ、ヒヤマ?)

(あ、ああ。すぐに繋ぐ。敵は顔立ちの整ったガキ、不可視化スキルを所有している。もし襲撃されても、2人が対処すると決めて動くより早く狙撃可能だ。だから、何も気にせずこちらに全速力で向かえと伝え、て下さい)

(わかったけど、なんで敬語なのかしら?)

(なんでもねえよ・・・)

(正面入口ドア、開きました!)


 飛び出して来たのは、小さな人影が2つだ。

 肉付きの良いポニーテールと、痩せっぽちのおかっぱ頭。何かを喚き合いながらも、その足はしっかり桟橋に向いているようだ。


(あれがニーニャの姉か。どっちがそうなんだ?)

(うおおーっ、セミー姉ちゃんだようーっ!)

(胸とお尻の大きい方よ)

(ポニーテールか。敵影はなし。今は何も気にせず走れと)

(了解)


 無線で話しながらも、視線は絶えず動かしている。俺も、ウイもだ。


(そういやウイ、隠密を看破するスキルを取ってたよな。あのバケモノには?)

(まったく効果ありませんでしたね。まあ、あれが瞬間移動か何かのスキルでなければですが。それに、私が取得したのは初級のみですからね)


 2人は瞬く間に桟橋の突端まで到達し、ハンキーほどの大きさのガンシップを出して乗り込んだ。


(操縦はおかっぱ頭。ロケットを飛ばすくれえだから、当たり前か)

(酒でも飲みながら話をしてみたかったが、それもしばらくはお預けだな。水面ギリギリでホバリングして2人を回収でいいか、ヒヤマ?)

(ああ、それでいい。そんじゃタリエは・・・)

(もう伝えたわ。ただ、どっちもまだ状況を飲み込めてないから、ヘリに乗り込んだらああだこうだうるさいかも。しつこいようなら、リビングに通す前にそっちで躾をしてやって)

(いやいや、説明もちゃんとせずに急がせてんのは俺だ。それに、2人を死なせたくねえってのも俺のワガママだからな)


 さっきの啖呵を聞いたら、冗談でもそうするかなんて言えない。

 ガンシップは冬の波を切り裂き、素晴らしいスピードでこちらを目指している。


(問題なく合流できそうですね)

(まだ気は抜けねえさ。俺は2人を視界に入れ続けて、何か現れたら即座に撃ち抜く。ウイは周囲を頼むぞ)

(わかっています。合流直前にヘマなんてしませんよ)


 ガンシップの2人は振り返りもしない。

 こちらを信じて今はまずヘリとの合流だけを考えているのか。それとも、やはり事態を軽く見ているのか。

 おかっぱ頭がこちらを指差して叫ぶ。どうやら悪態をついているようだ。

 港に何人の兵や文官がいるのかはわからないが、そのすべてを見殺しにする覚悟で俺とウイが自分達だけを見ているとは思いもしないのだろう。


「ま、後者だろうなぁ・・・」

「ヒヤマ、そろそろ高度を下げるぞ?」

「頼む。2人が乗り込んだら、すぐにハッチを閉めてくれ。ウイは、2人の体ギリギリをパワードスーツを装備したまま確認。俺は、あー。・・・コックピット内を拳で盲打ちでもすっか」

「ウイを今の内にリビングに下げれば、コックピットでサブマシンガンの弾をバラ撒き、跳弾で侵入者の察知が可能なのデス」

「おお、その発想はなかった」


 見えない敵。

 その体の大きさも、移動する方法もわからない。


「えっと、そんな事をして計器が壊れたりしないんですか、ジュモ?」

「壊れるに決まってるデス!」

「・・・一瞬でも感心したのがバカみてえだ」

「というか俺とジュモとヒヤマは平気かも知れんが、あの2人が穴だらけになるだろう」

「かなりHPがあるみてえだし、大丈夫かなあってさ。どっちも俺と同じくれえあるみてえだし」


 名前の下にあるHPバーは、パーティーを組まないと数値化されて見えない。だが、素のHP50とHP100の人間では明らかにHP100の人間のHPバーの方が長いので、ある程度のHPは推察できる。

 運び屋から聞いたところによると、奴のHPバーはある日を境に長さを変化させなくなり、その数値だけが上がっているという話だ。つまり、現在確認されている限りでは運び屋とヒナ、それにルーデルのHPバーの長さが表示限界。ジュモはHPバーどころか、名前すら表示されていない。

 俺、ヒナと並び、それを見比べるウイの視点でじっくり観察もしてみたが、運び屋とヒナのHPバーの長さを10とすれば、俺はまだ7くらいだった。


「冗談はこれくらいにしようか。スロットルを絞るのが遅い。あの様子じゃ、このヘリに飛び移ってガンシップが激突する直前に収納してみせるつもりのようだぞ?」

「へぇ。ルーデルほどじゃねえにしても、操縦の腕は確かだって事か」


 狙撃体勢を解き、対物ライフルを収納して左にマグナムだけ持っておく。

 ビクニが婆さんに渡し、婆さんから俺に譲られたこの銃は、まだ生き物こそ撃っていないがその威力は確認してある。もし外しても跳弾せず、ヘリの内装を食い破ってくれるだろう。

 コックピットと言うよりブリッジのようなこの場所だが狭い事に変わりはないので、サブマシンガンよりも取り回しの良いマグナムがいい。

 飛び移るためのスペースを空けるために立ち上がると、おかっぱ頭と視線が交錯した。

 睨み合う。

 そのまま下がって場所を空ける。もちろん、ウイもだ。

 俺を睨みながら、おかっぱ頭は大きくハンドルを切った。


「かなりのスピードだ。イカれてやがるぜ」

「まるでヒヤマの運転のようだな。見ている方は気が気じゃないが、本人は自信満々だ」

「相棒も落ち着いてらあ。ニーニャの姉から跳び移るか。ま、当たり前だわな。それにしても、ニーニャの姉は良いカラダしてやがるぜ」

「・・・おい、ウイちゃんが銃を抜きかけたぞ。冗談でもやめておけ」

「お、おう。・・・ニーニャの姉が跳ぶぞ!」


 ガンシップは横滑りするような航跡でヘリに迫っている。狭い挺の上で、ニーニャの姉は助走を取った。

 ジャンプ。


「見事な身体能力だ。さすがはカチューシャ家の長女、ニーニャちゃんの姉だな」

「うっは、ニーハイにちっせえホットパンツで大ジャンプ! 下からのアングルで見てえなあ。つかあれ、普段からケツほっぺが見えてんじゃね?」

「オマエは・・・」


 ニーニャの姉が跳ぶと同時に、おかっぱ頭はハンドルを調整してそれを放している。


「ダイナミック着地ーっ! おじゃましますよっと」


 ニーニャの姉が着地して叫ぶように言う。

 おかっぱ頭も、すでに跳んでいた。


「歓迎する」


 言いながら頭にポンと手を置く。

 ニーニャの姉はその手を振り払いもしなかったが、ジャンプ中のおかっぱ頭は思わずといった感じで拳銃を抜いた。


「バカが」

「危ないっ!」

「えっ」


 俺、ウイ、ニーニャの姉の声が重なる。

 おかっぱ頭はギリギリの跳躍中に銃を抜いた。

 そんな事をすれば、バランスを崩して当然。大した怪我はしないだろうが着地は失敗し、ガンシップの収納が遅れ、ヘリとガンシップ双方が損傷する。


「パワードスーツ装備解除!」


 間に合う。

 思いながら、前に出て痩せっぽちの体を受け止めた。床に倒れ込みつつ、おかっぱ頭の顔を海に向けるように抱える。


「収納っ!」


 抱きかかえている体が、ビクリと震えた。

 ガンシップがヘリに迫る。

 小型艇とはいえ、ハッチに横腹を向けて激突しようとしているのだから迫力はかなりのものだ。

 視界いっぱいにガンシップ。これじゃハッチが破損する、それを声にして出す前に、ガンシップは跡形もなく消えていた。


「ふうっ、焦らせやがって・・・」

「ハッチ閉めるぞ。ジュモ、何より先に暖房を最大だ」


 たしかに寒い。瞳の水分さえ凍りつきそうな気がして瞼を細める。

 寒さに震えながら立ち上がって闇雲に腕を振り回すより、ここは自分の感知力を信じようか。

 気を研ぎ澄ます。

 俺は武道家でもなんでもないが、狙撃する時の心持ちになればそれでいい。

 ウイが動き回っている。

 ニーニャの姉は動いていない。

 ルーデルとジュモは座ったままで、何かの操作に忙しそうだ。お、ルーデルが首だけ動かしてなにか探した。あのバケモノが不可視化スキルを利用して入り込んでねえか、やっぱり気にしてくれてんだな。

 閉じてゆくハッチと夜の闇を見ながら、振り返りもせずにこれだけの事を感じ取れた。

 これなら、大丈夫か。


「・・・感知力を信じて索敵してみた。俺の感覚じゃ、バケモノは入り込んでねえ。皆はどうだ?」

「俺も大丈夫だと思うぞ」

「体温、臭気、共に人数分しかないのデス」

「セミーさんの周囲にも、怪しい物はありませんね」

「なら、いいか。リビングのドア開けて、ニーニャを姉に会わせてやってくれ」

「それはいいのですが、いつまでチックさんを抱いてるんですか。気配を探るために集中していたようですし、寒いからというのもわかりますが、手が自然と腰と胸に行ってますよ?」

「あー、どーりでいい感触が・・・」

「男に抱かれて顔を真っ赤にするチックもかわいい!」


 ここまで来たらどうせ嫌われる。それは間違いはないだろうから、わざとらしくない程度に胸の感触を楽しんでしまおうか。

 もにゅもにゅ。

 うん、控え目だがこれはこれで良し!


「も・・・」

「も?」

「揉んでんじゃねえーっ!」


 顔を真赤にしたおかっぱ頭が、思い切り拳を振り上げた。



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