世界の違い
「おいおい、レニー。そんくれえにしとけっての」
「いや、だってこいつらはどんだけ誤解してんだよ。高潔? 心が美しい? 笑わせやがる。そんな人間が、素手で人間の首を捩じ切れるもんか。いい機会だから説明しな、ヒヤマ。なぜあんなにも優しく、そして残酷なんだ?」
「なんでって言われてもなあ・・・」
レニーの言葉ではないが、俺もバカだからなんと説明したらいいか。
困って運び屋を見ると、苦笑いが返って来た。
「レニー嬢ちゃんが言う優しいってのは俺達が持ってる常識の事だと思うが、それはあくまでも日本人の持つ一般的な常識だ。海外だとまるっきり違ったりするからな。理解するには、日本の歴史から説明しなきゃわからんと思う。だが、俺も死神も頭の良い方じゃねえ。さて、どうしたもんか」
「それに教科書的な歴史じゃ説明できねえって。なんつーか俺のはあれだ、道徳的な教育を受けてその素晴らしさを認めながらも、そうじゃねえ世界の在り方に疑問を感じちまう少年らしい潔癖さ? あれ、何を言ってんだ俺?」
「ぶははっ。まあ、俺達はそんな感じだわなあ。恥ずかしい事をしただけで自死を選ぶ戦士階級のお伽話を聞かされながら幼年期を過ごした。そして困っている人間がいたら助けましょうと学校で教えられながら、イジメを見て見ぬふりをする大人達を観察していた。そんなガキが大人になっても、世界を変えられるほどの力なんて持てるはずもない。そんな俺達が、この世界に招かれた」
「あー、ここじゃ悪人を殺したって許されるもんな。あっちで一々悪人を殺してたら、年がら年中ずっと裁判で、生活費も稼げやしねえ」
「その前に過剰防衛でブタ箱行きだっての。まあ簡単に言うと、俺達は見て見ぬふりをしたくねえんだ。俺達がいた国じゃ、犯罪者にだって人権がある。そして、人を裁くのは法律だ。悪人がどんな悪さをしたって、個人が勝手に殺したりすれば犯罪なんだよ」
これで答えになるだろうか。
そう思いながらレニーを見ると、タバコを吸いながら片手で頭を抱えていた。
「どした、レニー?」
「いや、歴史とか道徳的とか法律とか聞いてたら頭痛がしてきた・・・」
「・・・どんだけだよ。要するにあれだな、俺達はあっちの世界のはぐれ者なんだ。だから殺しをしてもあまり心が痛まない。でも道徳的な教育を受けてるから、パッと見は良い人間に思えちまう」
「ふむ。これは興味深い。あちらのはぐれ者が、この世界では英雄になるのか」
「英雄に見える、の間違いだろ?」
ジャスティスマンが真剣な表情で首を横に振る。
「それが違うんだよ。君が言ったじゃないか。この世界では、犯罪者を殺すのは犯罪ではない。むしろ賞賛される行為だ。ヒヤマ君と運び屋君には、これからもどんどん殺してくれと言いたいね」
「よしてくれ。それじゃ俺と運び屋が、殺しを楽しむクズみてえじゃんか」
「そんな事はないさ。君達を高潔だと言ったのは、私自身だからね」
ジャスティスマンが顔の皺を深くする。
同時に、レニーがはたと顔を上げた。
「そうか。ヒヤマと運び屋は殺せるインテリなんだな。ジャスティスマンと同じって事か!」
「インテリって言われるほどの学はねえな。ジャスティスマンと比べられちゃあよ」
「いや、私などより多くの事を知っているさ。少し話しただけでわかる。で、レニー君の言った事は本当かい?」
「好きに生きるってヤツか。・・・本当だよ」
「なら、気に病まずに済むね」
「は?」
「押し付けても、好きに生きるなら気にしなくていいだろう。私も、ヒヤマ君を王とするのに賛成だ。次はボニー町長ですね」
ジャスティスマンの言葉を受け、ミツカの親父さんが立ち上がる。
初めてブロックタウンを訪れた時と同じ、人の良さそうな笑顔だ。俺はこの義理の父親が嫌いではない。
いつも笑顔でいる。
それは簡単な事のようで、絶望的なまでに難しい事だ。
「賛成ではありますが、跡継ぎ問題などでいつか生まれてくるであろう孫を失いたくはありません。その辺りをきちんとしていただきたい。以上です」
もしかしたら反対してくれるんじゃないかという淡い期待は、ニコニコ顔で打ち砕かれた。
だが、運び屋がなんとかしてくれるだろう。
これでも民主主義の国で生まれ育った、いい大人なのだ。
「次は運び屋君だね」
運び屋は、わざわざ立ち上がったりする気はないようだ。腕組みをしたまま、閉じていた目をゆっくりと開ける。
「まあ賛成だ。だが、期限は切ってもらいてえ」
「うおいっ!?」
仲間だと思っていたもう1人の義理の父も敵だった。
「なんつー声を出してんだ」
「だっておまっ、普通に裏切ってんじゃねえよ!」
「だから期限は切ってもらうっての。どうせあれだろ、東部都市同盟の戦力で守りきれる地域は、タウタみてえにガレキかなんかで囲っちまうんだろ?」
「・・・まあ、その予定だ」
「ならそこまでは、死神が王様をやりゃあいい」
もしかすると運び屋が考えているのは、それなりに知識を持っている各街の責任者による投票だろうか。学校が出来て誰もがきちんとした教育を受けられるようになっても、そのレベルがある程度になるまでは、それがいいのかもしれない。
「仕事が終わるまで、10年ってトコか。そっからの選挙なら・・・」
「ああ、勘違いすんなよ? 俺が提案してんのは、限定的な民主主義なんかじゃねえ」
「は?」
なら何だというのか。
「全員に聞こう。間違わない人間がいるか?」
答える人間はいない。
たぶん、そんな人間はいないからだ。
「なら、間違わないために人間がするべき事はなんだ?」
「何って、学んでく事とか・・・」
「だがヒヤマ君、人生は短い。人は間違いながら生き、死んでいくんじゃないかな。そしてその間ずっと、人は学んでいる」
「そりゃそうだがよ」
「ほんじゃ、長生きすりゃあいいって訳だな?」
そこまで言われて、やっと気がついた。
「ルーデルに頼むってのか!?」
思わず左を向くと、ルーデルは肩を竦めて苦笑いを浮かべていた。
「やれやれ、余生を好きに生きろとか言いながらこれか・・・」
「俺も、これ以上ルーデルの余生に負担をかけんなって言われたぞ!?」
「運び屋だからなあ。良い事を言ってはみるが、必要なら年寄りをこき使うくらいなんでもないんだろう」
「あー。カッコつけるけど自分がやるのは面倒だから、あっさりと前言を翻すんか。さすがっつーかなんつーか・・・」
「ほっとけ。ルーデルに頼むのは、王様がいねえ間だけだ。その間に何かを大きく動かす必要はねえ。そんなのは、ルーデルが認めた次の王にやらせりゃいいんだからよ」
「王がいない間、ルーデルが国を預かる。ほんで、次の王を決めるのもルーデルなのか・・・」
「俺には荷が重いなあ、それは」
ルーデルは本気で言っているのかもしれない。
だがこの案で重要なのは、ルーデルならルーデルのまま生き続ける事が出来るという事だ。
「いや、こりゃ最良の選択じゃねえか?」
「おいおい、何を言うんだヒヤマ!?」
「いや人間って、すぐ死んじまうだろ。その短い間でも考えがブレたりすんだぞ。ルーデルなら、それがねえ。例えばしばらく平和が続いても、ルーデルなら他国が諦めた訳じゃねえって理解してる。でも、未来に生きる俺の子孫やインテリ層はどうだよ。戦争がねえから戦う準備よりも、自分達が楽しむ事を優先すっかもしんねえだろ」
「それはそうだが・・・」
「あっちでヒナに読み聞かせた絵本を思い出すぜ。森に住む賢者が王を決めるっての」
「王だけに抜ける剣とか、憧れたなあ。あ、それに王は血筋も関係なしだな。ルーデルが認めた人間、条件はそれだけでいいじゃんか。指名した人間が独裁者になったらその後始末まで頼むのは申し訳ねえが、ルーデル達3人にしか出来ねえ事だし」
円卓の面々を見渡す。
形を変えた賢人政治。これなら、この世界にはピッタリだという気がする。
反対意見もないようだ。
「頼めるか、ルーデル?」
「お前ら親子は、まったく・・・」
「運び屋と一緒にすんなと言いてえが、迷惑をかけるのは事実だからなあ」
「だが普通に世襲制にした方が良いんじゃないか。そこらの男が優秀だからと俺が王に指名したら、ヒヤマの子孫だって納得しないだろう」
「いや、王って立場を用意するのは、それがこの辺りの人間に必要だからだ。なら、妥協はしなくていい。本当に住民達のためになる王、そうじゃなきゃ意味がねえんだからよ」
「どう思う、運び屋?」
「いいんじゃねえか。どのみち憲法みてえなモンも作らなきゃならねえから、しっかり今の死神の言葉も書き残しゃいい。ジャスティスマン、頼めるな?」
「任せてくれたまえ。出来上がったら、各街に2冊ずつ配布するとしようか」
憲法なんてものを作るのに、俺に出来る事などないだろう。
「にしても、王様ねえ・・・」
空母に住み、銃で敵を倒し、夜はラジオから流れるロックを聴きながら酒を飲む。そんな世界に王様がいるなんて、これからこっちに招かれる稀人はさぞかし面食らうだろう。
「ふむ。では東部都市同盟はこれより、建国事業を開始するという事でよろしいですかな?」
「反対する勢力はどうすんだ、ジャスティスマン?」
「出て行ってもらうに決まっているよ」
「どこからだよ!?」
「そうだね。シティーから東は、ルーデル君がいた基地の向こうの荒野全域。西は還らずの荒野の向こうまで。南はブロックタウンの南にある山脈までかな」
「ブロックタウンの南にある山脈って。俺達がこの世界に放り出されたのはブロックタウンの南だけど、そんなん見えなかったぜ?」
「10日ほど車を飛ばせば見えるはずだよ。北は海だから守り方はこれから考えるとして、まず王国の領土は今言った範囲でいいだろう」
そんな広大な領土を、俺達だけで守りきれるのだろうか。
言いたくはないが、俺は青っちょろい理想家だ。
王だなんだと言われるのなら、その国に住む人々には笑って暮らして欲しい。広大な領地を守るために、どれだけの人数を割けるのだろうか。
「広すぎねえか、それ?」
「死神。ジャスティスマンは、アポカリプス教国が攻めて来た時の事を考えてんだよ」
「・・・そうか。高所を取ってる状況で開戦、ってなるのは強みだな」
「ああ。ま、職業持ちの養殖なんて事を神が許すとは思えねえから、アポカリプス教国がここまで攻めて来られるかはわからんがな」