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ターゲット




 このヘリは、3人の天才が手を入れた世界でただ1機の高性能ヘリだ。

 簡単に言えば、ミニカーに小魚を乗せたような形状。そのミニカー部分の下に4機のHTAを吊り下げられる構造なので、元々その上部は簡易的な整備室になっていた。それをウチの天才達は整備室としての機能を残しながら1つのリビングと2つのベッドルーム、それにトイレとシャワールームまで追加しているのだから恐れ入る。

 戦闘はまだ試していないのでわからないが、地球ではどうしたって実現できないような静音性だけでも恐ろしい兵器だ。

 後部へ続く自動ドアが開くと、嫁さん連中がリビングでくつろいでいた。


「コックピットは何の問題もなしだってよ。ヒマな3日間だったなあ」

「ひやま。もうねる?」

「寝るにゃ早えって、ヒナ。おっ、たーくんが雪上迷彩になってるじゃんか。白も似合うぞ」

「ありがとうございます、ボス」

「お兄ちゃんの武器とパワードスーツも、色を変えて寒冷対策してあるよー」

「サンキュ、ニーニャ。ま、狙撃は最初しかしねえけどな」

「あら。ヒヤマの事だからお姫様達を移送する前に休暇を取らせて、その間は自分が敵を減らしに行くつもりなのかと思ってましたよ」

「・・・読まれてんなあ」


 ウイがイタズラっぽく微笑む。

 俺の武器をイジるニーニャと、長めのシャツだけ身に付けてポケーっとしているヒナの間が空けられる。

 対面のソファーではウイの膝枕でミツカが昼寝をし、左ではタリエが優雅に茶を飲んでいた。たーくんは、右のソファーだ。ラジオの電波が拾えない距離なので暇なのか、マニピュレーターの手首を回転させながらそれを眺めている。楽しいのか、それ・・・


「セミー達と無線で話してるけど、アリバイ作りの準備は順調だそうよ」

「そりゃありがてえ。疑われるとすりゃ、まず使い潰されようとしてる2人だろうからな。考えられる限りの事態を想定して話し合っといてくれ、タリエ」

「了解。遺跡を見つけてお酒がたくさんあるからって理由で、今からパーティーを主催する手筈よ。騎士団だけじゃなく文官も呼んでね。ターゲットはお酒が入ると寝室が恋しくなるらしいから、パーティー中に消える事になると思うって」

「飲むと女が欲しくなるタイプか。相手は撃たなくていいんだな?」

「ええ。出来れば無傷でとお願いされたわ」

「任せとけ」


 女を殺せない訳ではない。そんな覚悟はとっくの昔にしてある。が、出来れば殺したくないとは思っていた。

 宰相を狙撃。そのまま夜陰に紛れ、北大陸上空に入る。

 ニーニャの姉達がいる王国軍の本拠地は、大陸南西の港だ。ヘリはそこに着陸するのではなく、まずは内陸の北東部でゲリラの真似事をしている姫様と傭兵を迎えに行く。

 この遠征の建前は俺が新しい国の王として隣国を訪問するついでに、ニーニャ王妃の姉達が不当な扱いを受けてはいないか見に来たという事になっている。

 タリエから話を聞いた限りでは、敵軍艦にニーニャの姉達のガンシップ単騎でぶつけるような使い方をされているようなので、その抗議をちょっとした政治材料にするためにも国家元首である姫様をまず迎えに行くのだ。


「姫様達を迎えに行くまで2週間だ。忙しくなるぞ?」

「タリエさんからの又聞きですが、この大陸に人間が住むのは限られた地域だけだそうです。運河沿いに散水機を設置して、細長く森を維持できるくらいの土と木は持ち帰れそうですよ」

「雪国の樹木が、あの暑さで生き残れるんか?」

「やってみないとわかりませんね。ですが、北大陸上空に入ればルーデルさんが木々を見てくれます。飛行機のパイロットは木の種類で飛んでいる地域を判断したりもするそうなので、ほとんどの木は一目見ればわかるそうです。私達の大陸に昔あった樹木なら、たぶん大丈夫だろうと」


 見てみなければわからないが、持ち帰って植えられるのならば北を敵に回してでも手に入れておきたかった。

 瓦礫を漁ってどうにかこうにか生きていく、国民にそんな暮らしをいつまでも続けさせたくはない。川と湖、海はある。足りないのは、緑だけだ。


「ルーデルが大丈夫だと言うなら、可能な限り持ち帰るか」

「ですね。私とヒナの無限アイテムボックスの事はニーニャちゃんのお姉さん達にも内緒にしておいてくれるそうなので、疑われたとしてもしらばっくれればいいのです」

「まあ、あちらにしてみれば森なんて資源とも思ってないみたいよ。そのうち内陸の反政府勢力を掃討するのに、森を焼き払うって宰相が言ってたみたいだし」

「贅沢な話だ」


 タリエが淹れてくれたコーヒーを啜り、ニーニャの姉達から提供された位置情報が書き込まれた網膜ディスプレイの地図を開く。


「これが王都だろ。ほんで東の沿岸線まで逃げて、海岸沿いに大陸の南西まで移動したんか」

「ええ。あの国で唯一稼働する航空機は、大型の飛行艇らしいの。それを修理しながら騙し騙し飛ばして、何とか今いる港に辿り着いたそうよ」

「その他の地図が埋まってるのは、ニーニャの姉達が探索した場所だろ。それと南西から北東にほぼ真っすぐ伸びてるのが、姫様と稀人が移動したルートか。ほとんど手付かずみてえなもんだな、北大陸は」

「広すぎる上に、1年の半分が雪と氷で覆われるのよ。1000年かけたって、あちらさんは地図を埋められやしないでしょうね」

「なら、大陸の中央部に広がる森は根こそぎいただくか。1000年も経ちゃ、森はすっかり元通りだろうし。北大陸の組織は3つだと言ったな、タリエ」

「北大陸をざっくり縦半分に割って、東が王都を手に入れた反政府勢力。これは軍部のほとんどが反乱に参加した武装組織。西の南側半分が腐った文官と騎士団を中心にしたお姫様達で、北半分が穏健派の一般人を率いた文官の組織らしいわよ」


 その状況で姫様に手を貸すならば、軍部の反政府勢力を潰しながら、北の勢力とも仲違いするように仕向けておきたい。

 住民の心を掴むために薬物なんかを使っている組織には虫酸が走る。だがそちらだけを即座に潰してしまえば、穏健派は大人しく姫様の下で纏まって国の発展に尽くす可能性があった。


「・・・効果はわかるが、それをやっちまったらおしまいか」

「三国分割で内戦が続くように調整、ヒヤマ?」


 カップを置きながらタリエが言う。

 どうやら、俺の小賢しい考えなどお見通しのようだ。


「・・・やるなら北と南を咬ませて、東はとっとと潰す」

「我が君は理想家ですものね」

「でも、それをやっちまったらもう言い訳は出来ねえ。青臭え正義感は棄ててねえにしても、自国の利益のために罪のない人間が死ぬのを肯んじたらよ」

「どうなるのかしら?」

「国のために生きるしかねえ。それも、多少の非道をしてでも自国とその利益を護り抜くような生き方だ。この先、死ぬまでな・・・」


 タリエが微笑む。

 ウイは考え込んでいるようだ。

 ニーニャとヒナは顔を見合わせ、何やら頷き合っている。


「何だ、ニーニャ、ヒナ?」

「かくにん?」

「何がだよ・・・」

「えーっとね。ハンガーで修理とか改造とかしてる時の休憩中に、もしお兄ちゃんがこういう道を選んだらどうするか、なんてミツカお姉ちゃんとヒナお姉ちゃんと話した事があるの。3人して答えは、お兄ちゃんに着いて行く。だから、その確認っ!」


 まったく、ウチの姫様達ときたら・・・


「まあ、どう考えても結論はそうなってしまうんですよねえ」

「そうね。ウイちゃんも私もなんだかんだ言いながら、全力でヒヤマのサポートをするだけよ」

「・・・ありがたくて涙が出てくらあ」

「ふふっ。照れないの、我が君」


 タリエがニーニャの姉の相棒から無線で聞く北大陸の様子を耳に入れながら時間を潰していると、ルーデルから狙撃ポイントに到着したと告げられた。

 ニーニャが立ち上がって明かりをすべて落とす。

 観測手のウイ、それと無線手を担当するタリエの手を引いて、3人でコックピットに移動した。背後から自動ドアのロック音。これで自動ドアは緊急時用のレバーを引かなければ開かない。

 後部と整備室の床下にもハッチはあるが、狙撃はコックピット右のハッチを開けて行うと決めてあった。

 コックピットも明かりが落とされ、思っていた以上に暗い。防弾ガラスから差し込む月明かりと、計器が発するわずかな光を頼りに歩く。


「任せっぱなしで悪いな、ルーデル、ジュモ」

「なあに、交代しながらの操縦だから楽なものさ。港まで距離3500。すっかり夜だから、あちらからこのヘリは視認できないぞ」

「ターゲットはまだパーティー会場みたい。とりあえずは待機ね」

「だな。ウイ、ニーニャ達は大丈夫か?」

「ええ。ミツカが懐中電灯を使って遊んでるようで、とても楽しそうですよ」


 ミツカの明るさにはいつも救われている。俺でさえそうなのだから、まだ幼いニーニャや人の姿で過ごした経験の少ないヒナにとって、姉代わりのミツカはなくてはならない存在だろう。

 あの日、ミツカとシティーに向かったのは間違いではなかった。


「後は待つだけか」

「にしても、3500の距離から狙撃とはな。それも、ヘリのハッチからだぞ・・・」

「シティーの防衛戦でも、3000でパイロットの頭を撃ち抜いた。あれから対物ライフルの威力も俺の腕もかなり上がってる。外しやしねえさ」


 ただただ、じっと待つ。

 もちろんタバコも吸えやしない。ライターの火、燃える煙草の先、そのわずかな光が発見される事を防ぐためだ。


「そういやルーデル、外気温ってわかるか?」

「ん。ちょっと待ってくれ・・・」

「マイナス35度なのデス!」

「か、確認して良かったですね・・・」

「だな。運があるってこった。俺とウイはパワードスーツ装備。タリエはリビングに退避。そろそろ全員に俺の無線を接続すっから、それであっちの状況を教えてくれ」

「了解。頑張ってね」


 マイナス35度。寒さに慣れている俺でもビビるのだから、あの暑さしか知らないタリエには辛いだろう。


(ターゲットが寝室に移動を開始したそうよ)

(りょーかい。おっぱじまるまで待つか。女が身支度してから誰かを呼ぶくらいに腹が座ってりゃ、離脱するまでの時間が少しは稼げる)

(可動品でしかも高性能のサーチライトがあるとも思えないが、念には念をか)

(ああ。ルーデル、右舷ハッチを開けてくれ)

(了解。右舷ハッチ開放)


 風。

 かなりのものだ。

 対物ライフルを出しながらハッチの前に移動する。パワードスーツを装備しておいてよかった。低い気温に加えてこの風では、ハッチを開けた途端に事故が起きても不思議ではない。

 伏せ撃ち姿勢で視界をズーム。

 聞いていた通りの、巨大なホテル跡が見えた。


(あれか。ターゲットの部屋は3階の中央だよな、タリエ)

(ええ。瓦礫で階段が塞がれているから3階までしか使えなくて、そこが幹部宿舎らしいわよ)


 3階。中央付近の窓に、1つだけ明かりが灯った。

 ニーニャの姉達は、幹部連中のすべてをパーティーに誘い込んだらしい。おかげでターゲットの発見が楽だ。


(あれか。・・・デブでハゲ、典型的な悪役だな)

(あの港にいる最高権力者のはずなのに、部屋にはカーテンもなく明かりはランプですか。思ったより貧しい国なのかもしれませんね)

(ベッド上が微妙に見辛いな。ホバリング位置を少し変えるぞ、ヒヤマ)

(ありがてえ。よろしく頼む)


 滑らかにヘリが移動し、部屋の入口からベッドまでがしっかりと視認できるようになった。


(どうだ?)

(完璧。おっ、部屋のドアが開くぞ)

(ええっ! あ、あれは・・・)

(・・・今すぐに宰相を撃ってやった方がいいんじゃないか、ヒヤマ?)



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