狐語り・ニューハンプシャーではないどこかへ1
「アスファルトすらねえ田舎道。いや、道じゃなくてただの荒野じゃんか・・・」
呟きながら、手に持っている鉄の塊を弄ぶ。
「リボルバー。口径なんて知らん。ラッチ、だったか。こう、だよな。うん、シリンダー? が出た。弾は、入ってる」
乾き切ってヒビ割れた道に座りながら、俺はスラックスのポケットに手を入れた。出てきたのはタバコに安物のガスライターだけだ。突然の事だったので、自宅の物は何一つこの世界には持ち込めなかった。
アイテムボックス。そう念じると、網膜ディスプレイとやらに所持品リストが現れる。銃弾を6つだけ取り出し。
陽の光にその1発を透かして見ていると、聞き慣れない音がした。
振り返る。
なんと、馬車だ。1頭の馬が、重そうな馬車を牽いている。
「おいおい、なんとまあ時代がかった移動方法で・・・」
リボルバーをジャケットの左脇の下にあるホルスターにしっかりと差し込み、ジャケットのボタンを止めて隠した。
声はかけられると思っていた方がいいだろう。
出勤するのなら絶対していかないゴツイ軍用腕時計。いや、開業資金を貯めるために貯金していた俺なら、こんな物は買いもしないだろう。客からのプレゼントだったとしたら、その日のうちに質屋行きだ。
弾をポケットに突っ込み腕時計を指で軽く弾くと、それは不満を表すかのように小さく震えた。
「見ねえ顔だな。どこから来た?」
「こんにちはー」
馬車を御する男は、ニヤニヤしながら手綱を引いた。
カッカッと馬が蹄を鳴らし、馬車が俺の横に停まる。落ちた馬糞の音が生々しくて、ここは本当に異世界なんだと納得してしまう。だが、何故かその臭いで笑い出しそうになった。
「気の向くままの旅ですよ。そちらは仕事か何かで?」
「・・・ああ。仕入れ、だなあ」
そうですかとにこやかに返しながら、本当に言葉が通じるのを不思議に思った。
鞣した革の上下を身に着けた男は、どう見ても黄色人種ではない。それどころか、白人でも黒人でもない。なのに言葉は通じるのだ。
「まあ、乗れよ?」
「いえいえ。歩くのが好きなんでお気になさらず」
「そうもいかねえのさ。仕入れ、って言っただろう?」
「・・・ああ、商品は俺って訳ね」
男は御者台を下り、見せつけるように腰の剣を抜く。
「察しのいい奴隷は長生き出来る。これからも、それを心がけるんだな」
「察しの悪い犯罪者は、早死にするけどな」
UIからの説明で、こんな事もあるだろうと予想はしていた。
誤算だったのは、神域とやらを出て5分も経たず厄介事に巻き込まれた事だ。
リボルバー。銃把を強く握った。やれる。明け方の高架下でヤクザ者から匕首を奪い、刺し殺すよりは簡単だろう。
いつか自分の店を持って金持ちになったら、海外旅行にも行ってみたかった。グアムの射撃場で標的の紙を撃つのではなく、こんな世界で生きている人間を撃つ事になるとは。
これだから、人生は面白い。
リボルバーを抜く。
狙いは眉間。距離は3メートルほどか。これなら、素人の俺でも外さない。
「まさか海外旅行より先に、異世界に移住させられるなんてな」
銃を見た男が狼狽する。
これがどんな武器で、どのくらいの威力があるのかも知っているようだ。
「なんでテメエみてえな若造が、銃なんか持ってやがんだ・・・」
「神様からの贈り物じゃね?」
「なんだそりゃ。頼む、有り金をくれてやるから撃つなっ!」
「そりゃありがてえ。ついでに情報をくれ。直近の街は?」
「俺が来た方向に歩いて2日だ!」
「ふーん。どんな街?」
「ブラザーズオブザヘッドって組織が仕切ってる。戦える人間なら、いい金で雇ってくれる。何なら俺が口利いてやるからよ!」
言いながらも男は銃口から視線を逸らさず、ゆっくりと左足を後ろに引いている。
「諦めてねえってか。ま、誰だってそうだろうなあ」
撃鉄。
男の眉間から狙いがブレないように、静かに引き起こす。
「1人殺したら、何人殺しても一緒だよな。とりあえず、死んどけ」
銃爪を引く。
衝撃は思ったほどではないが、音は思ったより大きかった。
パッパラー。
これは、レベルアップの音か。これでレベルは2。スキルポイントもボーナスとやらを含めて2だ。後、98回のレベルアップ。それで、望みは叶う。
「うへぇ。グロっ・・・」
死体の眉間には小さな穴が空いているだけだが、後頭部は爆ぜたスイカのような酷い有様だ。罅割れた土の上に落ちている白みがかったピンク色の物体は、脳みそか何かだろうか。
「さて、お宝とご対面しとくか。奴隷商人の幌馬車なら、やっぱ積み荷は奴隷かねえ」
左の手首がピリッとする。
「なんかしたのか?」
「べっつにー。ユタカちゃんが奴隷の女の子を拾ってチョメチョメしようが何しようが、おねえちゃんには関係ありませんからー!」
「あのなあ・・・」
この姉は、何を言っているのだろう。
あのまま死なずにこの世界への招待を受けた理由も、この世界で目指すゴールのためにこの職業を選んだ理由も、この姉だけが知っているというのに。
「まず奴隷の女の子に惚れられて、そこからどんどんハーレム要員を増やすんだよね。そんで最後には男の仲間もたくさん出来て、王国とか作っちゃうんでしょ?」
「・・・あのなあ。そんな事をすんのはタチの悪い中二病患者か、天然タラシ体質の種馬男だけだっての」
腕時計から聞こえてくるのは、たしかに実の姉の声だ。
まだあーだこうだと言っているが構わず、馬車の荷台に上がって檻を覗き込む。
「おわあああっ!」
思わず叫んでいた。
そりゃ叫びもする。檻の中には、ゾンビが座っているのだ。
動きまわったり立ち上がれるほど大きい檻ではないので大人しく座っているようだが、目はギラギラと怪しく輝いている。
まるで俺が油断するのを待って、喉笛に噛み付こうとしているかのようだ。
「ユタカちゃん、この人は悪い人じゃないよ?」
「はあっ?」
「名前が赤文字じゃないもん。えーっと、ポロンさーん」
「・・・男しかいないのに女の声?」
「あー。訳あって姉は腕時計になってる。って言葉、通じるんだな」
「UIを連れた職業持ち。しかも黒髪とは、稀人か?」
「マレビト?」
「神に招かれた連中の事だ。性質の悪くない者が多いので、世界がこんな風になる前から歓迎されていたのさ」
俺達のような人間が他にもいるのか。
会えば対立するしかないのかもしれない。俺の選んだ職業は、同じ立場の人間からすると不気味に思うはずだ。
「同類に出会う可能性は考えてなかったなあ・・・」
「正義感の強い人と出会ったら、逃げた方がいいかもねー」
「だなぁ。話のわかる人間なら助け合えるんだろうが、こんな職業じゃ賭けになる」
「兄ちゃんの職業は、えーっと、何々。吝嗇なる死の商人? 真っ当な人間じゃねえのか、兄ちゃんは」
「・・・いろいろあってよ。レベルってのを100にしてえんだ。何よりも先にな。それで選んだのが、この職業って訳さ。ポロンっつったな。アンタもどうだい。レベルが低いから品揃えは悪いが、自分の身を守れるくらいの装備は出してやれるぜ」
自然と口角が上がるのを感じる。
このグールという種族のポロンという男が、俺の初めての客になるのかもしれない。
「ここから出してくれるって事か。だが、金はねえんだよ」
「いいさ、好都合だ。払いは金じゃなくてもいい」
「別の何かで払えと?」
檻に顔を近づける。
「経験値だ・・・」
ポロンが嫌そうな顔をする。
それはそうだろう。
ポロンの職業はウワバミの吟遊詩人。どう考えても、経験値を稼ぐのに向く職業ではないだろう。
「どのくらいの経験値が必要なんだ?」
「物によるさ。このリボルバーなら、300。ナイフでいいなら50ってトコかな」
「・・・思ったより安いな。経験値を払ったら俺はどうなる?」
「どうにもなんねえさ。レベルが下がったとしてもまた上がるし、スキルだってまた取れる。武器は俺を殺そうとしない限り、普通に使えるしな」
「悪くないな・・・」
「だろう。で、どうすんだ。水や食料も、少しなら分けてやれるぞ」
ポロンが笑みを浮かべる。
経験値を少しくらい失っても、檻から出られて武器も手に入るのだ。
なぜ奴隷なんかになったのかは知らないが、やり直すチャンスが目の前にぶら下がっているなら手を伸ばすだろう。
ポロンの名前の前には、グールという文字が浮かんでいる。多分だが、元は人間なのだろう。人間なら、この状況で誘惑に勝てはしまい。
「ここはマリーナから馬車で2日ほど進んだ辺りだよな。なら、このまま東を目指すか。リボルバーを1、ナイフを1。それと水と食料を売れるだけ売ってくれ」
「毎度っ!」
ツイている。
ポロンはこのまま旅立つらしいが、俺達はマリーナとやらに向かうつもりだ。俺達の分の水と食料は、一週間分もあればいい。
「待ってな。檻の鍵を探すついでに、水と食料も漁っておく」
「目の前の樽が水、麻袋が食料だよ」
「これか。って、なんだこの泥水!? こっちの食料は、釘でも打てそうなパンに干し肉だけじゃんか!?」
「ビタミンは錠剤で摂取する。旅の食事なんて、そんなものだよ」
「あちゃー。マリーナって街に着いても、メシは期待できそうにねえなあ・・・」
「マリーナなら、少し高いが野菜や果物も買える。それが買えないなら、魚やサハギンを生で食うといい。それで栄養は足りるさ」
「レベルが100になったら、メシの美味い街を探さねえとなあ。鍵、どこにあるかわかるかい?」
「馬車の持ち主のポケットだ。殺したんだろ?」
「当然。待ってな、すぐに出してやる」
死体のポケットを漁るのは気味が悪いが、これも仕事だと自分に言い聞かせて黙々と鍵を探す。
見つけた鍵で檻に付いた南京錠を外すと、ポロンはすぐに荷台から飛び出した。
「おいっ!」
リボルバー。
銃を手にしたのは今日が初めてだというのに、スムーズに抜いていた。
「逃げねえから撃つな。膀胱がもう、限界だったんだ!」
「・・・ションベンかよ。驚かせやがって」
幌に隠れて見えないが、黄色いマーカーは馬車の近くに止まっている。
それに注意しながら水と食料の他に何かないかと荷台を探したが、馬に与えると思われる干し草とボロ布のような着替えが少しあるだけだった。
「シケてやがるなあ。こんな儲からねえのに、悪党なんかやってどうすんだか」
「生きてくだけで精一杯なんじゃないのー。すべてが荒れ果てた世界だって、神様も言ってたしー」
「なるほどね。それにしても臭えな。出るか」
黄マーカーはもう動き出している。
荷台から下りると、ポロンがちょうど戻って来る所だった。
「いやー、スッキリした」
「そりゃ良かったな。それより、旅に出るなら馬車ごと買わねえか?」
「・・・ありがたいが、値段次第だ」
「1000。それにリボルバーとナイフの350だろ。水と食料を全部で100、銃弾30発を50に値引き。着替えや干し草は、サービスだ」
「1500か。レベルが1下がるな。だが、馬車ならグールの楽園までの旅が楽になるか。・・・いいだろう。買った」
「毎度っ!」
ナイフ。
ベルトに通していたゴツイ軍用だ。リボルバーを収めて、右手で逆手に握る。
「お、おい・・・」
「ああ、アンタの銃とナイフ。それに弾を出すんだよ。少し待っててくれ」
「脈拍と血圧の計測を開始。ううっ、ユタカちゃん、痛かったら途中でやめてもいいんだからね?」
「冗談。仕事を途中で放り出すような男になりたくなんかねえよ」
左手の掌を切る。ざっくりとだ。
流れ出す血は、空中に留まってユラユラと揺れていた。
その横に、俺にしか見えない数字が浮かんでいる。
80。90。
数字は見る間に上がっていく。
97、98、99、100。
「ノービスリボルバー、製作。おっと」
揺れていた血がリボルバーに姿を変えた瞬間、重力に引かれて地面に落ちかける。
咄嗟にナイフを咥え、右手で掴んだ。
ポロンにそれを放ると、不思議そうにまじまじと眺め回している。
「のーびしゅないふゅ、せいしゃく」
ナイフは50。
同じようにポロンに渡す。
「ううっ、痛そう。それよりユタカちゃん、もうナイフは仕舞っていいから。ヨダレ垂れてるよ?」
「そっか。おし、ノービスバレット、30発製作」
「早く傷を治してっ!」
「あいよ。【ヒール】っと。お、ホントに治った。でも、MPを半分も使うのかよ。レベル1だとヒール1回しか使えねえとか、やっぱ魔法使いにならねえで良かった」
ズキズキと痛んで血が流れ出していた掌には、傷跡の1つもない。
姉貴の説明では流した血は最低限しか補充されないらしいので武器を連続で作りっぱなしとかは出来ないが、これならこれからも商売を続けられそうだ。
「弾を渡すと同時に経験値を吸う。いいな?」
「あ、ああ・・・」
銃弾の入った箱を差し出す。
ポロンは生唾を飲み込んでから、恐る恐る手を伸ばした。
箱が、ポロンの手に渡る。
「【契約履行・EXPドレイン】」
ポロンの目が驚くほどに見開かれ、そこから青い光が俺に向かってくる。
どうやらこの光が経験値で、俺の眼球から取り込んでいるらしい。
レベルアップの音が煩い。
「こっちに来てすぐレベルアップの音を聞き飽きるなんて、俺達くらいだろうな」
「それよりユタカちゃん、やっぱりその職業は間違いだったかもー」
「なんでだよ。こんな簡単にレベルの上がる職業なんて、他にはねえだろ。これがベストだ」
「そうだけどー。経験値を吸ってるユタカちゃん、映画に出て来る悪役にしか見えなかったよー?」
「・・・同類と出会わない事を祈ろうか」