北へ
ヘリが離陸すると、すぐに空母は小さくなった。
甲板で手を振っていたミイネやロージー、へーネの姿はもう米粒より小さい。
このヘリは操縦席と副操縦席が横に並び、前方の一段下に機銃席がある。俺が座っているのは、もちろん機銃席だ。
「しばしの別れ、か。へーネはよく留守番に残ってくれたな、ルーデル」
「戦闘機を飛ばせる人間が1人はいないと、何かあった時に困るからな。それにへーネは、ミイネちゃんと仲が良いんだ。彼女が残ると決めたからか、割とすんなり留守番を引き受けてくれたよ」
「へえ。俺達が北大陸から帰ったら、すぐに建国の発表だ。空母に残る人間の仕事は多いから、正直助かるな」
「ニーニャちゃんのお土産の出番か。農耕用ロボットにも驚いたが、アレはなあ・・・」
「俺だって驚いたさ。ブロックタウンの役場で、思わず叫んだっての」
久しぶりに訪ねた30番シェルターでニーニャが爺さんから借り受けたのは、10体の農耕用ロボット。それに大型と小型のテレビを6台ずつだった。
小型は地球の家庭用程度の大きさだが、大型は映画館のスクリーン並みに巨大な代物だ。それを各街の役場と酒場に配置して、俺達は空母から飛び立った。
「ヨハンは忙しいだろうなあ」
「そりゃそうだろ。ちょっと北大陸に行ってくっから、その間にテレビ電波の送信を空母から出来るようにしといてくれって言われてもな」
「言ったのはヒヤマだろうに。それで、ヨハンはなんて言ってた?」
「ティコにアナウンサーやアイドル、女優なんかの仕事を説明してから頼んだからな。ティコはすっかりやる気満々だ。長年面倒を見てもらってた妹の嬉しそうな顔を見たら、黙って頷くしかねえさ」
「相変わらず、やり口がロクでもないな・・・」
新しい国が出来る。
反対する勢力はあるかもしれないが、ほとんどの住民はそんなものが出来るのかくらいの反応だろう。
今まで街に払っていた税金が、トラックで空母に運ばれて国庫に収まる。それだけの事なのだ。
「法律制定、義務教育開始、テレビ放送開始、定期移動販売車に街を渡る安全な交通手段の登場。とりあえずの変化はそんなもんか」
「ギャング組織の解体も大きいぞ。ジャスティスマンはギャング組織に、商売女達の債権まで放棄させるそうじゃないか。それにギャングという職業のない国なんて、今まで存在しなかった」
「新しい法律には、金利の上限まで入ってっからな。名前が赤表示にならねえ稼ぎ方をしても、仕事がねえのに金遣いがおかしいと思われたら、すぐに複数の【嘘看破】持ちが質問に出かける。汚え稼ぎ方はそれで1つずつ潰してくしかねえ」
「俺が育った国よりいい国になりそうだ。やはり、ヒヤマが王になるのは正解だったな」
「いつまで王様なんてやれるかは、わかんねえけどな」
操縦桿を握るルーデルが、首を伸ばすようにして俺を見た。
女達はドアの向こうのリビング兼ベッドルームだ。副操縦席のジュモは口が硬いので、こんな話も出来る。
「・・・雨のために死のうと言うのか?」
「今はまだ、そんな気はねえ。でもさ、新しい国が好きになればなるほど、俺は自分に何が出来るか考えるんじゃねえかな。それに俺は、これからもっと幸せになる。女達は、次々に子供を産んでくんだろうし」
「幸せはぶん投げる物だとでも思ってるのか?」
ルーデルがタバコを咥える。
俺が立ち上がってポケットから出したライターを点けて寄せると、えらく乱暴に礼を言われた。
「そんな怒るなって。まだなんも決めてねえんだ」
「決められてたまるか。あの大陸は、クリーチャーや機械兵の本拠地なんだぞ!」
「助けられるかもしんねえ人間がいて、ソイツを助けてくれって女房子供が言ってる。今はそれより多くの人間のためにやる事があるから動けねえが、行ける状況んなったら俺は行くんじゃねえか?」
「知るか。もっと自分を大切にしろ!」
「いつか、夜遊びを覚えた俺の娘にでも言って欲しいセリフだな」
苦笑しながら言ってから、とんでもない事に気がついた。
これは、マズイ。
「お、おいルーデル・・・」
「何だ?」
「子供が生まれるって事は、50%の確率で女の子なんだよな?」
「まあ、そうだろうな」
「女の子って事は、いつか大人になるんだよな?」
「男の子でも大人にはなる。それがどうしたと言うんだ」
「どうしたじゃねえよ。大人になったら、男とアレコレしちまうじゃんか!?」
呆れ顔のルーデルがタバコを揉み消す。
アイテムボックスから出したミルクボトルを、その空いた左手に押し付けた。
「牛乳だ、ルーデル。ジュモも。これで良い知恵を出せ」
「そんなものがあるか。女は子を産み、育む。そうして人類は歴史を紡ぐのさ」
「わかっちゃいるが、何か嫌だ・・・」
「運び屋に無線して、娘を嫁にやるのがどんな気分か訊ねてみたらどうだ?」
出来るはずがない。
まだ産まれてもいない子供の将来を想像しただけで、こんなに嫌な気分なのだ。地球で産まれたヒナとこの世界に来て、苦労しながらもここまで育ててきた運び屋に、そんな事を聞けるか。
「・・・やめとくよ。それより、3日後の夜にはニーニャの姉がいる街の人間を狙撃可能な地点に着くんだよな」
「それは任せてくれていい。だが、暗殺するのはいいがあちらの上層部の許可は取っているのか?」
「まさか。暗殺はニーニャの姉とその相棒、それに姫様ってのにべったりの稀人が決めた事だ。もしバレても、責任はその稀人が取るらしい。ま、あからさまに俺達が暗殺なんかをやらかしたと疑われる状況は作らねえけどな」
「非戦闘員、しかも一国の姫を戦場に連れ出す稀人か・・・」
「暗殺する宰相ってのが、姫様を狙ってるらしくってなあ。戦場に連れ出した方が安全って判断だったらしい」
「昔の北大陸はネーヴ王国と言ってな。それなりの軍事大国だったんだが、今は職業持ちが少ないのか?」
「職業持ちじゃねえ王様が何代も続いたらしいぞ。そんでいつの間にか、自分にない物を持ってる職業持ちは無条件で騎士団に配属して戦闘要員、って決まってたらしい。それでも、戦闘向きの職業持ちは少ねえってよ」
職業持ちを重用し過ぎるのは避けるにしても、【嘘看破】や【犯罪者察知】で裁判官にするくらいの雇い方はすればいいものを。
それすらしないから、暗殺されるような悪党に国を牛耳られたりするのだ。
「ロクな国じゃなさそうだな・・・」
「姫様は、君臨すれども統治せずを目指してるらしい。今の宰相をどうにかすりゃ、次席の欲のねえ男が後を継ぐだろうって話だ」
「そうなれば、助け合う事もあるか」
「それまでは鼻持ちならねえ隣国だ。なんつっても、内戦状態だからな。政府と認めて対応するかすら微妙なトコだよ」
「何か仕掛けるつもりか?」
「うんにゃ。一応、ニーニャの姉達が手を貸してる勢力だから、そんなにエグい事はしねえよ。でも、国を食い荒らす害虫を退治してやるんだから、それなりの報酬は貰わねえと」
「・・・何を要求する気だ?」
要求などしない。
なぜなら姫様の国に、支払える物などありはしないからだ。
「なんも。ただ、暗殺直後に北大陸入りじゃいくらなんでも怪しまれるだろ。暗殺の2週間後にまず姫様と稀人に合流するが、その間に発見した品は俺達の物になる。それもバレたら稀人が責任取るってよ」
「・・・北大陸から遺跡がなくなってしまいそうで怖いぞ」
「更地にしちまう勢いで土から森まで掻っ攫いてえが、さすがにそれは申し訳ねえって」
「だが、軍事基地なんかがあれば持ち帰るんだろう?」
「そんなんあったりめえじゃんか。何を言ってんだよ、ルーデル」
内戦が終わったとしても過去の軍事基地を簡単に運用できるとは思わないが、いつかそんな日が来るのかもしれない。
その時、北大陸の国が味方だとは限らないのだ。
敵の戦力を奪えば、こちらの戦力が増える。遠慮するつもりなどなかった。
「・・・まあ、ヒヤマのやる事に一々驚いてもいられないか。そういえば、姫様というのも職業持ちだと言ってなかったか?」
「そうらしいが、【嘘看破】は破棄してっから再取得は不可能だってよ」
「破棄・・・」
「普通はしねえよな。スキルを破棄しても、スキルポイントは返って来ない。それでも破棄を選ぶような環境なんだろ。朝から晩までかけられる言葉のすべてに嘘だと表示が出たら、普通の女の子じゃ堪えられやしねえさ」
「亡命でもさせてやるか?」
「本人次第だが、出来るならそれは避けたい」
「将来、何があるかわからんものな」
「姫様に欲がなくても、その子供や孫がな。北大陸を取り戻すなんて言って、ウチの国民を持ってかれるのは困る」
その頃には俺達の国も大きくなり、軍隊も保有している事だろう。
褒美は思いのままだとか、北大陸を併合するチャンスだとか言えば、野心を持ったバカが釣れる確率は高い。それが軍の上層部にいる人間だったりしたなら、目も当てられない。
タバコを出すとルーデルの手が伸ばされたので、2人で煙を吐きながら空を眺めた。
「いいなあ、空は・・・」
「だろう。人間がどれだけ愚かな争いを起こそうとも、空だけはいつも美しい」
「時間とともに、これでもかってくらいに色を変える。でも、どんな時も美しい。そんな空みてえな国が、世界に1つくらいあってもいいよな」
「難しいだろうなあ、それは」
「夢くれえ見させろよ」
「いくらでも見ればいい。俺はヒヤマの夢を、いつか誰かに語ろう」
「とんでもなく青臭え理想家だって笑われるかな」
「何百年かすれば、聖人扱いされてるかも知れんぞ?」
「こんな聖人がいてたまるかっての。しかし、平和な道中だなあ」
青空と白い雲。眼下には凪いだ海。
砲台島を右手に見ながら海上に出て、それ以外の景色は見ていない。
「なぜか航空機の機械兵はいないからな」
「へえっ。じゃあ、敵の飛行機は人間が操縦してたんか」
「いや、クチバシと4本の腕がある鳥類のようなクリーチャーがパイロットだったぞ。目も良かったから、苦労させられたもんだ」
「見た事がねえな、そんなクリーチャーは」
「陸に降りれば、棒っ切れで殺せるくらいの強さだった。もう生き残りはいないと思う」
「なるほどねえ」
となれば、機銃の出番はありそうにない。
「ヤベえ、暇だ・・・」
「リビングに行ってればいいじゃないか」
「女ばっかだからなあ」
「自分の嫁さん達だろう。狙撃地点に到着するのは陽が落ちてからだ。今のうちに休んでおくといい」
「ルーデル達に操縦させて、俺が遊んでるのもなあ」
「ここにいたって仕事はないさ。到着したら無線を飛ばすから」
「わかった。そんじゃ、ご機嫌取りしながら基地のありそうな場所を地図で探しとくわ」
「・・・程々にな」