初会合
カチューシャ商店の事務所で昼まで寝ていた俺は、のんびりと身支度をしてから1階に下りた。
「イワンさん、おはようございます。すんません、こんな時間まで寝ちまって」
「おう、おはよう婿殿」
「昨日はごちそうさまでした」
「いいって事よ。うちのカカアも喜んでた。このまま会議か?」
「ええ。とりあえずの方針決めですが、しっかり話し合ってきますよ」
「頼むぜ。東部都市同盟は、庶民の希望なんだから」
「・・・そうなれたら嬉しいですね。じゃ、おじゃましました」
「おう、また飲もうぜ」
ジャスティスマンのオフィスに向かって歩き出すと、路地に見慣れた大きな背中とそれに並んで歩く小さな背中を見つけた。
レニーだ。
となると隣の老人はレニーの祖父。ケイヴタウンで少しだけ会ったあの老人だろう。当然、孫娘の妊娠とその父親が誰なのかも知っているはずだ。
少し緊張しながら、2人の隣まで早足で歩く。
「おはようございます、ご老人。その節は、ロクに挨拶も出来ず・・・」
「何だ。かわいい嫁より先にジジイに挨拶すんじゃねえよ、ヒヤマ」
「まずちゃんと挨拶させろっての、レニー。孫娘を孕ませたのに自己紹介すらちゃんとしてねえんだぞ、俺」
「それを言うなら、ワシは土下座でもせんといかんのう。じゃじゃ馬が過ぎて曾孫を諦めておったのに、乗りこなして種付けまでしてくれた。ありがたい話じゃ」
「誰が馬だ、ジジイ。ま、父親は種馬だけどな」
「うっせえよ。そう言っていただけると気が楽になります。えーと、その、お孫さんとその子供は、きっと幸せにし、・・・たいと思ってます」
「言い切れよ、そこは」
レニーが俺の背中を叩く。
いつもながらの馬鹿力だ。Tシャツの下にはきっと、大きなモミジが出来ているだろう。
「いってえ・・・」
「こんな不束者を貰っていただけた。ありがたい話じゃ」
「ふん。そういやヒヤマ、爺さんはタウタの一町民になってケイヴタウンの指導者は引退だ。それでも会議には呼ばれたから俺と顔を出すが、必要なのかい?」
「ケイヴタウンは東部都市同盟で使わせてもらうからな。その持ち主にはそれなりの対応をするんだろ」
「学校か。知識は無駄にならねえ。俺とヒヤマの子供も通わせるかな」
ケイヴタウンの住民はすでにタウタに移住しているが、ケイヴタウンは大学としてそのまま使う。代表はマイケルだが、ケイヴタウンを丸ごと買い取るなど今の冒険者ギルドにはムリだ。その賃貸料は、レニーに支払う事になっている。
「着いたな」
「おはようございます、皆様。会議室はこちらになります」
美人秘書のロミーが案内してくれた会議室には、運び屋とルーデル以外の全員がすでに揃っていた。ロミーの弟のフリードが、立ち上がって握手を求めてくる。
力強く、手を握り合った。
「久しぶりだな、フリード」
「ですね。お元気そうで何よりです」
「お互い様だな。にしても、こんな円卓をどっから運んで来たんだ?」
「タウタで眠っていたのを、だいぶ前に運んだんだよ。アイテムボックスを一度、すっからかんにしてね」
「なるほどね。ほんじゃ、座って待たせてもらうか」
「おっと、ヒヤマ君は入り口から見て正面だ。その左右に、運び屋君とルーデル君だね」
言われて正面の席を見ると、他の席より明らかに椅子が豪華だ。
「こんなのは・・・」
「好きじゃないのは知ってるが、どうか我慢して欲しい。これでも抑えた方なんだよ。ロザリーなんかは、ヒヤマ君に内緒で謁見の間と玉座を作ってしまえと言っていたからね」
「この人は、何を言ってんだか・・・」
半眼で冷ややかに見つめても、ロザリー町長は澄まし顔で飲み物を口に運んでいる。
ゴネても仕方ないかと椅子に座ると、すぐにコーヒーが運ばれて来た。
そのまま秘書のロミーは壁際のホワイトボードの前に立ち、こちらの文字を書き込み始める。
東部都市同盟の展望、そう書いているようだ。
どこかで見たような風景だと思ってコーヒーを飲みながら考えていたが、数分が経ってやっと思いついた。
小学校の学級会だ。
こちらに来てからは生き残るのに必死で、日本での生活を思い出す事は少ない。それだけ、この世界の住民になったという事だろうか。
微かに話し声が聞こえるとドアが開き、運び屋とルーデルが顔を見せる。
「お、俺達が最後か。わりいな」
「だから早く出ようと言ったんだ。すまない、皆さん」
「いえいえ。さあ、席にどうぞ」
俺の席と空いている左右の席を見て、運び屋がニヤリと笑う。
ルーデルは、感心したような素振りだ。
それでも2人は何も言わず、右と左に分かれて座る。
コーヒーが運ばれるとジャスティスマンが立ち上がり、全員の顔を見回した。
「今回は初回という事で、私が進行を務めさせてもらいたい。反対意見はあるだろうか?」
誰も、何も言わない。
わずかにフリードがピクリと腕を動かしたが、師であるジャスティスマンにやらせるくらいなら自分がと思い、すぐに自分ではジャスティスマンより上手く進行できない事に気づいた。そんなところだろう。
「ないようなので進めさせてもらおう。まずは、認識の摺り合わせ。東部都市同盟。これをどんな組織と見るか。誰から話してもらおうかな」
「私からでいいかしら?」
言ったのは、ロザリー町長だ。
この場の空気を誘導し、俺を王として認めると言質を取るくらいの事はやらかしそうで怖いが、ここにいるメンツならまあ大丈夫だろう。
「では、ロザリー町長から時計回りに」
ロザリー町長は俺の左に座ったルーデルの隣だ。
つまり、最後に俺、ルーデルと意見を述べてとりあえず終わる事になる。
「はっきりと言いましょう。東部都市同盟は、試金石です。この大陸は、いつの時代も優秀な王とその臣下によって導かれてきました。ですが、たった一度の敗戦で王の血筋は失われた。ならば新たに戴くしかないのです。新しき、王を」
ロザリー町長は言い終えてから、円卓に並ぶ顔をゆっくりと見回した。
俺が王になれと言われているようなものだが、焦りはない。
運び屋は俺と同じく敗戦後の日本に生きていたし、ルーデルとレニー、それにフロートヴィレッジを訪れた時にフリードには民主主義の事を話してある。
君主制が終わって更地になったこの大陸に、わざわざ王なんて存在を復活させる事はないだろう。
「次は僕ですね。民主主義や社会主義という異世界の政治形態をヒヤマさんから聞き、この世界に同じような政治形態の国がなかったのかをジャスティスマン先生と調べました。そして、文明を滅ぼした悪の組織のお伽話が書かれた本に行き着いたのです。かの国は硬貨を稼ぐ事を何よりも尊び、議会というこの会議のような場で政治を決定していたそうです」
「俺はバカだからわかんねえが、話し合いですべてを決めるなんて難しいんじゃないのかい?」
言葉を挟んだのは、レニーだ。
このかわいい嫁さんは決してバカではないが、獣の嗅覚にも似た直感ですべてを決める。それが間違っていたなら死ぬだけと、頭ではなく本能で理解しているような感じだ。
「ええ。ですから、多数決ですべてを決めていたようです」
「はあっ!?」
「議会に出席する人間を多数決で決め、議会で話し合う案件もその決定も多数決でするんです」
「そんな事してたら、議会とやらの人間だけが得をするんじゃないのかい?」
「議会に出る人間は、数年毎に変わっていたようです」
「でも、少なくとも数年は儲けられるんだろう?」
「ええ。そして重要なのは、議会に出る人間の大多数が富裕層だった事です」
「・・・フン。金持ちがいいように国を動かしてたってのか」
レニーが唾でも吐き出しそうな表情で言う。
不正がないとは言えないが、それを正すシステムもあったと説明はしてある。それに民主主義なんだから、損をする人間と得をする人間に分かれるのは当然だと思うんだが・・・
「どうも文明の崩壊に至る大戦は、その国の内乱が発端だったようなんですよ。あまりに金を稼ぐのが尊く、金を稼ぐ人間こそが強いのだとされたので、貧民救済の旗を掲げた組織が富裕層以外の国民すべてに支持された。そうではありませんか、ルーデルさん?」
「そうだな。まあ、あの国も元々は王家が治めていた。民衆は虐げられていた訳でもないのにそれを羨み、王都の宮殿を囲んで数の力で幼子まで無残に殺し、民衆が良いように社会を作り替えた。言いたくはないが、自業自得だと思う」
「なので同じ間違いを繰り返さないためにも、強き王を戴くのに賛成です」
そうか。
この世界では君主制が当然で、民主主義はその芽を出したばかりだった。
だが、その芽の出し方がマズかったのか。
まあそれでも、運び屋がきちんと民主主義の利点を説明してくれるだろう。俺の右に座る運び屋が説明をしてくれれば、俺はしたり顔で「やはりここは民主主義を採用した方がいいだろう」とか言っておけばいい。
「ワシも賛成じゃのう。今の住民に必要なのは、わかりやすい未来じゃ。強き王が自分達を導き、さらに外敵から守ってくれると心から思えたなら、心穏やかに暮らし、子を産んで育てていけるじゃろう」
「その荷を背負うのがウチの旦那ってのは気に入らねえが、ヒヤマが目指すのは平和な世界だ。ついでに王様になって、より多くの人間を救ってもらうかねえ」
言いながら、レニーはウインクを飛ばした。
相変わらずガサツではあるが、どうも仕草が女っぽくなっている気がする。その理由が母親になったという事にあるのなら、レニーは良い母親として子供を育ててくれるかもしれない。
静かにジャスティスマンが立ち上がる。
「次は、私の番だね」
東部都市同盟。
それをジャスティスマンから聞かされ、俺が真っ先に思い浮かべたのは共和制国家だ。
国名はなんでもいいが、いつか東部都市同盟が〇〇共和国なんて物になってくれたらいいと、漠然とだが考えていた気がする。
ジャスティスマンもそう思っているのだと勝手に考えていたが、どうなのだろうか。
「まず、王になればヒヤマ君の人生は彼1人だけの物ではなくなる。それはこの場にいる全員で、彼の人生を奪うような事なのだが?」
「それは・・・」
フリードが怯む。
さすがはジャスティスマン。いいぞ、もっと言ってやれ。
「断言するよ。このバカは、王になったって自分の思うようにしか生きられやしない。どうやらここにいる連中は、とんでもない勘違いをしているようだ」
「どういう意味かな、レニー君?」
「腹を減らしてる人間がいたらメシを分けてやる。困っている人間がいたら、手を貸してやる。ヒヤマも運び屋もな。何でだと思う?」
「それは、彼等が高潔な人間だからだろう」
「ですね。私はヒヤマさん達より心の美しい人間を知らない」
「クックックッ・・・アーッハッハッハ!」
レニーの小さな笑い声はすぐに高笑いに変わり、会議室にひとしきり響いた。